TSおねショタ雷十太   作:WhatSoon

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第二十幕 比古清十郎

空が茜色に染まる中、山中。

吾輩と薫、弥彦と由太郎、操の五人で歩いていた。

 

 

「ふぅ……もう日が暮れるぜ。急がねぇと、野宿だ」

 

 

弥彦の言葉に吾輩も頷く。

 

 

「うむ。この辺りは野宿するには向かぬし、遅くとも林ぐらいは抜けたい」

 

「……向かない?そりゃ何でだ?」

 

「獣道に見えて、何者かが整備している。焚き木に使えるような、乾いた木材が落ちていない。こういった場所で暖を取るのは難しい……今のような時期にはマシだが、夜は冷える」

 

 

吾輩の言葉に薫がちょっと引いた顔をした。

 

 

「えらい実感のある言葉ね……」

 

 

対して、由太郎が頷いた。

 

 

「先生、うちに来る前は野宿ばかりしてたらしいですよ。経験談だと思います」

 

「お金が無かったのかしら」

 

「そういう訳ではなく、単純に野宿が好きなんだと思います」

 

 

聞こえているぞ。

吾輩は別に野宿が好きという訳ではない。

単純に宿で泊まる金が勿体無いのと、遠出する際は街に寄るより、直接最短距離で山越えした方がいいと考えてるだけだ。

 

……まぁ、これを言った所で彼等が納得しないのは分かっているので何も言わないが。

 

 

「でも、爺やの調べによると、もうすぐらしいよ?野宿とかしなくても良さそーだけど」

 

 

操の言葉で、弥彦が安堵の息を吐いた。

 

 

「はぁー、そりゃ良かった。このまま歩かされ続けたら足が棒になっちまうところだ」

 

 

弥彦の言葉に由太郎と、薫が頷く。

吾輩からすれば、この程度の道など苦でもないが……確かに辛いか。

これは単純な訓練というより、山道に慣れているかどうかの話だ。

 

吾輩や操は慣れており、他の面々は慣れていない。

それだけだ。

 

そんな彼等を無視して、操が手帳を取り出した。

 

 

「しっかし、新津覚之進、だっけ?剣心が探してた……その筋では注目の陶芸家らしいけど」

 

「あ、俺、知ってます。親父が取り扱ってる陶芸の中にあって、結構な額で取引されてました」

 

 

由太郎の言葉に、操が目を瞬いた。

 

 

「へー……あんた商家の息子なの?」

 

「まぁ、はい」

 

「ふーん……あ、話を戻すんだけど──

 

 

何か気にしてそうな操が語ったのは、新津覚之進……いや、『比古清十郎』についての話だ。

どちらが本名という訳ではない。

比古清十郎という名も、飛天御剣流の開祖の名前であり、流儀の全てを習得した者のみ名乗る事が許される名前である。

 

 

「つまり、剣心が比古清十郎を名乗ってないのは──

 

「飛天御剣流の全てを修めてないってことか!」

 

 

由太郎の言葉に、弥彦の言葉が便乗した。

そんな二人に対して、操が頷いた。

 

 

「そう。師匠を探させたってのも、何らかの理由で会得してなかった技を習いに行ったに違いないわね」

 

「じゃあ剣心は今より強くなるのか……え、今より!?」

 

「そう!今より!」

 

 

調子の上がっている子供組……操は別に子供という訳でもないが、彼等が嬉しそうにしている反面、薫は少し難しそうな顔をしていた。

 

思わず、声を掛ける。

 

 

「大丈夫か」

 

「え?あ、うん。大丈夫」

 

 

その反応は大丈夫ではない。

だが、これ以上、深掘りされたがっていない返答でもある。

 

吾輩はただ頷く。

 

 

「ならいい。だが、悩みがあれば、いつでも話して欲しい」

 

「……うん、ありがとう。雷十太さん」

 

 

薫は大人として振る舞っているが、まだ若い。

子供達の居る手前、弱さを見せ辛い所もあるだろう。

だとしても、吾輩の前でぐらい弱みを見せても良いのだ。

吾輩はそう伝えたいのだが……如何せん、吾輩は口下手であった。

 

吾輩は山中を歩きながら、己の不器用さ加減に嫌気がさしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして歩いてやって来たのは……質素な山小屋だった。

