感謝いたします
栄光と落日。ごくありふれたタイトルであり、これといった解釈をできそうにはない。ただ、関谷純の半生を鑑みると、なんとも皮肉なタイトルに思えた。
「千反田からの手紙や、それに類するものはなかったのか」
「……そうだね、紙類は挟まっていないかな」
とすると、あては外れたということになる。俺達が探していたのは第一に千反田の手紙である。氷菓一号があったとしても、それの解釈や推理で千反田の居場所が分かるわけがないというのに。まして、それと関係がありそうな関谷純のページが欠落していたならば。
「折木君、どうする」
十文字がこちらを見る。
「どうしようもない。振出しに戻って、千反田の手紙の捜索をするしかないだろうな」
とはいっても、あてなど勿論あるわけがない。唯一の手掛かりだったのだ、これが。どっと疲れが押し寄せる。……そもそも、千反田の手紙というのも本当に存在するのだろうか。あくまでその存在は入須の推理に依拠するものなのだ。
「……それにしても、氷菓の一号は随分と分厚いな」
「そう、だね。君たちが出した氷菓より五倍ほどの量がある」
部員数が多かったのだろうか。十文字から文集を受け取り、中を確認する。
「いや、一人当たりのページが多いだけだな。関谷純は一ページしか書かなかったようだが、他の部員は十数ページも書いている」
熱心なことだ。それに引き換え関谷純は一ページとは。俺に通づるところがあるのかと思うが、まぁ、あんなタイトルの作文なんぞあまり好んで書きたくなかったのだろう。
その他の部員の作文のタイトルを見る。どうやら意外と、古典部という名にたがわない論説文を書いていたようだ。『東海道中膝栗毛から見る倫理規範の変遷』だの、『スタンダールの作品と彼の人生の相関』だの、高校生がすこし背伸びしたようなタイトルの数々。
そのなかに、ひとつ、気になるタイトルがあった。
「タイトルの一つに『紅顔と白骨』とあるが、これってあれだよな、『夕べには骸になる』の」
「うん、そうだね。もともとは和漢朗詠集の言葉で、正しくは『朝に紅顔ありて夕べに白骨となる』。蓮如上人が著書で引用して有名になった句だね。浄土真宗のことは詳しくないけど」
「その句の詳しい意味は知ってるか?」
「うーん。たしか、人間は、いつどこでどんなことが起こるか予見することはできないから、朝には健康であった若者が、夕べには死んで白骨になるようなこともある、みたいな意味だった気がするけど。簡単に言うと、人生は短いから一生懸命やりなさいっていうことだと思う」
「……そうか」
俺が以前読んだ安城春菜原作の漫画、そのタイトルは『夕べには骸に』。ただの偶然の一致かもしれない。だが、現在の千反田の状況と何か引っかかるものを感じて、俺はそのページを開いた。
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紅顔と白骨
著:大乗信人
『いのち短し、恋せよ乙女』とはいうが、男もかくあるべしと思うのは私だけだろうか。勿論恋に限った話ではなく、細く長く生きるか、太く短く生きるかといった人生そのものの話である。そう私に思わせたのは、我らが英雄たる関谷純先輩をおいて他ならない。蓮如上人は『朝に紅顔ありて夕べに白骨となる』と仰ったが、彼こそはその体現者であり、惜しむらくは学園を去ることとはなったものの、革命において素晴らしい貢献を成し遂げたことは忘れることはできまい。
彼の実家は、かの有名な千反田家の分家であるということは初耳の者が多いかもしれない。彼はその長男であり、未来を嘱託されつつも、私たちの学園を守るためにその地位を捨てて教師陣に反旗を翻した。退学処分を下された後も、家督相続を拒否し自由人として海外を放浪すると私達に宣言した。
この度、氷菓創刊號として私が書くのは、先輩がどのような海外生活を送るのか、その想像としての小説である。退学をし、家督を捨てることを決心した先輩は、海外に行くにあたり、自らを『妖精』だと言った。これは異文化に入らんとする自分自身の暗喩だろう。何かを掴めば日本に戻ってくるとは言っていたものの、白骨は海外ではなく日本に埋めることを願わんばかりである。
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関谷純の、まだ知らない真実がそこには書かれていた。
確かに筆者の主観が入り混じっている文章だが、関谷純は家督相続の権利を持っていたが自らそれを捨てたこと、退学ののちに一度海外へ渡っていることなどは事実に相違ない。それに……。
十文字も無言でその前書きを読む。
「……この『妖精』だけど、妖精の起源ってたくさんあるよね。そのうちに、社会的に差別された人間っていうのがあるんだけれど」
「ああ。十中八九、関谷純はその意味で言っているだろうな」
十文字はうつむく。叔父が自らをこう表現しているのを知った時、千反田は果たしてどう思ったのだろうか、そう考えると胸が痛む。
「でも、えるがこれを見たとは限らない。もしかしたら叔父さんのページだけを見て、冊子を閉じた可能性もある」
「たしかにその通りだが、このタイトルは、以前の十文字事件におけるマクガフィンを想起させるタイトルだ、十文字さんには知りようのない話だが。それに、千反田の今どうすれば分からないといった心情にこの言葉は響くと思わないか」
「……たしかに。えるなら、蓮如上人のことももちろん知っているはずだし、興味を持つことは想像に難くない」
そして、このページを読んで、果たして千反田は何を思うのだろうか。退学という強力な引き金があったとはいえ、自らの家督を自発的に捨てて、そして海外に何かを求めた、尊敬する叔父の姿を見て。彼女はどんな行動に出るのだろうか。
「あまりいい予感がしないね」
「……そうだな」
関谷純のタイトルは、栄光と落日、だったか。
落日。日出づる国からの脱出。こんな言葉遊び、偶然だと分かっていても、どうしても意味深に思えてきて、俺は頭を振った。