しかしハイパーサイエンティストを自称するシルキィ・バベッジに助けられて逃走、逃げ込んだ先で彼女から元の場所に帰る手段がある事を伝えられた。
生還の希望が見えたその矢先、レンフィールド男爵と名乗るスパイダー・マキナイトに追いつかれ、絶体絶命の窮地に陥る。
だがその時、シルキィから『ダイナスティドライバー』と『ギミックアンバー』というツールを受け取った千種は、変身する力を得て見事にレンフィールドを含むマキナイト全てを破壊した。
時は、そんな千種がレンフィールドを討ち倒した直後のこと。
「ど、どういう事だい少年!? さっきはワタシに義理があるから戦ってくれるって……」
千種にこれからの共闘を拒否され、シルキィは激しく狼狽しながら問いかけた。
「いや、別にこれからずっと戦うとは言ってねぇだろ俺。さっきのはここから逃してくれる恩を返すためにやっただけ、そして義理は果たした。後はそっちでなんとかしな。俺以外の強いヤツなんか探せば山程いる」
「そ、そういうワケには行かないんだよぉ! ダイナスティドライバーには安全装置が付いてるんだ! 使用者の生体情報を自動で読み取って登録して、持ち主とは異なる情報を持つ者には扱えないようになってる! つまり、その……もうキミにしか使えないんだよ!」
言われながら千種は腰に装着したそのベルトを外し、二つのギミックアンバーも一緒にシルキィへ突き返す。
「そりゃお前の落ち度だ。悪いがこっちはまだ学生の身分なんでな、命がけの戦いに参加する気はねぇ。大体、俺以外じゃ使えないってんなら新しいベルト作るなりすりゃ良いだろ」
「……」
反論しようと口を開いたシルキィであったが、結局何も言い返せず、俯いていく。
やがて顔を上げると、唇に笑みの形を作って千種に頷いた。
「分かった、そうだね。確かに何も知らない少年たちにこの国の問題を押し付けるのは……違うよね」
シルキィは二人の間を通り抜け、地下道を歩み始め、手招きをする。
「いつまでもここにいたら、またヤツらが来る。帰り道に案内するからついておいで」
それを受けて千種が後に続くが、瑠璃羽の方は怯えた目でシルキィと彼を交互に見ている。
だが置いていかれるワケにも行かないので、すぐに追いつきシルキィの隣に並んだ。
「あの……シルキィさん。本当に、良かったん……ですか?」
「しょうがないよ。ま、幸いにしてワタシは超天才だし? 自力でなんとかしてやるさ、うん」
笑っているような悲しんでいるような、曖昧な強がりの笑顔。
そんな表情のシルキィを見て瑠璃羽も眉を下げ、しかし千種に対しても何も言う事ができなかった。
彼がダイナストとして戦っている間、瑠璃羽は何もできなかった。手助けする事さえも。
今の問答に対し、何か不服があったとして、あまつさえ命を助けられた自分に文句など言う資格などあるだろうか。そう考えると、瑠璃羽は言葉を口に出す事ができないのだ。
そうして会話も続かないまま進み続けると、地上に出る梯子の前まで到着し、シルキィが二人に向かって振り返った。
「もうすぐだ。ここを登って安全が確認できれば、ワタシの研究所まで行く。しっかりついて来るんだよ」
千種も瑠璃羽も頷き、先に登ったシルキィからの合図を受け、上を目指す。
地上は先程までと同様に霧と蒸気に包まれているが、それを突き破るように歩き続けると、一行は少し寂れた小さな工場に辿り着いた。
「さぁ、急いで中に」
促されるまま奥へ入ってみると、そこには様々な工具や部品が置かれている他、アーチ状にパイプを配置した奇妙な装置がある。
シルキィがその機械のスイッチを操作すると、ゴゥンゴゥンと音を鳴らし始めた。
「で……どうするんだ?」
「キミたち、自分がどうやってこの国に迷い込んだか覚えてるだろう」
「確か霧の中を歩いてたらいきなり……香衣も同じか?」
問いかけられて、瑠璃羽は千種に向かって頷く。
「これは、その時の状況を再現するための装置だ。簡単に言えば出入するための『パス』を繋ぐのさ」
話を聞いている間に、パイプから光粒子の混じった蒸気が放出され、その先に全く別の景色を描いた。
そこは千種と瑠璃羽の知る、空久里アクアシティの町並みだ。
「この蒸気の門をくぐればすぐに帰れる……あ、それからこれを」
思い出したように、シルキィは二人に腕時計に似た機械を手渡した。
液体が入ったカプセル状の小瓶がセットされており、反対側には青いスイッチが付いている。
「これは?」
「万が一向こうで何かあった時のための連絡手段だよ、スイッチを押せばワタシと通話できる。でももうこんな場所に来ないようにね」
「ああ……ありがとよ、もう会う事ァないだろうが、元気でな」
千種からそう言われると、シルキィはまた曖昧な笑みを見せる。
そして瑠璃羽は何度か頭をペコペコとさせてから蒸気の門へと向かい、千種と共にその奥へ去って行く。
「また振り出し、か……」
彼らが無事に転送されたのを見届けると、一人取り残されたシルキィはそんな事を呟いて装置を停止させた。
そして、二人がパスをくぐった直後。
彼らの眼の前には、先程見たものと同じ空久里アクアシティの街路が広がっていた。
