TSおねショタ雷十太   作:WhatSoon

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第十七幕「野望の肖像」

瀬田 宗次郎に案内されるがまま、吾輩は道を進む。

腰に差した剣が揺れて音を鳴らす中、吾輩は一つの心配事をしていた。

 

三島一家は逃げ切れただろうか。

宗次郎は吾輩と共におり追う事は出来ないが、志々雄一派のゴロツキどもが追わぬとは限らぬ。

 

吾輩が介入した結果、殺されたとなれば……と。

冷や汗が流れる。

 

 

「そういえば、雷十太さん。気になっていた事があるんですけど、一つ質問いいですか?」

 

「……なんだ?」

 

 

ふと、宗次郎から声を掛けられた。

優しげな顔に、優しげな声。

だが、その実、コイツに善意などない。

ただ笑みを浮かべている、それだけだ。

 

 

「どうして、あの兄弟を助けたんですか?」

 

 

心底分からない、という顔で聞いてくる。

吾輩を煽っている訳でもなく、ただただ不思議だから質問しているという顔だ。

 

 

「……さてな、理由が必要か?」

 

「いやだなァ、何を惚けてるんですか?理由なく志々雄さんに盾突くほど、貴女はバカじゃないでしょ?」

 

 

そう言いつつ、宗次郎は歩みを止めて吾輩を見た。

 

そして、笑みを深めた。

……ただ、吾輩はその笑みに少し含みを感じる。

少しも崩れぬ強固な笑み、その中にほんの少しの“揺らぎ”を感じさせた。

 

 

「目の前で困っている人が居たのだ。助けるのは当然だ」

 

「……へぇー、そうですか?まぁ、いいですけど」

 

 

吾輩の言葉を聞き、宗次郎は興味を失ったように吾輩から顔を逸らして、再び足を進め始めた。

先程見えた感情は“苛立ち”……いや“失望”か。

吾輩にはそこまで読み切る事は出来ない。

 

だが、彼には彼なりの信念があり、吾輩の信念と相容れぬのだと察したようだ。

 

 

 

 

 

しかして、吾輩は宗次郎に連れられ、新月村の山側にある屋敷まで連れて来られた。

大きな屋敷で、僅かに硫黄の臭いがする。

温泉が湧いているのだろう。

 

そして、感じる……粘着質に肌に纏わり付くような重み。

それは空気の質や、匂いの類ではない。

第六感に不躾に触れる強者の気配だ。

 

 

「志々雄さんは奥の間に居ますよ。さぁ、どうぞ」

 

 

志々雄真実、か。

志々雄の部下が門を開き、そこを宗次郎に連れられて歩く。

 

部下のごろつき共の視線が鬱陶しい。

好奇に満ちた目を感じる。

 

 

「すみません、雷十太さん。不躾な奴らで」

 

「……いや、いい」

 

 

宗次郎は申し訳なさそうな声色で言葉を発しているが、内心はどうでも良いと感じているに違いない。

顔が笑ったままなのだから。

 

形だけの謝罪など不要だ。

それに、下衆な輩に吾輩をどう見られようが気にする事もない。

 

そうして、廊下を歩き……ここが敵地なのだと実感しつつ、吾輩は大部屋へと通された。

その大部屋の奥、屏風の前に二人の男女が座っている。

 

女の方は、髪を後ろで結い、着物を着崩した……吾輩から見ても色気が強い容姿の整った女だ。

吾輩はその女の名を知っている。

駒形 由美、志々雄真実の愛人である。

 

つまり、そんな女が世話を焼いている、横の男が──

 

 

「よォ、よく来たな」

 

 

志々雄真実だ。

包帯で全身を巻いているが、その下にある全身が火傷に侵されているのを吾輩は知っている。

包帯の隙間から見える目は、ギラギラと輝いており……まるで、抜き身の刀のような男だ。

 

これが……志々雄真実か。

知ってはいた。

だが、相対する事でしか分からぬ事もある。

 

思わず屈してしまいそうになる威圧感。

研ぎ澄まされた刃物のような存在感。

 

 

「……なんだ?挨拶はなしか?好みじゃねェが、イイ女だと思っていたが……無礼な女だな」

 

 

志々雄の言葉に、由美の顔が少しむっとした。

吾輩に少し苛立つような視線、そして志々雄を咎めるような目。

 

