TSおねショタ雷十太   作:WhatSoon

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第十四幕「覚悟」

『牙突』。

それは新撰組三番隊、組長『斎藤一』が得意とする左片手の一本突き。

 

その速度は射矢より疾く──

その精度は弾丸をも貫き──

その威力は砲弾をも凌ぐ──

 

そう言われている。

 

誇張のように聞こえるだろう。

確かに、射矢よりは遅いだろう。

確かに、弾丸を貫く事は容易くはない。

確かに、砲弾と同程度は言い過ぎだ。

 

しかし、そこに喩えられる程の秘技。

それらを彷彿とさせる速度、精度、そして威力。

それは、確かに備わっている。

 

 

目前、斎藤一が剣を構えている。

右手は剣の背に触れて、左手は柄尻を握っている。

それが『牙突』の構えだ。

 

 

「……いくぞ」

 

 

一言。

吾輩が反応するより早く──

 

 

 

刹那、剣先が私に迫った。

 

 

 

「……っ」

 

 

これが『牙突』か!

それは吾輩の視点を中心として、切先から柄尻まで直線上となるブレ一つない平突き。

 

ならば、相対する相手から見えるのは剣先のみ。

遠近感を狂わせる程、真っ直ぐな突きが放たれた。

 

軌道が読めない──

 

だが、読めずとも受け止める事は出来る。

足で地面を踏み締めて、木剣で剣先……その腹を叩いた。

 

剣先がズレて……吾輩の服の、袖を切った。

 

刺突の勢いに任せ、斎藤一が道場の床を滑る。

このまま薙ぎ払うつもりだろうが……私は片足を軸に、それを受け流し──

 

 

互いに、技を放つ前とは真逆の位置に立っていた。

 

 

「……フン」

 

 

斎藤が、鼻を鳴らした。

 

 

「やはり、この程度ではお前を討てないか」

 

「……あまり、そう本気になられても困るのだが」

 

「阿呆め。俺が木剣相手に本気を出すと思うか?」

 

 

吾輩も理解していた。

 

先程の『牙突』は本気の三割にも満たなかった。

吾輩は本気を出すに値しない……か、それとも彼の信条故にか。

 

剣を合わせて分かった事がある。

それは斎藤一は、吾輩を戦うべき相手と見定めていないと言う事だ。

 

それが少し、腹立たしい。

無理矢理にでも……引き出したい。

 

 

「では、次は吾輩から往かせてもらおう」

 

 

狙うは斎藤一の持つ剣だ。

あれを……断つ。

 

木剣の剣先を揺らす。

蜃気楼のように、像が揺れ動く。

 

 

「……なるほど、それが『飯綱』か」

 

 

剣客の技は──

伝え聞いても分からず、その秘技を見て知り、相対して初めて理解する。

 

確かに斎藤は吾輩の『飯綱』を見たのだろう。

だが、こうして対面して初めて理解出来ることがある。

 

吾輩は身を捩り、木剣を肩まで振りかぶる。

 

 

「我が秘剣、飯事(ままごと)かどうか、確かめてみるがいい」

 

 

木剣が、真空の刃を纏う。

そしてそのまま、斎藤の持つ剣へと──

 

半歩、斎藤が引いた。

吾輩も一歩踏み込む。

 

 

そのまま──

 

 

『飛飯綱』を放った。

 

 

加減はしていない。

相手は人斬り時代の剣心と死闘を繰り広げ、それでも生き残った格上だ。

殺意はないが、手を緩める事もしなかった。

 

真空の刃が斎藤へと迫り……瞬間、剣身に触れる事もなく避けた。

斬撃は蜃気楼のように像が揺れていたが、不可視の斬撃のはずだった。

 

しかし、それでも吾輩の木剣の挙動から見切ったようだ。

 

真空の刃は斎藤を通り過ぎ、道場の壁に一文字の切り傷を作らせた。

 

