仮面ライダーたちがイザベラ・バートリーとの戦闘を終えた後。
ダイナストとの対決に負けたシモンは、命からがらその領土から逃れ、暗い森の中に身を隠していた。
重い傷を負っただけでなく、以前との対決から格段に強くなったダイナストへの戸惑いと、苦い敗北の屈辱に唇を噛み締めている。
「は、く……ぅっ!?」
突如として頭を抱え、苦悶の声を発するシモン。
その脳裏に、彼にとって奇妙な映像がフラッシュバックする。
自分の目の前にはガラス張りの窓があり、その向こう側にいるのは白衣を纏う者たち。
白衣の男が一人、シモンの方を見ながら隣に立つ首から十字架をぶら下げた男に話しかける。
『教授。彼に名前を付けてあげませんか?』
『そうだな……しかしバベッジくん、私には気の利いた名前が思いつかなくてね』
困ったように首をひねりながら腕を組む十字架の男。
すると、バベッジと呼ばれた男の背後から、姿は見えないが別の人物の声が聞こえる。
どこかで耳にした覚えのある声だったが、それを思い出す間もなく映像は流れていく。
『ではシモンというのはどうだろう』
『えぇ? 本気かい伯爵、その名前は……まぁ、でも他に良い案もないしな』
窓の外には男たちの他にも白衣の女が二名おり、そんな会話を聞いてくすくすと笑っている。
そして教授と呼ばれた男は窓越しに自分の顔を
『聞いていたかな。妙な感じだが、君の名はシモンだ。私の父と同じ名だよ。いいね? 改めて、これからよろしく』
柔和に微笑みかける教授。黒い髪にやや鋭い目つきで、
その時シモンは、ガラスの鏡面に写る自分の姿を目にした。
幼い少年のような姿の自分自身を。
――直後に、意識が現実へ引き戻される。
「なん、だ……今の、ビジョンは……!? い……一体、俺は、誰なんだ!?」
激しく息を切らして、シモンは呟く。
すると、そんな彼の背後から声が聞こえて来る。
「どうかしたのかな? そんなに苦しそうにして」
「……スモーキー!」
スモーキー・ヴァーニー侯爵。貴族の中でも素性を知る者が極端に少ない謎めいた人物であり、マキナイトとしても変わり者であるとされる人物。
掴みかかる勢いで彼に詰め寄ると、シモンはそのまま自身の要望をぶつける。
「新しいギミックアンバーを俺によこせ!! どうせ持ってるんだろう!? 仮面ライダーを打倒できるほど、強力なものを!!」
面食らった様子で目を僅かに見開きつつも、スモーキーは笑みを崩さず首を左右に振った。
「あるにはある。だが、これは君に授けるにはまだ……」
「良いからよこせ! 今以上の力を手に入れなければ、ヤツに勝てない!」
「しかし……」
「ダイナストを倒すのはこの俺だ!!」
シモンからの必死の願い、縋り付くような叫び。
スモーキーは悩んだ様子で唸った後、観念したように溜め息を吐く。
「良いだろう。君がそこまで我を見せて執着するのはとても珍しい……使いたまえ」
そう言って手渡したのは、蜘蛛の外装の内側に琥珀が埋め込まれた特殊な形状のギミックアンバー。
シモンはそれを握り、唇を僅かに釣り上げた。
目を覚ますと、
「生きて、る……?」
視界に広がるのは見知らぬ天井、ではない。彼女は以前にもこの場所で寝泊まりした事がある。
ポーダ・ギースレーリンの管理する、機関車の中だ。
「あー……起きたか、バートリー卿」
ガラッと扉が開くと、そんな声が聞こえて来る。
露出の激しい服装の大柄な女貴族、鉄道卿のギースレーリン伯爵。
使用人であろう人間の少年少女を伴っており、彼らを室内に入れ食事を運ばせている。
