栄光と落日  氷菓・古典部SS   作:よねぽ

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 麻屋の外観は、喫茶店というよりはオーセンティックバーとでも呼ぶべきであった。窓が無いため外から中はうかがい知れず、重厚な木製の扉にかけられたopenの文字は明らかに俺達高校生に向けてではないだろう。

 店の前に立ち、別の店に変えようかと悩んでいると声がかけられた。

 

「折木君、待たせたかな」

「いや……そうでもない」

 

 制服姿の十文字が立っていた。バッグを肩から掛けているが、それほど大きなものではないことに安堵する。あの中からDVDプレーヤーが出てくることは多分なさそうだ。

 

「この店に来たことがあるのか」

「いいえ。ここが麻屋?この町の店は大凡覚えているはずだけれど、やっぱり見覚えのない場所。よく知っていたね、新規開店なの」

「……そうらしいな。家にチラシが入っていた」

 

 彼女を横目で盗み見ると、特に物怖じした様子はなさそうだった。普段から大人の場に出る機会が多いためだろうか。

 

「あまり高校生が来る場所とはいえなさそうだけどな」

「大丈夫じゃない。立ち話もなんだし、入りましょう」

 

 そういって扉を開けた。俺も後に続く。

 中は予想に反して、そして名に従った和風の造りだった。一枚板のカウンターと、奥に書院造と思しき個室がいくつかあるのが分かる。

 

「いらっしゃいませ。奥の個室が空いていますのでそちらへどうぞ」

 

 店主、なのだろうか。20台前半と思しき女性が、年齢にそぐわぬ落ち着きっぷりで俺達を奥に誘った。軽く会釈し、十文字と向かいの対角に座す。

 

「いいところね。折木君は喫茶店によく行くの」

「よく、というほどでもない。……一カ月に一回くらい、財布の重さに耐えきれなくなったころに調節しに行くくらいだ」

「そう。以前、えると行った、バクパイプだったっけ。あそこ潰れてしまったらしいね」

「……よく知ってるな」

 

 それには答えず、十文字はメニューを一瞥する。

「私はグァテマラの、ホットで。折木君はキリマンジャロかな」

「ああ、それのホットで頼む」

 

 店主には俺達の会話が聞こえていたようで、すぐお持ちいたしますね、とカウンターの方から声が聞こえた。

 一向に向こうが口火を切らないので、こちらから話し始める。

 

「さて、千反田のことだが、あいつから書置きでも残されたのか」

「……よくわかるね」

「変なお世辞はよせ、もう御託はいいだろう。俺に何をしてほしい」

「これがその、書置きだよ」

 

 あくまで十文字は自分のペースを崩さず、鞄から、綺麗に折りたたまれた一枚の紙を取り出して机に置いた。

 

「えるが失踪した次の日に、学校の私の机の中に入っていた。とはいっても、大したことは書いていない。いろいろ警察に聞かれることになると思うが、迷惑をかけるといったこと。それに、ちょっとプライベートなことを少々」

「そう言われたら……見るわけにはいかないな」

「別に見てもいいんだけどね。でも確かに、それは私じゃなくてえるが決めることだから、あまり推奨はできないかな」

 

 再び沈黙が流れる。俺は息を吐いた。

「……入須を待っているのか」

 

 十文字の肩が、僅かに跳ねた。

 

「なんで、そう思ったの」

「そんな大層な理由じゃない」

 

 あくまで、想像でしかなかったが、どうやら反応的に正しかったようだった。

 

 まず疑念を覚えたのは、麻屋という新規開店の店にもかかわらず、その場所をとくに尋ねられなかったこと。俺の家の近くといった以上、地図から探そうとしたかもしれないがそれではここは見つからない。まだ地図には載っていない店だからだ。店が見つからず、麻屋の場所を聞くために再び電話がかかってくると思ったが、受話器は鳴らなかった。それで十文字がこの店を知っていると思ったのだが、どうやら初見らしい。この段階では、十文字は誰かから麻屋の場所を聞いたのだと、考えることができるだろう。

 

 そして、もう一つ少しおかしいと思ったのが、店主の第一声である。普通喫茶店に入って声をかけられる場合、まず間違いなく何名様ですかと声をかけられる。喫茶店は人との待ち合わせに使われることがよくあるため、見ただけでは何人での利用か不明だからだ。だのに、それがなかった。店主の接客慣れからしてこの一言を飛ばすとは思えず、おそらく意図的に省略されたものだと考えられる。そのため、あらかじめ十文字側が予約を入れていて、それに応じた対応になったためフリーで入る場合と比べてその部分が省略されたのではないかと思った。喫茶店で予約、混雑状況の確認もあるだろうが第一に考え着くのは個室の確保だろう。三人以上の場合カウンターは余りにも話しずら過ぎる。

 

 座る位置もそうだ。確かに普通に飲食をする場合、俺と十文字のような微妙な関係性であれば対角に座るのはそこまで不自然ではない。しかし今回は、千反田に関する資料の店愛を含めた話し合いである。隣りあわせとは言わないが、普通は真向かいに座るのが一般的だろう。だのにこのような座り方をするというのは、もう一人が来て、その人間と俺が話し合う、十文字はそのサブ、というのが一番に考えつくことだ。十文字と千反田という名家に関係する、この話の流れで出てくる俺の知りうる人物は入須しかいなかった。

 

 ……そんな妄想めいた考察を長々と話すわけにもいくまい。それに、

「人目のつかないところで、異性と話す。お願いを通すための常套手段だが、いかにも入須っぽい人心掌握術だな、と思ったからだ」

「……そう」

 

 過去の苦い思い出が想起される。その感情が表情に浮き出ていたかもしれないが、それについて十文字は何も述べなかった。

 




この小説の時間軸は2003年あたりです
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