TSおねショタ雷十太   作:WhatSoon

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第二十一幕 飛天御剣流継承者

目前に比古清十郎。

隣に、剣心。

そして、吾輩。

 

吾輩だけ一歩、格下であるには違いない。

 

ざぁざぁと崖から水が落ちて、滝底へと沈む。

 

空気中に満ちる水気と、剣気。

今すぐにでも爆ぜそうな爆弾を目の前にしているかのような、焦燥感と緊張感。

 

そんな中、目の前にいる比古清十郎がにやりと笑った。

 

 

「どうした?来ないのか?」

 

 

明らかな挑発。

だが、それは物事を有利に進めようと謀る挑発ではなかった。

それは湿気た火薬に発破をかけるようなもの。

 

吾輩を焚き付けて、その火を見たいという興味。

 

 

「……ふぅ」

 

 

ならば、乗らねば無作法というもの。

 

 

「はぁ……ッ!」

 

 

吾輩は全身の筋肉を怒張させて、微細に振動させる。

力を込めるのが目的ではなく、身体を震わせる事が目的だ。

 

 

「……ほう?」

 

 

そんな吾輩の姿を見て、比古清十郎は感嘆の息を吐いた。

対して、剣心も片眉を上げて少し驚いているようだ。

 

そんな視線が集まる中、吾輩は真剣を水平に構えた。

 

 

()くぞ!比古清十郎ッ!」

 

「ああ、来い」

 

 

堂々と防御体制を構える比古清十郎に対して、吾輩は剣を振りかぶる。

筋肉の微細な振動を剣先に伝え、その剣先から空間へ、空気の層が生み出される。

 

秘剣──飛飯綱。

 

空気の断層は真空の刃となり、空間を引き裂く斬撃となる。

 

それを吾輩は水平に放った。

上段からの振り下ろしに比べて威力は劣るが、回避は困難。

まともに当たれば肉体(からだ)の上と下がお別れする事は間違いない。

 

 

「……なるほど、確かに厄介だ」

 

 

対する比古清十郎は不可視の斬撃を前に、その性質を感じ取っていた。

そして、目の前に飛飯綱が迫る瞬間……地を蹴り、跳躍した。

 

当然、斬撃は避けられる。

だが、宙に浮いたその隙を見逃す吾輩ではない。

 

水平に薙ぎ払った構えのまま、吾輩は片足を軸に踏み込み直す。

そのまま一回転しつつ振りかぶり、さらなる技へと繋げる。

 

 

()ぁッ!」

 

 

一度解き放った真空を、回転と同時に再度生み出し、回転の力を元に解き放つ。

 

 

「……む」

 

 

再度放たれた飛飯綱は、一度目と同等の速度を持っていた。

 

名付けて『飛飯綱返し』である。

 

地を蹴り、宙へ飛んだ比古清十郎に避ける事はできない──

と、考えるのは比古清十郎を知らぬ人間だけだ。

 

彼は宙で回転し、身に纏っていた外套を脱ぎ捨ててつつ空中で軌道変化した。

斬撃は外套と比古清十郎の間を通り……比古清十郎は無傷のまま地面に着地した。

 

同時に、強烈な衝撃音と共に地面へ外套が落ちた。

地面が砕けている……そして、外套は布とは思えぬ異様な形に跳ね上がっている。

 

尋常ならざる様子に訝しむと、比古清十郎が鼻を鳴らした。

 

 

「フン……重さ十貫の肩当て、筋肉を反る発条(バネ)の仕込まれた白外套(マント)……こいつは、代々、「比古清十郎」の名と共に継承されてきた、飛天御剣流伝承者の力を抑えるための枷だ」

 

 

そして、比古清十郎が髪を掻き上げた。

 

 

「まさか、こんな早々に脱がされるとはな」

 

「……それを脱ぐつもりはなかったと?」

 

「俺に露出の趣味はない」

 

 

的外れな悪態を吐きつつも、比古清十郎には余裕が見える。

そして、外套の下に着ている赤い服越しに、身体の形がはっきりと見えた。

 

瞬間、吾輩は目に集中して……比古清十郎の肉体を透かし見た。

 

 

「……なんと」

 

 

凄まじい肉体だ。

 

体躯は大きく、筋肉質……無駄な脂肪一つなく、無駄な筋肉もない。

ただ剣を振るう事に最適化された、究極の剣士……その肉体。

正しく、万金に値する究極の機能美だ。

 

剣士としての完成形と言って良いだろう。

 

 