「路上で倒れていた貴卿を、偶然領土の近くに寄った私の部下が見つけて保護した。随分と……手酷くやられたようだな」
言われて、イザベラは自分の身体の違和感に気付く。
両足の膝から先がない。これはレギウスによってつけられた負傷だ。
さらに、左の眼球も喪失している。ダイナストに吹き飛ばされ高所から落下した際、打ち所が悪く抉れたか圧潰してしまったらしい。
伯爵級でもこれだけの傷を負えば確実に死ぬ、しかしそうならなかった理由を二人は知っていた。
「その傷で済んで生きていられるのは……我々四傑伯が、真祖の血を濃く受け継いでいるからだろう。ヴラディス様の恩恵だ」
「く……っ!!」
イザベラは引き裂かんばかりの勢いで毛布を強く握り締め、歯を軋ませる。
今すぐにでも領土に帰り、仮面ライダーの征伐を成し遂げなければならない。でなければ、もはや自分に存在価値はないとさえ考えていた。
だが、その手の上にギースレーリンの大きな手が重なる。
「怪我が治りきっていないんだ、まだ動くべきじゃない。両足と目が再生し切るまでは大人しくして欲しい」
「ふざけないで! 人間にやられっ放しで黙っていられるワケがないでしょ!? 私は四傑伯なのよ!?」
「元、だ。もう君は既に領土を奪われ、地位も財産も部下も失った。このまま帰れば命さえも」
「ぅ……く、っ!」
言い返す事ができず、イザベラは俯く。
そして彼女の庇護を受けるしかない自分の現状に、ただ涙を流す事しかできなかった。
するとギースレーリンはそんなイザベラの体を抱き寄せ、安心させるようにその後頭部をゆっくりと撫でる。
柔らかな感触に包まれて、次第にイザベラは声を押さえ切れなくなり、声を上げて泣き出す。
「……落ち着いたか?」
しばらくの後、ギースレーリンが問いかけた。
イザベラはしおらしく頷き、テーブルに並んだ人肉料理を口に運ぶ。
「食事を摂れば治りも速くなる。完治すれば、もう一度仮面ライダーに挑む事もできるだろう」
「……ありがと」
目を逸らしつつも、イザベラは小さくそう言った。
ギースレーリンはそれを聞いて満足気に頷き、機関車の外へ出る。
ここはアルベリヒ・パウル伯爵の管理する領土。駅には、領主であるアルベリヒ本人が、壁に背を預け眉をしかめて立っていた。
「随分と甘やかしているな」
「悪いか? だがパウル卿、駅とレールの上では私がルールだ」
「驕るなよ鉄道卿。ここは儂の領地だ、心苦しいが味方といえど敗軍の将を養うつもりなど――」
言い終える寸前に、アルベリヒの身体は爆発的な打撃音と共に駅の壁面をぶち破り、吹き飛ばされる。
まるでその場で大砲を放ったかのような惨状。それは、ギースレーリンの凄まじい怪力から繰り出される前蹴りによってもたらされたものだった。
強烈な蹴りを受け仰向けに倒れたアルベリヒの方は、咄嗟に交差させた両腕がひしゃげ、折れた骨が露出し、肋骨が砕けて背中までぽっかりと穴が開いている。
ギースレーリンはそのアルベリヒへと追い打ちをかけるべく歩いて向かおうとするが、足を地に着いた直後に右足が輪切りに、頭部と胴などが裂けて血が噴き出す。
見れば、折れた両手には二本の鎌が握られていた。
アルベリヒは蹴りを食らった瞬間、それを用いて十連以上の斬撃を、受けたギースレーリン自身すら気付かないほどの速度で浴びせたのである。
「……てめぇ……」
ギチィッ、と歯を噛みしめるギースレーリン。
袈裟に断たれた頭からは血と脳漿が吹き出しているが、それらの体液はすぐに肉体に戻り、傷も再生していく。
さらにアルベリヒの方も、飛び出した内臓や血肉と骨が元通りに治り始めていた。
「黙って私に従えよ腐れジジイ、焼き殺すぞ」
