プレラーティ子爵領の陥落作戦が決行されてから、しばらくの後にX-ROSSの構成員から挙がった報告。
その事実を耳にしたソーマは、茫然自失といった様子で呟いた。
「う、ウソだろう? 何かの冗談なんだろう、頼むからそうだと言ってくれ!!」
『……申し訳ありません』
「謝らないでくれ!! ウソなんだと言ってくれよ!!」
懇願もむなしく、返ってくる言葉は否定を示す。
プレラーティを討伐したという成果や、順調に残党を排除し領地陥落まで間もないという進捗も耳にするが、当然ながら心中穏やかではなかった。
「……姉さん、今どこで何をしているんだ……」
全ての報告を聞き終えた後、ソーマは不気味な赤い月の夜空に向かって呟き、一人涙を流す。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃。
子爵領の地下道に潜り込んだソニアは、義足を引き摺りながら息を切らして壁伝いに歩いていた。
少し前まで人間としてレジスタンスの者たちと共に戦ってきたはずが、今の彼女は人間の敵であるマキナイト。
かつての仲間たちを頼る事もできず、すっかり孤立してしまった。
「あぁ……クソッ、どうしてこうなっちまったんだ……!」
疲れて果てたソニアはついにその場に倒れ、仰向けに転がって空を見る。
罅割れた天井から覗き込むのは、キレイな赤い月だった。
「ソーマ……!」
意識が徐々に薄れていき、目が閉じていく。
そんな視界の中で最後に見えたのは、フードを被ったキリギリスの怪物の顔だった――。
プレラーティ子爵領にて、X-ROSSと共に館を爆破して領土の奪取を図った千種たち。
斬り裂き魔のエリック・ジャックの妨害を除けばほぼ計画は成功したものの、主要な構成員の一人であるソニア・フェニックスがマキナイトに変えられてしまっていたという事実は、彼らの士気に大きな影響を与えてしまっていた。
千種もその一人だ。シルキィと瑠璃羽の隠れていた廃墟で二人と合流した彼は、その事実を伝えて深い息を吐く。
現在、ある程度の安全を確保できたので、廃墟には既にシルキィが研究機材を持ち込んでいた。
「……ソーマのヤツ、大丈夫かな……」
「そこはキミが気にしていても仕方ないんじゃないかな、助手くん。今はソニアとエリックの行方を知る事の方が重要だ」
作業をしながら発せられたシルキィの言葉に頷くものの、千種は俯いたままだ。瑠璃羽も、小さく肩を震わせている。
そんな二人を見て、シルキィは自身の眉間に人差し指を押し当てた後、ふと思い出したように顔を上げた。
「っていうか、二人はそろそろ帰らなくても良いのかい?」
そう言われると、千種はハッとして瑠璃羽と顔を合わせる。
「正直こっちの状況がすげぇ気になるけど、父さんたちに心配かけるワケにも行かねぇもんなぁ。紬だっている」
「今日のところは調査を打ち切って、私たちは帰った方が良いかも知れませんね……」
彼女の言葉に千種が頷き、シルキィへと向き直った。
「悪ィなシルキィ、今日は戻るわ」
「良いさ、キミたちがいない間の事は超天才のワタシに任せたまえ!」
「なんかあったら連絡してくれよ」
「心配性だねぇ」
からかうようにニマニマと笑いながら、シルキィは空久里アクアシティにパスを繋ぎ、蒸気の門をくぐる二人を見送る。
そして廃墟に残った彼女は、静かに白衣のポケットから一枚の紙を取り出す。
「さて……」
手の中にあるその手紙は、瑠璃羽と共に隠れている間に届いた、例の『V』という人物から差し出されたもの。
ソニアとエリックの居場所だけでなく、この人物に関する情報も重要だ。一体何をどこまで知っているのか、正体は何者なのか。敵か、味方か。