……そう気にしなくとも、志々雄が吾輩のことを好きになるなどという事は、天地がひっくり返っても発生しないだろう。

極上の女が横に居るのに、吾輩のような男か女かも分からんヤツを好む訳があるまい。

 

つまり、先程の志々雄の言葉は冗談だ。

吾輩には分かる。

 

 

「すまぬな。少し緊張してしまった。聞いていたよりも随分とイイ男だったんでな」

 

 

冗談には冗談で返す。

この吾輩の心にある“怯え”を感じ取られぬように。

 

 

「ククク……そぉかい」

 

「ちょっと、志々雄様」

 

 

……ぬ、由美が吾輩を凄い目で見ている。

嫉妬心と憎悪を込められた目に、少し引いていると──

 

 

「そう嫉妬するな、由美。お前が一番、イイ女だ」

 

 

と、志々雄が由美の頬に触れた。

 

 

「志々雄様……」

 

 

由美も嬉しそうに頬を緩めている。

こう、何かこう、何だ?

吾輩は何を見せられてるんだ?

 

少し目を細めていると、志々雄が吾輩へと視線を戻した。

 

 

「おっと、悪いな。話がしたくて呼んだのに、待たせちまったか」

 

「……いや、いい。構わぬ」

 

 

寧ろこのまま話などなく、帰らせて欲しい。

今すぐにでも三島家の安否を確認したいのだ。

 

そんな吾輩の内心を気にせず、志々雄は姿勢を崩して煙管を手に取り吸い始めた。

 

 

「俺は志々雄 真実。つっても、自己紹介は必要ないか?」

 

「ああ、代わりに吾輩が自己紹介でもしようか?」

 

「そいつは要らねェ。石動 雷十太……よく知ってるぜ」

 

 

よく知ってる?

志々雄に知られている事自体が驚きだったのだが、何故こうも注目されているのか。

これまで志々雄一派と事を構えたことすらないというのに。

 

 

「石動 雷十太……美濃の豪商“石動家”の生まれ。幼い頃から何かに取り憑かれたように剣を振るい生きてきた……まぁ、そこはどうでもいい」

 

 

志々雄が話した内容は、吾輩が家を勘当されてから他人に話した事はない過去だった。

そこまで遡って知っているのならば、それ以降の目立つ事も知っているという事だ。

吾輩が流浪人(るろうに)として、凶賊狩りをしていたという事も。

 

 

「俺の興味があるのは、刃のない棒だろうと人を殺せるてめぇの剣だ」

 

 

吾輩は眉を顰めた。

 

 

「てめぇの剣は本質的に殺人剣。その中でも、暗殺に特化した殺人剣だ」

 

 

そうだろう?と、視線を向けてくる。

肯定はしない。

だが、否定は出来ない。

 

吾輩の剣のその最たる利を、この男は気付いているのだ。

 

 

「凶器でないものを凶器に変える……この廃刀令の世に、おあつらえ向きの暗殺剣だ。目に見えぬ刃を懐に忍ばせ、殺される間際にすら悟られぬ、その力……このまま退屈な世で腐らせるには惜しい」

 

 

志々雄の目に、炎が見えた。

 

 

「どうだ?俺の下で働く気はねぇか?」

 

 

野望という名の炎が。

 

志々雄真実の目的を、吾輩は知っている。

この国を支配すること──

西洋列強にも負けぬ強い国にすること──

前者はまだしも、後者は理解できる。

 

未来、この世界とは異なる世界から来た身であるが、この先の日本のことを知っている。

今のままでは困るという事も理解できる。

強くならねば困るというのも理解できる。

西洋列強に負けぬよう、この国を強くしたいという理念も理解できる。

 

ならば、同意できるのか?

志々雄真実の下に就くべきか?