そして、斎藤は壁に出来た大きな傷へ目を向けた。

 

 

「……ふむ、確かに。やはり技量のみならば、評価できる」

 

 

斎藤は息を深く吐き……再度、剣を水平に構えた。

 

 

「だが、まだ『甘い』」

 

「『甘い』だと……?」

 

 

確かに加減はしていなかった。

確実に『剣』を折るための技を放った。

 

それが『甘い』とは──

 

 

「教えてやろう。お前と、人斬り(俺達)との決定的な違いを」

 

「……ご教示願おう」

 

 

瞬間、斎藤が吾輩へと踏み込んできた。

再びの『牙突』……しかし、その速度は先程の比ではない。

 

速い。

辛うじて見える、卓越した技量から放たれる平突き。

 

なるほど、理解した。

一つの技が極限まで鍛えられているのだと。

……即ち、吾輩と同様の思想なのだ。

 

血風纏う幕末の京都に於いて、剣客同士の再戦はそう起こらない。

何故ならば、確実に片方が死ぬからだ。

必要なのは多様な技ではない。

 

初見で確実に殺せる技……即ち、必殺技が一つあれば良いのだ。

 

それが彼にとっては『牙突』だったのだろう。

そう、理解した。

 

ただの平突きを──

それを最早、『ただの平突き』と呼べなくなる必殺技へと昇華させたのだ。

 

 

「っ……!」

 

 

吾輩は咄嗟に、木剣を打合せ──

 

 

ミシリ、と音がした。

 

 

瞬間、このまま受け止めれば確実に木剣を砕かれる事を理解した。

尋常じゃない威力。

防ぎ切れない。

 

 

「くっ!」

 

 

木剣を滑らせ、真剣の腹に打ち合わせる。

正面から受ける事は叶わぬ。

斬撃を滑らせ衝撃を分散させ──

 

辛うじて、受け流した。

 

再び、立ち位置が入れ替わる。

吾輩は息と共に、身を占める緊張感を吐き出した。

しかして斎藤は、手元の真剣に目を落としていた。

 

 

「……これも凌ぐか」

 

 

ほんの少し、斎藤が感心するような声を漏らす。

 

だが、これで手一杯。

全力ではない『牙突』を受け流すだけが、吾輩の精一杯なのだ。

 

 

「だが、やはりお前は──

 

 

瞬間、足音が響き……道場の戸が開いた。

そこには薫と由太郎、弥彦が立っていた。

 

 

「ちょっと!何をして──

 

「先生、何をしてるんですか!?」

 

 

真剣を抜いた警官……そして相対している吾輩。

普通ならば状況は読み取れないだろう。

だが、説明している余裕は吾輩にはない。

そして、斎藤も話す事はないだろう。

 

困惑する三者を他所に、斎藤へ相対する。

 

 

「……フン」

 

 

斎藤は手を出さずに待ってくれていたようだが……それにも限度があるようで、既に『牙突』の構えに戻っていた。

剣気がぶつかり、道場の木板が音を鳴らした。

 

瞬間、足元を踏み砕き斎藤が突進してきた。

凄まじい速度の踏み込みだ。

 

まだ、更に、疾く──

 

 

「先生!?」

 

 

悲鳴にも近い声が聞こえるが、敢えて無視する。

吾輩は剣を上段から下段へ構え、『飯綱』を纏う。

 

迫り来る斎藤へ、『纏飯綱』で切り上げた。

しかして、身を捩ることで斎藤は斬撃を避けた。

 

だが、それは想定の内だ。

 

『飯綱』には明確な隙がある。

通常の斬撃とは真逆の位置に『隙』がある。

真空の刃を纏い、剣を振るうという行程の都合上……攻撃の『後』ではなく『前』に隙があるのだ。

 

だが、剣身に『飯綱』を纏ったまま、剣先を切り返す事が出来ればどうなるか。

逆袈裟斬りの『纏飯綱』を放ち、上段からの『纏飯綱』へ。

 

