気まぐれ更新いたします
「はい。生雛祭りの件で」
千反田はそこで一拍置いた。
「実は、生雛祭りの代役、本当は別の方に決まっていたんです。わたしが無理を言って折木さんを入れたかたちになっていて。本当はもっと、別の形で謝ろうと思っていたんですけど、その機会が失われたかもしれないので、こんな折なんですが」
「……なぜ、そんな」
千反田は押し黙る。その沈黙で、俺はその理由を察さねばならなかったことに気付いた。
「いや、まぁ、貴重な体験だったと思う。だからそう気に病むな」
「お気遣いいただきありがとうございます。……わたし、恥ずかしいです。あんな顔でこの地のことを憂いていたくせして、実際は何者でもなかったなんて。思い上がりも甚だしかったですよね、そんな自己満足に折木さんを付き合わせてしまって」
「そんなこと」
千反田は淡々と続ける。
「いえ、大丈夫です。自分のことは分かっていますから」
「でもわたし、父のことは恨んでいないんです。……それにしても、雛は翼を与えられても飛ぶことはできないなんて、何かを比喩しているみたいですね。餌を与えられただけですべてを知った気になっている雛は、ひとたびその大空に出ればその広さに呆然とするばかりで」
「でも、折木さん、あまり心配しないでください。わたしもこれから、やりたいことをさがすつもりです」
「摩耶花さんにも、福部さんにも、色々気遣っていただきましたが、もう、元気ですから」
「……そうか」
俺は、そう返すのがやっとだった。
これが里志ならば、もっと軽妙な言葉で千反田の気分を癒すことができただろうか。
これが伊原ならば、もっと千反田の心に寄り添い慰めることができただろうか。
「それを、今日は言いたかったんです。本来なら皆さんに言おうと思っていたことですが、差しあたっては折木さんに伝えられたので良かったです」
そう言って、空を見上げる。夕日が落ちてきており、千反田はそろそろいい時間だとばかりに微笑んだ。
「では、このあたりで失礼しますね。付き合わせてしまって申し訳ありません」
「千反田」
踵を返した彼女を、乾き、張り付いた喉で俺は呼び止めた。彼女はゆっくりとこちらを振り返る。
「また、部室でな」
千反田は頷く。夕日が逆光になり彼女の表情をうかがい知ることはできない。
はたして、俺は本当にその一言を言いたかったのだろうか。
彼女の求めていたのは、その一言ではなく、きっと、俺がかつて言おうとした、あの言葉だと、心のどこかではわかっていたはずなのに。
千反田が失踪したのはその二日後だった。