「調べなければならない事も作らなければならないものも山積みだが……やり遂げてみせる。全て解き明かしてみせよう。何と言ってもワタシは、ハイパーサイエンティストなのだから!」
そう言ったシルキィの眼の前には、ダイナスティドライバーとは装飾の異なる一本のベルトが置かれていた。
その後、空久里アクアシティにて。
念のため転送先の座標をショッピングモールの駐車場ではなく、モノレール駅の駐輪場に指定した千種たちは、その場に人がいない事を確認してからすぐに出てくる。
「今回も無事に帰って来れましたね、先輩」
「ああ。そうだ、寮まで送ろうか?」
「いえいえ、そこまでご迷惑をおかけするワケには……」
おどおどとしつつ、頭を振って断ろうとする瑠璃羽。
直後、駅から出た二人の前に一人の少女が姿を見せた。
「あー! 見つけた!」
「いっ!? 羽取!?」
瑠璃羽の友人、羽取 貂。興奮気味に千種たちの方にズカズカと歩いていくと、声を張り上げて問い詰めて来る。
「二人とも! 一体どこで何をしていたの!? 午前中見てたけど、確かにショッピングモールにいたわよね!?」
「て、貂ちゃん……尾行してたの!?」
「そんなのどうでもいいでしょ瑠璃羽!! なんで今、この人とここにいるのよ!?」
「それ、は……」
答えに詰まり、瑠璃羽は俯く。千種の方も、何と答えたものか迷っていた。
すると貂は、千種へ疑念と嫌悪の目を向けた後、指を突きつけて言い放つ。
「これ以上瑠璃羽に近付かないでください!!」
そうして答えを聞かず、瑠璃羽の腕を掴んで足早に去って行った。
「ちょ、ちょっと!? 貂ちゃんどうして!?」
「どうしてもこうしてもないよ! 眼の前でいきなり消えるなんて絶対ヤバいでしょあの人! あんな得体の知れない男なんかにこれ以上関わっちゃダメ、何されるか分かったもんじゃないでしょ!」
「で、でも先輩は悪い人じゃないよ」
「そんなの分かんないでしょ!?」
思わず声を張り上げ、瑠璃羽はそんな貂の言葉に目を丸くする。
彼女から感じる怒りに動揺しながらも、瑠璃羽が問う。
「分からないから……貂ちゃんは、怖いの?」
今度は、貂が言葉を詰まらせた。図星を突かれたように。
そんな貂へと、瑠璃羽が追及を続ける。
「貂ちゃん自身が怖がってるから、先輩から遠ざけようとしてるの?」
「……そうよ! むしろ、なんであんた怖くないの!? あんな不良みたいな男!」
「それ、は……先輩は、私を助けてくれたから」
「瑠璃羽を騙してるかも知れないじゃない! ちょっとは人を疑いなさいよ、バカじゃないの!? お人好しも良い加減にしなよ!!」
再び大声でまくし立てると、貂は瑠璃羽を置いて肩を怒らせ去ってしまった。
「貂ちゃん……」
友人の名を呟き、眉を下げる瑠璃羽。
言いすぎてしまっただろうか。寮で会った時、どうしようか。そんな心配事が、彼女の胸をチクチクと突いた。
※ ※ ※ ※ ※
同日、夜。
まっすぐ赤心軒に帰って来た千種は、店の仕事を手伝っていた。
やはりソーマの様子が気がかりであまり身が入っておらず、母である巴から小声で注意されてしまう。
そして営業時間も終わりが近づいた頃、来客を知らせる鈴の音が扉から聞こえる。
「いらっしゃいませ」
声を掛けて振り返ると、そこにいたのは白髪混じりの50代の男。
水色のアロハシャツの上に革ジャンを羽織っており、どこかだらしない雰囲気だ。
しかしその眠たげな様子の奥底に、鋭い眼光を宿している。
男は千種に向かって微笑み、問いかけて来た。
「よっ。ニイちゃん、ここに無愛想な厳つい目つきの店主いるよな? 今どこだい?」
「……父さんの事スか? 厨房にいますけど」
