TSおねショタ雷十太   作:WhatSoon

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日間1位だった。
嬉しい、感謝。


第四幕「理想と強さ」

あれから一月経った。

塚山家、その由左衛門に与えられた訓練用の一部屋。

 

 

「由太郎、道場破りをするぞ」

 

「え?あ、はい……はい?」

 

 

困惑する由太郎を放置し、竹刀袋を二つ用意する。

有事の際に使う真剣。

それと竹刀だ。

 

そんな吾輩の様子に、困惑した由太郎が手を挙げた。

 

 

「先生!何の説明にもなっていません!」

 

 

由太郎の抗議に、吾輩は首を捻った。

 

 

「基礎も出来てきた今、実戦を見た方が良いと思ってな」

 

「……俺のため、ですか?」

 

「……まぁ、そうなるな」

 

 

嘘だ。

本当は吾輩の目的のためだ。

……いや、遡れば由太郎の為でもあるのか?

 

まぁ、いい。

どうせ本当の理由は誰にも話さないのだから。

 

由太郎へ視線を落とす。

吾輩の剣術に関われる事が嬉しいのか……純粋に目を輝かせている。

 

その輝きに目を細める。

罪悪感……それが胸に滲む。

 

……吾輩がこの先、進んでいく道。

それは由太郎に対する裏切りである。

彼の事を案じているからといって、許される事ではないだろう。

 

しかし、そも許しは必要としていない。

この世界に産まれた異物である吾輩が出来る事とは……彼らの為の水先案内人となる事だけだ。

 

手を、由太郎の頭に置いた。

 

 

「午後には出る。準備をしておけ」

 

「は、はい!」

 

 

くしゃり、と撫でて……手を離した。

 

 

 

 

 

昼下がり。

吾輩と由太郎は町を出て、隣町まで歩く。

 

荷物は最小限。

吾輩は真剣を背負い、由太郎には竹刀を持たせる。

 

鍛錬によって身体が鍛えられているからか、由太郎は文句も言わず付いて来れている。

だが、身長差故に歩幅の差があり……少し、遅れがちだ。

 

結果、定期的に少し早歩きになり、吾輩の側に寄ってきている。

……到着が少し遅れるが、歩幅を狭めるか。

 

由太郎は普段、馬車で通る道を自分の足で歩いているのが新鮮なのか、周りを少し見渡しながら歩いている。

この経験が、彼の糧になるならば良い。

 

 

……よく見ると、由太郎は少し汗をかいていた。

 

ふむ。

 

 

「……由太郎、少し休憩しよう」

 

「え……いえ!俺は大丈夫──

 

「いや、吾輩が休みたい」

 

「……わ、分かりました」

 

 

そこから少し歩き、茶屋に入った。

 

由太郎は申し訳なさそうな顔をしている。

きっと、自分が足を引っ張っているのだと思っているのだろう。

 

それは確かに正しいが、全てでもない。

 

 

「由太郎、気にしなくていい」

 

「え、でも……」

 

「体力の差、歩幅の差……大人と子供では違って当然だ」

 

 

店員から出された茶を飲む。

僅かな苦味が、身体に染みる。

 

 

「それを込みにして、鍛錬のために吾輩が連れて来たのだ。別に急ぐ必要はない」

 

「……そうなんですね」

 

 

串に刺さった三色団子を口に入れる。

 

 

「それに、一人旅は寂しいからな……」

 

「……寂しい、ですか?」

 

 

由太郎もゆっくりと手を伸ばして、団子を手に取った。

 

 

「おかしいか?吾輩も寂しい時だってある」

 

「いえ、おかしくはないですが……先生は、そういう『弱さ』とは無縁だと思っていました」

 

「……由太郎は、吾輩を過剰に評価している節があるな」

 

「い、いえ……」

 

 

団子のなくなった串で、由太郎を指差した。

 

 

「一つ勘違いしている。由太郎、『弱さ』とは悪い事ではないぞ」

 

