TSおねショタ雷十太   作:WhatSoon

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投稿、遅れてゴメンなさい


第七幕「竹刀剣術」

「何故、嘘を吐いているでござるか?」

 

 

目前、緋村 剣心がそう言った。

 

視線は優しく……だが、鋭い。

慈しむようで、見抜くような目。

 

腰の剣、その柄に触れる手が震えた。

 

 

「嘘……か」

 

 

どれが嘘か、何が嘘か。

 

全てだ。

 

全てが嘘だ。

 

日本剣術の未来を憂う?

現代剣術の根絶?

古流剣術の流布?

 

全くの出鱈目だ。

目的の為に急拵えで作ったハリボテでしかない。

 

吾輩にそんな事を為せる器量はない。

 

幕末を生きた稀代の剣客、緋村 剣心の目を騙す事は出来ない、か。

正しく、浅慮。

 

 

「……雷十太殿が何を考えているか、拙者には分からぬ。だが、力になる事は出来るでござるよ」

 

 

そう言って、剣心は優しげな笑みを浮かべた。

 

あぁ……お人好し過ぎる。

いっそ、全てを話してしまえば……楽になるだろうか?

 

 

……目を、瞑る。

 

 

『私』には何もなかった。

本当に何もなかった。

愛すべき人も、愛してくれる人も。

 

守りたい物も、己の価値さえも。

ただ、この世界の知識を植え付けられ、生まれ落ちた。

 

煌びやかな物語に生まれ落ちた異物。

それが『私』だ。

 

養われるべき自我同一性(アイデンティティ)は未来の価値観に上書きされ……損ない、只管、将来に怯えて、逃げるように剣を振るって生きていた。

 

しかし、(これ)だけは。

(これ)だけが……『吾輩』を形造り、今へと導いてくれた。

(これ)を握っている時は、未来への恐れを忘れられた。

憂う事もなかった。

 

敷かれたレールの上ならば、心配する事はない。

未来が分かっていれば覚悟ができた。

 

何も分からぬ道を闇雲に歩くのは恐ろしい。

未来が分からなければ怯えて進む事もできない。

 

この身に降りかかる責任が、己だけのモノならば……それほど、憂いはしなかった。

だが、今は守りたい物がある。

守らなければならない物がある。

吾輩の行動によって、それらが損なわれるとしたら……己の身が傷付くよりも、苦しく、辛い。

 

この世界に巨悪は存在する。

辻斬りなんて可愛いもので、街中で大砲を放つ悪漢も、都を火に沈めようとする逆賊だっている。

 

危険はすぐ側に存在し、紙一重で辛うじて成り立っている。

善人が何の理由もなく死ぬ事だってある。

 

故に──

 

吾輩は、吾輩の行動で未来を変える事が怖い。

幸せな結末が見えている中で、水面に波紋を与える事が出来ない。

 

『私』はそれを許容出来るほど強い人間ではない。

 

ならば──

 

 

「貴様の助けは、要らぬ」

 

 

……望むべき未来の為に、形振り構ってはいられない。

差し伸べられた手を取るには、吾輩は惨めすぎる。

 

これが愚かな事だとは理解している。

立ち向かうべき物から目を逸らし、逃げているということも。

 

しかし、敵は強く……吾輩は弱い。

技量だけの話ではなく、心の話だ。

 

自らを犠牲にするだけで、全てが上手く行くのならば。

守りたいモノを手放せば、守りたいモノが守られるのであれば。

 

この身、心、潰えようとも──

 

 

「雷十太殿、拙者は……お主の敵ではないでござるよ」

 

「敵であるかどうかは詮無き事だ」

 

「……何故、そこまで……何がお主をそうさせる?」

 

 

ここで流されてはならない。

目的の為に、未来の為に、愛すべき者の行く末の為に……全て、捨てると決めたのだ。

 

柄を握る手に、力を込める。

 

 

「剣客であれば、剣で訊け」

 

「……生憎、拙者は雷十太殿と斬り合うつもりはない」

 

「吾輩が女だからか?」

 

「……拙者は誰とも、戦うつもりはないでござるよ」

 

 

そうは言いつつも、声色で分かっている。

緋村 剣心にとって吾輩は守るべき者に分類されてしまっている。

 

これでは、目的を果たせない。

 

……やめてくれ。

吾輩を否定しないでくれ。

『私』の決意をそんな『優しさ』で疎かにしないでくれ。

 