しかし、質素ではあるが、堅実な作りに見えた。

人に見せる事を考えていない、見栄のない、住むだけの家……といった様子だ。

外には竈門もあり、薪を置く場も、倉庫もある。

 

それのどれもこれもが、大工が作ったようには見えない。

しかし、出来が悪いから手作りと判断した訳ではなく……どこまでも彩りがない故にそう考えたのだ。

 

どこまでも現実的で、無駄を削ぎ落としている。

……何となく、吾輩の趣味にも合う小屋だった。

 

なんて感心している吾輩を、由太郎は訝しんでいた。

 

 

「どうかしましたか、先生」

 

「いやなに、良い家だと思ってな」

 

「……そうですか?」

 

 

良さが分からないらしい。

一見、質素に見えるが、その実、無駄がない。

こういった良さは無骨さに間違われて、分かりづらいものなのだ。

致し方ないだろう。

 

うむ。

 

将来的にはこのような家で隠居生活するのも悪くないな……なんて内心で考えていると──

 

 

「やはり、お前に飛天御剣流を教えたのは間違いだったかもな」

 

 

なんて言葉が、室内から聞こえた。

あぁ、比古清十郎の言葉か……と考える間もなく──

 

 

「なんだと!?今なんて言いやがった!?」

 

「そうよそうよ!何言ってんの!?」

 

 

剣心過激派の弥彦と操が小屋の簾を蹴飛ばして、中へと入って行った。

人様の家に入る礼儀ではない。

吾輩と薫が慌てて後ろを追い、由太郎も遅れて小屋に入れば──

 

そこには剣心と……比古清十郎が座っていた。

剣心は大層、驚いた顔をしていた。

 

だが、比古清十郎は無表情のまま冷たい目線を吾輩達に向けていた。

 

 

「……なんだ、お前達は?」

 

 

憤っている操と弥彦に呆れてため息を吐きつつ……吾輩を見た。

 

 

「……ふむ」

 

 

目を細めて、何やら姿勢を崩して……瞬間、威圧感というものを感じた。

 

黒髪の長髪、美丈夫だが筋肉質の大男でもある。

繊細さと豪胆さが見える体躯に、思慮深い目……野生味を感じる口元。

 

これが比古清十郎。

飛天御剣流の現・継承者であり、緋村剣心の師匠。

 

一流の剣客が放つ剣気を感じ取る。

警戒されているのか、試されているのか……そう考えていると、急に威圧感が消え失せた。

 

 

「剣心……こいつらはお前の知り合いか?」

 

 

比古清十郎の言葉に、剣心は困った顔で頷いた。

 

 

「……ええ、はい」

 

 

薫と目が合い、気まずそうにしている剣心を見て、比古清十郎は笑みを深めた。

 

 

「フン、なるほど。そうか……まったく、呼んでも居ない客を次々と呼びやがって」

 

 

比古清十郎の言葉に、弥彦と操が顔を顰めた。

いや、だが実際に呼ばれてもいないのに邪魔をしているのは吾輩達なので、吾輩は耳が痛いのだが。

 

 

「おい、剣心。お前、沢まで降りて水を汲んで来い」

 

「は?なんで拙者が?」

 

「お前の客人だろう。ここには水の蓄えも一人前しかない。飲まず食わずとは行かんだろう」

 

「……いや、師匠が行けば──

 

「師匠を水汲みに行かせる気か?相変わらず、良い度胸だな。尻を蹴られてから行きたいのか?ぐだぐだ言ってねーで、さっさと行け」

 

「……まったく、人使いの荒い」

 

 

渋々出ていく剣心と、薫がすれ違う。

しかし、何も言葉を交わさず、何とも言えない空気が流れた。

 

かたや、大切な人が傷付かないように置いて来た流浪人、そして、それを追って来てしまった女性。

交わす言葉を悩むのは仕方あるまい。

 

薫は剣心を追うことも出来ず、ただ見送ることしか出来ない。

そんな薫の背中を、弥彦が蹴飛ばした。

 

 

「てめ、薫!何か声を掛けろよ!」

 

「そーよ!わざわざ追ってきたんでしょ!」

 

「……うん」

 

 

弥彦と操が咎めるも、薫は小さく頷く事しかできなかった。

 