「さて……馬鹿弟子。お前は見ているだけか?俺は同時に来いと言ったんだ……順番に交代などせんでいい」

 

「……師匠がそう言うのであれば」

 

「フン、さっさと来やがれ」

 

 

瞬間、剣気が爆ぜた。

比古清十郎を中心とした空間から、押し出されるような威圧感。

びりびりと、肌が震える。

 

これが外套を脱ぎ捨てた比古清十郎か──

 

そう考えた瞬間、剣心が前に出た。

 

 

「はッ!」

 

 

地面を蹴り、宙を飛ぶ。

それこそ、頭上から剣を相手に叩きつける技であろう。

 

飛天御剣流──龍槌閃。

 

 

「フン」

 

 

それに対して、比古清十郎は迎え撃つように剣を構えて飛翔した。

恐らくは、大地を蹴り、剣を切り上げる技。

 

飛天御剣流──龍翔閃。

 

 

「おおお!!」

 

 

二つの飛天御剣流が接触する……吾輩がそう考えた瞬間──

 

 

「がっ!?」

 

 

剣心が比古清十郎に蹴り飛ばされた。

そのまま剣心は宙を回転しながら、地面へと転がった。

 

 

「く、っ……!」

 

 

だが、受け身は取れたようで即座に立ち上がっていたが。

 

そんな剣心に対して、比古清十郎は指を差した。

 

 

「お前は自分の読みに頼り過ぎだ。経験から自分の読みに違いはないと考えやがる……その頑固さは、短所だぜ」

 

 

嘲笑しつつも、欠点を指摘する。

なるほど、師匠らしい姿だ。

 

 

「師匠も、性格が悪い……」

 

「フン、そういうお前も昔から生意気なままだ。だが、ここまで腕が鈍っているとは予想外だったぜ。奥義伝授なんてする前に、試して正解だった」

 

「くっ……」

 

 

そう言い切り、比古清十郎が吾輩へ目を向けた。

 

 

「さて、互いに一手ずつ様子見したんだ。次こそ同時に掛かってこい」

 

 

比古清十郎の言葉に剣心が立ち上がり、比古清十郎へと構え直した。

そして、吾輩に耳打ちする。

 

 

「拙者が隙を作る。隙が見えたら、雷十太殿は飛飯綱を」

 

「承知した」

 

 

短い作戦会議に対して、比古清十郎は欠伸をしながら刀の背で己の肩を叩く。

 

 

「おいおい、丸聞こえだぞ?」

 

 

聞こえているようだが、構わない。

元々、作戦会議とは形だけの意思の共有。

知られた所で問題になるような、緻密な作戦など存在しないのだから。

 

 

「では、拙者から……はッ!」

 

 

瞬間、剣心が地面を蹴った。

 

速い──

あの時見た、瀬田 宗次郎に負けず劣らずの瞬発力。

 

 

「フッ」

 

 

それを鼻で笑い、比古清十郎は鞘を腰から引き抜き、剣を収めた。

対して、剣心もいつの間にか剣を鞘へと収めていた。

 

互いに抜刀術の構えを取りながら、距離が縮まる。

制空権を犯し、先手を取ったのはどちらかて…吾輩の目には同時に見えた。

 

 

「はぁッ!」

 

 

神速の抜刀術同士がぶつかる──

剣がぶつかりあう。

 

そう考えていたが、現実は違った。

 

 

「なッ!?」

 

 

響いたのは、鈍い音。

剣心の放った剣は、比古清十郎の鞘に防がれていた。

 

比古清十郎は抜刀していなかったのだ。

鞘に剣を収めたまま、剣心の一撃を相殺したのだ。

 

そして、たった一瞬。

たった一瞬の鍔迫り合いではあったが、力の差は歴然だった。

 

技術ではなく、生物としての力の差が。

 

 

「しまっ──

 

 

剣心は鞘の一撃を受け流しきれず、浮き上がっていた。

真に恐るべきは、剣心を浮き上がらせるほどの一撃を放った比古清十郎だ。

 

 

「ふんっ!!」

 

 

瞬間、剣心は弾き飛ばされた。

剣越しに凄まじい力を込められ、吹き飛ばされたのだ。

 

木々を砕いて吹き飛ぶ剣心を横目に、吾輩は剣を構えていた。

 

そう、今が好機なのだ。

剣心を弾き飛ばした余韻が抜けきっていない、今の隙こそが狙い目である。

 

 

()んッ!」

 

 

秘剣・飛飯綱──

 