「……何故ですか?強い方が良いと思うのですが」

 

 

由太郎は本当に、不思議そうな顔をしていた。

『強さ』に憧れを抱いているのだ、『弱さ』に不寛容でも仕方あるまい。

 

あの夜、凶賊に襲われてしまった日。

実の父親が凶賊相手に頭を下げていたのを見て……自分はそうなりたくないと、士族としての在り方を示すために『強さ』を……そう考えているのだろう。

その考えは悪い事ではないが、若人の手に余る。

 

吾輩は串を皿に置いた。

 

 

「由太郎、そもそも『強さ』とは何だ?」

 

「それは、相手を打ちのめせる力を持つ事……誰にも負けない事です」

 

「確かに、それも『強い』と言っても良いだろう」

 

 

そう頷くと、由太郎は安堵の息を小さく吐いた。

正解の回答を出せたと思ったのだろう。

 

 

「だが、『強さ』とは一つではない」

 

「……一つではない、ですか?」

 

「そうだ」

 

 

由太郎は困惑したように首を傾げた。

吾輩は指を立てる。

 

 

「身体だけではない。心もだ。優しさや、思いやり……他者を守る意思。全てが『強さ』だ」

 

「……心も」

 

「確かに、決して敵に負けない剣客は『強い』。だが、力が強いだけで……孤独だ。人は決して独りでは生きていけない」

 

「…………」

 

「誰かを助ける事。守るべき物を守る事。それらは回り回って、己を守る『強さ』となる」

 

 

由太郎に、視線を向ける。

……真摯に話を聞いてくれている。

 

こういった素直さは彼の美徳だ。

 

 

「そして人を想う優しさは、由太郎の言っていた『弱さ』から生まれる。己の『弱さ』を知り、他人の『弱さ』に寛容になれるからこそ……優しく、『強い』心を持てる」

 

 

そう言うと、由太郎が恐る恐ると言った様子で手を上げた。

 

 

「……その、すみません」

 

「む?」

 

「先生が何言ってるか、ちょっと難しくて……」

 

「……ふっ」

 

 

思わず、少し笑った。

由太郎は申し訳なさそうな顔をしている。

 

十歳にする説教にしては、回りくど過ぎた。

これは吾輩が悪い。

 

やはり、慣れぬ説教なんてする物ではないな。

 

 

「要約するとな……人の『弱さ』を許容する事で、より『強い』心を持てるという事だ」

 

「『弱さ』を許容する……」

 

「まだ少し、分からないかも知れない。だから、二つだけ覚えておけば良い」

 

 

吾輩は指を二本立てて、由太郎の前に出す。

 

 

「他人に優しくすること。人の『弱さ』を嘲らないこと。この二つだ」

 

「……えっと、分かりました。その……気を付けます」

 

 

由太郎が神妙な顔をして、頷いた。

……思わず、頬を緩めて頭を撫でた。

 

 

「わ、先生……?」

 

「いや、なに……ここまで言っておいて何だが、由太郎は大丈夫だ。お前は優しいからな。そこまで深刻に捉える必要はない」

 

「……優しい?そうですか?」

 

「あぁ、優しいとも」

 

 

穏やかな気持ちで頭を撫でる。

出来過ぎた弟子だ。

 

吾輩を信頼して、言葉を懸命に咀嚼しようと聞き、真摯に向き合ってくれる。

 

 

本当に、吾輩には勿体無い程に──

 

 

手を、離す。

 

由太郎が少し寂しそうな表情をするが、堪える。

手を下ろして、机の下で強く握る。

 

 

「さて、休憩は終わりだ。そろそろ移動を再開しよう」

 

「え、えぇ!そうですね!」

 

 

由太郎は自分が寂しそうな表情をしていた自覚があるのか、ないのか……吾輩には分からぬが、それでも仕切り直すように声を張って頷いた。

 

 

金銭は吾輩が払う。

今回は由左衛門から貰った旅費ではない。

塚山家の食客である身だが、由太郎の護衛給料と称して小遣いを貰っている……何とも情けない話だが。

 