目頭が熱くなる。

入り混じった感情で、血管が浮く。

ミシリ、ミシリと筋肉が躍動する。

 

 

「剣を抜け。さもなくば──

 

 

抜刀する。

もう己が何をしているのか、頭の中は靄で包まれていた。

 

 

「無抵抗のまま、ここで死ね」

 

 

剣を持った手をだらりと脱力する。

構えていない訳ではない。

 

変幻自在、誘いの構え。

無行の位。

 

隙を敢えて作り出し、攻撃を隙へと引き寄せる。

攻撃の来る場所が分かれば対処は容易い。

 

後より出でて、先に断つ……即ち、後の先である。

 

剣心は戸惑うような表情をやめ、視線を鋭くさせた。

 

 

「……やはり、本気でござるか」

 

「吾輩は今まで、戯言を吐いたつもりはない」

 

 

吾輩の気迫に押されたのか、剣心は柄を握った。

だが、抜刀はしていない。

 

剣を抜けば、それが致命的な決裂に繋がることを彼は理解しているのだ。

 

空気が重くなっていく。

まるで重力が何倍にもなったような感覚。

 

気迫が衝突し、体が強張る。

 

これが……人斬り抜刀斎の剣気、か。

されど、本気ではないだろう。

まだ、迷いが見える。

 

剣心の目が少し、鋭くなる。

しかし、その瞳には憐れむような感情が浮かんでいる。

 

 

「お主は……雁字搦めでござるな。まるで幾つもの鎖に巻かれたように……」

 

「……他人の分析をしている暇があるのか?」

 

 

それを最後に、互いに口を噤んだ。

吾輩は抜刀しており、緋村剣心もまた、いつでも抜刀出来るよう身構えていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「くそ、アイツら何をぐちぐち言い合ってんだ?全く聞こえねぇ……!」

 

 

弥彦が茂みから顔を出そうとして……左之助に押さえつけられた。

 

 

「やめとけ。それ以上、近付いたらバレるぞ」

 

 

そんなふざけた様子の二人を横目に、俺は先生と剣心の姿に目を釘付けになる。

隣の弥彦が口を尖らせる。

 

 

「チッ……二人とも、もうちっと大きな声で喋りやがれ」

 

 

そして、弥彦が悪態を吐いた瞬間……雷十太先生が、抜刀した。

 

 

「なっ、先生……!?」

 

 

周りの三人が目を見開いた。

そして、左之助が口を開く。

 

 

「アイツ……抜きやがった。ここで()るつもりか」

 

 

そんな事を気にする事も出来ないほど、俺の心臓は大きく脈打っていた。

 

 

「先生……」

 

 

不規則な呼吸を乱しながら、俺は二人を見る。

 

先生は最近おかしい。

おかしくなってしまった。

 

いつからだろう。

なぜだろうか。

 

それは……きっと、あの流浪人(るろうに)の所為だ。

先生があれ程の敵意を向けるのだから……何か、俺に言っていないだけで因縁深い何かがあるのだろう。

 

ここでアイツが死ねば、元の先生に戻るとしたら──

 

 

「ダメだ……そんなの……」

 

 

だけど、それ以上に先生に人殺しをして欲しくない。

 

例え、剣を教えてくれなくてもいい。

今までのように笑ってくれて、一緒にいてくれるだけでいい。

それだけで良い。

 

だから……もう、こんな事は──

 

 

がさり、と一歩前に進んでしまった。

茂みが大きな音を出した。

 

 

「あっ……」

 

 

その音は風に乗り……橋の上で向かい合う二人に届いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

茂みの音。

それに、目の前の雷十太殿が反応した。

 

 

「…………」

 

 

剣を持つ手が緩んでいる。

威圧的な空気は霧散し、拙者も数歩、後ろに下がる。

 

 

「気になるでござるか?」

 

 

茂みに顔を向ける。

そこには弥彦、薫殿、左之助……そして、由太郎がいた。

 

由太郎の顔は青褪めている。

……どこまでか、雷十太殿の狂言を聞いていたのであろう。

 

 

「お主はもう少し、身の回りの事を考えた方がいい。結論を出すのは、それからでも遅くはない」

 

 

雷十太殿へ、視線を向ける。

……先程までよりも、何倍も苦しそうな顔をしている。

 