 

 

「断る」

 

 

答えは否、だ。

 

 

「ほう?参考までに、何で断るか聞いても?」

 

 

志々雄はそう問いかけながらも、さほど驚いた様子はなかった。

恐らくは理解していたのだろう。

吾輩が断ると。

 

吾輩はその事実を噛み締めつつ、志々雄へと視線を戻した。

 

 

「吾輩は新月村を見た。それが理由だ」

 

 

志々雄に支配された村は、絶望に染まっていた。

耐え難い程の血を流し、罪なき者を泣かせている。

 

国を想うのは結構。

未来を想うのは結構。

野望を抱くのも結構。

 

しかし、その為に他人に血を流させるのならば許せはしない。

 

 

「なるほどな……やはり聞いていた通りの甘ちゃんか」

 

 

吾輩の言葉に志々雄は苦笑しつつ、煙管を揺らした。

灰が溢れて、煙が漂う。

 

 

「吾輩をここに連れてきたのは、そんな話をする為だったのか?」

 

「まぁな。だが、そりゃ表の理由だ」

 

「……表だと?」

 

「てめぇが断る可能性も考慮していた、という訳だ」

 

 

志々雄が煙管を置いて、畳を叩いた。

……何の真似か、と問うよりも早く、吾輩は殺気を感じ取った。

 

 

殺気の出処は……下か!

 

 

瞬間、吾輩は畳を蹴り後退した……と、同時に、大きな音と共に畳が砕け散った。

どんな床に潜んでいたのか、途轍もなく大きな男が現れた。

 

 

「仲間にならねぇなら仕方ねェ。邪魔される前にブッ殺すしかねぇな」

 

 

心底楽しそうに笑みを浮かべる志々雄の前。

そんな志々雄を無視して、吾輩は正面の大男を見た。

 

上下一体の肌着のみを身につけた、頭の尖った大男。

その特徴はつまり──

 

 

「尖角か……!」

 

「雷十太といったか!この尖角が相手をしてやる!」

 

 

尖角。

志々雄の部下の一人であり、新月村を統治している大男だ。

統治、というが実際は恐怖による支配であり、幾人もの村人を殺した下衆だ。

 

吾輩の知っている歴史では、三島栄一郎、そしてその父母も惨殺している。

己の力を誇示する為に、力ある剣士のみならず力なき村人をも殺す、そんな外道だ。

 

そんな相手を前に、吾輩は腰に差した剣を抜いた。

 

 

「ほう……?」

 

 

志々雄が興味深そうに吾輩を見ている。

尖角に吾輩を始末させると言っていたが……吾輩の力量を見定める目的でもあるのか。

 

ここで飯綱を披露するのは、拙いか?

しかし、加減をして勝てる相手では──

 

 

「どこを見ている、女!お前の相手はこの尖角だと言っているだろうが!」

 

 

瞬間、尖角が畳を踏み抜き、吾輩へと接近して来た。

 

──速い。

 

一つ、瞬きをする間に既に接近されていた。

大柄である吾輩より背丈が大きいにも関わらず、かなりの速度で踏み込んできた。

 

 

「ブァウァアッ!!」

 

 

奇声を発しながら、尖角が腕を振り上げた。

その手には、握り壊剣。

拳を保護するように付けられた、拳鍔(メリケンサック)のような武器だ。

 

それを吾輩に向けて突き出してくる。

 

避けきれん。

ならば、受け止めるまで。

 

 

「ヴァッ!」

 

「ぬ、ぅっ!」

 

 

尖角の握り壊剣と、吾輩の持つ剣がぶつかる。

鈍い金属音が鳴り、火花が散る。

 

速く、重い一撃だった。

巨体から繰り出される素早い一撃は、まともに当たれば吹き飛んでしまう程の破壊力を秘めている。

 

志々雄の部下であり、十本刀でもない悪漢であるが……それでも、この村を任される程の力量を持っている。

 

巨漢とは思えぬ足捌き。

速さと力強さを備えている。

 

吾輩は尖角の一撃を敢えて受け止めず、そのまま後退した。

 

 

「力負けか!やはり女よ!雷十太、恐るるに足らず!」

 

 

吾輩は自らの足で飛んだのだが……まぁ、いい。

実力を誤認しているのならば、それを活かすまでだ。

 

 

「ブアァアアッ!」

 

 

そのまま、尖角が接近してくる。

 

この尖角を倒すこと、それ自体は容易い。

全力で水平に薙ぎ払い、飛び飯綱によって胴を寸断すれば良いだけの事だ。

だが、それは確実に致命傷になり得る。

 

ならば、威力を抑えるか?

否、不可能だ。

 

飛び飯綱の威力は、目当ての的から遠ければ遠い程に威力が落ちる。

加減するならば、当てる相手との距離を見計らって調整するしかない。

 

しかし、この尖角という男は速い。

 

目に捉える事が難しい相手に対して、その距離を見定めて飛び飯綱の加減をする?