 

そうしてまた、舗装されていない道を歩く。

背中に竹刀や荷物を背負い、結構な距離を歩くのは由太郎の負担になっているだろう。

 

だが、先程の休憩で気力が満ちたのか、先程よりも元気よく歩いている。

……朝よりも元気なぐらいだ。

 

吾輩の大した事のない説教に、思う所があったのか。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『強さ』。

 

俺は先程の、先生の話を思い出す。

……やっぱり、難しい。

 

難しく感じてしまうのは、俺がまだ未熟で、子供だからだろうか。

 

背中に背負う、竹刀袋から伸びる紐を握る。

 

 

俺にとっての『強さ』とは、先生の事だ。

あの夜、俺は憧れたんだ。

 

たった一撃で凶賊を打ち払った剣に。

俺を助け、心配してくれた心に。

 

だから、先生の言う『強さ』が心に起因するのだと理解出来た。

だけど『弱さ』を許容する事が、どうして『強さ』に繋がるのか……それは分からなかった。

 

俺は、親父のようになりたくなかった。

凶賊相手に頭を下げるような情けない大人になりたくなかった。

腰に差した士族の魂を売り、ペコペコするような人間になりたくなかった。

 

だけど、今は少しだけ親父の心も分かった。

アレは俺を守るための行動だった。

商いも家族を……俺を養う為のものだ。

 

だから……親父のようになりたくないとは思っても……親父の事を軽蔑するような感情は捨てた。

 

だけど、次にあんな状況になってしまった時、俺は頭を下げたくない。

自分の身も、守るべき人も……自分の力で守りたい。

他人に俺の大切なものを任せたくない。

 

俺は先生のように戦うための『強さ』が欲しかったんだ。

俺の中にある『弱さ』を否定したかったんだ。

 

それに、俺は先生を──

 

 

「着いたぞ、由太郎」

 

「……あ、はい!」

 

 

気付けば、予定をしていた道場まで来ていた。

 

 

先生は──

 

 

そのまま──

 

 

土足で、道場の中に入った。

 

瞬間、周りの道場生が騒めき立った。

 

 

「貴様!神聖な道場に土足で──

 

 

先生がそちらへ、浪人笠を被ったまま視線を向けた。

 

直後、俺は目を閉じた。

身体に強い風が通ったような、そんな感覚がしたからだ。

 

そして、目を開けば……道場生は言葉を失い、少し後ずさっていた。

 

今のは……いつか、先生の言っていた剣客の気迫……即ち『剣気』という奴だろうか?

 

側にいただけの俺ですら、冷や汗をかいていた。

直接受けた道場生なら、竦んでも仕方ない。

 

 

先生は道場生を無視して……奥に座っている初老の男へ足を進めた。

周りからの恐れを感じながら、俺は先生の後ろを歩く。

 

……少し、気まずい。

 

道場主であろう初老の男が、先生へ目を向けた。

口を開こうとした瞬間……先生が、先に口を開いた。

 

 

「甲源流、師範代の中岡と見受けた。違いないか」

 

「……左様だ。お主は──

 

「一つ、手合わせ願おう」

 

 

緊迫した空気が、道場内を走った。

 

 

「……道場破りか」

 

「そうだ」

 

 

道場主である……中岡、と言っただろうか?

彼が立ち上がり、先生と向き合った。

 

小さい──

 

いや、違う。

先生が大きいだけだ。

 

背丈だけではない。

存在感が違い過ぎる。

 

道場主も自覚はあるのか、向き合う視線も険しくなる。

それを見て、先生が小さく笑った。

 

 

「まさか、流派の名を掲げて……逃げはしまいな」

 

「抜かすな……通例に倣い、二本先取の三本勝負で構わないか」

 

「……フン、『二本先取』か。構わん」

 

 

先生は頷くと、俺へ向き直った。

 

 

「由太郎、竹刀を寄越せ」

 