成程、彼女が守りたいモノは……彼か。

ならば、何故……彼に嫌われるような事をしているのか。

分からない、故に力になる事も出来ない。

 

 

「……興が削がれた」

 

 

そう言って、雷十太殿は刀を鞘に収めた。

さっきまで感じていた剣気は、なりを潜めていた。

 

 

「雷十太殿……」

 

「緋村 剣心、お前は運命を信じるか?」

 

 

ぽつり、と言葉を漏らした。

運命、でござるか。

 

拙者の返答を待たず、雷十太殿が言葉を繋ぐ。

 

 

「吾輩は信じている。だからこそ、やらねばならぬ事がある」

 

 

雷十太殿の目には、確かに覚悟があった。

しかし、前向きでは無い。

 

後ろ向きな……怨念のような覚悟。

己を顧みぬ、捨て鉢の覚悟。

 

拙者は、それを認められない。

認めてはならない。

 

故に、口を開く。

 

 

「雷十太殿。運命とは……未来ある若者が、願う未来を信じる為に口にする言霊。故に、自身への言い訳にして、逃げるための口実に使うのは……感心しないでござる」

 

 

雷十太の濁った目。

それに覚えがある。

 

どこで見たかと思えば……昔の拙者の目。

人斬りとして、人を斬り、殺し、血の雨を降らし……大切な者すら、この手に掛けた。

身を削り、他者を不幸にし、それでも大義があると信じていた。

 

己を蔑み、荒み、理屈という名の鎖で自分を縛り、行動を正当化し……考える事を放棄している。

 

そんな、後ろ向きな覚悟を持った目──

 

故に、気持ちは分かる。

 

だが、だからこそ──

 

 

「お主が何に囚われているのか、拙者には分からぬ。しかし、己を顧みない覚悟では、誰も救えないでござるよ」

 

「……何を根拠に──

 

「体験談でござる。お主には、拙者のようになって欲しくない」

 

「……例え、なりたくとも。吾輩はお前のように、なれはしない」

 

 

そう吐き捨てるように言い、雷十太殿は拙者に背を向けた。

その背は拙者よりも大きかったが、とても小さく見えた。

 

その背を追う事は、拙者には出来なかった。

 

……視線をズラし、由太郎へ視線を向ける。

呆けたような顔をしていたが、拙者を見るや否や睨みつけてきた。

 

……どうやら、余計に嫌われたようでござるな。

 

小さくため息を吐くと──

 

 

「あ……緋村さん、雷十太先生は何処へ行かれましたか?」

 

 

由左衛門殿がこちらへ来ていた。

お盆の上に湯呑みが二つ……恐らく、拙者と雷十太殿に向けてだろう。

 

 

「由左衛門殿……雷十太殿は、あちらに行かれたでござるよ」

 

「おっと……そうですか。何を話されたんです?」

 

「それは……えっとぉ……」

 

 

目を泳がす。

先程あった事をそのまま話すのは躊躇われた。

 

 

「そう、日本剣術界の将来についてでござるよ」

 

 

故に、嘘ではないが本筋ではない事のみを話した。

雷十太殿は剣を構えられた相手でござるが、事を荒げたくはない……と思っていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

あんな事を言っていた先生の後を追うには……気後れする。

結局、緋村 剣心が連れてきた三人と行動を共にしていた。

 

先生との会談も終わった今、コイツらをウチに留めておく意味もない。

結局、緋村 剣心を迎えて、門の外まで案内した。

 

 

「帰りは徒歩かよ、ケチだな」

 

 

面倒くさそうに、トリ頭……左之助がそう言った。

 

行きは老いた奉公人を往復させるのは、流石に忍びないから馬車で行かせただけだ。

 

帰りは別に良い。

コイツらに、そこまでしてやる義理はない。

 

それに最近、維新後の道路整備だとかで、国が隣町までの道を引いた。

片道、徒歩でも半刻も掛からないのだから、無茶な事を言っている訳ではない。

 

そう考えていると、弥彦が俺へ視線を向けている事に気付いた。

 

 

「……何だよ」

 

 

問い掛けると、弥彦は目を細めて腕を組んだ。

 

 

「何って……まぁ、同情してんだよ」

 

「……は?同情?」

 

 

瞬間、頭が沸騰しそうになる。

馬鹿にしているのか?