「そーかい、じゃあちょっと呼んでくれねぇかな? 用があるんだ」
「はぁ……?」
紬と目を合わせて訝しみながらも、千種は言われた通り父を呼ぶ。
すると、現れた武生はアロハシャツの男の姿を見て、ギョッと目を剥いた。
「宗さん!?」
「おー、久し振りだな武生! マジでここに店を出してたとはな! あ、ビールと青椒肉絲と……そうだな、油淋鶏頼むわ」
千種と紬は、再び顔を見合わせた。父とこの妙な男、一体どういう関係だというのか。
しかしそれを聞き出す前に、武生が兄妹へ話しかけて来る。
「……二人とも今日はもう上がって良いぞ」
「え?」
「ほら、学校もあるだろ。良いから休め」
武生の態度は、千種から見ても明らかに不自然だった。
巴も真剣な面持ちで、件の『宗さん』と呼ばれた男を見ている。
両親の様子も気にはなるが、彼らは決して譲らないだろう。よって千種は必要以上の詮索を避け、紬を連れて店を後にした。
――表向きは。
二人はこっそりと影に隠れ、話を盗み聞きする事にしたのだ。言葉を交わさずとも兄妹の意見は一致した。
「お久しぶりですね、安藤刑事」
最初にそう口火を切ったのは巴で、夫が作った料理を卓上に配置する。
その言葉に頷いて、その男、
「うん、美味い! また腕上げたな武生!」
「で、何の用でここに?」
武生が早速本題を促す。すると、宗仁はジョッキに口をつけて一気に飲み込んだ後、話し始める。
「お前にしか頼めねぇ事がある。もちろん、料理人としてじゃなく……元国際犯罪対策秘密機構『
「……断る。その肩書はもう捨てた」
国際犯罪対策秘密機構。
兄妹たちにとって聞き馴染みのない組織だが、少なくともそれが警察のような治安維持のための存在である事は理解できる。
そして、それが自分たちの知らない父の過去であるという事も。
「宗さん……あんたには本当に感謝している。現役時代にあんたの手助けがあったからこそ、世を脅かす国際犯罪者を逮捕できたし、引退する時にも力を貸してくれた。今の俺があるのはあんたのお陰だ」
「私も、暗殺者の訓練生として機関に育てられていた私を救い出してくれた恩を忘れていないわ。戸籍さえなかった私が真っ当な生き方ができるようになったのも……武生さんと幸せになれたのも」
「だが俺はもう、CO09とは無関係の身分なんだ。疲れちまったんだよ、国と国を巻き込むようなタチの悪い犯罪の相手をする日々に」
深く刻まれた眉間にさらにシワを作りながら、武生が言う。
すると宗仁は、出された料理に口を運んで頷き、答える。
「お前らの言い分は分かる。でも、とりあえずちょっと話を聞いちゃあくれねぇか?」
「……まぁ、聞くだけなら」
せっかく来てくれたのに無下にするのも悪いと感じたのか、武生は宗仁の話に耳を傾ける姿勢を見せた。
「魔祓課って知ってるか?」
「多少は。警察に新たに設立された、とかくらいだが」
「俺は今そこに所属してる、超常犯罪の対策を行うためにな」
「超常犯罪?」
「早い話がバケモノの起こす事件のことだよ。異形化した人間とか、根っからの怪人とか。仮面ライダーの都市伝説は聞いた事あるだろ?」
その話題が出た途端に紬が反応を示して声を出そうとするが、寸前に千種は手で塞いで妨げる。
バレないよう上手く隠れているのに、大声を発してしまったら全て台無しになってしまうからだ。
武生たちはそれに気付く事なく、話を続けた。
「娘が何かそんな話してたな。確か、ダイナストとかなんとか」
「だったら話は速ぇな。率直に言うとな、多分狙われてんだよこの街は。怪人に」
「……なんというか、まるで怪人が実在してるのが前提みたいな口振りだな?」
「みたい、じゃねぇんだよ。
二杯目のビールを呷ると、宗仁は写真を取り出して二人に見せる。