「え?あ、はい!」

 

 

竹刀袋を開けて、竹刀を先生に渡す。

この竹刀は俺用ではない。

 

先生の背丈に合わせた大人用の竹刀だ。

俺が持つには長過ぎる。

 

先生は竹刀を握り……浪人笠をかぶったまま、道場主へ顔を向けた。

 

 

これから試合だと言うのに、顔も晒さず、名も明かしていない。

それに苛立ったのか、道場主が口を開いた。

 

 

「貴様、名は?」

 

「吾輩は石動 雷十太だ」

 

「……そうか。雷十太よ、その笠はいつまで被っているつもりだ」

 

 

その問いに、先生は小さく……側にいた俺にしか分からない程に小さく笑った。

 

 

「無論、この道場から去るまでだ」

 

「……無礼(なめ)ているか」

 

「顔が見たくば、一本、取って見せるのだな」

 

 

先生と道場主の間で、空気が破裂するような幻覚が見えた。

……凄いのは、先生だけじゃない。

この道場主も『剣気』を放っているんだ。

 

ごくり、と俺は喉を鳴らした。

 

 

「雷十太よ、審判はこちらで用意するぞ」

 

「構わん。どうせ判定など意味をなさんからな」

 

 

……どういう意味だろう?

困惑しつつも、相手側の眉間に皺が寄った事から、先生が煽ったのだと理解出来た。

 

……何だか、いつもの先生らしくない。

いやしかし、俺は剣客としての先生をあまり知らない。

だから、こうも違うのかと、少し怯えつつ──

 

 

「……先生」

 

 

小さく、声を掛けた。

これほど煽って大丈夫なのかと。

もし、万が一にも負けてしまったら──

 

 

「心配するな、由太郎。お前はただ、よく見ていると良い」

 

 

そう何でもないように言い切って、先生は道場の中心へ向かった。

そこには間違いなく、いつもの優しさがあった。

 

審判を挟み、先生と道場主が並ぶ。

道場主は竹刀を構えているが、先生は……竹刀の先端を下げ、構えてすらいない。

 

その様子に、道場主は表情を更に険しくした。

 

 

「では、一本目!」

 

 

審判が声を高々に──

 

 

「始め!」

 

 

試合の始まりを告げた。

 

しかし、どちらも動かない。

道場主は怒りながらも冷静であった。

先生が構えていない事に不気味さを覚え、警戒しているのだろう。

 

故に、口を開いた。

 

 

「どうした、雷十太よ。打ってこないのか」

 

 

道場主が、そう問うて──

 

 

「……一つ、教えておいてやろう」

 

 

答えはしなかった。

代わりに、先生は竹刀を軋むほど強く握り……上段に構えた。

 

 

「何を──

 

「貴様は『二本先取』と言ったな。だが、それが果たされる事はない」

 

「……何が言いたい」

 

 

遠過ぎず、近過ぎず……そんな距離を保っている。

 

尋常じゃない緊張。

 

一瞬でも目を離せば、試合が終わっているかも知れないという恐怖すら感じる。

 

そして、その終わりが近付いている事は、俺にも分かった。

 

 

「古流剣術に於いて……『二本目』など、最初から存在しない!」

 

「なっ──

 

 

刹那──

 

 

()ん!!」

 

 

爆発した。

いや、爆発を幻視した。

 

先生が急激に接近し、竹刀を叩き付けたのだ。

凡そ、道場主の肩に直撃し……竹刀から出るとは思えない轟音を引き起こした。

 

全てが止まったように見えた。

 

道場主も、審判も、観客でさえも……何が起こったのか分からず、理解せず……固まってしまったのだ。

 

飛び込みは全く見えなかった。

攻撃した瞬間も……終わった後に、何が起こったのかようやく理解したのだ。

 

強烈な動、そして静寂。

落差に、身が震えた。

 

仕方ない話だ。

 

それ程までに一瞬。

それ程までに強烈。

 