「帰って来れた、のか?」
千種と瑠璃羽は、戻って来れた事が現実なのを確かめるかのように周囲を見回し、そして改めて帰還した喜びを噛み締めるように空を仰いで大きく息を吐く。
天気も霧がほぼ晴れているばかりか既に小雨になっているため、向こうの世界で傘を失った事も些細な問題に終わる。
そして千種は逃げる間ずっと持っていた鞄を、瑠璃羽に差し出す。
「傘は風に拐われてブッ壊れたって事にするとして……門限には間に合いそうか?」
「は、はい。なんとか」
「そうか。もう忘れんなよ、その鞄」
言いながら小さく手を振ると、背中を向けて歩き出した。きっと紬や両親が待っているだろうと思い、やや急ぎ足で。
瑠璃羽も、頭を下げてからすぐに去る。
こうして二人は、それぞれ元の日常へと帰るのだった。
変身した千種たちがスパイダー・マキナイトを倒してから、数時間後。
とある豪奢な装飾の室内で、機関車にガタゴトと揺られながら、足を組んで座っている男がいた。
耳周りと襟足のみを短く刈り込んだ、ウェーブのかかったネオングリーンの左右非対称の長さの髪型が特徴的で、薄く開かれた切れ長の目やスッと通った鼻筋など顔立ちは端正だが、頬にはトランプのスートを模したメイクが施されている。
両手には黒い革手袋を装着し、燕尾服に似たデザインの黒い軍服を纏って、車窓の外を眺めていた。
「えぇえぇ、私も想定外でした。まさかあのレンフィールド卿が失敗するとは……いや、そればかりか命を失うとは。驚いた事にBOAも完全に破壊されていましたよ」
緑髪の男はテーブルの上にある小さな真鍮製の板、小型の通信機に向かってそう語りかける。
すると、板からは彼とは異なる何者かの声が流れて来た。
『しかし、バベッジにそんな事ができるとは考えられん。協力した何者かがいるはずだが、貴卿に目星は付いているのか?』
「まだ調査中です。ただ、我々マキナイトに歯向かう者となれば十中八九……」
『人間、それもレジスタンスか』
男は小さく頷き、指を組んでその声に向かって話を続ける。
「バベッジは腕の良い
『ではどうやって調べる?』
「ペーター男爵に一任します。彼はレンフィールド卿ほど強くはありませんが、陰湿な野心家で執念深く、何より……非情ですので」
『フ……彼にとってレンフィールド卿は目の上のタンコブだった、血眼になって功績を挙げようとするだろうな』
「そういう事です」
通信機の向こうから含み笑いが聞こえ、緑髪の男も喉奥を鳴らして笑う。
『では、吉報を待っているぞ愛煙卿。殿下のお耳に入る前に始末をつけるのだ』
「えぇえぇ。全ては『ラクール王家』のために」
その言葉を最後に通話が切れ、愛煙卿と呼ばれた男は小さく欠伸をしてから目を閉ざす。
※ ※ ※ ※ ※
「お兄~! 朝だよ~、どーん!」
翌朝。
自室のベッドの上で目を覚ました千種は、瞼を開くと同時に体へと飛び込んで来た紬に「ぐおっ」っと悲鳴を上げる。
「お前なぁ~……暑いんだからあんま引っ付くなよ」
「えへへ。おはよ、お兄」
頬を緩めて笑いかける紬。呆れた顔で身を起こし、千種は左右に結んでおさげのようにした自分の髪を解いた。
そしてその髪を三つ編みに結って垂らした後、妹を連れてノソノソと歩いて部屋から出る。
すると、すぐに兄妹二人とよく似た麗しい滑らかな金髪を生やした女性が姿を見せた。
髪は腰まで伸びており、瞳は茶色で口元の左側に小さくホクロが付いている。また、兄妹たち同様に目鼻立ちが整っており、一見すると二十代前半に思える程に若々しく官能的な魅力に溢れた体型の美女だ。
「母さんおはよう」
「おはよママ!」
二人から声をかけられて、その女性――
「お父さんが朝御飯を作ってるから、その間に手洗いとかうがいとか済ませておきなさいね」
「はーい!」
元気良く紬が答え、いそいそと動き始めた。
千種も同じく洗面所に向かおうとするが、その直前で巴から呼び止められる。
「千種、大丈夫? 昨夜はうなされてたようだけど、何か悩みでもあるの?」
言われて、ハッと昨日の出来事を思い出す。
霧の向こうで見た異常な世界。突如現れた怪人。謎の人物、シルキィ。
さらに、自分の身に起きた『変身』を。襲いかかる敵を倒した事を。
だが、そんな話を大切な家族である母親に伝えるワケにもいかない。話したとしても信じて貰えないだろうと思い、千種は頭を振ってぎこちなくも笑みを作った。
「なんでもないよ、俺は平気さ」
その言葉を受けて、巴は「なら良いけど」と告げた上で、さらに話を続ける。
「もしも悩みがあったり悪い夢を見ているのなら、一緒に鍛えるのが良いわ。心も体も、いつだって
真剣な目付きをしつつ、彼女は千種の胸板にトンッと拳を置く。
千種が使う拳法は、全てこの巴から学んだものである。曰く彼女は幼い頃から三種類の中国拳法を学んでいたらしく、それを千種や紬にも伝承しているのだ。無論、それを私欲に使う事は由とせず護身のためだが。
細腕に関わらず達人レベルの拳法家の母の言葉を聞いて、千種はフッと笑う。
「相談しろとかじゃないのかよ? 母さんらしいけどさ」