地にツバを吐き捨てた後に、ギースレーリンの両腕と両足にシアンブルーの炎が灯り、口から蒸気が溢れ出る。
「図に乗るなよ小娘、斬り殺すぞ」
アルベリヒはそう告げて立ち上がり、吹き荒ぶ烈風と共に鎌を握って構えを取った。
眼光をぶつけ合い、二人の伯爵は同時に前へ踏み出す――。
「はぁ~いストォッ~プ」
『!?』
瞬間、両者の間に一つの影が割って入ると、その姿を目にして双方とも慌てて立ち止まる。
屋根から飛び降りる形で現れたのは、ジル・ド・レスピナス伯爵。アルベリヒたちと同じ四傑伯の一人だ。
彼は至極愉快そうに頬を歪め、牽制するように両掌を二人に向けて話し始めた。
「味方同士での殺し合いはルール違反だ、この辺で止めた方がいいよ? BOAまで使いだしたら言い訳もできないし。まぁ、そうなったら俺チャンの一人勝ちだし別に良いんだけどねぇ」
「……チッ!!」
大きな地団駄を踏んだギースレーリンの両腕から炎が消え、戦意も萎む。
アルベリヒも鎌を腰に収め、小さく溜め息を吐く。
「一体何用だ、貴様はわざわざ諍いの仲裁に入るような性格ではなかろう」
「アァハハーァ! 俺の事良く分かってくれてて嬉しいねぇ~!」
手を叩いて笑い、ジルは二人へ手招きをする。
訝しみつつもギースレーリンとアルベリヒが近づくと、彼は笑顔のまま語りだす。
「ブラッドフォーミング計画って知ってるぅ?」
※ ※ ※ ※ ※
それから数日後。
「怪盗探偵ィ~?」
ヴァリエテに帰還した千種とソーマは、シルキィたちから留守中に起きた事件について聞かされていた。
反乱軍の拠点へ攻め込もうとしていた貴族たちを、怪盗探偵美少女なる不審人物が、仮面ライダーに変身して討伐したという。
千種は怪訝そうに眉をしかめるが、詳細を語る瑠璃羽は目を輝かせていた。
「正確には謎の怪盗探偵美少女アルセーヌ・ホームズさんです! すごくかっこいい人でした!」
「……かっこいいかどうかはともかくとして、気になる事があるんですよ」
言いながら貂はソーマの方に向き直る。
そして、とある質問を彼へと投げかけた。
「ソーマさん、アルセーヌ・ルパンとシャーロック・ホームズってご存知です? 有名な小説の登場人物なんですけど」
「ん? 知ってるというか、その本ならこの街にも持ち込んで僕の部屋にあるはずだが」
ソーマはそう言った後にハッと目を見開き、驚いた様子で質問を返す。
「いや、待ってくれ。どうして君たちがその名前を知っているんだ?」
「……ちょっとその本を見せて下さい」
貂に言われるがまま、居合わせた四人を伴ってソーマは自室へ戻る。
そして二冊の本を貂へ差し出すと、彼女は「やっぱり」と呟く。
「私たちの住んでいる地球にも、これと同じものがあるんです」
「なんだって!?」
信じられない、と目を剥くソーマ。
千種も同様の反応を示し、さらにその本に目を通すとますます困惑する。
「おいおい、一体どうなってんだこりゃ? 俺らが巻き込まれるよりもさらに前から、あの霧で人が送られてたのか?」
「分からない。しかしそうだとすると、君たちの星でもっと騒ぎになってないとおかしいはずだ」
それもそうだ、とその言葉に千種は頷いて、次に瑠璃羽が問う。
「そもそもこの本は、元々誰が持っていたんですか?」
「僕の先祖であるヘルシング家の所有だが、そのさらに前に『ある男』が持って来た古本だとS・V・ヘルシングの手記には書かれている」
「ある男……?」
「名前は『ジャーメイン』というらしい。ただ、かなり大昔の話だから生きてはいないだろうな」
