黒の貴族が占領しているブラムストーク王国、その王城にて。
七大真祖が一人であるオルロック・シュレックは、眼の前で跪いているエミディオとスモーキーの報告を耳にしてニヤリと頬を歪ませる。
貴族を脅かす存在である仮面ライダーダイナストの処刑から、実に三日が経った後の事であった。
「ご苦労だったな。素晴らしい成果だ、二人とも。駅や線路を管理している鉄道卿まで失ったのは痛手ではあるが……何、代わりを探せば良い話だ」
上機嫌な様子でオルロックは言い、赤い月明かりが差し込む窓から外を眺める。
「我々の計画も、さらに次の段階に進む」
「ええ。これでようやく
「そのためにはあの忌々しいヴラディスの娘などと結婚せねばならんがな。しかし、背に腹は変えられん。もう玉座は眼の前にあるのだ」
右手に拳を作ったオルロックはそう言い、恭しく跪いたままのエミディオの方に視線をやった。
「此度の働きを鑑みて、エミディオよ。私が王となった暁には、お前を大公に就かせると約束しよう」
「ハッ! ありがたき幸せ!」
エミディオが声を張り上げてそう述べ、オルロックは続いて何も言わずにいるスモーキーを見やる。
「そしてスモーキー。仮面ライダー処刑の件、良くやってくれた。しかし私が王となるためには、他にもやるべき事は山積みだ。次も期待しているぞ」
「御意に」
オルロックはその言葉に満足した様子で頷き、それでこの場は解散となった。
退室した後、エミディオは隣を歩くスモーキーへと、浮ついた様子で頬を釣り上げながら話しかける。
「残念だったな、私の方が先に出世する事になりそうだぞ」
「ああ。しかし君が大公になるのは当然だ、四傑伯を指揮していたのは君で、私は横から人間たちにトドメを刺したに過ぎない。褒賞を得るのは君が相応しいだろう」
「フンッ、分かっているじゃないか。そうさ。私はお前よりも上の存在……あのジル・ド・レスピナスを唯一抑止できた、真の『最強のマキナイト』なのだからな」
普段の神経質で苛立ちやすい態度から一転し、鼻歌でも歌いだすのではないかというくらい、今のエミディオは上機嫌だ。
「しかしそう簡単に諦められては張り合いがない。次にオルロック様がお前に命じるのは、恐らく『
「だろうね。それも、他の公爵方に我々の動向を察知されないよう動く必要がある」
「せめてあの御方の名に恥じぬ活躍を見せろ。我々の計画は、もはや成就目前なのだからな」
余裕の笑みを浮かべつつ、自らの持ち場へと赴くエミディオ。
その背を横目に流し見ながら、スモーキーは彼とは別方向に歩き出す。
「我々の計画、ねぇ……」
獰猛な笑みを浮かべ、スモーキーは懐から恋人のアルカナのカードを取り出し、扉を開く。
そしてその先へ通った瞬間にカードが輝き、彼の姿は屋敷から消え、別の場所へと転移する。
転移先は以前にも訪れた、王都から離れた領土の監獄。
スモーキーはその通路を歩き続け、ある牢屋の前で立ち止まる。
「その『計画』が私の目指すものとまるで違うと知った時、彼はどんな顔をするんだろうな?」
仄暗い檻の中に目をやれば、その中には一人の少年がいた。
特に拘束はされておらず、綺麗な長い金髪を揺らし、彼は鋭い赤眼でスモーキーを睨み上げる。
「ねぇ、魔王くん?」
スモーキーがにこやかに問いかけると、その少年、才賀 千種は唇をヘの字に曲げながらフンと鼻を鳴らす。
ジルとの死闘を終え、意識を失った後。
目が覚めた時には、千種たちは見知らぬ牢の中に閉じ込められていた。
外にいるスモーキーからは「しばらくここにいてくれ」と言われて食事を与えられただけで何もできないまま時間が経ち、ロクに事情も聞けないような状況だったのだ。
「そろそろ説明しろよ。アンタ……一体何者なんだ? 俺たちに一体何をした? なんでこんなところに閉じ込めてる? 本当に黒の貴族の一員なのか? 目的は何だ?」
「すまないが質問は一つずつにしてくれ。私は聖徳太子じゃないんだ……いや、この喩えも少し違うかな」
彼の口から出た名前を耳にすると、千種と同じ檻に入れられているソーマはすぐに反応を示した。
「ショウトクタイシとは何だ? お前は一体何を言っている?」
それを聞き、千種はハッと目を剥く。
聖徳太子は過去に地球で実在した人間であり、ブラムストーク王国のあるこの惑星には存在しないはず。
ならば、なぜスモーキーはその名を知っているのか? この男は、一体何者なのか?