 

「ちっ、こりゃ重症だな」

 

「肝心な時なのに……」

 

 

本人以上に騒いでいる二人を他所に、吾輩は比古清十郎に目を向けた。

瞬間、視線が合う。

 

 

「…………」

 

 

それはつまり、吾輩が背を向けている間も目を向けていたという事で。

肌の表面をなぞり、産毛を逆立てるような感触に目を細める。

 

 

「…………何か?」

 

 

気になる事でもあるのだろうか。

悪い男ではないと知っているが、それでも警戒をしてしまう。

一歩引けば飲み込まれてしまうような存在感を感じつつ、吾輩は足先を向けた。

 

対して、比古清十郎は顎に手を当てた。

 

 

「フッ、お前は他の奴らと違うな。どちらかと言えば、“こちら”寄りの人間に見える。剣心とはどういう関係だ」

 

 

どういう、と言われて……答えに詰まる。

居候仲間でもなく、同居人でもない。

同じ道場の門下生でもなければ……そうか。

 

 

「友人だ」

 

「ほう、友人か……なるほど。ただの友人か。あいつに友人、ねぇ……?」

 

 

比古清十郎は笑みを深めた。

そして、座敷から立ち上がった。

 

瞬間、弥彦と由太郎、操が後ろに退いた。

 

大きい。

高身長である吾輩よりも、僅かに大きい。

立てば、その存在感が威圧感となる。

こんな男には勝てないと、直感で分からせられてしまう。

 

 

「……少し確認したい事がある。触れてもいいか?」

 

 

触る、とは何か。

恐らくは手でも触れて、剣に打ち込んだ形跡を見たいのだろう。

一流の剣客は手を握るだけで相手の力量が分かるという。

 

 

「あぁ、構わぬ」

 

 

剣客として超一流である比古清十郎だが、礼儀を弁えた紳士でもある。

こうして、手に触れるだけで許可まで取ってくる。

彼は吾輩の手を握……らず、腰を両手でがしっと掴んだ。

 

 

「む゛っ!?」

 

 

突然の“せくはら”に吾輩は顔を強張らせた。

確かに男女であるが、それでも急にそんな場所を触られると意識してしまうもので。

 

 

「なーっ!?お前、先生に何を!?」

 

 

由太郎が怒声を上げているが、比古清十郎は無視して吾輩の腰の、横っ腹まで両手で握った。

 

 

「……ほう、なるほど」

 

 

しかし、その目に好色の気配はない。

単純に何かを確かめて、感心しているように見えた。

 

実際、比古清十郎の手は吾輩の肉ではなく、骨を掴んでいた。

硬い感触を確かめているように見える。

 

そうして、比古清十郎の手はゆっくりと下がり──

 

 

「んむっ!?」

 

 

太ももを掴まれた。

これは流石に駄目だろう。

抗議しようと比古清十郎を見下ろすが……その目は真剣そのものだ。

 

 

「き、きさまぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 

「落ち着け!落ち着け、由太郎!お前じゃ勝てない!」

 

「分かっている!いるが!許せんっ!」

 

 

竹刀を持って宙に振り回す由太郎を、弥彦が必死に押さえていた。

そんな騒がしい彼らを無視して、比古清十郎はまた頷いた。

 

 

「ふむ、もういいぞ。大体分かった」

 

 

何が分かったと言うのか。

吾輩が目を向けると、比古清十郎はすでに座敷に座り直した。

 

吾輩は息を整え、顔の熱を冷ましつつ向き合う。

 

 

「……はぁ……して、何の用だったのだ。いきなり腰や足を触るなどと──

 

 

何とか冷静を取り繕う吾輩の言葉に、比古清十郎がニヤリと笑った。

 

 

「お前、惜しいな」

 

「……は?」

 

 

そして、返した言葉は、吾輩の言葉に対する返答ではなかった。

 

 

「どうだ。俺が少し稽古を付けてやろうか?剣心の奴は気に食わんが、お前なら構わん」

 

「なに……?」

 

 

続く言葉すら、吾輩が欲する言葉ではなかった。

だがしかし、想定以上の高評価に吾輩は戸惑っていた。

 

しかし、比古清十郎の言葉に反応したのは弥彦だった。

 

 