道場主の顔が、少し遅れて歪み──

 

 

「勝負、あったな」

 

 

先生が、竹刀で道場主の頭を叩いた。

バチン、とようやく竹刀らしい音がして……直後、道場主は尻餅をついた。

 

先生が審判へ視線を向けた。

 

 

「どうした、今の面は無効か」

 

「あ……」

 

「吾輩に此奴を殺させるつもりか?」

 

「い、いや……め、面あり!一本!」

 

 

一本目が終わり……道場生達が道場主の周りに集まってくる。

先生は竹刀を俺に渡した。

 

 

「え?先生……?」

 

「終わりだ」

 

「ですが、二本先取では──

 

 

先生が、道場主の方を指差した。

俺もつられて目を向ける。

 

青ざめて、尋常じゃない量の汗を流していた。

道場生達は慌てた様子だ。

何やら内輪で話し合っているようで……そして、俺達の方に審判が来た。

 

 

「……な、中岡師範代は試合を続行出来ない」

 

「ふん、だろうな」

 

 

何があったのか。

ようやく……少しだけ予測できた。

 

つまり──

 

 

「師範代の、か、肩の骨にヒビが入って……いや、折れているかも知れない」

 

 

その言葉に、先生は何でもないような様子で頷いた。

……少し、違和感があった。

やはり先生らしくないと感じたからだ。

 

 

「なら、これで終いだ。吾輩の勝ちで違いないか」

 

 

先生はそう言って、道場主へ顔を向けた。

青ざめた顔で、頷いている。

その目には怯えが映っていた。

 

最早、戦える状況ではない。

たとえ身体が戦えたとしても、心が折られてしまえば──

 

 

「……雷十太殿、何が望みか」

 

 

審判が冷や汗をかきながら、そう問うた。

 

道場破りとは他流試合。

金銭のやり取りはないが、看板を奪うなんて話も聞いた事があるけれど──

 

 

「何も」

 

「……何も?」

 

「要らんと言っているのだ」

 

 

先生は、そう言い切った。

 

……そうだ。

元々、俺に剣の実戦を見せるからと道場破りしに来たんだ。

 

だから、目的は戦った時点で達している。

何も欲しくはないのだ。

 

 

「し、しかし、それでは甲源流の面子が──

 

「知らんな。面子など、そこいらの犬にでも食わせてしまえ」

 

 

あまりの言いように、驚いたような審判を無視し……先生は俺の側へ戻ってきた。

 

 

「帰るぞ、由太郎」

 

「え?あ、ですが……」

 

「これ以上、ここに居ては面倒ごとになりかねん」

 

「えっと……分かりました」

 

 

俺は頷き、先生の竹刀を竹刀袋へ入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、騒めく道場を後にした先生を、俺は後から追っていた。

 

東京、都市、夕方。

騒がしい喧騒の中、先生が足を止める。

そして、頭に被っていた浪人傘を脱いだ。

 

 

「……夕食、食べて帰るか」

 

 

先生が視線を向けた先に、牛鍋屋があった。

看板には『赤べこ』と書かれていた。

先生に連れられて、そのまま牛鍋屋に入る。

 

おどおどとした俺と同い年ぐらいの店員に連れられて、席に着く。

そのまま先生が牛鍋を注文した。

 

先生と俺で、一つに鍋を囲って箸でつつく。

 

 

「由太郎、何か聞きたい事はあるか?」

 

 

醤油と砂糖で味付けられたネギを食いながら、先生はそう訊いてきた。

 

 

「で、では……あの道場主と戦った時、何故、一回目の攻撃で肩を狙ったのですか?最初から頭を狙った方が良いと思ったのですが……」

 

「ふむ」

 

 

先生が俺の取り皿に肉を入れてくる。

逆に先生は野菜ばかり取っていた。

 

……先生が少し悩んで口を開いた。

 

 

「古流剣術において、頭部を狙うのは得策ではない」

 

「……何故ですか?」

 

「人の頭蓋は丸く、刃が滑りやすい」

 