湧いて出た疑問を先読みしたかのように、スモーキーは反対側の牢に声をかける。
「彼のお友達の方はそろそろ察しが付いていると思うけどね、そうだろう貂くん?」
千種たちの入っている檻の対面側には、貂や瑠璃羽、シルキィの姿があった。
名を呼ばれた貂は、鉄格子をギュッと掴みながら、怯えを滲ませつつもスモーキーの顔を見上げる。
「……ジャーメインって、あなたのことですよね」
その一言を聞いた瞬間に、ソーマも千種も目を見開いた。
「バカな!? あの本に書かれていた人物と、この男が同一人物だというのか!?」
「いや。そもそも羽鳥、なんでアイツがジャーメインだって思ったんだ?」
指摘を受け、貂は頷きその疑問に答え始める。
「この人が私たちを閉じ込めたのは、ちょうど私が瑠璃羽にジャーメインの正体について話してる時だった。だから、自分の正体を知られないために、口封じをしたんだと思ったんです」
「あり得ないだろう、何百年も前の話だぞ!?」
ソーマがすぐさま新たな疑問を提示するが、そこにシルキィが切り込んだ。
「彼がマキナイトなら筋が通るんじゃない? BOAだって左手以外の部分に隠してるかも知れないし」
半不老不死の存在として改造されたのであれば、百年を超える時を経ても生きていられる事に説明はつく。
しかし、千種がそれを否定した。
「それはないんだよ、シルキィ。コイツが俺たちをさらった時、太陽が昇り始めてたのに
「あっ……! い、いやでもその時って確か霧が出てたんだろう? もしその霧が例の太陽光を遮断するものなら、やっぱり筋は通る!」
「確かにそうだけどな、一歩間違えば死ぬかも知れねぇリスクに目を瞑りゃよ。そんで、実際どうなんだ羽鳥。やっぱりコイツはマキナイトなのか? なんか掴んだんだろ?」
向こう側に囚われている貂へと尋ねると、彼女は悩みながらも答えを提示し始める。
「ジャーメインというのは英語読みの人名なんです。私が読んだ本に載っていた、日本で一般的に知られている呼び名はフランス語で……『ジェルマン』」
「ジェルマン?」
聞き馴染みのない名前に、ソーマだけでなく千種もシルキィも一様に首を傾げる。
すると貂は、詳細を知らない彼らにも分かるように語り出した。
「ヨーロッパを中心に、化学や音楽……学問も芸術も問わず様々な分野で活動していた謎の多い人物、不老不死を始めとした数々の伝説を残す錬金術師、サンジェルマン伯爵!! マキナイトなのかどうかは分からないけど、少なくとも普通の人間じゃない!! そうでしょう!?」
檻の中からビシッと指を突きつけられ、スモーキー改めサンジェルマンはくつくつと笑いながら拍手する。
「正解だ。かつては『ヘルメス』と呼ばれていた事もあるが、まぁそれは良いだろう。とりあえず以前も言った通り、私はマキナイトではない。
そう言うとサンジェルマンは「次の質問に答えよう」と言い放ち、一枚のカードを彼らに見せつけた。
「私が何をしたのかだったね……君たちには
差し出したカードは、空久里で最後に見せたのと同じ『死神』だ。
しかし、その絵柄は
「死神のアルカナは破滅と終局を暗示する。しかし同時に、逆位置には再生や起死回生……新展開を意味するものとなる」
「何が言いてぇんだ?」
「私の発明品であるこのタロットには、アルカナ毎に異なる魔法の力が封じ込められていて、私は必要に応じてそれを解放できる。この死神のカードには『鎌に触れた生物と同じ姿・生体情報を完全に模倣した魂のない複製を作る』という機能があるんだよ」
ハッと一同が目を見張り、そして理解した。
死んだ事にしたとはつまり、その死神の力で死を偽装したということ。サンジェルマンは貴族たちを欺いたのだ。
では、マキナイトではないと言ってもなぜ黒の貴族に所属しているはずの彼が、そんなマネをしたのか?