俺は何も可哀想じゃない。

同情される謂れはない。

 

だが、耐える。

ここでキレたら、目の前のチビガキと同じだからだ。

 

 

「あぁ、そりゃな。あんなヤベー大猿(ゴリラ)女が先生だってんだから、少しは同情を──

 

 

ブチリ、と切れてはならない何かがキレた音がした。

 

 

「ふ、ふざけんな!先生はなぁ!そんなんじゃない!」

 

 

気付けば、弥彦の胸倉を掴んでいた。

俺を馬鹿にするならまだしも、先生を馬鹿にする事だけは許せなかった。

 

 

「あ!?てめぇも聞いていただろうが!アイツ、ヤベー思想してんぞ!」

 

 

弥彦もキレて、俺の胸倉を掴み返された。

 

 

「違う!先生はそんな事、考えてない!」

 

「じゃあ何だってんだよ!は!?考えてもねー事を言って、客人に剣を抜くイカれた──

 

 

背中から、誰かに掴まれた。

 

 

「どうどう……二人とも、落ち着くでござるよ」

 

 

剣心に止められて、左之助に引き剥がされる。

弥彦の方は薫に羽交締めにされていた。

 

物理的に距離を取らされても、俺も弥彦も怒りは収まっていない。

直後、弥彦が先に口を開いた。

 

 

「うるせぇ奴だな、ったく!事実を言われた程度でキレんじゃねーよ!」

 

「何だと!?絶対に許さない!ボコボコにしてやる!」

 

 

薫に羽交い締めにされながらも、弥彦は上から目線で話しかけてくる。

 

 

「ギャーギャー喚く元気があるんなら、てめぇ一人で道場(ウチ)に来やがれ!そしたらキッチリ、勝負してやる!」

 

「勝負……だと?」

 

「あぁ、先生ぇ先生ぇって言ってんだから、剣の一本や二本は振れるんだろ!だったら、剣術で勝負だ!俺がボコボコにしてやる!」

 

 

そう言い切ると同時に、弥彦はそのまま左之助に襟を掴まれて運ばれていった。

……まるで親猫に運ばれる子猫みたいだ、と思った。

 

剣術で勝負、か。

……俺は、先生から教わってなんかいない。

身体の鍛錬の方法だけで、剣術については触れさせてもくれない。

 

頭を横に振り、自分の頬を叩く。

そんな俺に、両手が自由になった薫が視線を向けた。

 

 

「ごめんなさいね、由太郎君。弥彦の事は……あんまり、本気にしなくて良いからね」

 

 

そう謝って、連れて行かれた弥彦の方へ追うように、小走りで入り口から出ていった。

 

……あれが、弥彦の師匠か。

少し、胸の奥に棘が刺さったように痛んだ。

あの優しい感じが、妙に懐かしく感じて……それを懐かしく感じてしまった事に苛立った。

 

そして、静かになった……と思っていたが、一人出ていってない奴がいる事に気付いた。

 

 

「もう用はないだろ。早く帰れよ」

 

「……まぁ、それもそうでござるな」

 

 

それは頬に十字の傷を持つ剣客……緋村 剣心だ。

何かを心配しているように、俺を見ていた。

 

……コイツは敵だ。

心配されるような筋合いは無い筈なのに。

 

視線を、感じる。

 

 

「……何だよ」

 

「いや、由太郎殿は本当に雷十太殿の事が好きなのだな、と──

 

「出て行け!」

 

 

蹴飛ばすと「おろ……」なんて言いながら、門から出ていった。

全く、やかましい奴らだった。

 

本当にムカつく。

 

本当に。

 

 

「……クソ」

 

 

……あの、四人。

仲が良さそうだった。

 

少し前までの、俺と先生みたいに。

 

今は──

 

先生は悪い人じゃない。

俺の事を裏切ってなんかいない。

嘘なんて吐いてない。

 

だから、大丈夫──

 

 

『弱者に剣を教える必要などない』

 

 

大丈夫な筈だ。

 

……あの、弥彦とかいうクソ野郎。

先生のコトを馬鹿にしやがった。

俺に同情しやがった。

 

アイツは知らないんだ。

先生は──

 

重い物を運んでいる奉公人を見ると、手を貸しにいく事を。

困っている人がいると手助けせずにはいられない事を。

俺が落ち込んでいる時、慰めようと菓子を持ってくる事を。

時折り、俺が贈った簪を大事そうに眺めている事を。

 

だけど、知らないからと言って、先生を悪人扱いするのは許せなかった。

 

