一対二の状況を潜り抜け、ブラムストーク王国から帰還を果たした千種たち。
頼りにするはずだった博士の死を知り、それを悔やむと共に、空久里アクアシティの方で新たなギミックアンバーの構築のためのヒントを得ようと図書館へと向かう。
すると偶然にも瑠璃羽と出会い、彼女が昆虫に詳しいと知ったシルキィは、とある提案を投げかけるのであった。
「と、いうワケで! これからよろしく頼むよ、博士くん!」
「あはは……まだ博士じゃないですけどね」
図書館から出た後。噴水広場のベンチで千種を間に挟んで座り、シルキィと瑠璃羽が笑みを交わし合う。互いにある程度の情報を共有して、協力関係を締結したのだ。
そして両手に花の状態になった千種は、頬を赤らめつつも左隣の瑠璃羽へと話しかけた。
「なぁ、本当に良いのか香衣? 危険な戦いになるんだぞ?」
問われた瑠璃羽は小さく頷き、やや怯えた様子ながらも真っ直ぐに千種を見据え、答える。
「私なんかの知識でお役に立てるなら。それに、話を聞く限り……すごく困ってるみたいですし。怖いのは、その……怖いですけど」
彼女の言葉に、千種はいくばくか衝撃を感じた。
元々見た目に違わない臆病な性格で、得体の知れない人間であるはずのシルキィを気遣う様子そのものはあったが、あの世界の事やマキナイトに関する情報を知った上で『困っているなら助けたい』と怖がっていても主張できるその勇気に感心したのだ。
少なくともダイナスティドライバーを手に入れた時の千種に、その決断はできなかった。
そんな事を考えながら見ていると、瑠璃羽は困ったように眉を寄せて「どうかしたんですか?」と小首を傾げて尋ねる。
「あ、いや……悪い。その、お前は強いなって思ってさ」
「そんなこと、ありませんよ? それを言うなら先輩の方が、自ら危険な戦いに身を投じてるじゃないですか。カッコいい……って、思いますよ」
「か!?」
カッコいい。
可愛い後輩の女子から面と向かってそのような事を言われ、一気に千種の顔がボッと赤くなってしまい、思わず目を逸らしてしまう。
瑠璃羽本人はキョトンと首を傾げているので他意は一切ないようだが、千種の方はその一言にすっかり心を乱されて、心臓を高鳴らせている。
直後、その思考を妨げるようにシルキィがグイッと身を乗り出して瑠璃羽と視線を合わせ、ウィンクした。
「なぁに心配いらないさ! 何があっても助手くんが守るから!」
「お、お前なぁ……まぁ良いけど」
千種はコホンと咳払いしつつ、小さな身体で自分を押しのけたシルキィへ問う。
「そんで、どうするんだ? すぐ向こうに戻るのか?」
「ああ。できれば早急に仕上げたいからね」
ダイナストが使用するためのスピードタイプのギミックアンバー。
まずはそれを完成させるのが先決と見て、シルキィはその判断を下した。
「例の二体のマキナイトを倒すのにも、速度に長けたアーマメントは有用なはずだ。そして、そのためには博士くんの知識が必要なんだよ」
「が、がんばります!」
ぎゅっと両拳を握って意気込み、それを見た千種は思わず笑みを浮かべる。
「よし、そうと決まれば早速……」
「行く前にとりあえず食べものを持ち込もう。助手くん! 何か買ってくれ!」
「うぉい!? 俺が奢るのかよ!?」
「だってワタシこの星のお金持ってないし」
なぜか得意げに、シルキィが唇を釣り上げる。
こうして一行は途中で買い物をした後、蒸気のヴェールを通ってブラムストーク王国のシルキィの拠点に向かうのであった。
そして、工房にて。
瑠璃羽とシルキィは、早速持ち込んだお菓子を食べながら作業に取り掛かる。
「さて、まずは今回の課題の確認だ。ワタシが作りたいのはスピードタイプのギミックアンバー。しかし、中々思ったように速度を出せそうにない。恐らくベースとする虫の身体構造について理解が足りず再現できていないか、もしくはそもそも適していないものを選んだせいだ」
「ではそこから見直してみましょうか」
