栄光と落日  氷菓・古典部SS   作:よねぽ

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 十文字と別れ、俺は曇天の中関谷純の墓へと向かっていた。一度だけ千反田といったことがあるので、道はなんとなく覚えている。神山高校と俺の家からさほど離れておらず、帰りまで天気は持ちそうだった。

 

 栄光と落日。関谷純。千反田。海外渡航。嫌な妄想ばかりが脳裏をよぎる。なまじ妄想だと断じることができないのが厄介で仕方がなかった。

 

 ……一旦、千反田のことはおいておき、関谷純について考えよう。彼がもし本当に『海外放浪』をしたのなら、それはどこだったのだろうか。

 可能性としてまず考えられるのはインドだろう。それに類する土地として、東南アジアも考えられるかもしれない。正直なところ、余りにも候補が多くて絞り切るのが不可能である、というのが本音だ。……糸魚川教諭に聞けば分かるかもしれない。ただ、なんとなく彼女は教えてくれないような気もした。それも当然だ、俺は彼とは何のかかわりもないというのに。

 

 可能性として絞り切るのが無理であれば、関谷純になったつもりで考えればいい。俺が彼ならば、果たしてどこに行けばいいと考えるだろうか。そこまでいってはたと気が付いた。俺は、彼のことを何も知らないのだ。

 もちろん二次的には彼のことを知っている。千反田からは優しい叔父としての彼を知った。糸魚川教諭からは悲惨な先輩としての彼を知った。大乗何某からは誉れ高き英雄としての彼を知った。そのどれもが、故人なのだから当たり前だが伝聞で、主観が入っていることは理解しておかねばならない。それに、彼自身いくつものペルソナを使い分けていた可能性もあるし、そのペルソナは年を追うごとに変容していることも理解しなければならない。そこから、果たして彼の本性を取り出して、それになり切るのは無理があるのではないか。

 

 一旦、関谷純の経歴を、主観が混ざらないよう事実のみを切り出すと、こうなる。

 

・高校在学中に反学校派のリーダーになり、武道館を放火

・高校の文化祭を復活させ、その後退学

・退学後はおそらく海外で放浪

・日本に帰国

・インドに渡航し、失踪。死去したとみなされる

 

 もちろん誰かに扇動されたという事情があるにせよ、ずいぶんと左翼な人生だ。旧家たる関谷家では、たしかになるほど、関谷純は不都合な存在であったに違いない。

何も知らない目で見て、この経歴の人間が行く場所として適切な場所はどこだろうか。退学後なので今から32年前、1968年の世界について。

 

 俺は日本史が好きだ。ただ、世界史も準進学校の神山高生として、平均くらいの知識はあるつもりだ。有名な出来事として、幾つか思い当たるものがあった。ベトナム戦争。キング牧師の暗殺。それに……プラハの春。チェコ・スロバキアにおける、民主化運動。高校で学生運動に励んだ熱が高じて、退学したのちにも民主化運動の渦中に身を投じた、というのは一般的に見て、あり得ない話ではない。

 だが、それも事実という、ある観点から見た考えに過ぎないのだ。別の、関谷純のことを知る人から、出来れば新しい彼の側面の話を聞くべきだろう。だが、誰の。

 考えている間も足は進む。既に俺は、関谷純の墓近くまで来ていた。

 

 彼の墓はすぐに見つかった。あまり詳しくないのだが、普通は先祖代々の墓に埋葬されるのが普通ではないのだろうか。前にここに訪れたときも気にはなったのだが、千反田に聞くわけにもいかず、結局疑問は謎として残ったままだ。

 墓の前に小封筒を見つけ、一瞬期待に胸が躍るのを感じる。だが、優にそれが数十通あるのを見て、千反田からの手紙ではなさそうだと察した。

 

「それにしても……随分な量だ」

 小封筒は紐で束ねられ、雨避けと共に墓の前に置かれていたが、一部散らばっているものもある。雨も降るだろうし、このままそれらが野ざらしになるのを見過ごすのもどうも気分が悪い。せめてもの関谷純への供養と思いそれらを拾って、何の気なしにその差出人の名を見る。そこにはラテンアルファベットの名前が書かれていた。この小封筒にも、あの小封筒にも。

 俺の記憶間違えかもしれないが、チェコやスロバキアは確か、ラテンアルファベット文字が使われている。

 それに、どこかこの小封筒に見覚えがある。そして、このラテンアルファベットにも。

 

 封筒の方は、そう、姉貴へサラエボへの手紙を送ったとき、律儀に手紙で返信をよこしてきたのだが、その時の封筒と似ているのだ。むこうでは一般的なものなのだろうか。

 それにラテンアルファベット……。今日どこかで見たような気がして、すぐに思い至る。あの女の店員の友人の名前、それが確かラテンアルファベットだった。その名前の綴りは覚えていないが、たしかヴィッチ、で締められていたのは覚えている。あまり詳しくはないのだが、たしかセルビアかそこらの人にルーツのある名ではなかったか。

 

 もし、これらの証拠から、関谷純が1968年にプラハの春へ参加するためにチェコスロバギアに行った、少なくとも中央ヨーロッパかそれに類するところにいったと結論付けてもいいのなら。

 この間の姉貴の旅、西インドから中央ヨーロッパの旅は、関谷純の軌跡を逆からなぞったとも考えることができるだろう。

 果たしてそれは、偶然といってもいいものなのだろうか。……それに、麻屋に俺が行ったのも、姉貴の手紙から出てきた名刺がきっかけだった。

 

 姉貴と千反田の間に何かしらの関係があるのは、ほぼ確実である。だが、それだけではないのだ。だいたいいつも、俺の周りで起こる事件は姉貴が糸を引いていて、俺はその舞台上で踊っているだけ。氷菓の一件も、そう、思い返してみれば十文字事件の時だって、姉貴がよこした万年筆、そして『夕べには骸に』が無ければ糸口にすら絶対にたどり着けなかった。唯一姉貴が関わってこなかったのは、あの、本郷の映画の一件くらいで。

 ……もし。もし、入須と姉貴の間に面識があるとしたら。あの一件も、姉貴が裏で工作していたとしたら。

 

 確かめなければならない。俺の足は自然と、自宅へと向かっていた。

 




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