それは困難だ。

可能ではあるが、極限状態の中の加減など信用できん。

 

ならば、どうすれば良いか。

 

 

「来い、尖角」

 

 

吾輩は腰を落として、剣を鞘に収める。

身体を引き絞り、抜刀術の構えを取る。

 

そんな吾輩を志々雄は興味深そうに見ている。

しかし、尖角は嘲笑するような顔をしている。

 

 

「抜刀術か!しかし、この尖角を前に悠長な真似をする!」

 

 

そのまま、尖角が突っ込んでくる。

吾輩が剣を抜くより素早く攻撃するつもりだろう。

 

実際、それは理に適っている。

吾輩の抜刀術など、剣心達に比べれば疎かなもの。

そんな相手よりも素早く動ける尖角ならば、抜刀する前に殺せる……いや、抜刀された所で避けられるだろう。

 

 

「速さは俺の方が上!剛力も上!切り刻んでやる!」

 

 

握り崩剣を持つ両手を構えながら、尖角が吾輩へと接近する。

その瞬間、吾輩は剣を抜いた。

 

抜刀──

そのまま、横に薙ぎ払う。

 

 

「見切った!」

 

 

しかして、尖角はすんでの所で避けて見せた。

ただのごろつきでは、吾輩の剣を避ける事は出来なかっただろう。

 

 

「大振りな一撃!隙だらけだ、女!間抜けめ!」

 

 

尖角は足だけではなく、目も良い。

しかし、だからこそ……その目の良さが命取りとなるのだ。

 

 

「なっ……!?」

 

 

吾輩はそのまま剣を振り切り、尖角に背を見せる。

そして、強く畳を踏み締めた。

 

軋む音、砕ける音が足元で響いた。

 

 

「なに!?」

 

 

尋常ならざる気配に尖角が怯むも、もう遅い。

吾輩の『起こり』を見誤り、『隙』だと誤認した尖角は……既に間合いに入ってしまっている。

 

 

()ん!!」

 

 

身体中の筋肉を萎縮させ、鋼のように硬くする。

地についた足を木の根のように深く踏み締める。

そこから迫り来る敵に対して……全身全霊の力を持ってぶつかる。

 

それこそが、吾輩の狙いだ。

 

 

「グギャッ!?」

 

 

轟音。

 

尖角が吾輩の背中にぶつかり、大きく吹き飛ぶ。

巨漢だろうが関係ない。

 

吾輩の体重のみでぶつかった訳ではないからだ。

この技は、地面と身体を一体化させ、柱のように固定して迫り来る敵の力を利用して吹き飛ばす。

 

鉄山靠と呼ばれる中国の武技、その亜種だ。

 

尖角が畳の上を転がり、壁へ激突する。

そのまま柱すら折り、血を流して痙攣している。

気も失っているようだ。

 

……まぁ、普通の人間なら即死だろうが、あの大男がそう簡単には死なぬだろう。

 

 

「……ほう?」

 

 

吾輩が尖角を倒したのを見て、志々雄が笑みを浮かべた。

 

 

「へー、面白い技使うんですね」

 

 

いつの間にか背後に居た宗次郎が、気の抜けた感嘆の声を上げた。

そんな宗次郎を由美は呆れた目で見ているが、志々雄は吾輩から目を離さなかった。

 

そして、獣のような笑みを浮かべた。

 

 

「今の技……自力で生み出した技じゃねェな。てめぇの本質とは異なる、『何か』の真似だ」

 

 

……拙かったか。

 

そう、今の技は吾輩が自力で生み出した技ではない。

飛天御剣流、その抜刀術……『双龍閃』を元に、吾輩が生み出した技である。

 

飛天御剣流の抜刀術は全て、隙を生じぬ二段構え。

一撃目の隙を、二撃目の起こりに代えて放つ二段構えの抜刀術。

 

吾輩が以前、負けたのも飛天御剣流の抜刀術だった。

常人ならば剣心の技術に感嘆し、素直に負けを認めていただろう。

 

だがしかし、吾輩は剣客である。

それも、負けず嫌いの剣客である。

 