空を引き裂く斬撃が、比古清十郎の元へと疾る。

対して、比古清十郎はまだその場に留まっている。

 

そして……鞘を振り回した姿勢から、そのまま抜刀した。

そうだ、飛天御剣流の抜刀術は全て、隙を生じぬ二段構えであった。

 

 

飛天御剣流──双龍閃・雷。

 

 

かつて吾輩を破った一撃が、飛飯綱とぶつかった。

だが、飛飯綱をそれで受け止める事は出来ないはずだ。

 

真空の斬撃は、剣と接触したところで、そのまま剣を貫き、剣客へと届く。

 

そう考えていたが──

 

 

「なに……っ!?」

 

 

吾輩の一撃は、比古清十郎の剣と接触した瞬間に砕け散った。

 

そして、見たのだ。

相殺する直前、比古清十郎の剣先が蜃気楼のように歪んで見えたことを。

 

それは間違いなく、纏飯綱であった。

吾輩の技であった。

 

驚く吾輩に対して、比古清十郎は息を深く吐いた。

 

 

「フン……そう驚く事じゃない。お前の剣はさっき見た。そして、その性質も見抜いた。であれば、俺に出来ない道理はない。違うか?」

 

「……そう容易く使い熟せるとは思いたくなかったが」

 

「安心しろ。並の、いや、一流の剣客でもこうは上手く行かない。俺がただ一流を超えた、超一流だった……というだけだ」

 

 

滅茶苦茶な理屈だが、比古清十郎の言葉であれば道理となる。

それ程までに規格外。

 

これが飛天御剣流、第十三代目継承者……比古清十郎なのだ。

 

 

「さて、次は俺から行こう」

 

「むっ」

 

「そう遠くから斬撃を飛ばすだけでは、分からん事もあるだろうし……な!」

 

 

刹那、比古清十郎の足元が爆発したかのように見えた。

速さだけならば、体の軽い剣心の方が上となる筈……だとしても、殆ど同速だ。

 

吾輩はこの透き通るような視界の中で見た。

 

全身の筋肉を発条のように、しなやかに、しかして力強く活かし、大地を踏み抜いたのを。

 

そして、その結果が迫り来る。

比古清十郎が吾輩の間合いに来る。

 

 

「……っ!」

 

 

油断していた訳ではない。

だが、あまりにも速すぎる。

 

吾輩は剣を構えつつ、大地を踏み砕く。

剣に纏うは飯綱、迎え撃つは真空の刃。

 

直後、比古清十郎が吾輩の間合いに入った。

 

 

「おおッ!」

 

 

声を発し、気を昂めて、剣を振るう。

袈裟斬り、それを放った。

 

だが、比古清十郎も同様に剣を振るう。

左右逆転、互いに剣がぶつかり合う。

 

それ即ち、比古清十郎の剣が真空の刃を纏っていた事の証明となる。

 

 

「ぬうっ!?」

 

 

砕けた真空の刃は吾輩の薄皮一枚を引き裂いた。

僅かに血が漏れる。

 

対して、比古清十郎は見えているかのように、その不可視の斬撃を避けきっていた。

 

そして更に、吾輩は力負けをしていたのだ。

鍔迫り合いの中、押し込まれていく。

 

吾輩が力負けをしている。

その事実は理解できても、衝撃であった。

これまで、吾輩を純粋な筋力で上回る剣客と相対した事はなかったからだ。

 

 

「く、おおッ!」

 

 

吾輩は剣を弾き、身を引く。

さすれば、比古清十郎の剣を避けられると思っていたからだ。

 

だがそれは甘えであった。

 

一歩。

そう、一歩だ。

 

吾輩は一歩退いた。

そして、彼は一歩踏み込んだ。

 

ただそれだけで、間合いの内に居た。

 

 

「歯を食い縛れ、少し痛いぞ」

 

 

その言葉が耳に届いた瞬間──

ゴッという音と共に、肩に衝撃が走った。

 

 

「があッ!?」

 

 

剣を逆手に持ち、棟で吾輩を叩き潰すかのように振り下ろしていたのだ。

みしり、と衝撃で全身の骨が悲鳴を上げていた。

 

 

 

「っ、う、ぐ……ッ!!」

 

 

吾輩は地面に倒れそうになりつつ……同時に、片手で地面を叩いた。

受け身を取りつつ、再び剣を構えたのだ。

 

 

「なるほど、やはり根気があるな。この俺の一撃を受けて、尚倒れないとはな」

 