つまり、その子孫が今でも生き残っていない限り、事情を聞き出すのは難しいという事だ。
そうなれば疑問が深まるのは、自称アルセーヌ・ホームズの正体であった。
「じゃあ例の怪盗探偵……なんとかってのは、一体何者なんだ?」
「謎の怪盗探偵美少女さんですよ!」
「いやわざわざ訂正しなくていいだろ……」
瑠璃羽の言動に千種が呆れた声を漏らしつつ、貂とシルキィも疑問を述べる。
「そもそも彼女、少女と呼ぶにはその……キツくありませんでした?」
「あぁまぁ、うん。ワタシやソーマと同年代だよね、アレ。多分20歳くらいかな? まぁワタシは少女でなくとも超天才の美女ではあるが」
「シルキィさんも大概変なのでは?」
「何をぅ」
貂の言葉にシルキィはむぅと可愛らしく頬を膨らませ、ソーマがそれを聞き流しつつこれまでに得た情報から結論を出した。
「恐らくだが、アルセーヌ・ホームズは君たちの世界の住民の可能性が高いだろう。現代でこの本に目を通した事のある人間は同郷の者くらいで、そんな力を持っているのならもっと速く僕らと合流しているはずだしね」
「うーん、そりゃそうかも知れねぇけどよ。じゃあギミックアンバーとベルトについてはどう説明すんだ?」
「それは……シルキィのような蒸機技師と早期に合流した、と考えるしかない」
自ら口に出しながらも、そこはソーマ自身納得していないようで、首をひねっている。
実際のところ、シルキィほどの技術の持ち主は、探したところでそう簡単に見つかるものではない。元よりブラムストーク王国の時世では、蒸機技師はそう多くはないのだから。
そんな折、話題を切り替えるかのように部屋の扉が開いて、来客が訪れた。
「ごきげんようX-ROSSの皆さん」
「またあんたかよ」
度々X-ROSSに干渉している謎の協力者、Vだ。
千種は相変わらずフードと仮面で顔を隠す彼を怪しみつつも、用向きについて尋ねる。
「今日はどうした? また四傑伯が攻めて来たのか?」
「イザベラ・バートリーを討ったという事なので、あなた方にこの話をしておかなければならないと思いましてね」
くつくつと笑って、Vは壁を背にして話し始めた。
「黒の貴族の最大の目的、ブラッドフォーミング計画について……お話します」
『ブラッドフォーミング計画?』
初めて耳にする言葉に、Vを除いたその場の全員が首を傾げる。
「御存知の通り、マキナイトは太陽の下では生きていけません。彼らの中に流れる特別な血液は、太陽光に含まれる成分によって凝固し、そのまま砕けるという性質があるのです。また、血をしばらく吸っていないと渇きによって同様に固まり死に至ります」
「だからUVライトも効くって話だったよな」
「ええ。そしてここからが本題です。この星からは現在、ヴラディスの仕業で太陽が失われています。それ故に、マキナイトも自由に活動できている」
そこで言葉を区切った後、Vは「しかし」と人差し指を立てた。
「もしこの状況を、
瞬間、話に耳を傾けていた貂が血相を変えて真っ先に声を上げる。
「まさか、テラフォーミング!?」
「羽取? なんだそれ?」
「先輩知らないんですか!? 地球が住めない状態になった時のために、他の天体を人間や生物が生存可能な環境に作り変える事ですよ!」
貂の解説を聞いたVは数度頷いて正解を示し、話を続けた。
「そう。これは人間をマキナイトに作り変えるのと同じ、惑星の改造計画です。そして、今もこれは進行している。あなた方の住む地球で!」
「な……!! じゃあまさか、俺たちが巻き込まれたあの霧も!?」
「ブラッドフォーミングの影響ですよ、間違いなくね。事実、あの霧の中では日光は遮断されていたはずです」