その真相は、他ならぬサンジェルマン自身の口から語られる。
「ぶっちゃけた話、ありのまま『人間側の仮面ライダーが一人も死なず、黒の貴族だけが兵を失い敗走しました』なんてを報告したら。X-ROSSは今度こそ終わりだ」
「お、終わり?」
「ああ。四傑伯はそれだけ重要な戦力だった。敵戦力を削れず彼らが倒されたとなれば、貴族は完全に君たちを脅威とみなして、全軍を以て人間の反抗勢力を一掃しにかかるだろう」
ゾクッ、と瑠璃羽が背筋を震わせた。
そうなれば詰んでしまう。いくらダイナストたちがいるとは言っても、四方八方から次々と湧いて出るマキナイトから人間全員を守り切って戦い抜く事など不可能なのだ。
黒の貴族たちが今目立った動きを見せていないのは、仮面ライダーたちを倒したと思い込んで余裕を取り戻しているため、同時に残った仮面ライダーであるラレーヌを警戒しての事なのだろう。
「だから君たちを閉じ込めているんだ、他の貴族たちに姿を見られないようにするためにね。見つかったら君らは殺されるし、私の立ち場も危うくなる……少なくとも『彼女』のために、今はそれを避けたい」
「彼女?」
「私が王にしたいと思っている人の事だ。紹介しよう」
言いながら振り返ると、牢獄の通路の入口から一人の少女が現れる。
見た目には幼いながらもどこか気品や理知を感じさせる佇まいで、フード付きの黒い外套の下に地味で簡素なドレスを着ているだけにも関わらず、神々しいオーラのようなものが目に見えるかのように千種らは感じていた。
少女は千種とソーマの檻の方で一礼、さらに瑠璃羽たちのいる檻へもう一度礼をすると、全員に向かって名乗り始める。
「皆様初めまして、私はアルケー。ラクール家の第一王女、アルケー・ド・ラクール……です」
彼女の言葉を聞いた面々は、一瞬沈黙し――直後、狭い空間で喉が張り裂けんばかりに絶叫するのであった。
※ ※ ※ ※ ※
一方、地球の空久里アクアシティにて。
「千種だけじゃなくて瑠璃羽ちゃんにシルキィさんまで、みんな一体どこに行ったのかしら……」
「あの場所で見つかった
武生はそう言いながら、ギミックアンバー製造のためにシルキィが使っていた理科室に残されていたVからの手紙の事を思い出す。
そこには『用があるので三日間ほど千種たちの身を預かる、必ず安全に帰すので待っていて欲しい』というような事が書かれていた。
いくら街を救った者の一人の言葉とはいえ、急な出来事であったため武生も巴も手紙を発見した時は驚き、すぐに共に戦った警察たちに行方を探すよう願い出たものの、成果が出ずに待つばかりとなったのだ。
「紬のことも心配だわ……ずっと千種のことを心配して、心ここにあらずって感じで」
巴の溜め息混じりの言葉に、武生も黙って頷く。
そうしてしばらく客の対応を続けていると、店に小さな影が入り込んで来る。
「おいっすー。千種くんはまだ帰ってないカンジ?」
「浅黄か」
手を振り肩をコキコキ鳴らしながら席につくと、浅黄はビールと餃子を注文して椅子にもたれかかった。
「どこにいるんだろうねー、彼。足跡を辿ろうにも全然手がかりが掴めなくてさ。まるで本当にいきなり忽然と消えたみたいに……」
お手上げだよ、と付け足してビールを一口。
そして「あ、そうだ」と思い出したように顔を上げる。
「シルキィちゃんが置いてったホッパーズバックルとXカードのお陰で研究が進んでさ、対マキナイト用の装備も充実したよ。これならまた攻め込まれてもなんとかできるかも。ギミックアンバーとドライバーの資料も見せて貰ったしね」
「まぁ、そもそももうマキナイトに来て欲しくはないんだが……ともあれ、だ。あの子は必ず帰って来る。今は信じて待つ」
「Vがウソついてたら?」
「アイツが死ぬまで殴り倒す」
両目をギラリと光らせながらヒュッと包丁を振るうと、まな板の上の魚が一瞬の内に切り刻まれた姿に変わった。
さらにその隣では、巴も手刀でピーマンを裂いている。
この二人だけは絶対敵に回してはならないと肝を冷やしながら、浅黄は再びビールに口を付けるのだった。
※ ※ ※ ※ ※
アルケーが千種たちの前で名乗った後。
