栄光と落日  氷菓・古典部SS   作:よねぽ

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 暗い夜道を一人で歩くことは、父からあまりよく思われていないようです。

「こんな時間から、どこに行く予定があるんだ」

「いえ、これといった用事では……。ただ、夜風に当たりたくて」

 父は止めようとしたのか口をもごもごさせていましたが、ふっと溜息をつき、できるだけ早く帰って来るようにと言い残し自室へと帰っていきました。

 むべなるかな、もう時刻は午後11時です。いつものわたしならもう眠くなっている時間帯なのですが。最近寝付けず、どんどん夜型の人間になっている気がします。今も眠くないので、夜の散歩は運動のかわりといった側面もあります。

 ですがそれ以上に、これからの自分自身の身の振りを考える上で、千反田邸は向いていないのではないかと思ったのです。

 父もなんとなく察していたのかもしれません。それか、もうわたしは千反田の跡継ぎではないから、どうでもいいと思ったのか……。

 首を振ります。夜は悲観的になってしまいがちです。ただでさえ鬱屈した気分ですのに、さらに悲観的になってもどうしようもありません。

 

 わたしの散歩道は昼ですら人通りが殆どありません。なので、部屋着のまま外に出ました。着替えようとも思いましたが、神山祭の願掛けで夜分に神社に赴いた際とは異なり、今回はただ畦道を歩くだけですので、かまわないでしょう。折木さん達が住んでいる比較的都市部ではこうはいきません、田舎の特権です。

 先日、折木さんと帰り道で少し話したことを思い出します。

 折木さん、そして古典部の皆さん方には、合唱祭の際に本当に迷惑をかけてしまいました。いつもわたしは迷惑をかけてばかりで、何かお返しをしたいのですが何もできずに終わっています。

 何か消えものなどを手配して送るべきでしょうか。いえ、同じ高校生の友人相手にそれは仰々しすぎて、送られた側も戸惑うでしょう。

 ……ふと、笑ってしまいます。それは家づきあいのマナーであって、友人間のマナーではありません。わたしの思考にはやはり、幼いころから仕込まれた家の作法が染みついているようです。

 わたしはそれを厭うてはいません。ただ、もう使うことのなくなった仕事鞄をずっと磨いていた祖父母を見たときのように、やや寂寥感を覚えるだけです。

 わたしには常に、やらねばならないことがありました。わたしはそれを、やりたいことだと思っていました。ですがそれは違ったようです。もし家督相続、そして農業の効率化が本当にやりたいことなら、わたしはあの場で父に意見したはずです、わたしはそれらをしたいのだからやらせてくれ、遠慮はいらない、と。

 ですが、あの時感じたのは、自身のやりたいことを潰されたことによる父への怒りでもなく、これまで無駄なことをやらされた虚しさでもなく。

 

 

 ああ、もう何もしなくていいのだという気持ちだったのです。

 

 

 そういう意味では、わたしと折木さんは似ているのかもしれません。

 『やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に』をモットーとする折木さんですが、それは即ちやらなければいけないことが無いなら何もしないということです。

 本当にやらなければいけないことが失われたわたしが、今何もしていないように。やりたいこと、やらなくてもいいことを何もしていないように。

 わたし達は実は、似ていたのでしょうか。

 ……いえ、折木さんがそのようなモットーを掲げたのは、神社で聞いたあの事件があったからでした。

 折木さんはほんとうは、優しい人です。それ故に、わたしのような人に頼られやすく、その結果心を閉ざしてしまっただけで、そしてそれでも、その優しさはいまだにたくさんの人を助けているのです。

 わたしと比べるのは、あまりふさわしい相手ではないでしょう。

 

 ふと、どこかで嗅いだような香りがして、顔をあげました。向こうからこちらに歩いてくる人影が見えます。おまけに何か持っているようです。よくは見えませんが、雑誌か本でしょうか?こんな時間にこんな場所で、と少し背筋が冷たくなりますが、可能性はゼロではありません。生来幽霊やそれに類するものは信じない性質ですが、心配なのは人間です。

 田舎の夜道ゆえ闇が淀んでおり、男性か女性かの判別すらつきませんが、どうやら私より小柄のようです。それに、この匂い。エスニックな香水の、そう、文化祭ですれ違った女性の。

 

「はじめまして、千反田えるさんよね。……こんな夜更けに奇遇ね、とは言わないわ、流石に。お初にお目にかかります、奉太郎の姉の折木供恵です」

「……あ、」

 

 予想だにしない人物に、息をのみました。

 

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