一瞬の待ちもなく繰り出される連携攻撃──

 

それ即ち、飛天御剣流の抜刀術から着想を得た、二段構えの『纏飯綱』なのだ。

敢えて名付けるならば『飯綱返し』と呼ぶべきか。

 

 

「はッ!」

 

 

二撃目、上段から『飯綱』を纏った木剣を振り下ろす。

瞬間、斎藤は吾輩の技に気付いたようで……しかし、それを回避する事は出来ぬように見えた。

 

だが、それで終わるならば彼は幕末を生き残れはしなかっただろう。

 

『牙突』が水平から、上に跳ね上がった。

 

 

「なっ──

 

 

水平の平突き、その最大の利点。

それは、即座に上下左右に派生できる事だ。

 

故に。

 

斎藤の反射神経、判断力……対応力。

それらを以って『牙突』は完成する。

 

吾輩の手に持つ木剣、その剣先と──

斎藤の手に持つ真剣、その剣先が──

 

 

「ぐっ!?」

 

 

打ち合わさった。

 

十分な加速を得る前の振り下ろし……そこに剣撃が打ち合わされる事により、技の出を潰されたのだ。

纏っていた『飯綱』は霧散し、木剣と真剣が切り結ぶ。

 

故に、木剣の剣先がひび割れたのは自明の理だ。

得物の差とは言いたくはないが……だが、真剣と木剣には剛性の差があった。

 

拙い。

 

 

「……ッ!」

 

 

しかして、咄嗟に床を蹴り、距離を取る事で……武器破壊を免れた。

紙一重だった。

 

先の技のぶつかり合い……力量の差を見せ付けられた気分だ。

 

 

「お、おい薫……ただの警官じゃなかったのかよ……」

 

「その筈、なんだけど……」

 

「そんな……先生が……」

 

 

困惑するような弥彦と薫、由太郎の声……それを耳にしつつ、息を深く吐いた。

彼等の目にも吾輩が押されていると感じたのだろう。

 

半刻にも満たない技の応酬。

しかし、肉体に疲労が蓄積していた。

 

極度の緊張と、全力の攻撃と防御によって……肉体を酷使したのだ。

正しく短距離走の如く……凄まじい速度で体力を消耗していた。

 

しかして、対する斎藤は疲労の吐息を漏らしてはいなかった。

 

 

「やはり、お前と人斬り(俺達)とでは明確な差がある」

 

 

余裕を持った態度で、斎藤が言葉を発した。

そんな彼へ、視線を戻す。

 

 

「……明確な差、か」

 

 

少しでも呼吸を整えようと、訊き返す。

斎藤は構える事もなく、吾輩を見ていた。

 

 

「俺達は人体の何処を斬れば人が死ぬか、人斬りの経験を以って理解している」

 

「……吾輩は人殺しなどするつもりは──

 

「逆に言えば、人体の何処を斬れば人が死なないかも理解しているという事だ」

 

 

……盲点だ。

耳を傾ける。

 

吾輩の仕草に目を細めつつ、斎藤が言葉を繋げる。

 

 

「例えば、だ。抜刀斎の持つ逆刃刀……あれは鋼の塊だ。全力で殴れば人が死ぬ。だが、奴は未だ不殺(ころさず)の誓などという下らん物を守っている」

 

 

斎藤が剣先で床を叩いた。

 

 

「人体の堅牢さを熟知し、自他の力量を瞬時に測る。全てを理解することによってのみ不殺(ころさず)は行われている。阿呆としか言いようがないが、それでも卓越された『手加減』という奥義だ」

 

「……随分と褒めるのだな。新撰組の斎藤一が」

 

 

斎藤一……という名に覚えがあったのか、薫達が反応を示していた。

新撰組の三番隊組長……その名はそれだけ大きいという訳だ。

 

しかし、今は目の前の、幕末を生き抜いた剣客に集中する。

 