 

そう比古清十郎が語る。

 

 

「やっぱりお前は、どちらかというと俺と型が近い」

 

「近い……型が?」

 

 

ここまで別格の相手に言われてもよく分からない。

困惑していると、剣心が林から戻ってきた。

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

「随分と遅いご帰還だ。それにボロボロだな」

 

「どの口が……!」

 

 

木の葉を払いつつ、剣心が比古清十郎を睨んだ。

 

 

「その意気だ。お前はどうにも、戦う気力が薄い。ここで俺と戦っても無意味だと考えている節がある」

 

「……っ!」

 

「舐めるな。その鈍った腕、甘え切った心では、飛天御剣流の奥義習得など夢のまた夢だ。このバカ弟子が」

 

 

流れるような罵倒に辟易しつつも、剣心は心も折れていないようだった。

そんな剣心を見て少し嬉しそうにしているのは……比古清十郎が捻くれ者だからか。

 

そうして、比古清十郎が薄く笑った。

 

 

「さあ、続けるぞ」

 

 

吾輩と剣心、二人を相手取りながらも少しの疲れも見せない。

そんな比古清十郎を前にして、吾輩は息を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ……っ」

 

 

既に何度打ち込んだだろうか。

拙者と雷十太殿で、師匠に挑んでから既に数刻が流れていた。

 

太陽は沈み、月が上り、また沈み……夜が明けようとしていた。

 

 

「…………」

 

 

師匠を前に、雷十太殿は既に気を失っていた。

地面に女子を寝かせている事に対する申し訳なさ……よりも、真に恐るべきは師匠の持久力だ。

 

拙者と雷十太殿を前にして、未だ息切れすらしていない。

 

そしてまだ、拙者は一撃も入れられていない。

 

 

「オイ、いつまで休んでるんだ。いい加減、攻めて来い」

 

「く……っ」

 

 

しかし、本当に性格が悪い。

こうして息を整える事すら咎めてくるとは。

 

飛天御剣流継承者第十三代目比古清十郎──

性格が悪く、陰険。

ぶっきらぼうで人間嫌い。

拙者の過去を知っており、それを面白半分でほじくり返すタチの悪さを持つ。

 

 

「オイ、陰口ってのは思ってても口に出すもんじゃねェぞ」

 

 

だが、間違いなく最強の剣客。

人斬りの時代を含めて、師匠よりも強かった者は居らず……それどころか、比べられる相手すら居なかった。

 

ならばこそ、今、まだ体力のある内でなければ勝ち目はない。

 

 

「……行きます、師匠」

 

 

万感の想い、覚悟、決意。

その全てをこの逆刃刀に込め、全身全霊、渾身の一撃を放つ。

それが唯一、打ち負かす方法だ。

 

 

「おう。来い、バカ弟子」

 

 

瞬間、拙者は地面を蹴った。

同時に、師匠も地面を蹴った。

 

師匠は拙者の方に……だが、拙者は宙へと飛び上がっていた。

 

 

「空中戦か……良いだろう。付き合ってやる」

 

 

瞬間、師匠も大地を踏み砕き、直角に飛び上がった。

飛んだ拙者を追うように、飛び上がったのだ。

 

対して、拙者も剣を構えた。

 

宙を飛ぶ拙者に対して、それを迎え撃たんと飛び上がる師匠。

 

即ち、先程の再現。

しかし、先程とは剣に込める力が違う。

 

 

飛天御剣流──

 

 

拙者と師匠、どちらも奥義を選択した。

ここで決着をつけるという覚悟だ。

 

その決意のまま、拙者は剣を振り下ろした。

 

 

──龍槌閃!!!

 

 

対して、師匠は剣を振り上げた。

 

 

──龍翔閃!!!

 

 

互いの剣が、空中でぶつかった。

火花が散って、吹き飛ぶ。

 

確かな手応え。

だが、その衝撃は拙者の身体を貫いた。

 

痺れる感触と共に目の前に光が散って──

 

 

「うぐっ!?」

 

 

拙者は地面に叩きつけられた。

平衡感覚が狂う中、視線は師匠へと向ける。

 

 

「惜しかったな。技のキレは悪くなかったが……紙一重で、力不足だ」

 

 

師匠は地面にすんなりと着地していた。

だが、その手が震えている事に気付いた。

 

間違いなく、衝撃は師匠の体をも貫いた。

今なら碌に剣も振るえないだろう。

 

ならば、今が好機──

 

そう思い、立ちあがろうとするが……足が震えて立ち上がれない。

 