 

それは確かに……と頷きつつ、さらに盛られた肉に視線を落とした。

……食事中にする話ではないかもしれない。

 

 

「まずは肩。一撃は致命傷となり、動きを封じる。そして、次に頭だな。もしくは首か……足を止めてから、トドメを刺すという事だ」

 

「……さ、参考になります」

 

 

肉を口に含む。

……先程の話を思い出さないようにすれば、凄く美味しい。

 

この店、かなり当たりの店みたいだ。

 

先生は豆腐を口に含み……熱かったのか、小刻みに吐息を吐いた。

 

 

「他に何かあるか?」

 

「いえ……えっと、な──

 

 

箸を持つ手を止めた。

……先程の先生に対する違和感。

それを……口にする。

 

 

「……先生は、その……」

 

「何だ?」

 

「竹刀剣術が嫌い、なのですか?」

 

 

そして、目を向ける。

先生の目は少し揺れて、直後……頬を緩めた。

嬉しそうに、悲しそうに。

 

 

「そう見えたのであれば、そうなのだろう」

 

 

なんて、要領を得ない回答をして、手元の皿に視線を戻した。

……俺は内心に感じている霧のような不明瞭さを、吐き出したい。

 

また、口を開こうとして──

 

 

「茶屋で話した事を覚えているか?」

 

「え?あ……はい」

 

 

慌てて、頷いた。

 

 

「力が強いだけでは、真の『強さ』ではないと教えた。心も重要なのだと」

 

「……はい、覚えています」

 

「だが、逆も然り。心がいくら強くとも、力が無ければ大切な物を守る事は出来ない」

 

 

先生は視線を少し、遠くに置いた。

悩むような、呆れるような、哀しむような……憂いを帯びた目だ。

 

 

「文明開化、廃刀令、竹刀剣術……日本の剣術は弱くなりつつある」

 

「……弱く、ですか」

 

「あぁ。竹刀剣術は所謂、試合でしかない。二本先取など、現実にはあり得ない。殺すか、殺されるか……人の命は一つ、常に一本勝負だ。だと言うのに──

 

 

先生は辛そうに、少し目を細めた。

 

 

「この日本剣術の行く末はどうなる?あらゆる意味で弱くなっていくだろう」

 

「……先生」

 

 

先生は目を閉じた。

 

 

「心の強さは必要だ。だが、それと共に力も強くなければならぬ。力だけでは人を救えぬが、想いだけでも人は救えぬ」

 

「…………」

 

 

先生は、そんな事を……考えて、憂いていたのか。

ずっと一緒にいたのに、知らなかった自分を……恥じた。

 

 

「ああやって、少しは尻を叩けば前に進むだろう。剣術とは人を守るための力を育む為の物だ。人を守れぬほど弱いのなら……価値はない」

 

 

そう、言い切って……口を閉じた。

 

ぐつぐつと煮だった牛鍋の湯気が、俺の視界の邪魔をする。

先生の表情は、白くボヤけて見えはしなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

目の前で由太郎が、神妙な顔をしている。

……先程の吾輩の言葉は、確かに殆どが本音だった。

しかし、全てが本音ではない。

 

日本剣術の行く末を憂う?

そんな事、吾輩は憂いていない。

そもそも、憂う程、吾輩は剣に真摯ではない。

憂う資格など、ない。

 

剣術道場の道場やぶりも、別に相手の為ではない。

吾輩自身の為だ。

 

少しでも、物語の『石動 雷十太』に近付けるようにと……そう考えただけに過ぎない。

 

 

 

……そうだ。

吾輩はいつも楽な道を選んできた。

目標があり、分かれ道があれば……見知った道を選んできた。

 

原作、漫画、『るろうに剣心』。

そこには舗装され、照らされた道がある。

約束された大団円の結末がある。

 

ならば、それを目指そうとするのは……普通のことなのだ。

 

少しでも、由太郎達には幸せな道を歩んで欲しい。

それならば、この身、朽ち果てるとも──

 