そこに写っていたのは、武装した人型のアリの兵士。千種たちも何度も戦った、デッドアントだった。
「なんだ? 合成写真? それともコスプレか?」
「作り物じゃねぇぜ。これは本土から空久里を移動する貨物船で撮影されたモンだ。同じような動画記録もある」
「……マジに怪人がいるって言いたいのか」
「そういう事だ。目撃者や行方不明だった被害者、色々なところから証言を集めてこいつらが霧の中から出てくる事も分かった」
霧の中という部分は、紬の話とも一致する。
そのため、武生は宗仁の話す内容に――怪人の実在、非実在はともかく――ある程度信用ができるものだと判断せざるを得なかった。
「だが、だからって俺にどうしろって言うんだ? 怪物の相手をしろってのか? 料理人どころかCO09の仕事ですらないだろ」
「そこまでは求めねぇよ。実は今、こういう未知の存在に対抗するための変身システム……まぁいわゆるパワードスーツみたいなモンを開発中でな。こいつを完成させるために、協力して欲しい」
「……腕を買ってくれるのは嬉しいが、俺は……」
断りの言葉を告げようとする武生だが、その前に巴が話を遮り、口を開く。
「さっき『この街が狙われている』と言っていましたよね? どういう意味ですか?」
「あぁ、その虫みてぇなのはこの空久里にしか出て来てねぇんだよ。って事はここで何かをしようとしてるってワケだ」
「……だとしたら。もし仮にこの怪人たちがこの街を占拠するのを目的としていたなら、
「まぁ~……目的は日本に広がって、さらにその後の被害は世界規模になるだろうな」
ならば、ここで食い止めなければマズい。この怪物が何者であれ、今対処しなければ厄介な事になるだろう。
「どの道、これを放置してたら紬と千種も巴も危ないだろうからな……分かった、宗さん。暇な時には手を貸す」
「ありがてぇ。それから、もし仮面ライダーに関する情報を手に入れたら知らせてくれ」
宗仁へ短い返事をした後、武生は厨房に戻っていく。巴も、追加のビールを持ってテーブルに置いた。
話を聞き終わった千種と紬は、彼らに見つからない内に静かに2階の方に上がる。
そして到着すると、紬は暗い表情の千種へ言葉をかけた。
「パパとママが心配なの? お兄」
「まぁ、な」
人間相手ならば誰だろうとまず負ける事はない父母と言えど、相手がマキナイトとなれば話は別。
魔祓課とやらが何をしようとしているのかは分からないが、二人と紬が危険な目に遭わないようにしなければならない、と千種は改めて思った。
もちろん、武生だけでなく警察にも自分が仮面ライダーだとバレないように立ち回らなければならない、という事も忘れずに。
「だいじょぶだよ! 何が起きたって、ダイナスト様がみ~んな助けてくれるもん!」
そんな心情を知ってか知らずか、紬は恋する乙女のように目を輝かせながらそう言った。
千種は無邪気な笑顔の妹にフッと笑みを浮かべ、彼女の鼻をムニッと摘む。
「だと良いな」
仲睦まじく笑い合う二人の兄妹。
その後千種は、翌日以降の探索に備えて早めに眠りにつくのであった。
※ ※ ※ ※ ※
翌日。ブラムストーク王国のプレラーティ子爵領、その地下道にて。
「……はっ!?」
硬い地面の上で目を覚ましたソニアは、すぐに身を起こして周囲の様子を探る。
目に見える範囲には誰もいない。水の流れる音が聞こえる程度で、生物の気配はしない。
否、少しずつ遠くから足音が聞こえてくる。ソニアは身構え、その暗闇の中から現れる者に目を凝らす。
そこにいたのは、フードを被った優男、エリック・ジャックだった。
「意識が戻ったか、ソニア・フェニックス」
「てめぇ……斬り裂き魔!!」