 

「正当な評価だ。奴の信念は下らんが、その技量は貶す程でもない」

 

 

幕末で、人斬りとしての剣心……緋村抜刀斎と剣を交えたからこその評価だろう。

そこに忖度や情なども一切なく、人を斬る技量のみを評価しているように見えた。

 

 

「そして、その技量は『人斬り』としての経験に裏打ちされた物だ。奴の不殺(ころさず)は手に掛けた屍の数により作り上げた、人体破壊の奥義を知る所以の『手加減』……人を斬った事のない奴には真似出来ない」

 

「……吾輩は今後も、人を斬るつもり等ない」

 

 

そんな吾輩の返答に、斎藤は……嘲笑った。

 

 

「フフ、ハハ……違うな。お前には『覚悟』がないだけだ」

 

 

……吾輩の持つ木剣が揺れる。

心の奥底を示すかのように、揺れる。

 

 

「『人を殺す覚悟』も『人を殺さない覚悟』も、どちらも足りない」

 

「……それは──

 

「図星だろう。先程の応酬……俺は『敢えて』明確に隙を幾つか見せていた」

 

 

……隙。

それは確かに見えていた。

牙突を放った後の首や顎……。

 

しかし、そこは急所だ。

加減を間違えれば殺してしまうような──

 

 

「それが甘いと言っている。『人を殺す覚悟』を持って剣を振るうか、『人を殺さぬ覚悟』を持って剣で叩くか……どちらも足りなかった。それがお前の剣を鈍らせている」

 

「…………」

 

「人を守るために悪を斬るか、相手の命の重みを背負うのか……二つに一つだ」

 

 

それは確かに、そうなのだ。

吾輩には『覚悟』が足りない。

人を殺さないのは、剣心のような不殺(ころさず)の覚悟があるからではない。

ただ、罪悪感に苛まれたくないからだ。

 

 

「根本として、お前には剣を振るう為の目的がない。故に、俺はお前を認めない」

 

 

人を守るという覚悟ですら、身の回りの人間にしか適用されていない。

目に見える物語の中での登場人物の死には、関わりたくないと思っている程に。

 

吾輩には覚悟がない。

戦う覚悟も……守るための覚悟も。

 

そんな吾輩の顔を見て、斎藤が口を開いた。

 

 

「だが、その覚悟も、強さも……この明治の世には不要だ」

 

「…………」

 

「大人しく道場に籠り、薪でも割っていればいい。誰も咎めはしない」

 

 

確かに、そうなのだ。

吾輩が居ても居なくとも、物語は進む。

 

確実な大団円(ハッピーエンド)へと進んでいくだろう。

 

ならば、吾輩が剣を振るう意義はない。

戦う必要はない。

 

彼が言うように、大人しく普通の女として生きていれば良い。

 

 

「半端な強さは捨てろ。そんな中途半端な覚悟で剣を握れば……いずれ、取り返しの付かないコトになるぞ」

 

「…………」

 

 

だが、それでも──

 

 

それでも。

 

 

だからこそ。

 

 

……手に、強く木剣を握る。

息を深く吸い、深く吐く。

 

この剣は……吾輩の身と心を守るために鍛えた剣だ。

己の未来、その憂いから逃れようと鍛えた剣。

覚悟なき所以の剣。

 

しかし……それでも、今は。

 

視線を横にずらせば──

 

 

「先生……」

 

 

由太郎の心配するような視線があった。

ここに彼が五体満足で立っているのは奇跡なのだ。

 

本来ならば吾輩が腕の筋を斬り、二度と剣が持てなくなっていた。

しかし、それは……物語は、定められた運命は……反故にされた。

 

 

「ハァ……」

 

 

息を深く吐く。

迷いを吐き出すように。

 

守りたいモノがある。

信念、命、絆……口に出せば気恥ずかしいような想いだが、それは真実だ。

 

それらを守るためならば──

 