思い出せば、ハラワタが煮えくり返りそうだ。

どうにか訂正させたかった。

考えを改めさせたかった。

 

だったら、どうすれば良いか。

 

 

勝負、勝負か……。

 

 

振り返り、立てかけられた竹刀袋を見た。

俺用に作られた、子供用の短い竹刀だ。

まだ、一度も先生との鍛錬で使った事のない、竹刀。

 

俺は、それを手に取った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

翌朝。

 

 

「言う通り来てやったぞ、チビ!」

 

 

俺は神谷道場まで来ていた。

いつも先生と外出している時に着ている外套と、俺用の竹刀袋を片手に……一人で、だ。

 

勿論、奉公人や親父には外出する旨を言っている。

だけど、先生には言わないように釘を刺していた。

 

ここに勝負をしに来た目的は、先生の名誉を取り戻す為だ。

だからこそ、先生に知られたくなかった。

 

 

「……あのなァ、てめぇ、今何時だと思ってんだよ」

 

 

そこには寝巻きを着て、枕を持った弥彦がいた。

 

少し早く来すぎたか……今更気付いたが、もう引くには引けない。

……コイツに対する苛立ちのせいで、寝付けなかったのだ。

 

 

「何時にやるだなんて約束してないだろ……良いから勝負しろ!」

 

「はぁ……まぁ、良いけどよ」

 

 

俺の言葉に弥彦は欠伸しながら、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

神谷道場の中に案内され、稽古着に着替えた弥彦と向き合う。

 

低血圧なのか、ぽやっとしている薫と、無言で縁に座る緋村 剣心が居た。

……誰に見られてようと関係ない。

 

俺の相手は、目の前のチビだ。

睨み付けながら、口を開く。

 

 

「ボコボコにしてやる!俺が勝ったら、お前は先生に謝れ!」

 

「はぁ……?何を謝るんだよ」

 

「色々だ。大猿(ゴリラ)女とか言ってるだろ!」

 

「あーまぁ……良いけどよ」

 

 

バツが悪そうな顔で弥彦が頷いた。

それに、俺は首を傾げる。

 

コイツ、他人の悪口をちゃんと悪い事だって認識するような奴じゃないだろ。

ちら、と緋村 剣心に視線を向ける。

 

小さく微笑まれて、手まで振られた。

……アイツ、帰った後に軽く説教でもされたのか?

 

まぁ、いい。

兎に角、この勝負に勝つんだ。

 

弥彦がチラ、と薫へ視線を向けた。

 

 

「オイ、薫。審判を頼むぜ」

 

 

声をかけられた当人は、自分の頬を叩いて目覚ましをしていた。

 

 

「ゴホン……それじゃあ、一本目!」

 

 

弥彦と向き合い、竹刀を構える。

 

 

「は?」

 

「おろ……?」

 

「あら?」

 

 

直後、三者三様、驚くような顔を浮かべた。

そして、弥彦が俺を指差した。

 

 

「お前……」

 

「何だよ」

 

「竹刀の持ち方、間違ってんぞ」

 

「……え?」

 

 

……竹刀に握り方なんてあるのか?

だ、だって先生、見る度に持ち方が変わっているし……そんな事、聞いた事がない。

 

冷や汗が流れる。

 

 

「お、俺は真剣一筋で稽古してるんだ!だから、竹刀の持ち方なんて──

 

「由太郎殿、真剣も竹刀も持ち方は同じ筈でござるよ」

 

 

緋村 剣心に訂正され、押し黙る。

周りの三人は何を言えば良いのか分からないようで、顔を合わせていた。

 

……恥ずかしかった。

そして何より、情けなかった。

 

 

「……雷十太殿は稽古をつけてはくれぬのか?」

 

 

そう、問い掛けられる。

俺は緋村 剣心を睨みつける。

 

しかし、そうやって敵意だけをぶつけていても……意味がない事は分かっている。

観念して、口を開く。

 

 

「先生は、俺が一人前になるまで剣を教えないって……鍛錬だけ、やり方を教えてもらって、ずっと一人でやって来たんだ」

 

「……由太郎殿」

 

「分かってるよ……!でも、俺が我儘言って、先生に迷惑は掛けたくないんだよ……!」

 

 

そう言うと、緋村 剣心は少し考えるような素振りをして、薫へ視線を向けた。

薫は小さく息を吐いて、こちらに寄って来た。

 

 

