昆虫博士のタマゴである香衣 瑠璃羽は、同じ寮生の羽取 貂と、各自のベッドで寝そべりながら話をしていた。
「ねぇ瑠璃羽、付き合う友達はちゃんと選びなよ? あんな不良っぽい男なんてやめた方が良いわ」
「才賀先輩のこと? 大丈夫だよ貂ちゃん。あの人、見た目は怖いかも知れないけど、優しい人だから」
「甘い!」
ビシッと瑠璃羽に指を差すと、貂は自身のベッドから降りて彼女の両手を自身の手で包み込む。
「優しいフリして頭の中ではスケベな事しようとか考えてるに決まってるんだから! 簡単に信用しちゃダメ!」
「そうなのかなぁ……」
「そうなの! 本当に心配なのよ、私……あなた人が好すぎるんだから……」
そう言って、貂はシュンと眉を下げる。
少し前に空久里アクアシティに来たばかりの頃、右も左も分からないような状態の瑠璃羽に、貂は気さくに声をかけて友達になってくれた。
だからこそ瑠璃羽は彼女が心配してくれる事を嬉しく思っているのだが、男子に対する態度に関しては行き過ぎているのではないかとも思っているのだ。
特に千種は文字通り命がけで自分を守ってくれた人物でもある。貂にとっては怪しい存在でも、瑠璃羽には心優しい先輩だとしか思えなかった。
「心配してくれてありがとう、貂ちゃん」
「瑠璃羽……」
「えへへ。そろそろ寝よっか」
二人はそれぞれのベッドで仰向けになり、消灯する。
そして瑠璃羽はベッドの上で、千種はまだ戦いを続けているのか、これからどうするつもりなのかを、眠りにつくまでの間に考え始めるのだった。
妹の紬がマキナイトのいる世界に迷い込んでしまった事をきっかけに、シルキィと協力関係を結んで
紬が命を落とす前に見事救出に成功し、モスキート・マキナイトを撃破するが、その際に変身後の姿が自分だと気づかれないまま、彼女に『仮面ライダーダイナスト』と名付けられて惚れられてしまうのだった。
それから数日後、日曜日。
「ぅ~んんん! キミの星にある料理はどれも絶品だねぇ!」
例の異界にあるシルキィの研究所にて、シルキィは千種が持って来た中華料理に舌鼓を打っていた。
持ち込んだのは炒飯と水餃子入りの野菜スープ、そして酢豚だ。シルキィがそれらを嬉しそうに食べる姿を、千種は向かい側の席で頬杖をつきながら見ている。
「そいつはどうも。親父ほどじゃねぇと思うけどな」
「えっ、これ全部キミが用意してくれたの!? すごいね助手くん! とっても美味しいよ!」
「……ったく、黙って食えっての」
「おやぁ、もしかして照れてるのかい?」
「照れてねぇ!」
「かわいいねぇワタシの助手くんは~、んふふふふふ~」
頬を赤くしてそっぽを向く千種をニヤつきながら見つめ、シルキィは料理を食べ進める。
一方の千種は、咳払いをしつつ別の話題へと切り替えた。
「で、こっちに俺を呼んだのは何か理由があるんだろ?」
「ああ。キミがダイナストに変身してくれるのなら、もっと詳しく今の状況について話さないといけないと思ってね」
微笑みながらそう言った後、料理を全て平らげてからシルキィはゆっくりと立ち上がる。
そして茶色い布の掛けられた大きな四角い物体の方に向かうと、そのカバーをサッと外す。
真鍮の管が伸びるパイプオルガンに見えるが、金属製の鍵盤にはこの国の文字らしきものが刻まれている。シルキィがそのオルガンを操作すると、管から蒸気が噴出して薄いスクリーンの形を作り、そこに画面を投影する。
どうやら、この世界におけるパソコンのようなものらしい。操作する様子を見ながら、千種はなんとなくそう思った。
「ここは『ブラムストーク王国』。キミたちの住む地球から遠く遠く離れた、しかし地球によく似た星に存在する国家だ」
「は? えっ……え!?」
鍵盤を操作するシルキィの言葉を聞き、千種は目を丸くして眼の前の白衣の美女を指差す。
「つ、つまりその……あんた宇宙人!?」
「そっちの世界の端末で調べさせて貰ったけど、外宇宙の存在という意味ではそうなるねぇ。でも、ワタシから見たらキミの方がその異星人なんだけどね」