拳を握り込むソニア。だが、その敵意を眼の前のエリック自身が手で制する。
「落ち着け。君と私は仲間同士だろう」
「なに!?」
「まだ忘れているのか。ならば思い出してみろ。君が改造手術を施された後、あのプレラーティに何をされたのか」
自身を真っ直ぐに見つめながら、エリックが問いかけて来た。
瞬間、ソニアの脳にある記憶が蘇って来る。
自身が素裸に剥かれて手術台に拘束され、失った左眼に機甲虫を埋め込まれた時の事。
そして縛られたまま、プレラーティから辱めを受けた事を。
全てを思い出した彼女は、自分の腕を抱えて身震いした。
「そうだった……あの後檻に入れられたアタシは、自分の意識がブッ飛んで心までバケモノになるのに耐えて、耐えて……しばらくして、屋敷に侵入したあんたに出会った」
「そして、共にプレラーティを討つと誓い合った。そうだろう、友よ」
「……そう、だったな……」
歯を軋ませ、右眼で天を仰いで立ち上がる。
「アタシは復讐しなきゃならないんだ。自分自身のために!!」
その言葉に応じて頷き、エリックは警戒を解いて話を続けた。
「プレラーティはレジスタンスの人間どもに殺されたという噂が流れている。ただ、事実がどうかは分からない」
「実際に見たワケじゃないのか?」
「ああ。とはいえ、本当に殺された可能性は高い……気になることはあるがな」
「気になること?」
しばし悩んだ後、彼は再び口を開く。
「私が最初に出会った頃、ヤツは筋肉の塊のような姿の大柄なマキナイトとして現れた。それまでずっと復讐相手として覚えていた姿だ、間違えるはずもない」
だが、と続けるエリックの話に、ソニアは真剣に耳を傾ける。
「そのマキナイトを殺した後、死体となって出て来たのはプレラーティではなくヤツの執事だった」
「なに……どういうことだ、そりゃ?」
「ヤツには誰も知らない能力がある、かも知れない。例えば、自分や他人の姿を自在に変化させて影武者を用意したとか……いや、最初私の前に現れた時は間違いなくプレラーティだったからこれは少し違うか」
「X-ROSSのみんなは偽物のプレラーティに騙されたかも知れないってワケか」
その言葉に首肯したエリックは、目を細めてポツリと呟く。
「もしヤツがまだ死んでいないのなら、やはりアレの完成を急ぐべきか」
アレとは一体何なのか。何か切り札でもあるというのか。
ソニアが首を傾げると、彼は「付いて来てくれ」手招きをする。
二人が向かう先、それは地下道からさらに下へ下へ降った場所にある、真っ暗で広大な空間だ。
「君は先程私を斬り裂き魔と呼んだな。それは恐らく、人もマキナイトも無差別に斬っていると思っているからだろう」
「違うのか?」
「確かに私は明確な『標的』を選別しているワケではない。が……『目的』はある」
そう言ってエリックは闇の中を指で差し、口腔から音波を放つ。
するとそれに反応し、地下空間が光で照らされた。
「こ、こいつは……!?」
その闇の帳の向こう側にある
「これを完成させるための部品、そして燃料が必要だった。納得したか?」
「あぁ……あぁ、こんなモンがあるなら、そりゃ……勝てるだろ! プレラーティどころじゃねぇ、伯爵級……ひょっとしたら四傑伯にだって届く!」
拳を握り込む彼女を尻目に見ながらも、エリックも笑みを浮かべる。
レジスタンスの代表格が見てもそう感じるのならば、自分の切り札は確実に通用するだろうと考えたのだ。
すると、ソニアは気を良くした様子で、その物体を眺めて再び口を開いた。
「名前はあんのかい? このでけぇの」
その問いに対して、エリックはその巨大な物体の頂点にある
「――クリスチーヌ」
※ ※ ※ ※ ※