 

「……先生?」

 

「あぁ、由太郎。どうかしたか」

 

 

気付けば牛鍋は空になっていた。

由太郎に視線を向けると、少し心配そうな顔をしていた。

 

 

「……何かあったか?」

 

「いえ、何もありませんが……その、空が暗くなってきたので帰らなければと」

 

 

由太郎の言葉に、外を見る。

……確かに、空が少し黒くなっている。

 

拙いな。

長居し過ぎたか。

 

これから塚山家に帰るとしても──

 

ちら、と由太郎を見る。

速度的に、山の中で野宿する羽目になるな。

 

 

「……由太郎、今日は宿に泊まろう」

 

「え!?でも、しかし──

 

「吾輩が時間の管理を間違えた。すまないが……夜の山を歩くのは危険だ」

 

 

吾輩が立ち上がると、由太郎も慌てて立ち上がった。

綺麗な女性の店員に金を払い、店を後にする。

 

 

牛鍋屋『赤べこ』。

『るろうに剣心』に出てくる、主人公である剣心一派がよく来る牛鍋屋。

帰りで見かけた時、少し気分が高揚してしまった。

どうにも気になり、調子に乗って入ってしまったが、これほど長居してしまうのなら……失敗だったか。

……事が終われば、ここには二度と来れないからと、入ってしまいたくなったのだから──

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

「由左衛門には吾輩から謝っておこう。何、明日まで連れ出すかも知れんと先に言ってはいる。それほど心配はされないだろう」

 

「それなら、まぁ……」

 

 

由太郎を連れて、旅館に入る。

部屋を一つ借りて、更に中へ。

 

少々、値が張ったが仕方あるまい。

由太郎は豪商の跡取り息子だ。

安宿で危険に晒すのは避けるべきなのだ。

 

 

 

 

しかして、通された部屋。

……中央に大きな布団が一つ。

枕は二つ。

 

……まぁ、仕方あるまい。

二部屋借りる選択肢もあったが、無駄遣いは出来ぬし、何より護衛と護衛対象が別室など──

 

 

「ちょ、ちょちょっと!待って下さい!先生!何をしてるのですか!?」

 

 

由太郎が騒ぎ出した。

……正直、吾輩も疲れているのだ。

 

さっさと眠りたい気持ちがある。

吾輩は、手に持っていた服の紐を引っ張り──

 

 

「だ、だから待って下さい!先生!」

 

「何だ、由太郎」

 

「何だ、ではありません!俺がいるのに脱がないで下さい!」

 

「はぁ……?では何処で寝巻きに着替えれば良いのだ」

 

 

由太郎も十歳。

思春期か?

女の裸を見るのが恥ずかしい歳頃か。

 

吾輩の言葉に由太郎は唸り、そして吾輩から背を向けた。

 

 

「き、着替えている間、俺は壁を見ていますから……」

 

「……そこまで気にしなくても良いだろうに」

 

「無理ですよ……!」

 

 

由太郎が憤りながらも、顔はこちらに向けない。

そういう辺りは律儀だな。

 

……あぁ、そういえば、塚山家の奉公人にも先日怒られたな。

だが、イマイチよく分からない。

吾輩の身体を見ても、由太郎に悪影響などないだろう?

 

そも、吾輩は鍛えている故に女らしさも……まぁ、強いて言えば乳房ぐらいしかない。

こんな物見て喜ぶ男など、明治の時代に居るのか?