「心身の鍛錬は本当に大事なの。力だけ強くなったって心が伴わなければ悪に染まる、だけど心だけじゃ困難に立ち向かえない。だから……」
「分かった、分かったって。つまり、道を踏み外さないように強くなれって事だろ」
「もう、そうやっていつもすぐ結論を出すんだから。たまには立ち止まってじっくり考えなさい!」
少々不満そうに頬を膨らませる母に千種はまた苦笑しつつ、紬とすれ違った後に今度こそ洗面所に向かう。
そして諸々の身だしなみを整えて食卓に足を運ぶと、そこには妹と母親の他にもう一人、側頭部に剃り込みの入った黒い短髪を生やすヒグマのような筋肉質の大男がいる。
鼻頭に短く一本の傷が横に入っており、目付きは鋭く視線だけで人を気絶させられるのではないかという強面である。眉間にも皺があり、それがまた恐怖を引き立たせるかのようだ。
「おはよう父さん」
「ああ、おはよう」
故に営業中は武生が厨房を、巴の方が接客を担当するのが赤心軒の基本スタイルで、千種と紬は状況に応じて厨房か接客のどちらかを手伝う形になる。
千種が自分の席に座ると、その武生が烏龍茶をコップに注いでから話しかけて来る。
「……千種。食べ終わった後、時間あるか?」
「学校行く前に話すくらいなら」
一体何の用事なのか。父の言葉に千種は小首を傾げつつも、両手を合わせて家族と食事を囲んだ。
「ねぇねぇ、そういえばお兄『仮面ライダー』って知ってる?」
「なんだそりゃ?」
「最近本土の方で流行ってる都市伝説らしいんだけどさ、なんかパワードスーツみたいなのを着てバイクに乗って、怪物と戦うんだって!」
「怪物ってお前……」
いるわけがないだろ、という言葉が出かかったが、しかしそれを飲み込んだ。
実際に千種は怪物と遭遇している。否定の材料どころか、肯定できる材料が彼にはあった。
だが空久里の外でもそんな事が起こっているというのは、流石に考えづらい。やはり向こうのは単なる都市伝説だろう、と千種は結論づけて料理を食べ進める。
「お兄どしたの?」
「なんでもねぇ。それより、さっさと食わないと遅刻するぞ」
「は~い」
その後、朝食を終えた千種は制服に着替えた後、学生鞄を持って約束通り武生に付いて行く。
案内された場所は、自宅のガレージだった。部屋には、迷彩柄のカバーにかけられた物体が鎮座している。
カバーが武生の手によって剥がされると、その下から出てきたのは一台のバイクであった。
エッジの効いた流線型のフロントマスクに、ボディ全体を覆いつつもダクトの設けられたカウル、睨みあげるような形状のライトも特徴的だ。
カラーリングは赤と黒で統一されており、側面には『STORM』と金色のデカールが貼られている。
「これは……」
「俺の相棒の一つ……ストームだ。つい最近、昔の仕事の馴染みが店に来てな、お前が免許取ったって話をしたらこいつを最新式に調整してくれた」
そう言った後、武生はチャリンッとバイクのキーを放り渡す。
「お前にやる」
「え!? い、良いのかよ?」
「ちょっと遅れたが、まぁ進級祝いだと思って取っておけ」
千種は受け取ったキーをまじまじと見つめ、そして徐々に頬を釣り上げて行く。
バイクに憧れて免許を取得したは良いものの、高校生が手を出すのは中古であっても中々難しい。
だから、父からの思わぬプレゼントに素直に喜びをあらわにした。
「当然だが、悪い事には使うなよ。校則違反になるから学校に乗って行くのもナシだ」
「俺そんなに悪い事しそう?」
「もちろんそういう性格じゃないのは知ってる。だけどな」
息子の肩に手を乗せ、真っ直ぐに見つめながら武生は語る。
「力ってモノには責任が伴う。強ければ強い程、重い責任が。それを軽んじるようなヤツが事件だの暴走だのを起こす。拳法も、料理も、運転もそうだ。力を持ったなら自分の果たすべき責任を頭から離してはならない……いいな」
「……分かった」
ひょっとしたら、先程巴が言いたかったのもそういう事だったのかも知れない。
答えた後でそう思った千種は、自らの迂闊を反省し噛みしめるように息をつき、バイクのキーをグッと右手に握った。
そして気を取り直し、ストームと名付けられた機体の前でしゃがむと、その真っ赤なメタリックボディを眺めてニッと笑う。
「にしても、やっぱ赤って良いよな! なんつーか、燃えて来るっていうか血が爆ぜるっていうかさ!」
「フフッ、だろ?」
自慢の相棒を誉められて武生がニヤリと頬を釣り上げると、今度はガレージの外から元気な少女の声が届いた。
「お兄~! ルリリン来てるよ~!」
紬の声だ。
あの奇妙な場所に迷い込んだ時に傘を失ってしまったはずだが、瑠璃羽は律儀に約束を守り、ここに来たのだ。
そう結論付けた千種は、待たせては悪いと思ってすぐに動き出し、父を振り返る。
「じゃ、行って来る」
「気を付けてな」
返事を聞きながら後ろ手に手を振り、ガレージを出た千種は紬と瑠璃羽の元に合流した。
三人は短く挨拶を交わし、空久里学園に向かって歩き出す。
その道中、父と母の言葉を思い出してふと千種は考える。