千種の表情が、徐々に危機感と焦燥を募らせた深刻なものに変わっていく。
そして一度深呼吸をした後、Vへと尋ねた。
「その計画はいつ完了するんだ? 場合によっちゃ、俺たちは今すぐ連中を根絶やしにしなきゃならねぇぞ」
「ご安心下さい。惑星の改造には長い時間を必要とします、如何に貴族たちが強大でもそう容易くは……」
直後、Vの目線が天井に向けられる。
何事かと思い一行は問いただそうとするが、その寸前にVは意識を取り戻したかのように千種の方に向き直り、再び口を開く。
「みなさん、落ち着いて聞いて下さい」
先程までの余裕の態度から一変した、深刻な声色。
全員が息を呑み、次の言葉を待つ。
そうしてVの口から語られたのは、驚くべき内容であった。
「残りの四傑伯全員が地球に、あなた方の住む街に集結しているようです」
「……なんだと!?」
※ ※ ※ ※ ※
同時刻、空久里アクアシティの港の倉庫にて――。
今この場所に、空久里に目をつけたとある日本の半グレ集団の魔の手が迫りつつあった。
「支援してくれてた久峰一族が失脚したせいで俺たちも随分と動きづらくなったが、本土から離れてるここでならやれるはずだ」
「思うままに気に入らねぇモンを片っ端からブン殴って、バカ共騙して金を毟り取って、女を抱きまくる。そういう仕事全部潰されて、散々辛酸を嘗めさせられたんだ。今度はたっぷり稼ぐぞ」
何人もの男たちがタバコを吸いながら堂々とそんな会話を交わしている中、彼らより比較的若い者たちの顔は強張っている。
「上手く行きますかねぇ、ここのチェックは相当厳しいって聞きますし、街にもちゃんと警察いるし。緊張して来たッス」
「ヘッ、ビビんなビビんな! 厳しいからこそ一度通れば後は天国! どいつもこいつも機械頼りで目が節穴だろうからよ、堂々としてりゃいいのさ!」
金髪の男に肩を組まれながら、その青年も金と女に囲まれた極楽な生活を夢想して、下品な笑顔を浮かべた。
誰もが浮かれているそんな空気の中で、ただ一人タバコを吸わずコーヒーを啜っている下っ端らしい黒髪の少年は、鼻頭にあるソバカスを撫でつつ気怠げな瞳で虚空を見上げている。
長めの髪を後ろに結んでいるその少年の左の眉には古い斬り傷がついており、仲間たちに目を向けずただ一人で座っていた。
彼らの話す事の何もかもが退屈極まりない、とばかりに。
「ほぉ~ん、君たち悪い人間なんだねェ」
『はっ!?』
そんな時、仲間の誰でもない、誰かの声が倉庫内に聞こえた。
だがどこから声がしたのか理解できず、全員が視線をあちこちへ彷徨わせる。
すると、痺れを切らしたのか声の主が姿を現す。
ブラムストーク王国からやって来た、ジル・ド・レスピナスだ。
「お、お前……誰だ!? いつからそこにいた!? どうやったんだ今のは!?」
「ずっといたよ、さっきから」
「ふざけやがって! おい、囲め囲め! 殺して海に捨てるぞ!」
それぞれがスタンガンや警棒、それ以外にも様々な武器を手に取り、あっという間にジルを包囲する。
だがそのジル本人は少しも焦っておらず、むしろニタニタと笑いながら状況を眺めていた。
そして正面から迫りつつあるナイフを持ったニット帽の青年に対して、穏やかな口調で警告する。
「君はあんまり俺に近づかない方が良いと思うよ」
「はぁ? 何言ってんだてめぇ」
警告を無視し、青年は力強くナイフを突き出す。
その瞬間。
青年の拳についていた、ケンカしたばかりとでも言うような真新しい傷口から、シャワーめいて勢い良く血が噴出した。
「な、あ……ぁあ!?」
「だから言ったのにね~」