それに吾輩は由太郎の二倍は生きている。

年齢差を考えてみれば、由太郎にとって吾輩など姉とも呼べん年齢だが。

 

……まぁ、由太郎を待たせていても仕方あるまい。

さっさと着替えるとしよう。

 

硬い布地の衣服を脱ぎ、胸に巻いていた(さらし)を解く。

そうして、旅館から提供された借り物の浴衣に身を包む。

 

……少し小さいが、まぁこんな物か。

 

 

「由太郎、もう良いぞ」

 

「……あの、服はもう着ていますよね?」

 

「当たり前だ」

 

 

何を疑っているのか。

それほど信用がないのか。

 

由太郎は恐る恐るといった様子で振り返り……安堵のため息を吐いた。

 

 

「……では、俺も着替えますので」

 

「あぁ」

 

 

由太郎が浴衣を取り……吾輩の顔を見た。

……視線が交差する。

 

 

「……その、先生?」

 

「何だ?早く着替えるといいだろう」

 

「……う、はい……ソウデスネ」

 

 

何故か片言になり、由太郎が服を脱ぎ始めた。

……む、中々に筋肉が付いているな。

先月、共に風呂へ入った時にはじっくりと見なかったが……なるほど、日頃の鍛錬の成果だな。

 

 

「……先生、あまり見られると……その」

 

「む?あぁ……すまない」

 

 

うむ、やはり思春期か。

 

生憎、吾輩に子育ての経験はない。

今生も、前世も。

故に、思春期の少年の扱いなど、吾輩には分からない。

 

少し目を逸らしていると、由太郎が浴衣姿になった。

 

 

「き、着替えました」

 

 

その言葉に頷く。

……吾輩とは逆に、浴衣が少し大きいようだ。

 

 

「では寝るとしよう。明日は早くに宿を立つ。昼前には塚山家に戻らねばならん」

 

「そうですね。では、寝……寝……うっ」

 

 

由太郎が言葉を詰まらせた。

吾輩はそれを無視し、布団の中に身体を入れる。

 

……高い旅館だからか、布団の質が良い。

枕も柔らかい。

 

 

「……どうした?由太郎、早く入れ」

 

「え、あ、その……」

 

 

由太郎の視線が上へ、右へ、左へ。

……そんなに吾輩と一緒の布団に入るのが嫌なのか?

 

 

「由太郎、嫌なら吾輩が布団から出るが──

 

「い、いえ……失礼、します」

 

 

身体を緊張させながら、由太郎が布団の中に入ってきた。

……脅すようになってしまった。

由太郎は優しい……故に、ああ言われてしまっては、入らざるを得ないだろう。

 

だが幸い、布団は二人分程の大きさがある。

寄り添って寝れば、不便はない。

 

 

 

 

月明かりだけが部屋を照らす中、吾輩と由太郎は一つ、布団の中にいる。

由太郎は目を閉じているが、寝付けないようだ。

 

仕方あるまい。

普段と違う環境だ。

安心とは程遠いのだろう。

 

……吾輩は、由太郎を抱き込む。

 

 

「……せ、先生?」

 

「安心しろ、由太郎。『私』が……誰にも、お前を傷付けさせはしない」

 

 

そう言えば……由太郎は何か言いたげに、それでも言葉を飲み込み……小さく頷いた。

 

……抱き抱えて思うが、由太郎は小さい。

時折り、彼の聡明さに歳を忘れそうになるが……まだ十歳なのだ。

 

そうだ。

傷付けさせてはならない。

吾輩が守らなければ──

 

 

 

瞼の下で、由太郎の右腕から血が流れている情景を見た。

 

吾輩の……いや、石動 雷十太の『飛飯綱』が剣心に避けられ、背後にいた由太郎の腕を裂いたのだ。

……これで、由太郎は剣を握れなくなる。

好きだった、憧れていた剣術も出来なくなる。

 

 

 

……だめだ。

それは許容出来ない。

それだけは許容出来ない。

 

吾輩が守らなければ……由太郎だけは、守らなければならない。

 

 

夜は更ける。

まだ、吾輩は寝付けそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、塚山家に帰宅後……由左衛門と女奉公人に、吾輩は叱られていた。

何故か由太郎と同じ布団に入った事まで知られていた。

 

ちら、と由太郎を見れば視線を逸らされた。

 

……解せぬ。

 

しかして、吾輩は日常を謳歌していた。

有限の日常を。




次回、「好敵手」
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