「そうだね、頼むよ……ん~! このお菓子美味しい! あ、こっちも良いね!」
長い棒状のチョコレート菓子やボール型のチョコレートをつまみながら、二人は話し合う。
一方、話に付いて行く事ができない千種は手持ち無沙汰になってしまい、なんとなく落ち着かない気分で二人に尋ねた。
「俺、何か手伝える?」
するとシルキィは数刻の思考の後、ニヤッと唇を釣り上げて手招きする。
「じゃあまずはこのお菓子を手に取って」
「おう」
「そしたらワタシの口にゆっくりと運んでくれ。ほら、あーん。あぁ~ん」
「……」
一瞬の沈黙。
そして、千種は迷わず自分の口にチョコレートを放り込んで噛み砕いた。
「あ゛ー!!」
「手伝いじゃねぇだろうがそれは」
「なんてことするんだ助手くん!! 返せ、返すんだぁ~!!」
「いっ、いてっ……や、やめろ! そんなにくっつくんじゃねぇよ!?」
涙目になったシルキィが、その肢体を押し付けながら千種の正面から胸を叩き、千種は密着しながら拳を胸に打ち付ける彼女に慌てふためく。
それを見かねた瑠璃羽は、喧嘩の仲裁に入った。
「ま、まだありますから喧嘩しないで……」
「まったく! 助手くん、そんなに暇なら外の見張りなり掃除なりやっておきたまえ! 今回はガレージに隠してある装甲車も使うから、万が一パンクする事にならないようにね!」
完全に機嫌を損ねたシルキィは、ぷりぷりとしながらそう言ってホウキとチリトリを手渡し、背を押して外へと追いやる。
そうして千種は深く溜め息を吐くと、そのまま本当に外の掃除を始めてしまった。
「なぁ~にがハイパーサイエンティストだアイツ、本当にアレで二十歳なのかよ」
不満げに愚痴をこぼしつつも、周囲の葉や枝、金属片などをキレイに片付け、そのゴミを袋の中に纏めていく。
その後黙々と作業を続け、約10分後。
あっさりと掃き掃除が終わってしまい、千種は再び暇を持て余す。
「さて」
今度はどうしようか。
そう考えた時、千種の脳内によぎったのは母である巴の言葉であった。
『心も体も、いつだって
「……よし」
前回撤退せざるを得なくなったのは自分の力不足も関係している。こんな時こそ、精神を集中させて鍛錬あるのみ。
そう思った千種は、巴から学んでいる太極拳・形意拳・八卦掌の套路――拳法における連続した動作の練習方法――を、その場で始めた。
こうして地道に修練を積み重ねていれば、きっと変身した時にも役に立つはずと考えたのだ。
円を描くように回る八卦掌、直線上を往復する形意拳、そして長き歴史の流れの中で様々な人の手が加わった太極拳。
いついかなる状況でも使えるように、そして相手に応じて三種類を使い分けられるように、ひたすらに歩法や拳打、掌底などを繰り返す。
「あっ、先輩」
しばらく続けていると、途中で声がかかった。
瑠璃羽だ。千種は彼女の声を聞いて手を止め、その方向を振り向く。
「もう話は終わったのか」
「はい、今はシルキィさんが作業に取り掛かってます」
「へぇ……どの虫にしたんだ?」
その話題になると、途端に瑠璃羽は目の上側が半分ほど隠れているにも関わらず、そうと分かるほどに瞳を輝かせた。
「スピードに重点を置くという話だったので最初はゴキブリとかシミとかゲジゲジにしようかと話したんですけどシルキィさんは『流石に助手くんがかわいそうだしワタシが作りたくない』と仰ったので他の素速くてカッコいい虫を挙げることになりましたまずはハチですその中でもオオスズメバチは全力を出すと時速40kmに及ぶ速さで飛行すると言われていますし毒の尾針で攻撃性も申し分ありませんし人間大の体格と高出力で行うなら恐らくより速くなりますでもそれならスピードよりむしろ毒針の方に焦点を当てた方が良いですし何よりもっと速く飛行する虫が――」
普段からは考えられない、息もつかせないようなマシンガントーク。
しかし瑠璃羽は途中でハッと我に返り、顔を赤らめながら千種に向かって頭を下げた。
「す、すすすすすいません! 私ったら、つい!」
「いや、大丈夫大丈夫。気にすんなって」
