栄光と落日  氷菓・古典部SS   作:よねぽ

4 / 21
遅くなって申し訳ございません。
気まぐれ更新いたします


4

「はい。生雛祭りの件で」

 千反田はそこで一拍置いた。

「実は、生雛祭りの代役、本当は別の方に決まっていたんです。わたしが無理を言って折木さんを入れたかたちになっていて。本当はもっと、別の形で謝ろうと思っていたんですけど、その機会が失われたかもしれないので、こんな折なんですが」

「……なぜ、そんな」

 千反田は押し黙る。その沈黙で、俺はその理由を察さねばならなかったことに気付いた。

「いや、まぁ、貴重な体験だったと思う。だからそう気に病むな」

「お気遣いいただきありがとうございます。……わたし、恥ずかしいです。あんな顔でこの地のことを憂いていたくせして、実際は何者でもなかったなんて。思い上がりも甚だしかったですよね、そんな自己満足に折木さんを付き合わせてしまって」

「そんなこと」

 千反田は淡々と続ける。

「いえ、大丈夫です。自分のことは分かっていますから」

「でもわたし、父のことは恨んでいないんです。……それにしても、雛は翼を与えられても飛ぶことはできないなんて、何かを比喩しているみたいですね。餌を与えられただけですべてを知った気になっている雛は、ひとたびその大空に出ればその広さに呆然とするばかりで」

 「でも、折木さん、あまり心配しないでください。わたしもこれから、やりたいことをさがすつもりです」

「摩耶花さんにも、福部さんにも、色々気遣っていただきましたが、もう、元気ですから」

「……そうか」

 俺は、そう返すのがやっとだった。

 これが里志ならば、もっと軽妙な言葉で千反田の気分を癒すことができただろうか。

 これが伊原ならば、もっと千反田の心に寄り添い慰めることができただろうか。

「それを、今日は言いたかったんです。本来なら皆さんに言おうと思っていたことですが、差しあたっては折木さんに伝えられたので良かったです」

 そう言って、空を見上げる。夕日が落ちてきており、千反田はそろそろいい時間だとばかりに微笑んだ。

「では、このあたりで失礼しますね。付き合わせてしまって申し訳ありません」

「千反田」

 踵を返した彼女を、乾き、張り付いた喉で俺は呼び止めた。彼女はゆっくりとこちらを振り返る。

 

「また、部室でな」

 千反田は頷く。夕日が逆光になり彼女の表情をうかがい知ることはできない。

 はたして、俺は本当にその一言を言いたかったのだろうか。

 

 彼女の求めていたのは、その一言ではなく、きっと、俺がかつて言おうとした、あの言葉だと、心のどこかではわかっていたはずなのに。

 

 

 

 

 千反田が失踪したのはその二日後だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。