負けたままで終わらせる事は出来ない。

己を打ち負かした技を己の技に取り込もうとするのは当然だ。

 

見様見真似であるが、それでも吾輩が出来る全力。

 

纏飯綱を放ち、避けた相手へ飯綱を放つ。

それが『飯綱返し』。

 

対して、飯綱を避けた者に加減が必要であれば、返すのは飯綱ではなく体当たり。

名付けて『飯綱返し・(くずし)』。

名を付けるには児戯のような物であるが、こういう物は銘を打ち、繰り返す事でこそ意味がある。

だから、名を付けたのだが──

 

 

「問題はその『何か』だ。てめぇ、誰を真似やがった」

 

 

志々雄には全てお見通しという事か。

 

 

「…………」

 

「答えるつもりはねェって事か。いいぜ、興味が湧いた。強情な女も嫌いじゃない」

 

 

そう言いつつ、志々雄はすぐ側の刀掛けから、鞘ごと持ち上げて……吾輩に向けて投擲した。

それを避けるが──

 

いや、違うか。

吾輩ではなく、その後ろに居る──

 

 

「お、っとっと」

 

 

宗次郎に向けて、か。

鞘ごと刀を受け止め、宗次郎は笑みを浮かべた。

 

そんな宗次郎に向けて、志々雄が口を開く。

 

 

「宗次郎。俺はこの女の底が知りてェ。少し遊んでやれ」

 

「いいんですか?」

 

「構わねぇ。ちょっとした『遊び』だ」

 

 

宗次郎は笑みを浮かべつつ、鞘を腰へと持って行った。

……しまったな。

不意打ちすべきだったか。

 

既に宗次郎に隙はない。

どこからでも、どの間合いに居ても吾輩に斬りかかれるだろう。

 

 

「という訳で雷十太さん。僕がお相手する事になりました。構いませんね?」

 

 

有無を言わせぬ笑み。

だが、志々雄と異なり威圧感は全くない。

 

吾輩が剣を構えた。

先程の抜刀術のような小手先の技では勝てぬと悟ったからだ。

 

そして、心に威を込め、剣気を放つ。

 

 

「ほう、面白ェ……」

 

 

志々雄は面白そうに笑みを浮かべている。

吾輩の剣気を感じ取ったのだろう。

しかし、宗次郎は反応しない。

まるで柳に当たる風のように、流れて行くだけだ。

 

やはり、無意味か。

 

 

「志々雄さん。殺しちゃっても良いんですよね?」

 

 

宗次郎がそう笑顔で剣呑な言葉を吐く。

 

 

「あぁ、良いぜ。殺す気で『遊んで』やれ」

 

「では、遠慮なく」

 

 

瞬間、宗次郎が消えた。

 

 

「っ!?」

 

 

目に見えぬ、映らぬ。

あまりにも速い、間合い詰め──

 

 

「かぁッ!」

 

 

瞬間、剣がぶつかった。

吾輩の剣と、宗次郎の剣がぶつかったのだ。

 

刹那、宗次郎は吾輩の剣の圧に逆らわず、後ろに飛び退いた。

気付けば、攻め込む前の元の立ち位置に戻っていたのだ。

 

 

「あれ?」

 

 

宗次郎は少し不思議そうな顔をしている。

当然だ。

吾輩の方が剣速に於いて明らかに下。

であるのに、剣を見切って防いだのだから。

 

答えは単純である。

吾輩はこの速さに慣れている。

 

神谷道場で世話になっている間に、何度か剣心に懇願して試合をして貰った。

無論、竹刀での稽古ではあったが、その速度はそこらの剣客とは比較にならぬ速さであった。

 

薫やら弥彦、由太郎にも引かれていたのを今も覚えている。

その経験が生きた。

 

 

「おかしいなぁ、見えてない筈なのに」

 

 

そう言いつつ、宗次郎が再び消えた。

その刹那、吾輩は宗次郎を目で追う……事はなく、宗次郎の居た床を見る。

畳の爆ぜた具合、その角度。

 

方向は──

 

 

「はッ!」

 

 

右だ。

接近する宗次郎の刀に無理矢理、防御を合わせる。

迎撃する事は難しいが、防ぐ事なら……いや、容易くはない。

だが、不可能でもない。

 

再び宗次郎を弾き飛ばせば、彼は壁に足を付けて受け身を取った。

 