「はぁ~……っていうか、ここが俺たちが住んでるのと同じ世界じゃないのは薄々分かってたけど、別の星だったとはなぁ……」
「驚くのも無理はないね。キミたちの星の一般認識通りなら、宇宙人ってヤツは銀色の肌で黒いアーモンドみたいな目をした細長い身体のバケモノなんだから」
笑いながら彼女は「ともかくだ」と言って鍵盤を入力し、蒸気のスクリーンに色がついて資料を映し出す。
「ワタシたちバベッジの血統は代々、この王国の統治者であるストーク王家に仕える
「……らしい?」
「かなり古い時代の話だからねぇ。文献とかは残ってるけど、少なくともワタシが産まれた頃には王家はマキナイトに敗れて壊滅していた。蒸機戦艦なんて代物もあったらしいけど、事実なのかどうか」
そんなものがあったらマキナイトとの戦争で簡単に負けたりしないじゃないか、と愚痴を付け加え、シルキィは椅子にもたれかかる。
すると千種は彼女の見せる曖昧な笑みになんとなく気まずくなって、新たに湧いた疑問を投げかけた。
「改めて知りたいんだけど、マキナイトってのは一体何者だ?」
「ああ。ヤツらは血を吸い肉を食う怪人、という話まではしたんだったかな」
首肯すると、シルキィはまた鍵盤を操作して映像を切り替える。
そこに投影されているのは、手や額に刻印された虫の紋章。続いてその部位のレントゲン図に切り替わり、手の内側に機械でできた虫が入っているのが確認できた。
「マキナイトとは……先程ワタシが言ったエーテリックジェルに加え、ギミックアンバーにも使われている
「ちょっと待て、本当は人間だったってのか?」
「元を辿ればね。実際のところは生物というよりほぼ兵器に近い状態だ、機械化してないとはいえ脳も機甲虫の影響を受けてるようだし。だから別に気に病む必要はないよ、彼らは望んであの姿になった、どの道壊す以外に止める方法はない」
「……別に気にしちゃいねぇよ、俺は」
マキナイトに蹂躙される人々の映像を暗い瞳で見ながら、千種が強く拳を握り込む。
すると、シルキィは少し考え込んだ後、振り返って話題を変えた。
「一応言っておくけど、BOAはバベッジの技術じゃない。そもそも仕えている相手も違えば、蒸機技師としての目的も違う」
「目的?」
「順を追って話そう」
再び、映像が文字の書かれた資料に変わる。
「先程も言ったように、我々バベッジ一族は王家に仕える蒸機技師。国に貢献し技術を発展させる者たちだ。しかし、当然だがバベッジ以外にも技師はいるし、そういうヤツらは得てして超天才であるワタシたちを目の敵にしているんだ。自分の実力が足りない故にね」
「嫉妬って事か」
「天才すぎるのも困りものだよね。そして彼らの商売相手は……当時の王家に反発する国の敵、いわば逆賊だ」
そして逆賊でありながら勝利し、今は王を名乗って好き放題にしている。
仕方がないとはいえ、実際に貴族たちが人間を喰い殺す様を見た事のある千種にとっては気持ちの良い話ではなかった。
「彼らは『正統なる血を継ぐ王』を名乗り、蒸機技師の力を得て配下と共にストーク家に牙を剥いた。それがラクール王家、かつての王の名はヴラディス・ド・ラクール。『蒸騎王』『串刺しの騎士』『
続いて資料が肖像画のものに変化した。
黒く長い髪を生やした、豪奢な礼服を纏う眉目秀麗な年齢不詳の男。裏地の赤い黒のマントを羽織り、黒い刀身の剣を手に真っ直ぐ立っている。
「ヴラディスは勝利の末に己の配下へ『
「不老不死!?」
「別に不思議じゃないだろう? 機械なんだから。肉体さえ正常に保つ事ができれば、半永久的に活動できる。そしてヴラディスは強大な力を求めていた。両者の利害は一致していたのさ」
動揺しつつも、千種は彼女の言葉に「なるほど」と頷き、そして肖像画を指差す。
「って事は、こいつは今も生きて王様やってんのか?」
「それはないと思う。不老不死とは言っても彼らの技術は不完全だ。機械故の劣化という寿命はあるし、戦いの中で破壊される事もある。流石に生きてはいないはずだ」