もう、『知った事ではない』。

物語の影響などと考える事は止める。

 

現在(いま)、自身に出来る事をすべきだと……剣心に『私』は教えられた。

ならば、迷う事はもうない筈なのだ。

 

更に、息を吐く。

全てを吐き出すように。

 

 

「…………」

 

 

この世界で生きていくだけならば、剣は不要だ。

しかし、彼等と共に生きるのならば……戦うならば、斎藤の言うように『覚悟』が必要なのだ。

 

……ならば。

 

ならば。

 

不純な感情を、吐息と共に吐き出す。

身体に気迫が満ちる。

 

迷いを捨てる。

この世界で生きる……その覚悟で身を奮い立たせる。

 

己に現在(いま)、出来る事に全力で打ち込む。

 

 

「……ほう?」

 

 

剣客としての気迫が、満ちる。

 

戦う。

 

戦う(生きる)

 

生きる。

 

より良い未来を手にするために、戦う。

守りたい物を取りこぼさないために、戦う。

臆病な己を捨て、闘争心で燃やす。

 

 

「ふぅっ……」

 

 

着物の上を脱ぎ、腰に纏う。

剣を振る上で、この振袖は邪魔だ。

 

身体に巻いた晒を顕にし……冷えた空気を身に染みさせる。

 

 

「先生──

 

「雷十太さん──

 

「雷十太──

 

 

三者三様の呼び方を耳にする。

 

霧がかかっていたような思考は、晴天のように透き通っていた。

身体と闘争心は熱く、されど思考は冷たく。

 

研ぎ澄まされる。

これが『覚悟』なのかは、吾輩にも分からない。

 

だが、少なくとも迷いはない。

今はただ、不純物のない……透明だった。

 

 

「感謝しよう、斎藤一」

 

 

溢れたのは感謝の言葉だ。

吾輩の迷いを切り捨てる……その切っ掛けをくれた強敵への感謝だ。

 

相対する斎藤の頬が……気の所為か、緩んだように見えた。

 

 

「フ……少しは良い顔をするようになった。俺を殺す『覚悟』が出来たか?」

 

「……いいや。だが、貴様を打ち負かす『覚悟』は出来た」

 

 

吾輩は木剣を上段へ……身を捩る。

剣先は再び、蜃気楼のように歪む。

 

馬鹿の一つ覚えのように『飯綱』を纏う。

吾輩にはこの技しかない。

だが、この技のみで十分なのだ。

 

 

「大層な物言いだな。口先だけではないか、確かめさせて貰おうか」

 

 

斎藤も剣を水平に構えた。

先程とは比べ物にならない剣気を放っている。

 

吾輩の剣気と衝突し、空気が……音を立てて弾けた。

 

 

緊迫した空気の中、斎藤が口を開いた。

 

 

「来い」

 

 

吾輩は床を踏み砕き、『飯綱』を放った。

正真正銘、加減なしだ。

 

 

()ッ!」

 

 

迷いのない『飯綱』が振り下ろされる。

しかして、踏み込みと同時に斎藤も『牙突』を放っていた。

 

技の始動は、全くの同じ。

しかし、斎藤の方が一手早い。

技の鋭さ、その差が出たのだ。

 

 

「っ……!」

 

 

このまま迫れば、肩を貫かれる。

ならば……振り下ろす最中、左足を一本、右側に踏み込んだ。

 

 

軸足を無理矢理、切り替える。

頭上からの袈裟斬りを、右薙へと変化させる。

身を回転させ、牙突を避けながら……水平に斬撃を放つ。

 

無理な動きの所為で『飯綱』は既に崩れている。

ただの胴だ。

だが、それで良い。

寧ろ、それが良い。

 

非殺傷の一撃となるからだ。

加減は不要、奴の肉体ならば受け止められよう。

 

それは斎藤の胴を捉え──

 

 

「……ハッ」

 

 