昨夜にシルキィを突き放した事は、果たして責任と向き合っていたのだろうか、という事を。
形はどうあれ、彼女が待ち望んでいたであろうその力を自分は一度手に入れてしまったのだ。彼女に言った事が間違いではなかったとして、何も事情を聞かずに去ってしまうのは、本当に正しい選択だったのだろうか。
千種の脳裏に、断った時のシルキィの悲しげな表情や、去り際に見た曖昧な笑顔が浮かんで来る。
「お兄? どうしたの?」
そんな思考の最中に妹から声がかかり、千種はハッと顔をあげる。
自分の顔を心配そうに見上げていたので、彼は笑みを作って紬の頭を撫でた。
「なんでもねぇ。速く学校行くぞ」
もう終わった事を考えていても仕方ない。
千種は心の中でそう区切りをつけて、三人で学校へと向かうのであった。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、昨日千種たちが迷い込んだ夜霧と蒸気に包まれた国では。
相変わらず閉め切られ明かりのついていない街並みを、赤い軍服の男たちが闊歩していた。
その中の一人、左手甲に『蚊の紋章』を持つ黒いハットを被った男は、スンスンと異様に長い鼻をヒクつかせながら周囲を見回している。
「フゥ~ン……匂いますねェ~」
サイドカバーのついた眼鏡の下にある目玉をギョロリと動かし、その男、ペーター・プリチャードはゆらゆらと街を歩く。
「人間の、それも女の良~い香りだァ~……隠れてないで出ておいでェ」
優しい声色を使いながら、ペーターは近くにいるであろう何者かに話しかける。
そして。
「見ィつけたァ」
「ひっ……」
路地裏に息を潜めて隠れている女が小さく悲鳴を上げ、ペーターの腕が彼女を街路へ引きずり出した。
「おや、残念。バベッジ博士ではありませんでしたかァ」
そう言いつつも、その表情は喜色に満ちて舌なめずりさえしている。丁度良い獲物を見つけた、とばかりに。
「ダ~メじゃあないですかァ、この時間はしっかりと戸締まりをして家の中に引きこもっていないと。この国に住むならそれがルールですゥ。我々と人間との間に交わされた、古くからの……ねェ」
「ご……ごめんなさい、ゆ、許して……」
「良いですよ? バベッジ博士がどこにいるのか、教えて頂ければねェ」
「そ、それは……私には、分かりません……」
女はそう言って口を噤む。
すると、ペキッと音を立ててペーターの口が裂けていき、虫のアゴのような器官が露出。そしてその牙が這うように女の首筋へと迫る、その時。
反対側の路地裏から一人の男が飛び出し、計器と青緑色の薬液の入ったガラスの容器がセットされた拳銃を構え、発砲する。
「うおおおおおぁぁぁぁぁ!! 死ねバケモノォォォッ!!」
弾丸を発射する度、何度も何度も銃から蒸気が吹き出ていく。弾が切れればすぐに次弾を装填し、配下の騎士たちに対してもまた撃ち続ける。
そして薬液が尽きると、新たな容器を装填しようとするが、その瞬間にペーターが動いた。
「フゥ~ン。男ですか」
「がっ!?」
一瞬にして男までの距離を詰め、拳を腹に数発叩き込む。
見れば銃弾はそもそも命中さえしておらず、僅かに身体を逸らすだけで回避し続けていたのだ。
ただし配下たちには直撃しており、頭や肩などに銃創が見て取れる。
そんな彼らを哀れに思ったのか、ペーターは捕らえた男を配下に向かって放り投げた。
「私、男の血を吸う趣味はないんですゥ。なので、君たちで好きにお食べなさい」
『御意』
言われた通りに騎士たちは男の方に群がり、その血肉を問答無用で貪る。
ペーターはその光景に呆然とする女の方に向き直り、改めて彼女を押し倒して、その肢体をまさぐりながら首筋に牙を立てた。
「いやぁ、いやぁぁぁ! やめてぇぇぇっ!」
「答えなければ死ぬまでこうするだけですよ、さァ! さァ! イッヒヒヒ!」
必死の抵抗も虚しく、女の腕は少しずつ力を失い、やがて地面に倒れる。
腹ごしらえを終えて満足したのか、吸血の騎士たちは口の周りを血だらけにしながらも、再び捜索を行う。
「マズいな。よりによってペーター男爵とは」
その凄惨な様子を、シルキィは息を殺して歯噛みしながら、地下道の中で目を細め眺めていた。
「……ごめん……」
※ ※ ※ ※ ※
一方、時は過ぎ。
放課後の空久里学園では、千種が校舎の入口の前で紬を待っていた。
今日も一緒に帰る予定なのだが、向こうから連絡がない。グループチャットでメッセージ送信や通話を試みても、何も反応がないどころか送信に失敗してしまう。
「どうなってんだ?」
そう呟いて首を傾げていると、最近見知った顔が視界に映った。
瑠璃羽だ。隣には、銀縁の眼鏡を掛けた茶髪の女子生徒を連れている。彼女ほど背は高くないが、余計な肉のついていないスリムな体型で、その奥の凛とした瞳は生真面目そうな印象を受ける。
「お」
「あっ、さ、才賀先輩! い、今から……帰り、ですか?」
「まぁな。紬を待ってんだ、けど全然連絡がつかなくて」
千種がそう答えると、瑠璃羽の隣にいる眼鏡の女子と目が合う。
そこで瑠璃羽がハッと思い出したように口を開き、咳払いして話し始める。