「まぁそりゃそうか」
「現在のブラムストーク王国の統治者はヴラディス・ド・ラクールの娘、王女アルケー・ド・ラクール。ただ……」
「ただ?」
「さっき『王女』と言ったように、彼女自身は王を名乗っていない。どうやら彼らの中ではヴラディス王は信仰の対象になっているようだ」
「王様の次は神様にして祀り上げてんのかよ」
呆れたような、あるいはうんざりしたような苦い表情になる千種。
そして椅子を持って来て隣りに座った彼は、現在置かれている状況に関して最も気になっている事について質問を投げかける。
「なんで地球と王国にパスが繋がるんだ? これもヤツらと関係している事なのか?」
「あぁ……そうだね、そこも話すべきかな」
千種が持って来た烏龍茶のペットボトルに唇をつけ、少しずつ飲みつつシルキィは話し始めた。
「キミたちの世界で蒸気の混じった霧を発生させてパスを繋いでいるのは、間違いなくラクール王家や黒の貴族だろう。ただ、それをいつから行っているのか、何の目的でやっているのかはワタシにも正確なところが分からない。彼らとの接触はできないから、尋ねようがないしね」
「会ったら殺されるだろうしな……」
「でも、これからは違う。キミの力があれば、その辺りの調査も進むはずだ」
ニッとシルキィが微笑んで見上げ、千種は頷く。
「OK、最終的な目的はラクール王家と貴族の撲滅、それと当面の目標はヤツらの目的やらを調べる事だな」
「そうなるね。そして、そのためにやっておかなくてはならない事もある」
「なんだ?」
尋ねると、彼女は別の机からあるものを取り出す。
それは、外装の琥珀部分がないギミックアンバーと、不完全な機甲虫だった。
「こいつは……さっき言ってた機甲虫ってヤツか?」
「うん。ダイナストの戦力アップのため、スピードタイプの新たなギミックアンバーを開発中……なんだけど、中々上手く行かなくてね」
「何が問題なんだ?」
「ワタシは紛れもなく蒸気機械開発の超天才、しかし虫に関する知識は正直言って未熟だ。その分伸び代が余りあるという事だが、このままでは完成できない。よって相応しい者から知恵を借りる必要がある」
そこで、とシルキィが区切り、再び鍵盤を操作した。
すると画面には、真っ赤な炎の中で燃える青い十字架のシンボルが表示される。
「本当は嫌なんだけど、レジスタンスに会いに行く。かつてバベッジと共に蒸気機械の研究に参加していた一族の人間がそこに所属しているはずさ。年老いているが、ワタシの友人でね」
「なんで嫌なんだ? 立ち場的には明らかに味方に聞こえるぜ?」
問いかけるも、答えは返って来ない。彼女は難しい顔で唸っているだけだ。
「キミも彼以外のレジスタンスの人間に会えば分かる。そういうワケで、早速出発しようか」
「おう」
返事の後、N-フォンへこの街のマップデータが転送される。
そして外でヘルメットをシルキィに渡して出立する直前、ふと瑠璃羽の顔が脳裏に浮かんだ。
彼女もまた、昆虫に関する深い知識を持っている。一緒に来てくれたら心強いかも知れない。
しかし、千種はすぐにその考えを振り払った。
この戦いに瑠璃羽を巻き込む必要などないと考えたのだ。千種と違い彼女は変身する事ができない、戦いに向いてるとも思えなかった。
「助手くん? どうしたんだい?」
「なんでもねぇ」
自身もヘルメットを被ると、千種はストームに跨って行動を開始する。
※ ※ ※ ※ ※
「……これは驚いたね」
同じ頃。ブラムストーク王国のとある都市、その貴賓室にて。
自身の前で跪くデッドアントの報告を耳にして、愛煙卿は僅かに目を見開いていた。
「敗れたのか、レンフィールド卿のみならずペーター卿が。人間に!」
彼の手でシャッフルされたタロットカードが、ベルベット生地のクロスが敷かれた机の上に置かれ、愛煙卿は嘆息しながらその山札の一番上を指で撫でる。
「あまり高い身分の者を使って派手に動くと殿下に伝わってしまう可能性があるからな。どうするか」