「“気に食わない”って……てめーに剣心の何が分かるってんだ!あいつがどんな気持ちでここに来たのか!」

 

「フン、分かる訳がないだろう。明治になって消息の途絶えたバカ弟子の考えることなど」

 

 

比古清十郎が鼻で笑う。

それが更に弥彦を怒らせた。

 

 

「てめぇっ!剣心の師匠だからって俺は許さねーぞ!」

 

 

普段ならば薫が落ち着かせるだろうが、今は魂が抜けているかのように呆けている。

止める筈の由太郎も憤っているし、操も弥彦と同様に怒っている。

 

 

「落ち着け、弥彦」

 

 

仕方なしに吾輩は弥彦の首裏を掴み、猫のように宙吊りにした。

そして、比古清十郎に向き合う。

 

 

「清十郎殿。吾輩よりも剣心を優先して頂きたい」

 

「……ほう?そこまで言わせるか、あの朴念仁め。俺の馬鹿弟子は、随分と人気者じゃないか」

 

 

そう言いつつ、比古清十郎は笑った。

その笑みは一見、嘲笑にも見えたが……その奥側で、純粋に喜んでいるのが見て分かった。

比古清十郎は剣心の師匠であるが、それ以前に親代わりでもある。

 

親心、という奴か。

 

しかし、その仕草を弥彦は読みきれず、怒りに油を注ぐ事態となった。

 

 

「いくら師匠でも、あんたが知ってる剣心は弟子だった頃の剣心だろーが!俺達の知ってる剣心は馬鹿でも朴念仁でもねーぞ!」

 

 

首裏を掴まれて宙吊りになりならがらも、そう啖呵を切った。

そんな弥彦を見て、比古清十郎は頷いた。

 

 

「なるほど、それは道理だな。知らないものを愚弄するのは愚か者のする事だ。ならば……俺に詳しく聞かせてみろ、童」

 

「……は?(わっぱ)だと!?」

 

 

怒るべきはそこじゃないだろう、と思いつつ吾輩は比古清十郎に顔を向けた。

視線は鋭いが、口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

「俺が知りたいのは、あいつが語る緋村剣心ではなく、俺の知らないあいつを見てきた奴の言葉からだ。俺の教えた飛天御剣流で何を守ってきたのか、それが知りたい」

 

 

最早、弥彦を宙吊りにする必要も無かろう。

吾輩が手を離せば、弥彦は不服そうにしながらも座席についた。

 

 

「チッ!いいぜ、話してやる!そんで納得したら、剣心に謝りやがれ!」

 

「フン、それは約束できないな。だが、話は聞いてやる」

 

 

上から目線同士の会話にくらくらしてくる。

そんな吾輩を無視して、弥彦が剣心について語り始めた。

 

 

 

 

 

 

そうして弥彦が……そして途中からは薫も語った剣心の話を、比古清十郎は面白そうに聞いていた。

過去の話を、今の話を……剣心の話を。

 

 

 

 

 

 

 

時間が過ぎた頃、剣心が水桶を手に戻ってきた。

 

 

「戻ったでござる。この水桶はどこに置けば?」

 

 

視線が集まっているのに気まずそうにしながら、剣心が水桶を適当に置いた瞬間──

 

 

「お前、この十年で流浪人となり、人助けをしながら全国を歩いていたらしいな。何のつもりだ?」

 

 

比古清十郎の言葉に、剣心は顔を上げた。

 

 

「ただ……目の前の人々が苦しんでいるのを見過ごせない。それだけでござるよ」

 

「フン、馬鹿弟子の癖に……遠回りをしながら、飛天御剣流の真の理を会得したか」

 

 

比古清十郎はそう口にして、外套を手に取り立ち上がった。

 

 

「良いだろう。飛天御剣流の最後の奥義、それをお前に伝授してやる」

 

「「「おお……!」」」

 

 

周りの人間が驚く中──

 

 

「本来ならば飛天御剣流の継承者である俺が志々雄を何とかすべきだろうが。今更そんな面倒な真似は御免被る」

 

「「「……おぉ」」」

 

 

周りの呆れるような視線を無視して、比古清十郎が鼻で笑った。

 

 

「俺が面倒にならない方法を考えた。一つ、昔の弟子を鍛え直しつつ……もう一つ、新たに仕込めば良いことに俺は気付いたって訳だ」

 