「え、えっと! 二人は初対面、でしたよね! 紹介します、この子は
「昨日言ってた子か。あー、初めまして……?」
緊張しつつも挨拶すると、その貂という少女は千種の姿をじろじろと見て唸っていた。
何故か分からないが怪しまれているようだ。そう感じて理由を尋ねようとする千種だったが、その前に貂の方から口火を切る。
「才賀 千種先輩、ですよね。昨日瑠璃羽から聞きました……まさかこんな彼氏ができたなんて」
「は!? か、彼氏ぃ!?」
「親友として看過できませんね、そういう不健全な関係は」
その言葉を聞いて素っ頓狂な声を上げ、ぎょっと目を見開く。さらに貂は、瑠璃羽を隠すように千種の前に立ち塞がった。
千種の風貌から不良のイメージを結びつけた様子で、あからさまに警戒しているのが見て取れる。
しかしそこで、その瑠璃羽がくすくすと笑いながら首を横に振った。
「もう、違うよ貂ちゃん。先輩とは昨日会ったばっかりで、ただの友達だよぉ」
どうやら瑠璃羽の方は本当に何も意識していないらしく、貂の発言もただの冗談か何かだと思って笑って受け流している。
別段千種自身もそういうつもりがあったワケではないものの、ここまで言い切られてしまうと何やらもやもやとした気分にならざるを得ない。
とはいえ、今はそれどころではないので、改めて二人に尋ねた。
「……それで、紬を見てねぇか?」
瑠璃羽は首を横に振る。貂の方も、そもそも会った事もないので知っているはずがない。
だが、通話ができずメッセージの送信に失敗するという千種の言葉に違和感を持ったようで、訝しんでいる。
「おかしいですね。まだ学校にいるなら、送信に失敗するなんて考えにくいと思いますけど」
「どういう事だ?」
「その手のトラブルは大抵、電波の繋がりづらい場所にいると起こる事なんですよ。例えば地下とか。でも、学校の中で圏外になるような場所なんてないでしょう? それに、校舎の中からいきなりそんなところに移動できるワケないですし」
圏外になる場所。そこへ一瞬で移動でもしない限りあり得ない。
それを聞いて、千種も瑠璃羽も息を呑んだ。
もしも。もしも紬が今『あの世界』に行ってしまったのだとしたら。
「えっ、何? どうしたの?」
突然血相を変えた千種と瑠璃羽を見て、貂はキョトンと首を傾げる。
直後、千種はグッと歯を噛み締めてから二人に告げた。
「香衣、羽取! 万が一紬を見かけたら先に帰ったって言っといてくれ! 俺は心当たりを探して来る!」
そう言って返事を待たずに背を向け、全力で走り出す。
向かった先は千種の自宅、そのガレージだった。慌ただしく、しかし両親に見つからないように鍵を開けて中に入ると、すぐにシルキィに貰った腕時計を鞄の中から取り出し、装着して通信を試みる。
「シルキィ! 俺だ、聞こえるか!?」
返事が来る事を切に願いながら、祈るように拳を握る千種。
すると、少し間を置いてから声が聞こえて来た。
『あの時の少年だね? どうしたんだい突然』
「時間がない、俺の方から今すぐそっちの世界に行く方法はないか!?」
『はぁ!? 何を言ってるんだキミは、関わり合いになりたくないんじゃないのかい!?』
「頼む! 家族が……俺の妹が送り込まれたかも知れないんだ!」
彼の懇願を聞くと、シルキィは通信機の向こうで言葉を詰まらせる。
そして数刻の後、意を決した様子の彼女から返事が届いた。
『事情は分かった。今すぐキミのウォッチの座標にパスを繋ぐ、少し待っていてくれ』
千種はそれを聞いて安堵の溜め息を吐き、傍らにある昨日貰ったバイクに腰掛ける。
直後、閃いたようにそのバイクのエンジンを始動させて跨った。
これを使えば、向こうの世界でスピーディに紬を探し出せると千種は考えたのだ。
そうして少しの間待っていると、眼の前から淡く『蒸気の壁』が立ち込める。
「行くぞ……!」
バイクを走らせ、妹を助け出すべくすぐさまパスを潜り抜けた。
※ ※ ※ ※ ※
「うわっ!?」
通信を受け、千種の手助けをしようと決めたシルキィ。
彼のためにこの国へのパスを繋いだところ、その千種は乗り物に乗って猛スピードで工場内に飛び出して来た。
「ちょ、ちょっと少年! 何かに乗って来るならそうと言っておいておくれよ!」
「悪い! 急いでた!」
「気持ちは分かるけどさぁ……」
幸いにもぶつかるような位置にはいなかったので、抗議はそれで終わらせる。
そして現れた千種はストームから降り、シルキィに向かって深く頭を下げた。
「今更何言ってんだって思うかも知れないけど、頼むシルキィ。あのベルトを俺に使わせてくれ」
その言葉を聞き、一瞬シルキィは表情を明るくするものの、すぐに俯いて曖昧な笑みを見せる。
「分かってるよ。キミの妹を助けるためだ、今だけダイナスティドライバーを貸してあげる」
「違う、そうじゃねぇ」
頭を振って、千種は顔を上げる。
彼の表情は焦燥に彩られ、拳が強く握り込まれていた。
「俺……ちゃんと考えてなかったんだ。いや、分かっていても無意識に問題から目を逸らしてただけなのかも知れない」
「少年?」