「仕方ないわね。竹刀だって正しく振れないと、振る方も怪我しちゃうんだから……勝負したいって言うのなら、今日は私が教えてあげる」

 

「え?」

 

 

細く、白い指が俺の手を包んだ。

 

 

「いい?竹刀の持ち方はこう」

 

 

竹刀を握る俺の手を解き、持ち替えさせた。

 

 

「左手の小指を柄尻に半分引っ掛けて、右手は親指と人差し指で挟むように上を持つの」

 

 

……どうせなら、先生に教えて欲しかった。

なんて事を考えるのは失礼だと分かってる。

 

この人は、俺が他の流派を習おうとしているのを分かった上で……自分に一銭の得もないのに教えてくれている。

 

そう考えると、凄く優しくて……嬉しくて。

少し、照れ臭く──

 

 

「なーに赤くなってんだよ、エロガキ」

 

「は!?赤くなってねぇよ!」

 

 

弥彦の言葉に反論する。

 

赤くなんてなってないし、俺はエロガキじゃない。

そもそも、俺が好きなのは……いや、そういう話じゃなくて、純粋に剣を教えてくれている相手に、そんな卑しい目で見れる訳がないだろ!

 

そう考えていると、弥彦の頭に拳骨が落ちた。

落としたのは薫だった。

 

 

「弥彦、茶々入れないの。シメるわよ」

 

「ゔ、くそっ、殴ってから言ってんじゃねーよ!暴力女!」

 

 

そう捨て台詞を吐いて、弥彦は涙目で道場から逃げていった。

……なんというか随分と情けない姿だった。

俺、あんなのに勝とうと必死になっていたのか?

 

 

「剣心、ちょっと悪いけど……」

 

「うむ、弥彦の方は拙者に任せるでござるよ」

 

「……うん、お願いね」

 

 

緋村 剣心がこちらに手を振り、そのまま出ていった弥彦を追いかけていった。

結果、道場内にいるのは俺と薫だけだ。

 

俺の視線に気付いたのか、薫は苦笑した。

 

 

「ごめんなさいね、弥彦も……同年代の友達が居ないから、どう接して良いか分かってないみたいなの」

 

「……あんな奴、友達なんかじゃない」

 

「……あれ?違うの?」

 

 

どこを見たら友達に見えるんだ?

あんな暴言吐きで粗雑なチビガキと仲良くなる訳ないだろ。

正直、仲良くなれる気はしない。

 

 

「まぁ、それはともかく……弥彦と勝負するんでしょ?」

 

「……おう」

 

「それなら、竹刀の振り方ぐらいは覚えないとね」

 

「……そうだな」

 

 

そうだ。

俺はアイツをボコボコにして、先生への考えを改めさせるために来たんだ。

目的も果たせないまま、帰りたくはない。

 

 

「それじゃあ、まずは──

 

 

その為なら、例え竹刀剣術の師範代だろうと教えを乞うてやる。

今は頭を下げてでも、やらなくちゃならない事があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面!」

 

 

竹刀を振り上げて、振り下ろす。

床に付かないよう、人の頭上で止める。

 

普段の鍛錬とは違う、全身を使う稽古。

 

だけど、疲れる事はなかった。

先生の教えで、足や腰を重点的に鍛錬して来た。

それが上手く効いているようで、半刻程振り続けても、汗をかく程度で済んでいる。

 

 

「そうそう、その調子。上手じゃない、由太郎君」

 

「本当か……!?」

 

 

思わず声が上擦って、顔が熱くなるのを感じる。

 

 

「うんうん、本当よ?今日、初めて剣を握ったとは思えないぐらい」

 

「う、うん……ま、まぁな」

 

 

照れ臭くて、返事が変になってしまう。

 

コイツら変だ。

先生と剣心は争ってるのに、その先生の弟子である俺に優しくするなんて意味が分からない。

 

……ちら、と視線を上げる。

 

師範代である薫は屈託のない笑顔を浮かべていた。

指導も分かりやすく、丁寧だ。

 

……竹刀剣術も、別に悪いモノじゃない気がする。

口に出すつもりはないけど。

 

ふと、道場の引き戸が開いた音がした。

剣心が幾つか、竹籠に簾を巻いた物を持っていた。

 

 

「ちょいと休憩するでござるよ。朝から何も食べておらんであろう?」

 

 

そう言いながら、その弁当を薫に渡した。

そして、何か耳打ちすると……薫は怒った様子で弁当を二つ持ち、道場を出ていった。

……何を話していたかは分からないが、弥彦関係だろう。

 

それにしても……何故、剣心はその手に弁当を二つ持っているのか。

 

そう思っていると、剣心は一つ差し出して来た。

 

 

「ほい、由太郎殿も──

 

「いらねぇよ」

 

「おろ?」

 

 

……逆に、何で受け取ると思ってるんだ。

舐められているのか?

