栄光と落日  氷菓・古典部SS   作:よねぽ

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「……とりあえず、部室を出よう。ここにいてももう何もないだろう」

「机の中とかは探さなくてもいいの?」

「見つけやすい場所にあるなら最初から机の上に置いたりするだろうしな。それに、こんな絶好な場所にないなら、他の場所を探してもないだろう」

 十文字は軽くうなずき、部室の外へ出る。

「今日はこれから、どうする?ほかの場所を当たる?」

「そう、だな」

 

 ふと、デジャビュに襲われる。

 

 何に起因するものかと少し首をひねらせ、そういえば、合唱祭の時もこのような感じで探し回ったことを思い出す。千反田と、千反田の手紙。

 正直、俺は千反田のことをほとんど知らない。情報量はあの合唱祭の時と何も変わっていない。前回は、安楽椅子探偵では絶対に知る由もない場所で彼女は孤独に暮れていた。中瀬さんという存在がいなければ、あの場所は知る由もなかった。今回も、そうである可能性がないとは言い切れないのだ。

 正直に言って、手紙がある可能性のある場所の中で、俺が手が届く場所は、片手で数えられるほどである。関谷純の墓。無いとは思うが、古典部部員の家。関谷家やそれこそ中瀬さんなどの、俺のあずかり知らぬ親類縁者の手にわたっていたりしていたらどうしようもないし、それは俺がどうにかしてはいけない。それに、

 

「……十文字さん。千反田の学校外の付き合いの中で、特に仲の良かった人などは聞いたことは」

 十文字は難しい顔をする。

「そうだね、少なくとも旧家で集まっているときは私といることが殆ど。親類縁者にも、えると年の近い子はあまりいなくて、かなり離れている年下か年上だけだね。ただ、小学校や中学校で仲のいい子たちは勿論いただろうし、えるは顔も広いから学外で何かしらの縁で友人を作っている可能性ももちろんある」

「そう、だな」

「学外の信頼できる人物に、手紙を託している可能性を考えているの?」

 

 無言でうなずく。もしそうである、すなわちその信頼できる人物に千反田が助けを求めている場合、動くことを期待されていない俺達が変に千反田と接触することは逆効果かもしれないのだ。

 十文字は少し考えるそぶりを見せる。

「あり得ない話では決してないと思う。……ただ、あくまで私の想像だけど、君たちほどえるがこころを開いているのはあまり見たことがないかな。意外と奥手な子だから」

「奥手?千反田がか?」

 千反田とかけ離れた言葉に思わず驚き声が漏れる。だが、十文字の顔は真剣だった。

「……使命があって、そこから価値観が規定されているというところが私も似ているから、何となくわかるの。えるは幼いころから、将来たくさんの大人と接するためにとコミュニケーションの能力を磨いてきたから」

 

 能力ありきの仕事ではなく、仕事ありきの能力、ということだろうか。だから、日常生活のコミュニケーションスキルではないと。

「だから家業をこなす際のえるはしっかりしているけど、それは後天的に形成された価値観としてのえるで、実際のえるは、君たちに見せるような好奇心旺盛なただの女の子に過ぎないと、思うこともある。子供っぽく見えるのはその、対外用のペルソナの方にリソースを割き過ぎたのかもしれないね」

 思い至ることがないわけではなかった。生雛祭りの際の千反田のあの凛とした姿と、文化祭での売り場交渉での千反田は全くもって別物だった。

 そこまで言うと、十文字は言いすぎたと言わんばかりに頭を振った。

「……変な話でごめん。とりあえず、学校を出ようか」

 

 