一歩、斎藤は踏み込んでいた。

吾輩の横薙ぎと、彼の剣身が衝突した。

 

 

異音が響く。

 

 

あの姿勢から間に合うのか。

そう驚きつつも、好機だと悟った。

 

このまま、剣身をへし折ればいい。

力を掛け、真剣の側面へ力をかける。

 

吾輩の身体、全身の筋肉を発条(ばね)のようにして、全力を木剣へと集中させる。

 

しかして、身体能力だけならば……吾輩に軍配が上がっている。

強く音を響かせ、不快な金属音が響いた。

 

 

「このままっ、へし折らせて貰おう!」

 

 

力を込め──

 

足先に、激痛が走った。

踏み込んだ足が、斎藤に踏み砕かれていた。

 

 

「なっ──

 

 

剣は腕の力のみで振るっている訳ではない。

特に踏み込みの足は重要なのだ。

 

その足が……痛みと、血で、滑る。

 

 

「なるほど、雷十太。お前を認めよう。だが、それでも……お前はまだ『甘い』」

 

 

まだ、斎藤は剣を構えていない。

牙突はまだ使えない。

ならば、このまま木剣で打ち返せば──

 

 

「俺は、お前が京都へ来る事を望まん」

 

 

斎藤は、柄尻を確かに握っていた。

しかして、先程までの『牙突』は違う構えだった。

 

アレは──

 

 

「故に、この技をくれてやる」

 

 

初動(おこ)りを消し去った、無拍子の一突き。

最短、最速の──

 

『牙突 四式』。

 

肩に、激痛が走った。

 

 

「づ、っ……!?」

 

 

見えなかった。

剣の軌道が、何も──

 

気付いた時には、既に突き刺されていた。

その勢いのまま……吾輩は、道場の壁へと突き飛ばされていた。

 

凄まじい剣力で、吾輩は浮かされ……壁を砕き、頭を打った。

 

 

「先生!?」

 

「ら、雷十太さん!」

 

 

脳が揺れる。

肩に、激痛。

血が抜けて、意識が朦朧とする。

視界がボヤけたまま、腰を落とした。

 

 

「て、てめぇ!」

 

 

弥彦が竹刀を握り、斎藤の前に……立った。

彼からすれば何故、吾輩と斎藤が戦っているのか知らないだろう。

それでも、吾輩を仲間として見てくれて……その仲間が傷付けられたのだからと憤ってくれているのだ。

 

……正直、この負傷は自業自得なのだが。

斎藤からすれば吾輩と戦う理由はない。

彼は剣心の実力を計りに来たのだから。

 

吾輩から仕掛けた喧嘩に、ただただ敗北しただけなのだ。

 

 

「やめておけ、坊主。お前では俺に勝てない」

 

「うるせぇ!んなコト、分かってんだよ」

 

「……そうか」

 

 

しかして、斎藤は剣を抜いたまま……煙草に火を付けた。

余裕綽々、といった様子。

 

 

「クソッ、舐めやがって!」

 

 

弥彦が怒声をあげているが……それでも斎藤へ踏み込めずにいた。

先程までの打ち合いから、目の前にいる男との実力差は歴然だと知った。

無理に攻めても負傷者が一人増えるだけと。

手が出せぬのは、臆病だからではなく、思慮深いからだ。

 

そんな光景を遮り、壁に崩れ落ちている吾輩の元に、薫と……由太郎が寄ってきた。

 

 

「せ、先生!大丈夫です、か……?」

 

「雷十太さん!傷が……」

 

 

即座に、彼女は髪に巻いていた布を解き……吾輩の傷口を圧迫した。

心配するような焦るような顔を覗かせているが……見た目よりも傷は浅い。

重要な血管は避けられた突きだ。

 

……斎藤が口にした通り、奴もまた人を殺さぬ斬り方を知っている、ということか。

極限状況の最中、それでも加減できる練度の差……これが、幕末の剣客、か。

 