血液は無重力空間で漂うように宙に浮かび、大口を開けたジルの口内に吸い取られていく。
あっという間に青年は干からびて、ミイラとなって息絶えた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「なんだこいつ!?」
「バケモノだ……!!」
ジルを囲んでいた者たちの内三人が逃げ出すが、その前に大きな影が立ちはだかってぶつかり、全員地面に尻もちをついた。
見ればそこにいるのは2m以上ある巨体の美女。ポーダ・ギースレーリンだ。
ギースレーリンは男二人の頭を掴んで縄跳びのように振り回し、勢い良く左右の壁に放り投げて赤い花をそこに咲かせる。
そして立ち上がって逃げ出そうとした男の首を引っ掴んで持ち上げると、離した後に全力で股間を蹴り上げた。
すると頭蓋骨と脊椎ごと内臓全てがスポーンと飛び出し、天井に引っかかってだらりと吊り下げられる。
「ひ、ヒィィィ……た、助け……」
その惨状を目の当たりにした人間たちも逃げようとするものの、退路に向かって走り出した瞬間に五体がコンテナ共々賽の目状に斬り刻まれた。
物陰に潜んでいた鎌を持つ老騎士、アルベリヒ・パウルの仕業である。
残りの人間たちも、三人は殺し、殺し、殺し尽くす。
あっという間に血塗れとなった倉庫の中で、ジルは大きく伸びをし、地面に転がった内臓を枕として寝転がった。
「いい人材って中々いないもんだねェ。どいつもこいつもピンと来ないヤツばっかりで……お?」
突如として聞こえた、自分たちに向かって駆ける音。
切断されたコンテナの後ろに隠れていた、下っ端の少年。彼がナイフを持ち、隙を晒したジルへと飛びかかって刃を振り下ろす。
ジルの身体から鮮血が流れ、少年はそのまま他の二人には目もくれず滅多刺しにし始めた。
だが刺されているはずのジルがニィッと唇を釣り上げると、少年はゾッと背筋を震わせて手を止めてしまう。
しかしそれも一瞬のこと。危険と感じた少年は、すぐに攻撃を再開する。
直後、その腕をジルが掴む。
「アッハハハハハハハァーッ!! 今の良いねェ~!! この状況で何度も刺すとかさぁ、君めっちゃ素質あるじゃん!!」
「な、なんでお前死なないんだよ……」
流石に何度も刺しても怒るどころか笑い転げる彼を見ると、少年の方も殺意が削がれ、落ち着きを取り戻した。
ギースレーリンもアルベリヒも手出しはせず、二人の動向を見守っている。
ともあれ少年は、自分はきっと殺されるだろうと覚悟を決めつつも、ナイフを手放さずジルを睨む。
すると、ジルの口からは意外な言葉が飛び出した。
「君さ。俺たちと同じ力が手に入る……って言ったら、仲間になりたい?」
「え?」
ドクン、と心臓が跳ねる。
緊張からではない。恐怖でもない。
それは期待感や歓喜といった、躍るような胸の高鳴りであると、少年は感じていた。
少年があの半グレ集団に所属していたのは、金や女のためではない。
だから仲間たちともあまり馴染めなかったし、それ以外の快楽にあまり興味も湧かない。退屈で仕方がなかったのである。
故に。少年は、目の前の男たちの力に大いに興味を示していた。
「どうだい? 興味ある?」
立ち上がったジルの身体からは傷が消えており、その手には昆虫を模った小型の機械、機甲虫が収まっている。
少年は同じく立ち上がると、三人に向かって大きく頷く。
「良いね良いねェェェ~!! 君、名前は?」
「……
「良い名前じゃん。よろしく、トウリィ」
その言葉と同時に、ジルは刀利に手を伸ばした。
――悪意の歯車が廻り始める。
くるくると、狂狂と。