「自分の世界にあの霧が出て来たって事は、家族や周りの人間も同じ目に遭うかも知れない。それはちょっと考えれば分かるはずだったんだ。なのに、俺は……戦いたくないから、巻き込まれるのが面倒だからって、力を手に入れた責任から逃げたんだ……!」
「いいや、それはワタシが勝手にやった事なんだ。責任はワタシにこそある」
「それでも紬は巻き込まれた! 俺がアンタの言葉をちゃんと聞いてりゃ、防げたかも知れなかった。もっと速く、怖い思いをさせずに助けられたかも知れないんだ!」
言いながら千種はシルキィの両肩を掴み、強く訴えかけた。
「このまま妹を死なせたくねぇ! 頼む、魔王にだって何にだってなってやるから! 戦う力を……俺にくれ!」
眼の前の彼女の眼を真っ直ぐに見つめる千種。
シルキィの方も彼の瞳をじっと見て、しばしの思考の後に、ゆっくりと口を開いた。
「改めて……ワタシはハイパーサイエンティストのシルキィ・バベッジ。キミの名も聞かせてくれたまえ、少年」
「才賀 千種だ!」
「チグサ、敵は多く強大だ。辛く厳しい戦いになる。その上で、本当にやってくれるんだね?」
千種は何も言わず、ただ静かに頷く。
するとシルキィはゆっくりと天井を見上げた後、口角を釣り上げて「ふっふっふっ……はっはっはっはっはっ!」と徐々に声を張り上げて笑い出した。
「良いだろう! キミの覚悟は聞き届けた……超天才のこのワタシが、
言いながらレザートランクを作業机の下から取り出し、その中に入っているダイナスティドライバーとギミックアンバーを手渡す。
――シルキィの望んだ魔王と、千種が頼るべき超天才。遠い世界の二つの
そして千種がダイナスティドライバーを装着している間に、シルキィが彼の乗って来たストームに目を向ける。
「少しだけ待っていてくれ。そのバイク、ひょっとしたら思った以上に使えるかも知れない」
「え?」
シルキィの発言に、頭上に疑問符を浮かべているかのような表情になる千種。
一方、自称ハイパーサイエンティストはそのタレた目をキラリと輝かせ、山のように機材を持ってストームに向かって行った。
同じ頃。
紬は千種たちが心配した通り、真紅の満月の浮かぶ夜霧の国に訪れてしまっていた。
「はぁ、はぁっ……何なのここ、どこなのよぉ……」
きっかけは些細な事。放課後兄に会いに行くために中庭から高等部の校舎に向かったところ、
雨も何も降っていないのに、どういう事だろうと思いながら霧の中を進んでしまった。
その判断がきっと誤りだったのだろうと、紬は今になって痛感していた。気付けば彼女は学校ではなく、機械音が鳴り蒸気の漂う国にいたのだから。
どこまでこの街路を歩けば、元の場所に戻れるのだろう。
そんな事を考えながら歩いていた、その時。
「どうしたんですゥ? お嬢さァん?」
「ひっ……!」
不意に背後から声をかけられ、紬は咄嗟に前へ飛び退く。
そこにいたのは、明らかに異常な赤色の軍服姿の鼻の長い男。さらに周囲に目をやれば、似たような服装の男たちが自分を包囲しているのが分かる。
「フゥ~ン、この匂いは異郷の女ですねェ……流石に博士については知らないと思いますが、丁度良い。その珍味を味わってみましょうか」
じりじりと少しずつ軍服の男、ペーターは距離を詰めて来る。紬を獲物と定め、喰らうために。
口部も割れて異形の器官があらわとなり、それがさらに紬の心の内から恐怖を溢れ出させた。
「助けて! パパ、ママ……お兄……!」
震えて頬に涙を伝わせながら、家族に祈る紬。そんな彼女に迫り、辱めんとする魔の手。
次の瞬間、彼女の願いが届いたかのように、真っ赤な何かが飛来してペーターの身体を撥ね飛ばした。
「グヘッ!?」
錐揉み回転しながら吹き飛んだペーターは、そのまま向かい側にいた配下に激突。
何事かと思い、紬もペーターもその飛び出して来たモノの方に視線を向けると、そこにいたのはバイクに跨る赤い装甲を纏う仮面の戦士だった。
カブトムシに似る大きな一本角を生やしたその人物は、変身した千種、ダイナストだ。ストームもカウルにカブトムシのエンブレムなどの真鍮の装飾や昆虫の足を模したような形状のマフラーが六つに増設された事で『変身』している。
「な、なんだ!? 何者だ貴様は!?」
言いながらペーターは立ち上がって蒸気銃を構え、部下たちと共に発砲。
しかし銃弾など通用するはずもなく、全てが堅牢な装甲に阻まれる。
続いて配下の一人がサーベルを抜いて襲いかかると、その動きに合わせて凄まじい速度でカウンターの掌底を叩き込んだ。
「道を開けろ
変身したバイク『ダイナストーム』から降りたダイナストは、紬をかばって下がらせつつ、ゆらりと拳を開いて腰を落とす構えを取って叫ぶ。
「俺が
魔王を名乗る戦士から感じる、凄まじい気迫。
ペーターはそれに気圧されかけるが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「フゥン! そうですか、貴様がレンフィールド卿を下したという反乱分子か!?」
「だったらどうする?」
「元より私の任務は貴様を殺してバベッジを捕らえる事です! 相手にとって不足なし! 行きますよ、BOAアクティベート!」