 

そう口にして……比古清十郎は吾輩に視線を向けた。

 

 

「お前も来い。俺が稽古を付けてやる」

 

 

比古清十郎の言葉に目を瞬いた。

何故かは知らないが、ここまで露骨だと吾輩にも分かる。

 

吾輩は比古清十郎に、気に掛けられている。

何かを期待されている。

 

本来ならば剣心の修行が優先。

吾輩など壁の影にでも隠れるべきだ。

 

だがしかし、願ったり叶ったりでもある。

京都でも戦いは、これから激しさを増していく。

であれば、これほどの強者に学ぶのは悪くはない。

 

 

「……世話になる」

 

「ああ、世話してやる」

 

 

不遜な態度の比古清十郎に頭を下げつつ、吾輩も立ち上がる。

心配そうにしている由太郎の頭を軽く撫でて、問題ないと言外に伝えるが……由太郎は比古清十郎を睨んでいた。

 

比古清十郎は気にしている素振りはなかったが。

 

小屋を出た比古清十郎を追うべく、吾輩と剣心は外へと──

 

 

「雷十太殿」

 

「なんだ?」

 

「師匠の修行は凡そ人が修めるべきではないほどに、苛烈でござる。退くなら今でござるよ」

 

「……そうか?それは腹を括らねばな」

 

 

吾輩は後半の言葉を聞き流し、頷いた。

なるほど、比古清十郎は体育会系という奴なのだろう。

少し緊張しながらも武者震いしていると……剣心は少し目を細めていた。

何というか、呆れている顔だ。

 

何だその、吾輩が鍛錬狂いであるかのような視線は。

 

そんな剣心を連れて、比古清十郎の元へ向かおうとすれば──

 

 

「剣心!」

 

 

薫の呼び掛けに、剣心は振り返らずも固まった。

顔は少し悩ましげで、嬉しいような、怒っているような表情だ。

危険だというのに勝手に京へ来たのを叱りたい気持ちと、自分を追ってきてくれた事実への喜び、そして感謝。

 

それでも無視しようとする剣心の肩に、吾輩は手を置いた。

 

 

「剣心。薫とも、少しは話せば良いだろう」

 

「……しかし」

 

「折角、京まで来てくれたのだ。生半可な気持ちではあるまい」

 

「……そうでござるか」

 

「清十郎殿には吾輩から言っておく。行ってくれ」

 

「かたじけない」

 

 

夜道を少し歩いた所で、剣心は振り返り、薫の方へと向かっていたと。

その姿を見送りつつ、吾輩は速足で進めて……清十郎に追い付いた。

 

 

「遅いぞ……ん?何だ、馬鹿弟子は来ないのか?怖気付いたか」

 

「いや、今は薫と話している」

 

「なるほど、剣心の“これ”か」

 

 

ちょっと少年誌では見せられなさそうな手印を見せられ、ちょっと顔を顰める。

まぁそこまでは行ってないが、事実、将来的には婚約する二人だ。

比古清十郎の言葉もあながち嘘ではない。

 

 

「しかし、清十郎殿」

 

「ん?なんだ」

 

「何故、吾輩に稽古を?先ほども惜しいと言っていたが」

 

 

そう話していると、比古清十郎が山中を歩き出した。

剣心が合流していない今、勝手に移動すると拙いと思うのだが……それだけ、今から向かう場所は互いの共通認識なのか。

 

吾輩は置いていかれぬよう、比古清十郎の後ろを歩く事にした。

 

そんな吾輩を、比古清十郎は一瞥した。

 

 

「お前は恵まれている。その背丈も、筋肉も、骨の太さも。凡そ、肉体の強度だけで考えれば剣心以上だ」

 

「む……」

 

 

突然褒められて、ちょっと返答に困る。

そんな吾輩を無視して、比古清十郎は語る。

 

 

「ま、俺に比べれば団栗(どんぐり)の背のような差だが。良い線は行っている」

 

 

自信満々な発言をしつつ、髪を掻き上げている。

 

 

「…………」

 

 

何とも自信家であるが、それが自信過剰ではないことを吾輩は知っている。

事実、比古清十郎という男は強い。

剣心よりも、志々雄よりも、遥かに強いだろう。

 