 

「せ、先生……どうして、こんな……」

 

 

身体が重く、感覚も鈍い。

そんな中、吾輩の頬に水滴が伝った。

……由太郎の涙だと、少し遅れて気付いた。

 

身体に充実していた闘争心が冷めて、途端に罪悪感が湧いてくる。

……何をしているんだと、何処からともなく叱る声が内心に響く。

多分、自責の念だ。

 

震える手を伸ばし、由太郎の頭を撫でる。

 

 

「心配、するな……この程度で死ぬほど柔な、鍛え方は……してなゲホッ──

 

 

咽せた。

先程の衝突で肺を打ったからだ。

そして、口の中も切れていた為……血の混じった痰を吐いた。

 

べったりと、由太郎の顔に血が付着した。

 

 

「あっ……あ、ぁ……」

 

 

弥彦と由太郎、薫の視線が集中した。

側から見れば吐血にしか見えない。

 

 

「せ、先生ぇ!」

 

「だ、大丈夫、だから……本当に……」

 

 

由太郎に揺すられて、意識が、と、飛ぶ……。

 

 

「う、ゆ、揺らすな……!やめ、うぐ、うぷっ……」

 

 

は、吐き気がする。

頭痛もだ。

 

吾輩の様子に気付き、由太郎が手を止め──

 

 

「わ、わっ、先生!?すみません!」

 

 

焦り始めた。

心底「やってしまった」という顔で申し訳なさそうにしていれば、吾輩も許してしまうというもの。

この齢十の少年を誰が責められるだろうか。

 

 

「い、いや、いい……」

 

 

彼等は大真面目に吾輩の心配をしてくれているのだが、側から見れば少し滑稽に見えるようで──

 

 

「……フン」

 

 

斎藤が鼻で笑った。

この中で吾輩が重傷ではない事を確信しているのは斎藤のみ。

その彼が苦笑するものだから、周りの人間からの印象は……道場の仲間を切り捨て、瀕死の仲間を介護する者達を鼻で笑う冷血漢に見えるのだろう。

……まぁ、いや、六割ぐらいは確かに真実かもしれないが。

 

神谷道場の面々の、視線が厳しくなる。

薫が吾輩の側から立ち上がった。

 

そんな中でも気にする素振りもなく、斎藤は紫炎を燻らせ──

 

 

道場の戸が、開いた。

中に入ってきた人物を見て、薫が安堵の声を漏らした。

 

 

「……け、剣心」

 

 

赤髪の……幕末最強の剣客が、道場の中に足を踏み入れた。

斎藤も煙草を捨て、足で踏み消した。

 

 

「その様子では……赤末如きに相当手こずったようだな」

 

「……お前は──

 

 

確かに、剣心の衣服には傷が付いていた。

身体にも擦り傷と、鎖の跡まで。

剣心は、斎藤が用意した手紙に誘き出され……刺客と戦っていたのだ。

その、傷跡が目に見えている。

 

 

「お前も随分、弱くなったものだ」

 

 

鋭い視線が、剣心を貫いた。

 

剣心は……道場を見渡し、惨状を目にした。

弾けた木板、足元の切り傷……そして、流血して倒れている吾輩。

争いがあったのだと、察したようだ。

 

そんな剣心へと、斎藤は再び口を開いた。

 

 

「大体、十年ぶりか。文字にすれば僅か二文字だが……生きて見れば長い年月だった」

 

「ああ。人が腐るには、十分な年月だったようだな。新撰組、三番隊組長……斎藤一すら、腐らせるのだからな」

 

 

剣心の視線もまた、鋭くなっていた。

今ここに流浪人(るろうに)としてではなく、幕末を生きた剣客としての剣心が顔を見せていた。

 

剣心の手は腰の逆刃刀の柄に触れていた。

 

 

「斎藤、幕府(むかし)のお前は掴みどころのない強かさを持っていた。だが、確実に信念を持って戦っていた」

 

