学校の正門前からでもなお、グラウンドにいる野球部の声が聞こえる。その情熱が、寄る辺があるその姿が、俺にはひどく残酷なように思える。
里志や伊原がもしかしたら部室にいるのではないかと、下駄箱を確認してみたが上履きはそこに残されたままだった。
彼らは何をしているのだろう。特に伊原はああ見えてかなり自責思考で心配性だから、どこからか情報を得られないかと飛び回ったりしているのだろうか。伊原に叱責されたあの日からさほど日がたっていないにもかかわらず、酷く遠くのことに思えるのはなぜだろう。
頭を振り、俺を待っている十文字のもとへ歩み寄った。
「そういえば十文字さんは文化祭で俺達が出した文集を読んだのか」
「折木君がなぜ今関谷祭のことを文化祭といったか分かるくらいには。……氷菓には書いていないけど古典部の中では共通認識のことがあったりするの?」
「いや、特には。氷菓を探す段階で遠垣内とひと悶着あったくらいだ」
十文字は眉を顰めるが、今は特に関係のないことだ。説明する必要もあるまい。
「氷菓の第一号を書いたメンバーの中に関谷純はいただろう。だが、関谷純は何を文集に書いたのだろうな」
「学校への恨みつらみ、とまではいかないけど、そのあたりとか」
「果たしてそうかな。関谷純は英雄として退学したんだ、そんな弱音を、不満を対外に発したとは考えづらくないか」
「確かに。氷菓の題名の意味も、伝わる人には伝わるといった感じだからね。……と考えると、あまり核心的なことは書いてないように思えるんだけど」
「そうだな、下手をすると反教師派の心にもない作文をでっちあげて、それが掲載されているだけかもしれない」
「……でも、それだと」
「そうだな。千反田がそれを見たところで、関谷純のことを可哀そうと思いこそすれ、何かのアクションのきっかけになったとは考えづらい」
少し十文字が考え込むような表情を見せる。
「となると、そうだね、一見すると普通の文章だけど、別の意味も隠されているとか」
「そうだな」
職員室に向かい、古典部のカギを取り部室に向かう。
「……辺境だね」
「間違いない」
扉を開ける。空の部室の中でもとりわけ、千反田の定位置であった空間は主を欠落しているようでいて、俺は目をそらした。
「氷菓の過去のナンバリングだが、確かそこの段ボールの中だな」
十文字が俺が指した段ボールの中を開く。
「これ、かな」
そう言い取り出したのは、俺が確かに見たことのない表紙であった。
戯画調であろうか、独特な筆致。兎と犬がお互いを噛み合い、ウロボロスの蛇のようになっている、おなじみの絵。その右下には確かに、『氷菓 第一號』という文字が書かれていた。
「正直、あるとはあまり思っていなかったんだがな。いい方向に当てが外れた」
「謙遜しなくても。……やっぱりえるは一度ここに来たんだ」
そう言い十文字はその部誌をぱらぱらとめくる。そしてあるページで目を止めた。
「どうした」
十文字は苦い顔でこちらを見る。
「ページが切り取られてる」
「……誰のページだか、目次などで確認できるか」
もはや聞くまでもないと思いつつ、俺はそう聞く。
十文字も分かっているようだった。溜息をつきながら答える。
「……関谷純。タイトルは『栄光と落日』」