 

 

「お前、先生の敵だろ」

 

「毒など盛っておらんでござるよ?」

 

「ちげぇよ……俺は、敵から施しは受けない」

 

 

そう言い、睨む。

 

コイツは凄腕の剣客だ。

先生も一度負けてしまったぐらい、強い。

それに……悪い奴じゃない。

 

だから、毒なんて盛られる心配はしてない。

 

だけど、それでも……ムカつくのはムカつく。

試合とは言え先生を殴ったのもそうだし、あれだけ先生から嫌われてるんだから……俺が仲良くしてしまったら、先生に悪い気がして。

 

 

「固いことは言わないでござるよ。戦国の武将も敵将に塩を送ったと言うし……それに、薫殿が作ったものよりは食べられる筈でござるよ」

 

「アイツ、そんなに料理が下手なのか?」

 

「……珍味でござるよ?」

 

「それ褒めてないだろ」

 

「伸び代なら誰にも負けないでござるな」

 

「それも褒めてないだろ」

 

 

そんな事を言いながら、緋村 剣心は俺の横に腰を下ろした。

 

 

「……勝手に横に座るなよ」

 

「まぁまぁ……ほら、一緒に食べるでござるよ。腹が減っては稽古も出来ぬよ」

 

 

……押し付けられた弁当を手に取り、俺は腰を下ろした。

腹が減っていたのも、腹が減ったら稽古に身が入らないのも事実だ。

 

別に、コイツらに絆された訳じゃない。

そう内心で言い訳をしていると、緋村 剣心が笑った。

 

 

「由太郎殿、竹刀剣術は面白いでござるか?」

 

「それは──

 

 

床に置かれた竹刀を見る。

親父が買ってくれた、子供用の短い竹刀。

振った事はない新品同然の竹刀だ。

 

……竹刀を振れば、鍛錬していた自分の身体が、ちゃんと鍛えられていたのだと自覚出来た。

 

そこには達成感があり、確かに──

 

 

「竹刀剣術は遊び……遊びは面白いに決まってるだろ」

 

 

それを聞いた緋村 剣心は頬を緩めて頷いた。

 

 

「……素直でないな」

 

「何か言ったか?」

 

「おろ?何でもないでござるよ」

 

 

何か失礼な事を言われたんじゃないかと、そう訝しむ。

それをぬらりくらりと受け流される。

 

そうして、握り飯を飲み込んだ直後、道場の引き戸が開いた。

 

 

「おろ、薫殿?用は済んだでござるか?」

 

「シメてきたわ」

 

「……ほ、程々にするでござるよ」

 

 

言葉の端々から、弥彦がシメられたのだと理解し……愉快に感じて頬が緩んだ。

ざまぁみろ、なんてスカッとした気持ちだ。

 

 

「それより、由太郎君」

 

「……何だよ」

 

「よければ貴方、神谷活心流(ウチ)に入門してみない?」

 

「え?」

 

 

その言葉は全くの想定外で、俺は目を瞬いた。

 

 

「剣術、楽しいんでしょ?」

 

「……まぁ、それは」

 

「そういう気持ちが一番大事だと思うの。いつまでも雷十太……先生に稽古をつけて貰えないなら……いっそ、神谷活心流(ウチ)で学べば良いんじゃないかな……なんて、考えたのよ」

 

 

そう言いながら、薫は緋村 剣心に目を向けた。

彼はそれに頷き、口を開いた。

 

 

「良い考えでござるな。弥彦と競い合える……競い合える相手というのは強くなるのに重要でござるよ」

 

「……でも」

 

「勿論、決めるのは由太郎殿でござるよ。薫殿も、拙者も提案しているだけで……強制するつもりはござらん」

 

 

俺は座ったまま……弁当を食べる手を止める。

目の前には握り飯と、竹刀。

 

コイツらは良い奴らだ。

俺を騙そうとしている訳じゃない。

本当に、心の底から俺の為を考えてくれている。

 