そう言って一番上のカードをめくると、自らの持つ端末を操作してメッセージを送信した。
山札からテーブルへ置かれたのは、錫杖を持つ法衣の男の姿が描かれたカードだ。
「アルカナ『教皇』の正位置は信頼と協調を示す……男爵一人で対処できないなら二人にしよう。君、引き続き例の『魔王』とやらの偵察に向かいたまえ」
「御意」
デッドアントが頷き、素早くその場を去る。
その後再び愛煙卿はカードを引き、その絵柄を見て愛煙卿は唇を釣り上げ、それを指先で弄ぶ。
「全く、実に面白くなって来たねぇ」
窓から注がれる深紅の月光に重ねるかのように、彼は『月』のカードを掲げた。
※ ※ ※ ※ ※
その後、バイクで出発した千種とシルキィは『ポリドリ』という大きな町に辿り着く。
ここも蒸気と機械音が響いており、機関車も通っているらしくたまに汽笛の音が鳴っていた。
千種は駐車したストームをシルキィから貰った隠蔽用のカバーで隠し、ロックを掛ける。
「この辺りだな?」
「ああ、間違いない。例の研究者……ファーブル博士はここに住んでいるはずだ」
シルキィが頷くのを確認しつつ、千種はレンガで舗装された広い道を歩き始めた。
だがそこで、シルキィがハッとして突然声を張り上げる。
「待った、そっちはダメだ!」
慌てて千種の腕を引き、二人は建物の陰へ隠れた。
「駅や線路には絶対に近付かない方が良い、そういう車両は貴族たちが管理しているからね」
「あぁそういう事か。じゃ、なるべく人目を避けて進むしかねぇな」
声を潜めて千種とシルキィが再び足を進め、電気の点いた家屋の窓にも注意を払う。
「ところで、前の町でも思ったんだけどよ。屋内にはどう見ても人が住んでるよな? アレも中にいるのはマキナイトか?」
「違うよ。彼らは奉仕市民だ」
「奉仕……?」
「ラクール王家と黒の貴族の庇護下にある、一般的な市民だよ。貴族たちの決めた条件の下で生涯従属・奉仕する事によって、辛うじてこの国で生きる事を許されているんだ」
「……それ、本人たちは納得してんのか?」
「従いたくない者ならワタシやレジスタンスのように反抗する。それに彼らは抗う力も心も持たない、たとえ一生怯えて暮らす事になったとしても、身の安全が保証されるなら権力者に下るものさ。キミたちの星でもそれが普通じゃないの?」
誰もが強い意思を持って戦えるワケではない。
言われて見れば当たり前の話で、千種は偶然力を手にしたからこそ戦う事ができているだけなのだ。国民それぞれの問題だとしても、全員に同じ事を強いるのはやはり酷だろう。
「さて、博士の隠れ家はこの近くのはずだけど……!?」
そう言いながら曲がり角から先の道を覗き込んだ、その時。
一軒の家屋、というよりも燃やし尽くされた廃屋が二人の目に飛び込んだ。
ここが彼らの目的地。無論ながら、そこには人影などどこにもない。
「ひでぇ荒らされ具合だな」
「そんな……どうしてこんな事に!? 博士はどこだ!?」
燃え跡から見ても、この状態になったのはつい最近の事ではない。
家主は既にここにおらず、焼け崩れた家具や荷物の残骸が見つかるばかり。二人の脳裏に最悪の想像がよぎった、その時。
「ファーブル博士ならもうとっくにいませんよぉ?」
千種たちの背後から、そんな声が聞こえて来た。
振り返ると、そこには二体の虫の騎士、マキナイトが立っている。
「なぜなら二年ほど前に、僕たちが食っちまいましたからねぇ! ウケケーッ!」
一方は、背部から4本のサブアームを伸ばしている、グレーの軽装鎧の騎士。
右腕の上部から鞭のようなものを生やし、左手がハサミ型になっている。
「大人しく我々に従わないからこういう目に遭うのだ……」
もう片方は、白と黒の斑点模様の重厚な鎧に、口部に長いホースが付いたガスマスクのような兜を被った、身長2m近い体格の女の騎士だ。
右手にはウォーハンマー、左手は大盾で武装しており、ハンマーを肩で担いで二人を見下ろす。
その姿を見た千種は、すぐに前に出てダイナスティドライバーを装着。さらにギミックアンバーを取り出した。