故に、その言葉に嘘はない。

彼からすれば、吾輩など言葉通り道端に落ちている団栗(どんぐり)程度でしかない。

 

 

「だが、この明治の世に過剰な力は必要とされていない。自然、経験を積む事もないだろう。だから惜しいと言ったんだ」

 

 

そう言いつつ、比古清十郎は腰の刀を叩いた。

 

 

「力とは剣によく似ている。強靭に作り上げようと、実践で研がねば鈍でしかない。それで人を撲殺する事はできるが、畏れを断つ事は敵わぬ。お前は研ぐ機会を失っている」

 

「…………」

 

 

比古清十郎の言葉に頷く。

斉藤にも指摘された事だ。

 

吾輩には経験が不足している。

その不足が剣を振るう腕を鈍らせてしまう。

 

 

「だから惜しいと言ったんだ。お前があと五つ……いや、十も早く生まれていれば、名の立つ剣客として語り継がれていただろう」

 

「……そう、か」

 

 

それを悔しいとは思いたくはない。

人殺しの機会に恵まれたからといって、順応できるとも思わない。

剣を研ぐ機会があったとして、上手く研げるとかは分からない。

 

 

「ま、それが“幸せ”かというと、そうじゃないかも知れんがな」

 

 

そんな吾輩の心境を察してか、比古清十郎は笑みを浮かべた。

 

 

「それに、鈍には鈍の良さがある。一度磨いて刃を潰しても、元には戻らんだろう?」

 

「……そういうものか?」

 

「なんだ。俺を疑うのか?」

 

「いや、そうではないが」

 

 

偉く自信家だ。

どうにも反論できそうにない。

 

吾輩の素性は、先ほど、剣心が居ない間に語ってしまっている。

その素性を知った上で、清十郎は語っているのだ。

 

 

「それに、これから志々雄と戦うんだろ?戦力は多いに越した事がない。万が一にも俺が助けに行かなくても良いように、少しは鍛えておこうという訳だ」

 

 

面倒くさがりな発言ではあるが、剣心を気に掛けているのが声色から分かった。

 

そうして歩いていると、剣心が追いついた。

 

 

「フン、遅れたってのに謝罪の一つもなしか」

 

「……すまぬ、雷十太殿」

 

「いや、吾輩は構わんが──

 

「マジでイイ度胸してるな、バカ弟子が」

 

 

それと同時に、視界も開けて……巨大な滝が目に映った。

ざぁざぁという水音が響く中、比古清十郎が吾輩と剣心を一瞥した。

 

 

「さて、無駄話も必要ないだろう。まずはお手並み拝見と行こうか」

 

 

比古清十郎はそう言いつつ、これといった柄も、鍔さえもない刀を鞘ごと腰から抜いた。

手合わせを御所望らしい。

 

どちらが先なのか、そう考えていると──

 

 

「ん?何を呆っとしている。“二人とも”だ」

 

「……なに?」

 

 

吾輩が驚くも、なんて事はないという様子で比古清十郎が笑った。

 

 

「片方ずつなんて面倒でまどろっこしい事はナシだ。お前らの力を、俺に見せろ」

 

 

そう口にして、比古清十郎が刀を抜いた。

 

瞬間、凄まじい剣気が空気に満ちた。

木々が揺れ、木の葉が落ち、地につく前に破裂した。

 

 

「……っ!!」

 

 

今まであったどんな剣客よりも強い。

そんな事は分かっていた。

 

だが、ここまでとは……思わなんだ。

 

 

「……では、参る」

 

 

身動きすら取れない今、先に逆刃刀を抜いたのは剣心だった。

 

 

「……ふんッ!」

 

 

吾輩も続けて、剣を抜いた。

 

危なかった。

呑まれていた。

 

 

「……()ぅッ!」

 

 

吾輩はその怯えを振り払うべく、身体に力を込める。

 

 

「はあぁ……っ!」

 

 

同時に、剣心も己を奮い立たせた。

 

三者三様、剣気を放つ。

空気が歪んで見えるほどの威圧感がぶつかりあい、現実にも干渉を始める。

 

 

「フン、まずは俺に一撃でも当ててみろ。話はそれからだ」

 

 

見えない火花が散る中、比古清十郎がそう告げた。

 

 

 

 

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