 

「やっぱり、『見えて』ないけど、『理解(わか)って』いるんですね。驚いたな」

 

 

宗次郎の言う通りだ。

吾輩には宗次郎を目で追う事は出来ない。

だが、来る方向だけなら初動さえ見切る事が可能だ。

 

踏み込みの角度、強さ。

風の流れ、そして吾輩の死角。

 

それらを元に、大まかな方向を見極める。

さすれば、目で追わずとも防御は可能だ。

 

 

「宗次郎」

 

「分かってますよ、志々雄さん。次は……『二歩手前』で行きます」

 

 

宗次郎の言葉に、吾輩は顔を顰めた。

二歩手前……それ即ち、宗次郎の全力である『縮地』の二歩手前だということ。

全力とは程遠い。

 

 

「あ、雷十太さん。待たせて、すみません」

 

「……吾輩はそのまま、待たせてくれると助かるのだが」

 

 

無駄話をしつつ、呼吸を整える。

ここで先制攻撃を仕掛けても避けられる。

いや、避けられる所か反撃もされるだろう。

 

であれば、吾輩に出来る事は待つだけだ。

言葉とは別に、脳は全力で宗次郎の足元へと集中する。

 

 

「いえ、志々雄さんを待たせる訳にはいきませんから」

 

 

とん、とん、と宗次郎が畳を爪先で踏む。

より身軽に、より素早く、身のこなしが一段階切り替わるように。

 

 

「では、行きます」

 

 

そう告げた、と同時に──

 

畳が爆ぜた。

 

 

「っ!」

 

 

方向──

 

左。

 

吾輩は畳を全力で踏みつけて、姿勢を落とす。

身体を捻り左を向けば……やはり、宗次郎は既に間合いへと入っていた。

剣も抜かれて、頭上へと振り上げている。

 

速い、速すぎる。

間に合わない。

 

 

「だ、ぁッ!」

 

 

だが、何もせず死を待つ事はしない。

帰ってくると、由太郎に約束した。

であれば、帰らねばならない。

死ぬ事は許されていない。

 

剣を薙ぎ、飯綱を纏わせる。

 

秘剣、纏飯綱──

 

これぞ、決死。

当たれば即死の居合斬り。

 

宗次郎の進む先に死の一撃がある。

しかし、それを見切れぬほど相手は甘くない。

宗次郎はその飯綱を避けるために、吾輩の頭上を飛び越えた。

 

 

()っ!?」

 

 

直後、吾輩の肩に痛みが走った。

纏飯綱を避けるために吾輩の頭上を飛び越えつつ、宙で回転し、吾輩の肩を斬ったのだ。

 

そうして立ち位置が、入れ替わった。

宗次郎は息一つ切らしていない。

 

 

「はぁ……ふ、ぅっ」

 

 

しかして、吾輩は息を切らし、脂汗をかいている。

 

肩から血が滲む。

だが、肩の傷は筋まで届いていない。

浅く、この剣戟に影響はしないだろう。

 

しかし、一撃は一撃。

この一撃の重みは違う。

 

 

「……二歩手前。ここが雷十太さんの反応できる限界、でいいですか?」

 

 

宗次郎はその一撃を喜ぶ訳でもなく、ただ事実として受け止めていた。

これは確定した力量の差。

 

つまり、何度も繰り返すだけで吾輩は死に至る。

 

……だが、勝機が無い訳ではない。

ただ一度だ。

ただ一度、攻撃を当てるだけで決着がつく。

 

問題があるとすれば、その一撃で宗次郎を殺してしまうかもしれない……という事だ。

 

 

「……ふっ」

 

「あれ?何で笑ってるだろう……打ち所が悪かったんですか?」

 

 

いや、違う。

格上相手に手加減などと考えている自分を嘲る笑みだ。

 

もし、そうだ。

もしも、だ。

 

由太郎と会う事なく、剣心達とも会わなければ……吾輩はきっと、この状況で宗次郎を殺すべく剣を振るっていた。

相手は格上で、殺しにも来ているのだ。

ならば、勝つために全力を出すのは当然だ。

殺されるぐらいなら殺してやる、そう考えるのが普通の剣客だ。

吾輩もそうだったろう。

 