地下牢から解放された彼らは、サンジェルマンが所有する領土の屋敷へと案内され、丁重なもてなしを受けていた。
千種たちが今いるこの場所は王都の背面に位置する離れた孤島であり、レジスタンス側にとっては驚くべきことにこの屋敷にはマキナイトが一人もおらず、そもそも領内の者も全て人間なのだという。
テーブルについてメイドが出した紅茶の香りを堪能しつつ、サンジェルマンはにこやかに話しかける。
「今日から君たちの中心的な拠点はここになる、今の内に慣れておいてくれたまえ」
「……それは別に良いんだけどよ」
チラッ、と千種は対面の席にいる少女、アルケーに目をやった。
彼女は淑やかに紅茶を口に含み、千種に向かって薄く微笑んでいる。
「本物のアルケー・ド・ラクール……って事で良いんだよな。なんでこんなところにいる? 普通、自分の城にいるもんじゃないのか?」
「あなたが本当に聞きたいことはそんな内容ではないのではないですか?」
「……アンタ、目的は何だ? どうして人間と一緒にいる?」
マキナイトにとって、人間は食糧であり家畜のはず。
それが前提として存在し、そして黒の貴族が打ち立てた支配構造となっているが故に、千種たちから見た彼女の行動はあまりにも異常だった。
すると、尋ねられた側であるアルケーは、静かに頷いて答えを提示する。
「私も厳密には
「は……? 待て、待て待て待て。そりゃどう考えてもウソだろ。だってアンタの父親は、例の七大真祖でマキナイトの王の……ヴラディス・ド・ラクールなんだろ?」
千種が新たに湧いた疑問を口にすると、アルケーも左手を見せてそれに答えた。
「マキナイトの父ヴラディスと人間の母との間に生まれた娘、それが私。身体の構造は人間と全く同じですし、その証拠にBOAがないでしょう?」
「確かに左手には付いてねぇな」
「ふむ。まだ疑っているのでしたら、全身を隅々まで調べて下さって構いませんよ?」
言いながらアルケーは、自らの服の胸元に手をやり、シュルッとはだけさせる。
その様子にギョッと目を剥いて、耳まで真っ赤になりながら慌てて顔を背けた千種は、右手を前に突き出しその行動を制した。
「い、いやいやいや! そこまでしなくて良い! 充分わかった!」
彼からの言葉を聞き、アルケーは「そうですか」と告げて服を着直す。
そんなやり取りを、シルキィはむくれながら、瑠璃羽は慌てた様子で眺めていた。
「しかし、だとしたらおかしいだろう。アルケー・ド・ラクールの名前はワタシが生まれるよりもずっと昔、それこそソーマの持つ先祖代々受け継いだ手記にさえその名が記されているぞ。本当に人間なら、そんなに長生きできないはずだ。違うか?」
「そもそも、それは目的の話とどう繋がるんですか?」
その二人から出された疑問に、アルケーは「順番にお話します」と首肯する。
「私は生まれてからすぐ、父によって『呪い』を施されたのです。マキナイトの血を宿す私にしかかからない呪いを」
「呪い?」
「10歳から後はそれ以上老いる事も死ぬ事もなくなる、不死の呪い。恐らく人との間に子を成せば
アルケーが『彼』と呼んで視線を向けた相手は、やはりサンジェルマンだった。
「私は母を愛していました。だから、母と同じ元々この星の種である人間を助けたい。守りたい。でも呪いをかけられている今の私には、戦う力も国を動かす力もないのです」
「そんな……」
「幸いにも、公爵たちは私の真実にまだ気づいていません。私が戦う姿を一度も見ていないですから。しかしそれ故に、私は彼らが出した政策や法案に対し、ただ判を押す事しかできないのです……」
俯き、そして頭を振るアルケー。
自分はただ利用されるだけの存在でしかなく、マキナイトたちを統べる器などない。
それでも、と彼女の真っ直ぐな眼差しは、千種の瞳を捉えている。
「私はこの国の人々のために何かをしたかった。事情を知ったサンジェルマンは色々と力を貸してくれているのです。例えば『黒の貴族に潜入し、その影で人間に協力する』という形で」
続いて口を開いて話を紡いだのは、そのサンジェルマンだった。
「この時が来るまで色々とずっと隠していたが……そもそも君たちが使っているドライバーとギミックアンバーの基礎を作り上げたのは、私とバベッジなんだよ」