 幸いにして雨はまだ降っていなかった。

「今日はどうする?」

「私は、一度帰ろうかな。折木君は?」

「俺は……一度、関谷純の墓を見に行く。無いとは思うが、万が一のことを考えて確認だけしておきたい。そのあと、伊原と里志に千反田の手紙の件を伝えておく」

「私はじゃあ、両親に関谷家についてコンタクトを取れるか聞いてみる。十中八九無理だとは思うけど。一度、断られたしね」

「それは……関谷純の件で千反田にお願いされたのか?」

「そう。中学校に入りたての頃かな、確か。……だから、今回もあまり期待しないほうがいい。もともと関谷家は旧家の集まりの中にはいない家だし」

「分かった。何かわかったら連絡をくれ」

「そう、だね。……えるのこと、親身になってくれてありがとう」

 まさかお礼を言われると思わずに思わず十文字の方を見た。

「十文字さんがお礼を言うことじゃないだろう」

「そうだけど、ね。えるの長年の友人として」

「……感謝の気持ちだけ受け取っておく」

 そう、と十文字は軽く笑う。

 

「……折木君はえるのことをどう思っているの?」

 なんだその質問。俺は嘆息する。

「どう、か。所属する部の部長であり、旧名家の令嬢、としか言えないな」

「それだけ?」

「……なんだその質問。俺が千反田に恋愛感情があるとでも?」

「そうではなくて、ただ疑問に思っただけ。折木君の前評判を聞く限り、他人に不干渉主義を貫く人間だと思ってたから」

「それは、千反田からの情報か?」

「ううん、鏑木中学校の子からの伝聞。えるからの情報や、今のえるに対する行動を見ている限り、そのような評価を周りから受ける人間だとは思えなかったから。気を悪くしたらごめん」

「……いや、それなら仕方がない。中学校では、そう思われても仕方ないことをしたからな」

 特に弁明もしない俺を、不思議そうな顔で十文字は見た。

「実際に会ってみないとその人の本性が分からないとは、まさにその通りだね」

「まぁ、それもそうだな」

里志談では十文字のことを話しにくい人物と評していたが、特にそうは思えなかった。十文字が里志のことを苦手だと思っている可能性はあるが……。

 

「えるとの関係性のことだけど、恋愛関係について言っているわけじゃない。……生雛祭りの終わりに、えるの家で宴会したこと、覚えている?」

「ああ。もしかして十文字さんもいたのか?」

「うん。色々と仕事があったから挨拶はできなかったけど、何度か折木君の姿は見かけたよ。えるがルート変更のことについて悩んでいて、早く折木君の推理を聞きたいとこぼしていたのも聞いていた」

「あくまで俺が提示したのは仮説だけどな」

「そう。……私はえるの家でやることがまだあったから、その間にえるは折木君を軽く送ってくると言っていたけど、その時にある種の覚悟を決めた表情をしていたから、何を言ったのか気になっていたんだ。余計な詮索だったね、ごめん」

「いや……謝ることはない。あの時はただ、」

 その先の言葉に詰まる。

「……ただ、千反田の生きてきた土地を、これから歩む予定だった道を、紹介されただけだ」

 十文字は興味深そうにこちらを見た。

「それで……折木君は何と答えたの」

 

 俺は。

 俺はあの時に、千反田に何といえば良かったのだろうか。

 いや、違うのだ。あの時、千反田は俺の言葉を待っていたわけではなかった。俺は、千反田に何を言いたかったのか。

自分の気持ちは疾うに分かっているのに、言葉というはっきりとしたかたちで表すのは難しくて、だから里志はチョコレートを壊さざるをえなかったし、俺は言葉を濁して思ってもいない話でお茶を濁すしかなかった。現状に対する保留はいけないと、お互い知っていたのに。

 だが、里志はそのあと、一歩を踏み出したのだ。なら俺は?

 決断はできたつもりだった。しかし、千反田でないにもかかわらず、いざ面と向かうと、やはり出てくるのは喘鳴にも似たなにかだった。

 

 止まった俺を横目で見て、十文字は静かに言った。

「……それに対する答えは、私が聞くものじゃないね」

「ただ、えると再会したら、その答えを直接言ってあげてほしいな」

 




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