 

「脳震盪だ。着地の際に姿勢制御すらできんほど、全力で剣を振るうからそうなる」

 

「くっ」

 

「だが、そうでもしなけりゃ一撃すら当たられねェ……その気持ちは分かってやらんでも──

 

 

そこまで口にして、師匠は視線を拙者から背けた。

そして、振り返った。

 

 

「……驚いたぜ。目を覚ましたか」

 

 

そこには、雷十太殿が立っていた。

しかし、あまり万全と言える状況ではない。

 

 

「……ふんッ!」

 

 

まるで幽鬼のようにふらふらとしていたが、大地を踏み締めて構え直した。

 

 

「気迫は十分、か。いいぜ、相手してやる」

 

 

地面に倒れる拙者から背を背けて、雷十太殿と師匠が向き合う。

雷十太殿も疲労困憊のようだが、師匠の腕も震えている。

 

どちらも万全ではない。

であれば、どちらの方がマシなのか。

そう考えていると──

 

 

「かッ!」

 

 

雷十太殿が白目を剥きながら、大地を踏み砕いた。

正気や冷静さを失おうとも、戦いを挑んだのだ。

 

 

「は、あっ!」

 

 

瞬間、雷十太殿が剣を振り抜いた。

だが、師匠は一歩引いて避けていた。

 

 

「甘いぜ」

 

 

そして、剣を鞘から抜こうとして……身体が固まった。

 

 

「……ちっ」

 

 

拙者には見えていた。

先程の拙者の一撃と相打った所為で、剣を抜く事ができなかったのだろう。

 

それは雷十太殿も同様に……疲れに疲れて、切った張ったなど出来なさそうだ。

 

だが、それでも。

雷十太殿は剣を構えて、師匠へと近付いた。

 

 

「お、おおおッ!!!」

 

 

怒声と雄叫びと共に、その剣が師匠へと迫る。

だが、それでも師匠は師匠だった。

 

 

「来るか……だが、まだまだだ」

 

 

両手で押さえるように、雷十太殿の剣を受け止めていたのだ。

 

 

「あれは……!?」

 

 

飛天御剣流──龍咬閃。

 

 

手を組むようにして、剣身を押さえて白羽取る、飛天御剣流唯一の無手。

 

それを雷十太殿という剛力者に対して使ったのだ。

 

ここまで疲弊させて、剣を抜くことを躊躇わさせて尚、まだ勝てないというのか。

 

そう考えていたが──

 

 

「まだ、だッ!」

 

 

雷十太殿は剣を捨てた。

受け止められていた剣を投げ捨てたのだから。

 

 

「ん……?」

 

 

互いに素手へと……いや、今は剣身を受け止めるべく両手で掴んでいる師匠の方が不利だ。

 

 

()んッ!!」

 

 

直後……雷十太殿の拳が振り抜かれた。

純粋な殴打、それが師匠へと迫り──

 

既に剣を捨てていた師匠は、逃げるでもなく雷十太殿へと向き直った。

 

 

「だが、まだ甘いぜ……そお、らっ!」

 

 

そして、迫る雷十太殿の拳を避けて、その腕を掴み……背負い投げた。

 

 

「ら、雷十太殿!」

 

 

このまま大地に叩きつけられれば、受け身も取れまい。

吾輩の声が響いた瞬間、雷十太殿の目に光が宿った。

 

それはまだ諦めていない、覚悟の目だった。

 

 

()んッ!」

 

 

掴まれていた腕を固定し、投げ捨てられた慣性を生かして接地したのだ。

 

 

「何……っ」

 

 

腕が痺れている今、雷十太殿を掴み続ける事が出来なかったのだ。

 

 

「はあああああッ!!!」

 

 

そして、そのまま雷十太殿は、師匠の腕を掴んだまま振り回して……地面へと叩きつけた。

 

 

「……は、はぁ……く、くっ」

 

 

どかん、と地表が砕けて……雷十太殿は、そのまま地面へと転がった。

投げた側も無事では済まなかったのだろう。

 

 

「……ふう」

 

 

対して師匠は……即座に地面を殴り、立ち上がった。

傷は全く無いように見える。

 

攻撃した側が限界を迎えて、攻撃を受けた側が無傷。

 

それでも──

 

 

「一撃は一撃か」

 

 

師匠に初めて、攻撃を与える事ができた。

その貢献人である雷十太殿は──

 

 

「…………」

 

 

地面に再び転がっていたのだった。

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