「えっ!?」
「蒸機技師の技術は興味深いものばかりだったのでね。バベッジから教えを請いつつ、私も地球の様々な技術を伝えていた。そうして今の君にその全てが受け継がれているんだ」
「じゃ、じゃあ……あなたはある意味ワタシの師でもあるという事なのか……」
彼の語る言葉にシルキィが反応し、ソーマも目を見張る。
さらにサンジェルマンは、ソーマの持つ手記に指を差し、ある事実を語った。
「君の持ってるその本は私が書いたんだ」
「なんだと!?」
「より正確には、我が友ジュスト・ヘルシングとの共同執筆だがね。誰が作者なのか分からないように、二人の視点を合わせた内容にして名前も混ぜたんだ。S・V・ヘルシングと書いてあるだろ? そのイニシャルは私の偽名『スモーキー・ヴァーニー』だよ」
万が一敵に奪われた時の対策。この手記には、それを施すだけの価値があるのだ。ソーマはそう考えると、再び書物の内容に目を通し始める。
続いて、サンジェルマンは千種に向かって言葉をかけた。
「当初の予定では私がシルキィくんの元を訪れ説得し、ダイナスティドライバーを受け取るつもりだった。しかしその前にレンフィールドがバベッジ一族の生き残りがいるという情報を聞きつけ、同時に君たちがこの世界に迷い込んでしまった」
「そういや、あの後何回か貴族どもの攻撃が続いたよな。まさか……」
「私がある程度手引した。君たちの動向を監視して腕試ししつつ、その力を引き出すためにね。貴族から怪しまれないように立ち回るのには然程苦労しなかったよ。ただ……」
一度言葉を区切り、サンジェルマンが目を細める。
「君の妹まで一度霧に拐われたこと、四傑伯が地球に集ったこと、何より最初に君が巻き込まれてしまったことは全く想定外だった。そこは済まなかったと思っている」
深く頭を下げ、詫びの言葉を飲めるサンジェルマン。
千種は首を左右に振り、しかし厳しい目つきで返答した。
「全部許すワケじゃねぇが、もう終わった事だ。今は置いとく。でもそんなに協力してくれてたんなら、なんでもっと速く名乗り出て事情を明かしてくれなかったんだよ?」
「怪しまれないための仕掛けを用意しているとはいえ、上の連中に目をつけられるワケにはいかなかったからね。正体を隠して接する他なかったのさ」
一通り現状話すべき事を話し終えて、改めて千種はサンジェルマンに、そしてアルケーに問う。
「これからどうすれば良いんだ? あるんだろ、貴族共に勝つ方法」
言われると、アルケーは代わりに答えようとするサンジェルマンを手で制し、毅然とした態度で返す。
「ひとつ。たったひとつだけ、この星を人間の手で取り戻す方法が残されています」
彼女の小さな唇から紡ぎ出される、救世の手段。
レジスタンス一同は固唾を呑み、次に出る言葉に耳を澄ませる。
「
瞬間、その場にいる全員が目を剥いた。
かつてはこの惑星にも太陽が存在し、その光を浴びたマキナイトは血が凝固して灰になり消滅したという。
そして如何なる手段を用いてか、アルケーの父たるヴラディス王は太陽を血の霧で覆い隠してしまったのだ。
その太陽を、もう一度この星に蘇らせる。そんな与太話にも聞こえるような内容に、みんな耳を疑わざるを得なかった。
「確かに……そんな事ができるのなら、僕らの勝ちだろう。しかし、どうやってだ?」
ソーマが尋ねると、王女は短く頷いて答える。
「父が遺した『王の証』を手に入れます」
「王の証?」
「言葉通り正当な王の象徴です。指輪とベルトと王錫の三種類の道具で、全てを揃える事によって血の力を極限以上に励起し、人知を超えた現象を引き起こす事が可能となります。太陽を隠蔽したのも王の力によるものです」
なるほど、と今度はソーマが頷く。
太陽を隠す程の天変地異を行使できるという事は、逆にその現象を消し去る事も可能なはず。
試す価値は充分にある。とはいえ懸念があり、千種はそれについて言及した。
「当然向こうもソレを探してるよな」
「恐らくは。ですので、当面の大きな目標は『我々の手で全ての王の証を揃える』こと……そして、目下の目標はそのための戦力の増強、敵戦力の討伐、加えて王の証が眠る場所についての詳しい調査になります」