言いながらペーターが左手の紋章を掲げると、配下たちと共にその姿が赤い蒸気に包まれる。
そして蒸気が晴れた時、配下たちは以前と同様デッドアントとなり、ペーターはレンフィールドともまた異なったマキナイトに変貌した。
二つの鳥羽のついた鍔広帽を被り、肩に漆黒のケープを羽織る縞模様の鎧の騎士。右手にはまるで注射針のようなレイピアを持っており、その細く見える刀身には銛のようなカエシが付いているのが分かる。
『ダイナスト、気をつけたまえ。あれはモスキート・マキナイト。飛行能力に加えて、体液に含まれるウイルスを介して生物をコントロールする能力を持っている。ヤツのレイピアや口部の吻に刺されるな!』
「おう!」
頭部のヘルムに仕込まれた通信機能でシルキィにそう返したダイナストは、飛び掛かってきたデッドアントのフォークやスプーンの一撃を円を描くように回避し、隙を見せたところで背中へ掌撃を打つ。
同じく襲いかかろうとしていたデッドアントは彼らにぶつかって動きを止めてしまい、それを好機と見たダイナストはダイナシューターを抜いて発砲した。
連射された銃弾が全ての蟻騎士の頭を瞬く間に破壊し、残すはモスキート・マキナイトのみとなる。
「フゥ~ン! 私の剣捌きを味わいなさ~い!」
モスキートは笑いながら突撃し、レイピアを素早く何度も突き出す。
狙うは装甲と装甲の隙間の関節部。そこに剣先を刺し、ウイルスを送り込むつもりなのだ。
だがその一撃はダイナストにも想定されており、モスキートが前に出て来た瞬間に合わせて拳で顔面を打った。
「ぐぎゃっ!?」
「思ったより遅いな、お前の剣は。これなら手数の多い蜘蛛野郎の方がよっぽど強かったぜ」
「なに、をォッ!!」
尖った口吻が圧し曲がったまま、憤るモスキート。
しかし口調は怒っていても思考は冷静で、正面からの対決は不利と見たのか、マントの下から薄い翅を拡げて飛翔。ダイナストの周囲を不規則に飛び回り始める。
「フゥンフフフ! これならどうですゥ!?」
「うお!?」
接近してレイピアで突き、反撃が来る前に即座に離れるヒット・アンド・アウェイ戦法。
まさしく蚊のような、執拗で狡猾だが堅実な戦い方。銃で撃ち落とそうにも、その不規則な飛行法のために狙いが定まらない。
どうするべきか。ダイナシューターを構えながら考えていると、シルキィから再び通信が来る。
『ライノビートルとファイアフライのギミックアンバーを差し替えるんだ、今の形態よりはそっちの方が戦いやすいだろう!』
「よし、分かった!」
言うが速いか、早速ダイナストはベルトからギミックアンバーを抜き取り、内部に機械のゲンジボタルが封入された黄色のギミックアンバーを装填して巻鍵をひねった。
《
「アーマーコンバート!」
《
掛け声と共にカブトムシの角の形をしたレバーを下げると、その姿が真鍮線の繭によって包まれて行く。
《
音声と共に繭が破れ、蒸気と共に中から出て来たのは頭部に触覚めいた二本のアンテナを生やす黄色い装甲の戦士。
ライノアーマメントのような重装ではなくむしろ薄い装甲で、左右の腕や足、背中には円形の発光器が装備されている。
《
「ハッ!」
ダイナスト ファイアアーマメントが右手を前に掲げると、その掌から光の球体が生み出され、それが飛行するモスキートを追尾。
そして、その目と鼻の先で
「うっ! な、なんです!?」
激しい閃光によって眩惑され、飛行の軌道が疎かとなるモスキート。
視界が回復した頃には、眼の前には自身に向かって銃口を真っ直ぐに向けるダイナストが立っていた。
「ハッ!?」
「遅ェよ」
引き金が何度も弾かれ、身をかわそうとした蚊の騎士の左肩を粉砕。
その下にぶら下がっていた腕が、ボトッと落ちた。
「ぐが、あああっ!? わ、私の腕が……!!」
耳をつんざくような悲鳴に眉をひそめつつ、ダイナストは続けて、今度は眉間に照準を合わせる。
するとモスキートは、威嚇するようにレイピアを滅茶苦茶に振り回して翅を開き、空へと飛び出した。
「ひ、ひいいいっ! だ、誰か助け、助けてくれぇぇぇ!」
「野郎、待ちやがれ!!」
夜闇に紛れて逃げ惑うモスキート・マキナイト。
しかし不幸中の幸い、ファイアアーマメントの能力によって散布された索敵用の光粒子により、その姿は浮き彫りとなっている。
問題は、既に銃弾の射程距離の外まで飛んでいる事だけだ。
「クソッ……これじゃ届かねぇ!」
『ダイナスト! ダイナシューターのホーンバレルを前に引き出して、マグナムモードからライフルモードに変えるんだ!』
「……こうか!」
《ライフルモード!》
ダイナストがカブトムシの角の形をしたバレルを掴んで引き伸ばすと、そのような音声が流れ出す。
そして狙いをつけてトリガーを引くと、一発の銃弾が凄まじい速度で飛んでいき、遠く離れたモスキートの翅を一枚貫き引き裂いた。
「ぐぎゃあっ!?」
あまりの激痛に悲鳴を上げ、さらに飛行能力の低下したモスキートがふらふらと地上の方に落ちていく。
それを追うべく、ダイナストは再び自身のバイクに乗り込んだ。