「マキナイト……黒の貴族か! シルキィ、下がってろ!」
《
「変身!」
《
真鍮線の繭が千種の身を守り、それを破って蒸気と共に現れる赤いカブトムシの戦士。
《
「今すぐスクラップに変えてやる!」
《
千種の変身した仮面ライダーダイナストは、そう言って拳を構えた。
そして真っ直ぐに突撃してハサミを突き出して来る軽装騎士の一撃を左拳でかち上げ、カウンターで右拳を腹に叩き込もうとする。
だが、それは素早い身のこなしで避けられてしまった。
「俺より速い……!?」
「ウケケッ! なるほど中々のパワーのようですが! その程度のスピードでは、僕には敵いませんねぇ!」
「ぐぅっ!?」
鞭の一撃で頭部を打たれ、よろめくダイナスト。
さらに眼前にウォーハンマーを持つ重騎士が迫り、その鎚を振り下ろして来る。
しかし流石に動きが遅いので、これは飛び退いて回避する事ができた。
焦げたレンガが振り抜かれたハンマーによって容易く砕け、破片が飛散し、その勢いのまま原型の留めていない真鍮製の家具も破壊する。
「なんつーパワーだ、ありゃ一発も貰いたくねぇな……っと!」
再びハンマーの攻撃が襲いかかり、地面を砕く。さらにその後ろからは軽騎士の鞭が。
その一撃を掌で打ち払って逃れるものの、反撃ができない。その隙を尽く潰されてしまう。
すると、戦力的に不利と見たシルキィが声をかける。
「ダイナスト、ここは
「分かった!」
《ライノビートル!
どういう力なのか聞かないまま発動し、全身が再び真鍮の繭に包み込まれる。
そして内側から蒸気を噴いて繭が破れると、そこから飛び出したのは――。
六本の足で地面に立ち、長く伸びた大きな角を前に向けている、赤い装甲に身を包むカブトムシに変形したダイナストの姿だった。
「えっ、はぁ!? な、なんだぁこりゃ!? 俺の身体どうなってんの!?」
自分の身体を見下ろしながら、困惑の声を発するダイナスト。
それを好機と捉え、二体のマキナイトが各々の武器で攻撃を仕掛けて来る。
だが、彼らの武器はどちらもヴェイパー・ダイナストの装甲の前に容易く弾かれた。
「なに!?」
「お返しだ!」
眼の前の騎士に対し、ダイナストが角を使って突撃。
その剛力によって上空へと二体のマキナイトを容易く一度に投げ飛ばした後、角の芯となっている砲身から蒸気と共に弾丸を発射した。
「キィ!?」
「ぐはっ!?」
砲弾の爆発がマキナイトたちの身を焼き、深い傷を負わせる。
あまりの凄まじさに、変形したダイナストは足をバタつかせて笑い出した。
「ははっ、こいつはすげぇな! パワーも硬さもずっと強くなってやがる!」
しかし、その言葉の直後。
全身が蒸気に包まれたかと思うと、元の人型の姿に戻ってしまう。
「あ、あれっ?」
「その形態は三分しか保たない! 再使用にも時間がかかる!」
「だからそういう事は速く言えってぇの!」
「でも今なら隙ができてる、撤退だ! 流石に分が悪い!」
言われてダイナストは頷き、虚空に向かってダイナストームを喚ぶ。
するとすぐに彼のマシンであるダイナストームが駆けつけ、二人はそれに跨った。
「しっかり掴まってろよ!」
そしてマキナイト二人が体勢を立て直す前に、颯爽と走り去って行く。
虫の騎士たちは慌ててそれを追跡するも、既にその姿は影も形もなかった。
「おのれ! 逃げられただと!」
「追跡は……ダメですねぇ、こんな一瞬でどうやって……」
「どちらでも良い」
口部にホースを付けた重騎士が、ハンマーを握り込む。
「もし連中が他のレジスタンスとの合流を目的としているのなら、手がかりを探しに再びここに現れるはずだ。私たちはそれに備えれば良い」
「確かに。ではデッドアントを増員し、警備体制を強化しましょうか」
二人の騎士は頷き合い、その場を後にした。
※ ※ ※ ※ ※
その頃、ダイナストームを使って地球へと戻った千種たちは、変身を解いて駐輪場でバイクを停めていた。