同日、空久里アクアシティにて。
この日の貂は、瑠璃羽と連絡を取り合わず、一人で寮へ戻ろうとしていた。
どうせ同じ部屋なので嫌でも顔を合わせる事になる。向こうから謝るまで意地でも会わないと心に決めていたのだ。
「……はぁ」
心には決めつつも、貂は溜め息をついた。
何を謝って貰うというのか? 瑠璃羽に酷い事を言ったのは自分の方で、むしろ謝罪すべきは貂だというのに。
だが、それでも素直に謝罪する事などできはしない。それではあの怪しい先輩、即ち千種と瑠璃羽が関わりを持つのを認めてしまう事になる。
それが耐えられなかった。貂にとって、あの先輩は
「どうしてあんな男の肩を持つのよ、瑠璃羽……」
千種と瑠璃羽が並んでいる姿を思い出して、歩く貂の視線は自然と下に向いてしまう。
しかし、その時。
「え?」
ふと周囲に靄がかかったように見えて、彼女は顔を上げる。
「何? へ? 霧……晴れてるのに?」
突然立ち込めた霧は、先程までの貂の思考を遮るのには十分すぎた。
先が見通せない程の濃霧であるが、しかしそれはすぐに霧散していく。
そして、完全に周りが見通せるようになった時、そこは空久里ではなくなっていた。
赤い月が浮かぶ、蒸気と真鍮の国。人ならざる者の悪意が蔓延る影の国、ブラムストーク王国に招かれてしまったのだ。
「えっ……!? なによこれ、どうなって……!?」
これは夢か、現実か。
あまりの事態に困惑し、理解が追いつかなくなって呆然と立ち尽くす。
背後の路地から慌ただしい足音が聞こえてくるのにも気づかないままに。
同じ頃、半ば既にシルキィの仮研究所となっている、プレラーティ子爵領の廃墟にて。
彼女は今、新たなダイナスト用のギミックアンバーの制作に取り掛かっていた。
スタッグビートル・マキナイトとの対決では一方的にやられてしまった事もあって、先も見据えて全く新しい強力なギミックアンバーが必要と判断したのだ。
いわば強化型のギミックアンバーだ。しかしそう決めたまでは良かったものの、肝心の機甲虫の構築がいまひとつ上手く行っていない。
「どうしたものかなぁ」
腕を組み、うんうんと首をひねって唸るシルキィ。
そんな彼女の元に、蒸気のパスを通って二人の人物が姿を見せる。
言うまでもなく、千種と瑠璃羽だ。
「よっ、シルキィ」
「少し様子を見に……!?」
シルキィの方を見るなり、彼らはギョッと目を見張る。
「二人ともどうしたんだい?」
「う、後ろの……そいつ誰だよ!?」
千種がシルキィの背後に向かって指を差して行った。
作業に集中しているとは言え、部屋に誰かが来れば気付くだろう。
一体何を言っているんだと思いながら彼女が振り返ると、そこには確かに人影があった。
シルキィは短く悲鳴を上げて猫のように飛び上がり、千種の腕に絡みついて件の人物の様子を窺う。
「お初お目にかかります、X-ROSSの皆様。私はVと申します」
顔と頭を完全に覆い隠す、目と口に笑顔になるような形で穴が開けられた真鍮のマスクヘルムを被り、ゆったりとした占い師の着るようなローブを纏うその男は、丁寧な所作で一礼してそう言った。
明らかに怪しい風体なので、千種は女子二人の前に出て、その仮面男に向かって叫ぶ。
「テメェ黒の貴族か!? いつからここにいた!?」
「つい、今しがた来たばかりですよ。大丈夫です、安心して下さい。私は味方です」
「ンな事言われて信用できるワケねェだろ、胡散臭ぇ格好しやがって! 怪しすぎんだろ!」
「手厳しいですね、しかしこんな言い争いをしている場合ではないのでは?」
真鍮仮面の男、Vはそう言うと、笑顔の仮面の内側で静かに告げた。
「プレラーティはまだ生きています」
「……なっ!?」