だがしかし、それは『もしも』の話だ。

吾輩は由太郎に会い、剣心と戦い、今に至る。

積み重なった心が、吾輩の剣から殺気を抜いた。

 

真古流は殺人剣。

されど──

 

『その剣に意味を与えるのは雷十太殿自身でござるよ』

 

……そうだったな、剣心。

 

ならば、この力を振るう事に恐れはない。

全力は出す、だが殺しはしない。

 

 

「……ふ、ぅ」

 

 

息を深く吐き、体に力を満ちさせる。

剣気に満ちて、部屋が軋むような悲鳴を上げた。

 

剣を握る手を強めて、構える。

 

 

「……宗次郎、一歩手前だ」

 

「え?二歩手前でも殺せますよ?」

 

 

志々雄の言葉に宗次郎が首を傾げた。

そんな宗次郎に志々雄は笑みも浮かべず、口を開いた。

 

 

「俺の言う事が聞けねぇのか?」

 

「……いやだなぁ、志々雄さん。ちょっと疑問に思っただけですよ」

 

 

そう口にしつつ、宗次郎は吾輩に向き直った。

 

油断はしてくれぬか。

そう思いつつも、落胆はしない。

 

今はただ、宗次郎を倒す。

全身全霊、全力を以て相手をする。

 

 

「じゃあ、行きますよ?雷十太さん」

 

 

宗次郎が再び軽く足を鳴らした。

それと同時に、吾輩は剣を頭上へと掲げた。

そして剣に飯綱を纏わせる。

 

 

「来い」

 

「では、お言葉に甘えて──

 

 

刹那、宗次郎の居た場所が爆ぜた。

目にも見えぬ、神速を越えた接近。

 

速い。

先ほどよりも、速すぎる。

 

最早、その爆ぜた場所から方角を見極めようとも、反撃は間に合わない。

 

ならば、そう。

吾輩に出来る事は──

 

 

()んッ!!」

 

 

吾輩は飯綱を纏った剣を、自身の足元へと叩きつけた。

宗次郎の困惑するような声が、聞こえたような気がした。

 

だが、それに反応する事はない。

 

剣圧を極限まで込めた飯綱が吾輩の足元に叩きつけられた。

そしてそれは、足元の畳に衝突すると同時に爆ぜた。

 

第三の秘剣、飯綱嵐(いずなあらし)

 

吾輩を中心として、小さな斬撃が拡散する。

 

 

「っ……!?」

 

 

見えた。

宗次郎が焦るように後退しているのが見えた。

 

小さな真空の刃が宗次郎へと襲いかかる。

宗次郎はそれを回避しようと、距離を取っている。

 

だが、今の宗次郎よりも真空の刃の方が速い──

 

 

「なっ!?」

 

 

しかし、宗次郎は更に加速した。

全力で畳を蹴り、宙で身を捻り、壁を、天井を蹴って回避したのだ。

 

 

「……ふー、びっくりした」

 

 

宗次郎は少し汗をかきながら、元いた位置へと戻っていた。

そして、吾輩に向けて笑みを浮かべた。

 

 

「あーあ、思わず『縮地』を使っちゃったじゃないですか。一歩手前だって言ったのに」

 

 

そう言いつつ、宗次郎は息を深く吐いた。

 

 

「あぁ、宗次郎。『遊び』は、お前の反則負けだな」

 

 

志々雄の方は……真空の刃から由美への巻き添えを防ぐためか、足元の畳をひっくり返して盾にしていた。

 

そんな志々雄を見て由美は驚いているが、志々雄はそれを無視して吾輩を見ていた。

深く、笑みを強めながら。

 

 

「だが、雷十太。『死合い』ならてめぇの負けだ」

 

 

そう、吾輩の負けだ。

……吾輩の身体がボロボロになっていた。

当然だ。

 

飯綱嵐は四方八方へと爆ぜた。

その中心に居たのは誰か。

 

吾輩だ。

 

吾輩の足元から放たれた真空の刃は、吾輩の身体をも傷付けた。

深くはないが、決して浅くもない斬撃が身体をズタズタに引き裂いていたのだ。

 

 

「く、ぅ……っ」

 

 

吾輩は膝をついた。

出血もそうだが、疲労の蓄積が凄まじい。

 

思えば、今日。

全力で山を駆けて、飯綱を何度も放った。

志々雄一派の者ども、尖角と、宗次郎。

連戦だった。

 