さらに千種の質問に続き、瑠璃羽が挙手して問を投げる。
「王の証が揃えば、ブラッドフォーミング計画も阻止できるんでしょうか……?」
「可能です。尤も『転移の蒸気』を発している装置は王城にあるので、それの稼働を止めるという手もありますが」
瑠璃羽は貂と顔を見合わせ、二人とも表情が徐々に明るくなった。
マキナイトの暴威から人間を解放し、地球さえも支配しようとしていた目論見を潰す。その具体的な手段とチャンスが、ようやく眼の前まで舞い込んで来たのだ。
もっと詳細を詰めたい。そう思ったのも束の間、サンジェルマンが両手を叩いて思考を打ち切らせる。
「とりあえず、そろそろ良い時間だし今日のところはこれで解散としよう。より詳しい話はまた後日。こちらへのパスも繋いでおいたから、地球から来た三人は以後この島に転移するように」
千種たちはその言葉に了承し、外で見送られながら蒸気の門をくぐって去っていく。
ソーマも、今度は牢屋ではなく宿泊できる場所を尋ね案内して貰おうとするが、その前にサンジェルマンが「あぁ、待って」と呼び止めた。
「君には会って貰いたい人がいる、先に噴水広場の方へ行ってくれるかな?」
「……?」
会って欲しい人。
その心当たりがないソーマは、首を傾げつつも外に出て、屋敷の中庭にある噴水へと足を運んだ。
しばらくベンチに座って待機していると、突然背後から女の声が木霊する。
「わたくしに話があるというのはあなたですね! とうッ!」
振り返った瞬間には声の主は屋根の上から飛び降り、その影を追うソーマの眼の前に降り立つ。
そして、人差し指を突きつけて堂々と名乗った。
シルクハットにマスクとマント、さらにフリルの付いたレオタードという服装で。
「謎の怪盗探偵美少女、アルセーヌ・ホームズ! 参じょ……う?」
アルセーヌはソーマの顔を見た途端、仮面の内の目を丸くする。
ソーマの方も、彼女の姿に目を見開いていた。
「ソ……ソーマ……?」
「ミナ……?」
瞬間、アルセーヌ――否。
ブラムストーク王国を創りしストーク王家の末裔、ヴィルヘルミナ・ストークはボッと顔を耳まで真っ赤に染める。
「……い、いやぁぁぁーあのぉぉぉー! こここここれは違うんです! なんというか素性を知られないための変装というかですね別にわたくしに露出の多い服を着る趣味があるワケではははははは」
マスクとシルクハットがずり下がるのも構わず、ミナはブンブンと音が出る程に何度も顔を振って、マントを引っ張り自分の太腿を隠す。
しかしソーマの表情を見ると、その狼狽も徐々に萎んでいく。
目に涙を溜め、唇を震わせる彼は、その存在を確かめるように抱き締める。
「ミナ……やっと、やっと君に会えた……!!」
強い抱擁の勢いでハットとマスクが落ちるも、ミナは気にする事なくソーマの背を撫で、抱き返す。
「久し振り、ソーマ……ずっと想ってくれて、探してくれてありがとう」
幼い頃に離れ離れになってしまった、二人の道。
それが今ようやく、再び一つに結ばれるのであった。
※ ※ ※ ※ ※
時を同じくして、ブラムストーク王国の王都近郊にて。
ルーガルー・タイラントとなったシモンは、ファングレイザーを手に暴れ回った末、駅で座り込んでいた。
シモンもまたサンジェルマンの領地で捕らわれていたのだが、持ち前の怪力で自力で脱走し、こうしてまた戦火の只中にいる。
彼の周囲にあるのは、人間を輸送するための機関車の残骸。そして、死したマキナイトの死体だ。
衝動的に暴れた結果助かった人間たちは、礼も言わず逃げていく。途中、子供たちは名残惜しそうに振り返っていたが、シモンが気付く気配はない。
「俺は……俺は誰なんだ!? クルスニクとは……一体、何だ!?」
シモン自身、まだ戦っているからだ。
自分の頭の中でフラッシュバックする記憶、それに伴い繰り返し発生する頭痛と。
「どうしたら良いんだ……俺、は……」
思い出せない。何をすれば良いのか分からない。
痛みと孤独と戦いながら、主を失った黒騎士は再び何処かへと歩き出す。
次回、最終章突入