だけど──

 

 

「……ごめん、薫さん」

 

 

目前の善良で、敵である筈の俺にも優しくしてくれる……神谷活心流の師範代へ目を向ける。

 

 

「教え方、上手だし。見込んでくれるのも嬉しいよ。竹刀剣術『なんか』って馬鹿にしてて悪かったって……今は思ってる」

 

 

俺の言葉に、二人は何も言わず耳を傾けてくれた。

その優しさが嬉しい。

だけど……俺には──

 

 

「けど、やっぱり……俺、強くなるのは雷十太先生のもとがいいから」

 

 

俺が憧れたのは、あの夜の先生に、だ。

強くなりたい理由も、少しでも先生みたいになりたいからだ。

 

折角誘ってくれたのに、裏切るような行為だとしても、コレだけは譲れない。

服の裾を握り……嫌われてしまったかと、そう思った。

 

だけど、返って来た言葉は──

 

 

「そう、なら仕方ないわね」

 

 

優しい声色だった。

そして、小さく笑っていた。

 

俺に罪悪感を感じさせないために、そう笑ってくれているのだと気付いて……目が、潤みそうになった。

 

 

「まぁ、由太郎君が竹刀を振りたくなったら、神谷道場(ここ)に来て良いからね。弥彦もきっと、来てほしいと思ってるから」

 

「……弥彦が?」

 

「ええ。ああ見えて、同年代で突っかかってくれる相手がいないから、張り合いを求めてるのよ」

 

「……俺は、別に」

 

「ね?」

 

「……まぁ、気が向いたら来るよ。勝負するって約束もあるし」

 

 

その言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに笑った。

……その笑顔はとても魅力的で、免疫がなければコロリと落ちてしまいそうな笑顔だった。

 

……いや、先生の方が綺麗だ。

うん、大丈夫。

俺は先生一筋……いや、違う、何を勝手に脳内で張り合ってるんだ?

先生にも薫さんにも失礼だろ。

 

頭の中がぐるぐると回っていると──

 

 

「薫殿、今日は道場に客人が来る予定はあるでござるか?」

 

 

そう、緋村 剣心が薫さんに質問した。

 

 

「え?無いけど……?」

 

「……そうか」

 

 

剣心が柄に手を置きながら、立ち上がった。

その目は少し鋭さを増していて……思わず、後退りをしたくなる程に。

 

そのまま道場内を横断し、雨戸を開いた。

外に視線を向けて、何かを探していた。

 

その姿に不安を覚えたのか、薫さんが声をかける。

 

 

「剣心、どうかしたの?」

 

「いや、少し……でも、大丈夫だったでござるよ」

 

 

そう言いながら振り返った顔は、先程までの緊張するような表情ではなかった。

 

 

「……何?不審者の気配でも感じ取ったの?」

 

「いや、不審者『は』居なかったでござるよ」

 

「……なら、まぁ良かったわ。左之助でも居たの?」

 

 

誤魔化すように笑いながら、緋村 剣心は俺へ顔を向けた。

その目はやっぱり、穏やかな目をしていた。

 

 

「由太郎殿は、雷十太殿に憧れているのでござるな」

 

「当然だろ。先生は凄いんだ」

 

「……うむ、それならそれで良いでござるよ。きっと雷十太殿も由太郎殿の事を大切に想っているでござる」

 

 

……何が言いたいのか分からなかった。

だけど──

 

 

「お前に言われなくても、分かってる」

 

「……失敬、それもそうでござるな」

 

 

……俺は足元の竹刀を拾った。

 

先生は『強い人間だけが剣を握るべきだ』と言っていた。

それなら……俺も、強くなったら先生から剣を教えてもらえるのだろうか。

 

その為なら……協力、して貰うしかない。

 

 

「薫さん、続きお願いして良い……えっと、良いですか?」

 

「……えぇ、良いわよ。弥彦も呼んで、一緒に稽古しましょ?」

 

 

俺と薫さんのやり取りを見て、緋村 剣心が楽しそうに笑っていた。

それはちょっとムカつくけど……心の底から、って訳じゃない。

 

俺は目的のために、この神谷道場で稽古をする事にした。

 

 

……ふと、緋村 剣心が目に映った。

何か、心配事をするような目で、開いた雨戸を見ていた。

 




由太郎が気になって道場の茂みに隠れて、盗み聞きしてる雷十太先生。
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