身も心も疲弊していたのだ。

 

甘かった。

捨て身になれば勝てると考えていた吾輩の落ち度だ。

 

 

「……どうしますか?志々雄さん、殺しますか?」

 

 

宗次郎がそんな事を言う。

既に勝敗は決していた。

吾輩の負けは、誰の目から見ても明確だった。

 

 

「いや、連れて帰る。殺すつもりだったが、存外、中々の上玉だった。こいつには利用価値がある」

 

 

その言葉に由美が顔を顰めた。

 

 

「志々雄様?」

 

「そう妬むな。言葉のあやだ。十一本、ってのは語呂が悪いが、悪くねェ」

 

 

自分の処遇をどうするか話している言葉すら、遠くに聞こえる。

 

 

「でも志々雄さん、従いますか?雷十太さんは」

 

「従わせる方法は何も説得だけじゃねぇ。色々と方法はある」

 

 

息を何度も吸って、吐いて……何とか立て直そうとする。

 

だが、ダメだ。

皮膚の下、筋が切れている。

待てば自然と治るだろうが、数刻で治るほど浅くはない。

 

最早、ここまでなのか──

 

 

「それは困るな。そこの阿呆は、連れて帰ると約束している」

 

 

瞬間、襖が蹴飛ばされた。

外れて落ちる襖の外に居たのは……警官服を着た男。

 

 

「ほう、来たか」

 

 

斎藤一……何故、ここに?

いや、斎藤一だけではない。

まだ側に、人が居る。

 

 

「お主が……志々雄 真実でござるか」

 

「フン、“君”ぐらい付けろよ。無礼な先輩だな」

 

 

そこに居たのは剣心だった。

分からない。

 

どうしてここに来ているのか。

何故、ここに来たのか。

 

 

「雷十太さん!」

 

 

剣心達の後ろから、吾輩の側に二人の兄弟が寄って来た。

 

 

「栄一郎と……栄次、か」

 

 

逃した筈の栄一郎と栄次がそこに居た。

血塗れになった吾輩を見て右往左往している。

 

 

「ちょ、血塗れじゃない!手当てしないと!」

 

 

……あれ?

いや、知らん奴も居る。

太腿丸出しの女忍者みたいな奴が居る。

 

まぁ、それはいいか。

置いておいて、吾輩は栄一郎に目を向ける。

 

 

「何故来た」

 

「……お袋達は警官に預かって貰った。だから、助けようと栄次が──

 

 

栄次の方へ目を向ける。

顔を青褪めさせていた。

 

怖いのだろう。

志々雄や宗次郎が。

 

だというのに、助けに来たのか。

 

危ないというのに。

叱るべきか、褒めるべきか。

それは吾輩には分からない。

 

ただ──

 

 

「すまぬ、助かった」

 

 

助かったのは事実だ。

なんて言っている間にも、忍者娘に晒しで巻かれる。

……この忍者娘……あぁ、なるほど。

巻町 操か。

見覚えはあったが、会った事は無かった。

 

栄一郎に栄次。

色々と話したい事もあるが、今はそれどころではない。

 

吾輩は視線を志々雄と剣心へと戻した。

剣心はいつもの気の抜けた顔ではなく、真に迫る顔をして志々雄を睨んでいた。

 

 

「お主に無礼を咎められる程ではない……雷十太殿に怪我をさせたのはお主か」

 

「いいや、そこの宗次郎がやった」

 

 

志々雄の言葉に、宗次郎が目を瞬いた。

 

 

「え?僕ですか?そこの雷十太さんが自分でやった事ですよ?ね、雷十太さん」

 

「…………」

 

 

宗次郎の言葉を聞き、吾輩は押し黙った。

事実だから致し方ない。

そんな吾輩の側に、斎藤が寄って来た。

 

 

「阿呆」

 

 

そして小声で罵倒しつつ、吾輩の頭を鞘尻で小突いた。

怪我人だというのに酷い奴だ。

 

そんな吾輩達を無視して、剣心は志々雄達を睨んだ。

 

 

「……剣を取れ、志々雄 真実」

 

「話も聞かず死合おうだなんて、やっぱ無礼だぜ。先輩さんは」

 

 

志々雄と剣心、二人の剣気が衝突した。

 

 

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