ブラムストーク王国では満月の夜だったが、こちら側はまだ昼間。不思議な感覚に陥りつつも、千種は俯くシルキィに尋ねる。
「……大丈夫か?」
すると、シルキィは取り繕ったような曖昧な笑顔を見せ、首を左右に振った。
「大丈夫、と答えると強がりになっちゃうかな。あの老人は良い話し相手だったからね」
正直参ってるよ、と彼女は俯く。
千種自身も、あの場所で見た無惨な焼け跡には心を痛めて、気持ちが沈んでいた。
そんな彼の心情を見抜いてか、シルキィは唇を引き結んで真剣な声色で語りかける。
「しかしいつまでも気落ちしている場合じゃないのも事実だ。こうなったら自力でどうにかするしかない。助手くん、この辺りで虫の情報を調べられる場所はない?」
「図書館なら図鑑ぐらいはあるだろうな」
「決まりだね。案内してくれ」
千種は頷き、シルキィが隣に並んで駐輪場の外へ歩き出す。
図書館はショッピングモールなどがある空久里アクアシティの中心部にあり、千種はそのショッピングモールの方にパスを繋いだので、それほど時間はかからない。
「……それにしても、この星は暑いねぇ」
「脱いじまえよその白衣」
「それもそうか」
歩きながらシルキィは頷き、白衣を脱いで鞄の中に収納。
それでも相変わらず汗が流れるので、服の胸元を指で引っ掛け、パタパタと仰ぐ。
その度にコルセットで強調された彼女の形の良い胸の谷間が見えて、千種の視線はそこに奪われていた。
すると視線に気付いたシルキィは、からかうように笑みを浮かべて顔を覗き込んだ。
「あれぇ~? どうしたんだい、助手くん。赤くなっちゃって」
「う、うるせぇ」
「むふふふふ、まぁ分かるよ。ワタシは超天才の上に超美女なハイパーサイエンティストだからね。キミも健全な男の子だし、この完璧なカラダをやらしぃ目で見ちゃうのもしょうがないよねぇ?」
「ちがっ……ちょ、調子に乗んじゃねぇ! ったく……」
すっかり紅潮した顔を背けつつ、しかしあまり離れすぎないように千種は歩いていく。
そうして図書館に向かって歩いていると、その入口で二人はある人物と邂逅した。
「あ……才賀先輩。シルキィさんも」
「よう香衣」
「こ、こんにちは」
やや緊張しつつも、笑顔を見せる瑠璃羽。
シルキィも微笑みながら手を振りつつ、彼女が鞄に仕舞おうとしている本に目をやる。
「キミ、その本は?」
「えっと、ついさっき借りたんです。昆虫の本なんですけど」
「もしかして昆虫に詳しいのかい?」
「一応、まぁ」
彼女の言葉を耳にして、シルキィは目を輝かせ、千種の方は嫌な予感がして頬を引きつらせる。
そして白衣を千種に渡して瑠璃羽の両手を掴むと、真っ直ぐに目を見据えながら言い放つ。
「キミ! ワタシたちに協力してくれないか!?」
「……えっ?」
首を傾げて間の抜けた声を発する瑠璃羽。
千種はシルキィの言葉を聞き、予感が的中したとばかりに頭を抱えるのであった。
――同日、ブラムストーク王国にて。
「ぐ、うう……」
「強い……!」
背中に青い十字架の描かれたレザージャケットを羽織った蒸気銃を持つ戦士たちが、全身傷だらけで地面に倒れていた。
彼らの目の前にいるのは、処刑剣のようにも見える形状の紫色のチェーンソーを肩で担ぐ、端正かつ精悍な顔立ちの、長身の偉丈夫だった。
「この程度か、レジスタンス」
そう語る男の左頬には大きな傷が走っており、肩にかかる長さの黒髪と、黒いコートを纏っているのが特徴的だ。
彼は自身に付き従うデッドアントたちへ「連れて行け」と命じると、溜め息と共にどこかへ歩き出す。
「アルカナの『戦車』は勝利と援軍を示す……」
突如、そんな声が背後から聞こえ、男は振り返る。
そこにいたのは緑髪の貴族、愛煙卿だ。
「やぁ、見事な手並みじゃないか。賞賛させて貰うよ『黒騎士』殿」
「……御託はいらん。何の用だ、愛煙卿」
「なぁに」
自身の持つタロットカード、戦車の絵柄を黒騎士と呼んだ男に見せると、愛煙卿は獰猛で狡猾さを感じさせる笑顔を見せつける。
「少々保険をかけておこうと思ってねぇ」