変身状態の彼に合わせてチューンされたダイナストームは、瞬く間に落下地点の付近に到達。
《
さらにダイナストは再びライノビートルギミックアンバーで形態を変化させ、構造物を利用してダイナストームと共に大きく跳躍。
弱々しく飛行するモスキートの前に到達すると、シートを蹴ってさらにその頭上へと飛び上がった。
直後にダイナストームのマフラーが蒸気を噴き、タイヤを回転させながら自動的に上へと突き進む。
ちょうど、ダイナストと共に敵を挟み込もうとするように。
《
モスキートの背後で巻鍵をひねったダイナストがホーングリップを三度倒し、必殺を発動する。それに合わせ、ダイナストームもさらに空中で加速した。
《ライノビートル・ダイナスティスマッシュ!》
「ハァァァ……ウォラァァァァァーッ!!」
瞬間、右足を突き出したダイナストのパイプから蒸気が噴出し、キックとタイヤの一撃がモスキートの胴体に炸裂。
挟撃により、さながら廃棄車をスクラップにするプレス機のようにメキメキと音を立てて砕き、そのまま圧壊せしめる。
「うっぎゃあああああ!?」
空中での蚊の騎士の痛々しい悲鳴は激烈な爆発音によって掻き消され、その姿は木っ端微塵となり、部品だけが地面に落ちた。
《
爆発の中から、その音声と共にダイナストームに乗って着地する仮面の魔王。
彼はすぐバイクを走らせ、紬の元に駆けつけた。
「あ、あの……」
「……乗れ」
変身した自分を見つめる妹にそう声をかけ、ダイナストームに乗せる。
そして備え付けられたボタンを押すと、目の前にバイクが通れるほどの大きさの霧の壁が出現した。
ダイナストはバイクで疾走してその中を潜り抜け、元の世界へと帰還を果たす。通学路の近く、街灯の下だ。
「じゃあな」
紬を下ろしてそう声をかけ、再び走り去ろうとしたところ、その彼女から「待ってよ!」と呼び止められる。
「帰る前に、せめて名前を教えて!」
「……
自分が才賀 千種と悟られないよう、必要最低限の言葉を交わし、再び蒸気の壁を生み出して今度こそダイナストは姿を消す。
「ダイナスト……」
残された紬は、彼の姿が見えなくなった後も、その後ろ姿を見つめていた。
その後すぐ、千種は向こう側の世界でシルキィに礼を述べた後、変身を解いてまた空久里アクアシティに戻った。
変身を解除した事でバイクも再びストームの状態に変形している。
初めて乗る、しかも父からの贈り物をいきなり改造された時は怒りそうになったが、千種は今になってこの機能に驚き感心していた。
「また後であいつに礼言わなきゃな……」
一度は断ったのに自分を助けてくれたシルキィの事を考え、そう呟く千種。
そうして店の入口ではなく玄関を通って二階に上がった、その時。
「ただいま――」
「おかえり、助手くん」
帰宅の挨拶と同時に自分を出迎えたのは、ここにいるはずのないシルキィだった。
当然、千種は愕然とする。
「あ、え……は!? 何!? なんでいんのお前ぇ!?」
狼狽しながら尋ねると、今度はムッと頬を膨らませた巴が姿を見せる。
「こら、千種。センセイに向かってそんな口の聞き方をしてはダメでしょう」
「せ、せんせい……?」
何が何やら分からない、とばかりに千種は頭を抱えた。
するとシルキィが彼に近付き、腕を引っ張ってひっそりと耳打ちする。
「キミはワタシの研究所を手伝う助手という事になっている」
「なんで!?」
「その方が都合が良い、捕まらないようにこちら側での仮拠点が必要だからね。なぁに、ずっとここに住むワケじゃないから安心しなよ」
「そ、そうなのか……?」
「まぁ今日はここに泊まって行く事になるけど」
「なんでだよ!?」
「固いこと言わずにさぁ、良いだろ? ねぇ、ワタシの助手くん」
ムギュッ、と頬を染めながら左腕に抱きついて絡みつくシルキィ。
その密着感と柔らかな感触に生唾を呑む千種だったが、頭を振ってすぐに我に返ると、キッチンで食事の用意をしている父に尋ねた。
「良いのかよ父さん!?」
「構わんぞ。お前の恩師なんだ、むしろ腕によりをかけてもてなさんとな」
「メシも食う気かよぉ!?」
彼の困惑とは裏腹に、武生は至極楽しそうにグッと親指を立てる。今日の夕飯は期待していろ、という意味だ。
あまりの事態に目眩すら感じていた千種だったが、そこでソファの上でボーッと頬杖をついている紬の姿が視界に映った。
「……紬、一体どうしたんだ?」
全く離れる様子のないシルキィを連れて紬に尋ねると、彼女は声のした方にゆっくりと首を動かす。
「ねぇ、お兄。仮面ライダーって本当にいるんだね……」
「へっ?」
「どうしよう……私、惚れちゃったかもぉ……仮面ライダーダイナスト様に!」
その言葉には、千種だけでなくシルキィも唖然とする。
何の運命の悪戯か、彼女は兄とは知らずにダイナストに命を救われ、惚れ込んでしまったのだろう。彼女の目は、完全に恋する乙女のソレだ。
事態を理解してシルキィが笑いを堪えて自身の口を手で塞ぎ、千種はついに頭を抱えてしゃがみ込む。
「なぁんでこうなるんだよぉー!?」
千種の悲鳴が、夜中の家の中で虚しく木霊するのであった。