栄光と落日  氷菓・古典部SS   作:よねぽ

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幼年期の終り

 

「……すみませんでした、本来ならば折木さんや福部さん、摩耶花さんにはそれぞれ対面して今までのお礼を言おうと思っていたのですが、手紙すら残さずに家出という形で別れを告げるなんて」

「……ああ」 

 言葉にならない声が漏れる。

 話したいことは、言わなければいけないことは確かにあるはずなのに、それが口から出ることはなかった。

 

「……高校や学校はどうするんだ」

 結局口をついて出たのは、さほど重要ではないことだけ。

「そうですね、高校の方には休学届を出してはいますが、受理されるか、されたとしても帰国するめどはまだ立ってはいないので、そのまま卒業できないかもしれませんね」

 彼女は笑う。

「海外に行きたいとは、少し前から思っていたんです。それこそ修学旅行の話が出てきた時に、わたしにとっての修学旅行とは何か、と考えたことがありまして。せっかく生きる世界が広がったのに、見聞が狭いままだとどうしようもないですし」

「……そうか」

 

「それに……千反田家の後継者としてしか見られないあの地域では、わたしはどうあがいても『わたし』としてしか生きられない、そう思ったんです。他者との関係性で自己存在は規定されるというのは大乗仏教じみていますが……」

「だから、関係性をリセットし、新天地に繰り出すと」

「平たく言ってしまうと、そうです。

 でも、完全に過去のわたしを否定したいと、捨て去りたいとは、わたし思っていないんです。……叔父の墓にたくさんの手紙が供えられているのを見たとのことですが、中身は見ましたか?」

「いや……流石に」

「では、叔父が外国へ行き、革命に身を投じたとき、叔父は何に貢献してあれほど感謝されたかご存じですか?」

「運動の中枢にいた、とかではないんだろうな」

「はい。……叔父はどうやら革命の裏で、後方支援として農業の制度変革と方法伝授を行っていたようです。自らが捨てた関谷家、そこで学んだ知識を使って」

 

 関谷純は、異国に、あまり言葉も分からずにわたって、自分にできることを考えたのだろう。その結果、活きたのは自分の経験だった。

「わたしは、後継者になれないと分かった時から、ずっと自分のしたいことについて考えていました。……そうではなくて、出来ることから考えていって、その過程でしたいことを見つけるべきだと、最近思ったんです」

「だから、それと同じようなことをしに、海外に行くのか」

「そうかもしれません。まだあまり考えが定まっていないのですが……そういう意味ではこれもまた修学『旅行』なのかもしれませんね」

 千反田は苦笑した。

 

「折木さん。最後に一つ、聞きたいことがあるですけれど、いいですか」

「……なんだ」

 最後。その言葉の重みが、圧倒的な現実感を放って俺にのしかかってくる。

「わたし、気づいていたんです。生き雛の日の帰り道に、桜の下で、折木さんが何かを言おうとしていたことを。……あの時のわたしは聞き返すことをしませんでした。その勇気もまだ、持ち合わせていなかったのかもしれません。だから、あの時、折木さんが考えていたであろうこととは別のことを言ったのを聞いて、少し安堵したんです」

「……そうだったのか」

「ふふ、普段とは逆ですね、わたしが気付く側なんて」

 千反田が微笑む。

 

「あの時とは状況も違っていますけれど、わたし、あの時折木さんが言おうとしたことが気になります。これが今生の別れでは決してないですが、またいつか再開するときまで、その言葉を胸に秘めてがんばっていきたいんです」

 

 俺は、何を理由にここまでやってきたのか。いまだに、しっかりと言葉にすることを避けてきた謎だった。口に出すどころか、頭で考えることもなるべく避けてきた問だった。

 あの時俺は、『千反田が諦めた経営的戦略眼について俺が修めるのはどうだろう』と言おうとしたのだ。だが、それはあくまで手段だ、目的じゃない。千反田の夢を手伝いたい、それも手段だ。彼女の夢を手伝う、その『やさしさ』の理由は。

 

 

「千反田、俺はお前の隣にいたかった」

 

 

 千反田が息をのんだのが聞こえる。

 

 だからわざわざ俺は、自分の信念を曲げてまで、彼女の好奇心にこたえた。家出をすれば、彼女を探した。

 けっきょくはみっともない所有欲だったのだ。相手の気持ちを慮ったやさしさなどではなく、自分のエゴに過ぎない。その醜さを押し付けられるほど、俺は強くなかった。

 

「ありがとうございます。……折木さんの口からその言葉を聞けて、わたし、良かったです。これで本当に、心置きなく発つことができます」

 

 

 千反田は……笑っているような気がした。

「さようなら、折木さん。わたしの特別な人。またいつか会いましょう」

 

 

 電話が切れる。しばらく放心したのちに、受話器をおき、ソファーに腰かける。

 薔薇が美しいだけではなく棘もあるように、青春は優しいだけではない。痛い、だけでもない。

 

 ただ、今感じる胸の痛痒を、どうしようもない喪失感を覚えなくなることが成長だと、俺は今、どうしても思えずにいた。

 





※以下自分語りを含む後書きですので読み飛ばしていただいても何の支障もありません












今までお付き合いいただきありがとうございました。
実は中学生のころ一度氷菓のSSを書いたことがあり、大学生になった今、もう一度チャレンジした所存です。(そのSSはまとめスレに掲載されていましたのでご覧になった方もいらっしゃるやもしれません)
私が一番好きなSSがhave a good lifeという、氷菓の鬱SSでは最高傑作とよく言われているものでして、鬱とは言わないまでもややバッドに近い形のエンドを迎えさせることは最初から決めていました。よければそちらもご覧ください。
状況描写や心情描写などはかなり端折ったので、急ぎ足の展開になってしまったことは反省点ですが……
一部の米澤穂信さんのファンの方がtwitter上で私の作品を取り上げてくれて、それがモチベーションになりました、この場を借りて深謝いたします。
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