栄光と落日  氷菓・古典部SS   作:よねぽ

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お久しぶりです……


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伊原摩耶花 side

 ちーちゃんが失踪してから、一カ月がたった。最初の方こそはクラスの皆、それこそちーちゃんと話したことがなさそうな男子すら彼女のことを話題にしていたのに、今ではもう、なにもなかったかのようだ。所詮話の種として扱われていただけだから、ちーちゃんの変な噂ももう流れてこないし、喜ぶべきこと、なのかもしれない。だけど、そんなのあんまりにも残酷すぎる。

 人の噂も七十五日ってほんとなんだね、そうふくちゃんに言うと、ふくちゃんは笑った。

「そうだね、摩耶花。なんならさらに短いとは、やはり現代人の他者に対する無関心さには驚かされる一方だよ」

「ほんとそう。あれだけあることないこと噂しておいて、熱が冷めたら無かったかのようになんて……信じらんない」

「なかにはいじめられてたとか本当に事実無根の噂もあったからねえ。挙句の果てには古典部内の不和が原因という説もあったりして。高校生にもなって、勘弁してほしいよまったく」

「ほんと……バカなんじゃないの!」

 机を叩きそうになるのをこらえる。ものに当たったって、何もいいことない。

「それより僕は、ホータローのことが心配だよ。最近めっきり見なくなって」

「……そう、ね」

 たしかに、ちーちゃんがいなくなって、一度部室に集まってから折木の姿をほとんど見ていない。

「気に病む道理はないんだけどね。でもホータローなりになにか思うことがあるんだろう。僕にとってはどっしりと構えて事態を静観していてほしいんだけど、やっぱり失踪ともなるとね。そのうえ今回打つ手はほとんどないし」

「……そうね。まさか、ちーちゃんの親御さんや親戚に聞きこむわけにはいかないし、警察は何も教えてくれないだろうし、学校の友人も……」

 ちーちゃんは賢いし優しいし、わたしとかとはちがってクラスに友達はたくさんいるだろう。だけど、その完璧さがゆえ踏み込んだ関係にはならなさそうだし、実際放課後は毎日といっていいほど古典部にいたから、たぶんちーちゃんが学校で一番仲のいい友達はわたしたちになるんじゃないだろうか。そのわたしたちが何も知らないということは、多分、ちーちゃんの行先に関して有意義な情報を持っている人はいなさそうだ。

「ちーちゃんって結構友達付き合いが広く浅くなのよね。クラスの皆、ちーちゃんの顔と名前はほとんどの人が知ってるっぽかったけど、仲のいい人はいなさそうだったし」

「学外ではわからないけど、学内では少なくともそうかもしれないね」

「そうね。……なんでなんだろ。折木みたいに、出来ないっていうわけじゃないだろうし」

「はは。……でも、千反田さんはわざと深い関係を作ろうとしてなかった節もあると思う。深い関係を作っちゃうと、その分どうしても一部の人間にはあまりよく思われないものだからね。千反田さんは特にそんなことを気にするだろうから」

「それは、家業を継ぐうえで支障になる可能性があるから、ってこと?」

「そう。変な噂を流されたらたまったもんじゃないからね。入須先輩とは懇意にしていたようだけど、昔からの良家同士の縁だろうし」

「そうね。……もしかして、入須先輩は何か知っているんじゃ」

 そう思い立ったけど、ふくちゃんは首を振った。

「知っていたとしてももう警察に何かしら聞かれていたり情報提供をしたりしているだろうね。それにもし仮に、千反田さんが入須先輩に特別に行先を教えていたとして、彼女が僕たちに教えてくれるとは思わない。メリットがないからね」

 もっともな話だ。入須先輩が嫌な性格の持ち主だとは思わないけど、そういった情で動くタイプではないだろうというのは何となくわかる気がする。

「なんにせよ、目先の問題から片付けるべきじゃないかな」

「問題って?」

「ホータローの不在だよ」

 ふくちゃんは溜息をついてそう言う。

「正直言って、先日のホータローと千反田さんの会話の内容の限り、千反田さんが事件に巻き込まれた線はかなり薄いと思う。今回の失踪もどちらかというと家出に近いんじゃないかな。だから千反田さんの身に何かあるかもとは、正直僕はあまり心配していないんだ。ただ、千反田さんはああ見えて意志が強いし、それに何も考えずに衝動的に家出をするタイプには見えないから、多分この失踪はかなり長期的なものになると思う。下手をすれば、年単位の」

「そんな……」

 一瞬否定の言葉がよぎる。ただ、前の折木の話を聞く限りでは家督を継ぐ必要はなくなったと言っていたし、ならば高校の出席日数も気にしていない可能性が高い。前までのちーちゃんなら、絶対にそんなことをしなかっただろうけど、今なら否定できない。

「それに、まさかとは思うけど、千反田さんの叔父さんの件もある。……僕は正直、千反田さんは海外に行ったのかもしれないと思ってるんだ」

「……ちーちゃんの叔父さんはインドで行方不明になったんだっけ。でも、まさか」

「わからない。あくまで可能性があるというだけだけど、僕はそう思っている。もしそうなら、インドは治安がいいとは言えないし、早く見つけるべきだと思う。それにもし言っていないとしたら、渡航前に見つけるのが一番楽だからね、それでも早いに越したことはない」

 新しい自分の発見。そのためにインドに行くなんて今日び陳腐すぎるだろう。でも、だけど、今のちーちゃんにとって新しい自分を発見するというのはあまりにも合致しすぎている。

 ふくちゃんは肩を落として、呟く。

「だけど確定じゃない。こんなの、ただの妄想だよ、だからもちろん警察になんて言えるわけがない。なら僕は、悔しいけど、ホータローに期待するしかないんだ。いつだってそうなんだけどね」

 いつだって。

 ……そう、ほんとうにいつだって、なのだ。悔しいけど。ちーちゃんとつながったのも折木ありきだし、もし折木がいなかったら私とちーちゃんは仲良くはなれたかもしれないけど、ただの一介の友人だっただろう。多分、一緒にお買い物に行ったり、泊まったり、そういったことはしなかったに違いない。

 ああ、やっぱり、酷いこと言っちゃったな、と思う。ちーちゃんが突然失踪して、私も気が動転していたとはいえ、あの状況で折木を責めるなんて、あってはならなかったのだ。

 まったくわたしったら、いつも感情的に行動して、後で後悔することばかりだ。

「ふくちゃん、わたし折木の家に行って、酷いこと言っちゃったこと謝ってくる。そのついでに折木にいろいろ聞いてくるね」

「うん、……そうだね。僕は、あまり有益な情報はないと思うけど、もう一度千反田さんの友人に行先の手がかりを尋ねてみるよ。僕にとって些細な情報でも、ホータローにしたら何か意味を持つものかもしれないしね」

 わたしは席を立ち、折木の家に向かうべく部室を出た。

 ふと部室を振り返る。ちーちゃんのいつも座っていた場所は、ただそこの所有者の空白を伝えるだけで、あまりにもグロテスクすぎて、思わず顔をそむけた。

 




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