栄光と落日  氷菓・古典部SS   作:よねぽ

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 殻を破る、という言葉はこれまでの価値観を打ち壊し、新しい価値観を形成するという意味であり、大概の文脈ではよい意味で使われる。しかし、一概にそうだと言えるのだろうか。例えばある鳥の卵があるとして、その殻に閉じこもったまま安らかなひと時に浸るのも、また一興なのかもしれないのに。雛の気持ちを勝手に慮るなんて、それはあれだ、傲慢ってやつだ。

 

「……なぜ急に七つの大罪に結び付けるんですか」

 それはだな、と言おうとして口をつぐむ。大日向は大天使チタンダエルが君臨した、あの時にいなかった。

「いや、何もない。忘れてくれ」

「はぁ」

 

 気の抜けた返事だ。それとも、俺と楽し気な会話はできないのか。まぁ、それもむべなるかな。大日向と最後にあったのは星ヶ谷杯の終盤。柄にもない踏み込んだ推理をして、大日向を恐らくは傷つけてしまった時が最後。あれが今生の別れになると思っていた俺は、まさか下校中に彼女がいきなり声をかけてくるとは思わなかった。これで大日向と帰るのは二度目、前回は里志がいたものの今回は二人きりだ。

 

「なんというか、あれですね。先輩っていつもそんな観念的なことを考えて生きているんですか。前回の福部先輩との話もなんか変な話でしたよね」

「別に他のことも考えたりする」

「そうですかね。でも、折木先輩が勉強や色恋沙汰に悩んでいる想像がつかないなぁ」

「失敬な」

 という過去の会話、古典部でもあの大罪のことについて語った日にしたことがある気がする。

「それとも、何かの暗喩でしたか」

「さぁな。というかお前が何か話せというから話してやったんじゃないか」

「いや、後輩から話を振られて、まず出てくるのは『勉強大丈夫か』とかじゃないですか。そんな話をされるなんか思いませんって」

 そうなのか。知らなかった。古典部には後輩がいないから、学習したところで実用には活かせないだろうが……。

 

「なら、勉強大丈夫か」

「それにしても、千反田先輩、生徒会長に立候補しませんでしたね」

 折角の俺の配慮を無碍にして、大日向は自分の話をねじ込んできた。

「……一つ下まで話題になる内容だったのか、それ」

「まぁ、そこそこです。あたしは福部先輩の妹から聞いただけなんですけど」

「本人も思うところがあったんだろう。詳しくは知らない」

「ふーん。同じ部活なのに。まぁ、いろいろありますもんね」

「そうだ。上級生には、下級生にはない色々があるんだ」

「たかが一年違いですけど」

 大日向は笑う。

 

「あたし、千反田先輩とは少ししか関われなかったけど、でも確かに、向いてないとは思いましたね」

「まぁそれを得意にしようという意味もあったんじゃないか」

「なるほど。スキルアップのために、なんて尊敬しますね」

「そうだな」

 中学生、おそらくは一年生が俺たちの横をかけていく。元気なことだ。夏休みが終わって、多少涼しくなったとはいえまだ25℃を切ることはないというのに。

「……あたし結局、軽音部に入りました。ちょっと遅れちゃったけど、知り合いが何人かいて、そのつてで。今はベースをやってます」

「そうか」

「初心者ですけど、でもまぁ、何とか形になるくらいまではできてきました。まぁ、その練習のせいで夏休みは何もできませんでしたが」

「まぁ、俺も何もしていない。惰眠を貪っていたら終わったからな」

「怠惰な先輩と一緒にしないでください。こっちは練習漬けだったんですから」

 ひどい言われようだ。

「だからまぁ、意外と、何とかなるもんでした」

 

 大日向は遠くを見つめながら、そうつぶやいた。

 ひょっとすると、これは、先の話に対する、彼女なりのメッセージではないかと。そう思った。

「まぁ、楽しくやっているならよかった。人生楽しいのが一番だしな」

 里志が横にいたら間違いなく笑われるであろう、余りにも俺らしくない言葉を彼女に告げると、大日向は

「そうですね」

と、最初にあった時と変わらない、屈託のない笑顔で笑った。

 

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