 

剣心の目が、傷付いた吾輩を見た。

 

 

「敵の友人を傷つけ動揺を誘ったり……噛ませ犬をぶつけその隙に攻めいるなどと、姑息な小細工はしなかった筈だ」

 

 

そしてまた、斎藤を睨みつけた。

普段の温厚な姿からは想像もできない、そんな視線だ。

 

 

「今のお前は……最早、拙者が認めた『斎藤一』ではない」

 

「フフ、ハハハハ……お前に認めてもらう必要があるのか?滑稽だな」

 

 

心底、愚弄するように斎藤が笑った。

その笑い声に剣心は眉を顰めた。

 

 

「何がおかしい、斎藤」

 

「ハハ……これが嘲笑わずにいられるか?剣が鈍ったと思っていたが、頭も鈍っていたとは……俺を認められないだと?俺の方こそ、今のお前の在り方は認められない」

 

 

斎藤が剣を、構えた。

それと同時に、剣心も逆刃刀を抜いた。

 

そして、斎藤が頬を緩めた。

 

 

「人斬り抜刀斎の強さは、新撰組(俺たち)が最も深く理解している。しかしながら、お前は赤末如きに手こずった」

 

「…………」

 

「『不殺(ころさず)流浪人(るろうに)』がお前を、明らかに弱くした」

 

 

一歩、斎藤が剣心へ踏み込んだ。

そして、互いの剣の間合いの外で……足を止めた。

 

 

「斎藤、言いたいことはそれだけか」

 

「いいや、まだあるさ。お前は俺がここに居る意味を理解していない」

 

「……意味、だと」

 

 

剣心が初めて、動揺を見せた。

 

 

「お前が赤末という愚物に苦戦している間、俺はずっとこの道場にいた。そこの倒れている女は俺の正体に気付いたようだが……俺は無傷で打ち勝った。その意味が分かるか?」

 

「何が言いたい」

 

「此処に居る全員、()ろうと思えば、いつでも()れたという訳だ」

 

 

道場内に剣気とは異なる気迫……所謂、殺気が満ちた。

薫と弥彦、由太郎が身を竦ませ……吾輩は側にいた由太郎の肩を引き寄せた。

 

 

「……せ、先生」

 

「大丈夫だ」

 

 

そんな吾輩の様子を斎藤は一瞥し、剣心へと視線を戻した。

 

 

「今回だけに限った話ではない。お前は目に見える者を救う事に注力し、肝心な部分を見落としている。挙句、剣術だけは達者な女に、一生ものの傷を許してしまっている」

 

 

……剣術だけは達者な女?

 

あ、あぁ……吾輩の事か……?

愚弄されているのだろうが、それほど酷い言いようではなくて少し安心した。

 

 

不殺(ころさず)の誓いなどと自己満足に溺れ愚者に成り下がった……人斬り抜刀斎が人を斬らずして、どうして人を守れる」

 

 

斎藤と剣心の視線が交差した。

離れている吾輩にも、彼等の剣気が感じ取れた。

 

 

「忘れたか。悪・即・斬、それが新撰組(俺達)維新志士(お前達)の間で、ただ一つ共有した正義だった筈だ」

 

「お前が何と言おうと……拙者はもう、人を斬るつもりはない」

 

「……そうか」

 

 

斎藤が、右手を剣先に……左手を柄尻に置いた。

牙突の構えだ。

 

 

「ならば、最早語る言葉もない」

 

 

しかして、吾輩の視界はボヤけてくる。

見届けねばならないというのに……失血量で意識を失う、その寸前まで来ていた。

 

……目の前で幕末の戦いが再現されるというのに、それを見れない口惜しさを感じつつ……。

それでも全力を出した清々しい気分と……。

……由太郎に心配させてしまっている罪悪感。

 

混じり合う感情を他所に、吾輩は気を失った。




次回で東京編は終了です。
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