突然に明かされた情報に、千種たちは大きく目を見張る。
そして疑問を挟む暇も与えず、Vは続けて三人へ情報を与えて来た。
「彼の真の正体、それはレウコクロリジウム・マキナイトです」
「レウ……何?」
千種もシルキィも首をひねり、唯一虫の知識に富む瑠璃羽はすぐに説明を始める。
「レウコクロリジウムというのは、カタツムリの目……触覚に寄生する虫の事です。これに寄生されたカタツムリは触覚が異様に膨らんで、まるでイモムシのようにくねくねと動いてしまうようになるんです。そして触覚が遮られている影響で明るい場所に出てしまって、鳥に食べられる。レウコクロリジウムはその鳥を最終宿主として体内に卵を産み付けて、その卵入りの糞をまたカタツムリが食べて寄生……それを繰り返す虫なんです」
「よくご存知ですね、お嬢さん。その通り、彼はそのレウコクロリジウムの特性を持っている。BOAの解放によって元あった肉体を単なる血肉の詰まった抜け殻に変え、本体は指輪や食物のような『人の目を引くもの』に擬態する……そしてそれを拾った者に寄生し、宿主の肉体を変質させて元の姿に戻る。彼のはそういう力なんですよ」
千種たちは息を呑み、表情を強張らせた。
つまり、プレラーティは自身の変化したものに触れさせるだけで、安全かつ確実に一人の人間の命を奪えるという事だ。事前に知っていなければ対策さえできないだろう。
そしてシルキィは、血相を変えて千種を見上げる。
「マズいよ助手くん、博士くん! ついさっきソーマから、この街に到着したって連絡があったんだ! 自分の手で残党狩りをするって、怪しい場所も発見したって!」
「えぇっ!? じゃあ、もしプレラーティに鉢合わせてしまったら……!」
「チッ、俺が行ってくる!」
すぐさま出動しようとする千種だが、そこへVが「お待ちなさい」と呼び止めた。
「これをどうぞ。きっと、あなた方の役に立つでしょう」
そう言って鉄仮面の男が放り渡したものは、禍々しい紫のファイアパターンで装飾された深紅のギミックアンバー。しかも、内部には真っ黒で大きなカブトムシに見える機甲虫が埋め込まれている。
驚きながらも、千種はVの方を見て問い質す。
「おい、これをどこで!?」
「これから私は用事がありますので、ごきげんよう」
Vは質問に答える事なく、パチンッと指を弾いた。
瞬間、その姿が煙のように消失する。
三人の間に動揺が広がるが、今はそれどころではない。
「正直ソニアやVのことは気になるが……助手くん、ソーマが向かった先はワタシが知っている。確か『牧場』と言っていた。ナビゲートするから、ダイナストームですぐに行ってくれ」
「……分かった!」
強く頷いて、千種はバイクを駆ってソーマを追う。
ダイナスティドライバーのホルダーに、先程入手したギミックアンバーをストックして。
「プレラーティ子爵領?」
同日、ブラムストーク王国某所にて。
愛煙卿から連絡を受けたシモンは、ファングレイザーを地面に突き刺したまま尋ね返す。
『今回はそこに向かって欲しい、少々厄介な問題が起きているようでね』
「問題……なんだ?」
『子爵の館が破壊された。ダイナストとレジスタンスが手を組んだ事によってね、だから君には――』
二人の会話を掻き消すように強い風が吹く。
しかし通信機に耳を当てているシモンには話す内容が聞こえており、最後まで愛煙卿の言葉に耳を傾けている。
そして全てを聞き終え、深く息を吐いた。
「良いだろう、どちらにしろ俺は従うしかない……ただし約束を忘れるなよ」
『もちろんだとも。君が勝ち続けて、いつか殿下の前に立てる程の身分になった暁には』
通信機の向こうで、愛煙卿はくつくつと笑う。
『君の