「うぅ……」
恥ずかしそうに俯くと、今度は涙目になる。
何事かと思って千種が「大丈夫か?」と尋ねると、彼女はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「いつも、こうなんです。虫の事になるとつい早口になって……中学の頃、それが原因でクラスの子から『気持ち悪い昆虫オタク』とか『女子のクセに馬鹿みたい』とか言われて……」
「……」
「……ごめんなさい……おかしいですよね、私……」
空久里に来るよりも前の、その当時の記憶を思い出してしまったのか、潤んだ目から涙が零れ落ちる。
すると千種は首を左右に振って、ニッと微笑みかけた。
「ンな事ねぇよ」
「え……?」
「誰だって何か好きな物とか熱中できる物のひとつくらいあるだろ、それが分かんねぇヤツこそどうかしてるぜ。気持ち悪いも何もあるか。お前は普通の女子だよ」
「先輩……」
「だからそんなヤツらは笑い飛ばしちまえよ! 『今時生きてて楽しみのひとつもないのか』ってな!」
瑠璃羽を気遣う、心からの励ましの言葉。
今までに自分へかけられたような嘲笑や誹謗などとは全く異なるそれを聞いて、彼女は涙を指で拭って、柔らかく微笑む。
「ありがとうございます、先輩」
「お、おう……! そっ、それで……シルキィの方はどのくらいかかりそうなんだ?」
まるで可憐に咲いた花のようなその笑顔に、千種は思わず声を上擦らせつつも尋ねる。
だが瑠璃羽はそんな感情には全く気付いていない様子で、可愛らしく小首を傾げて答えた。
「コンセプトは完全に固まったそうなので、すぐにできると言ってましたよ。もうしばらく待ってみましょう」
「そ、そっか……じゃあ待ってる間どうするかな……」
気恥ずかしさから視線を逸らし、考え込む千種。
瞬間、その視界に、門の脇に一つの小さな人影を見る。
驚いてすぐに後を追うが、既に立ち去った後のようで、周囲が霧に包まれているのもあって姿を捉える事はできなかった。
「ど、どうしました?」
飛び出した千種を慌てて追う瑠璃羽が、彼に尋ねる。
「今、誰かが俺たちを見てた」
「えっ? 全然気付きませんでした……」
「いやまぁ、俺の気のせいかも知れねぇんだけどよ」
呟いてから、先程の影を探すように遠くを見つめる千種。
だが、どう見渡してもこの国では蒸気と霧、そして赤い満月から差し込む光しか見る事ができなかった。
「ところで。俺、やっぱりゴキブリとか使うのは嫌だぜマジで」
「ダ、ダメですか!? 敵への精神的ダメージは相当深いものになりますよ!?」
「その前に俺へのダメージが凄まじいんだよ」
※ ※ ※ ※ ※
その後。
千種たちがいなくなった後のポリドリの町では、何体ものデッドアントが警邏を行っていた。
壁に囲まれた市街の中心部には、レンガの石畳と街並みを見下ろすように建てられた館があり、その最上階には二つの異形と一人の男の姿があった。
「ま、まさかこのような場所にあなたがおいでになるとは……」
「イヒ、ヒヒヒ……ど、どうぞごゆっくり、黒騎士様」
二つの異形の影の正体は、ダイナストを襲ったマキナイトたち。鞭を持つ軽装騎士と、ウォーハンマーを携える重装騎士だ。
だがダイナストと相対していた時と違い、今の二人は怯えた眼差しと震える声で目の前の男に応対している。
その男は、エクセキューショナーズソードのような形状のチェーンソーを腰のベルトのホルスターに帯びている、黒騎士と呼ばれていた男であった。
「気遣いは不要だ。馴れ合いに来たつもりはない、俺は任務でここに来ただけだ」
「それはそれは、このような場にご足労頂き恐悦至極……」
「まぁ……俺の異名を知る者にとっては、出番などない方が良いのだろうがな」
黒騎士は、チャキッとチェーンソーの柄頭に手をかける。その動きと音だけで、二人の男爵はビクッと身を戦慄かせた。
「外で見回りをしてくる。護衛は不要だ」
言うなり、黒騎士はすぐにその場を立ち去る。
扉が閉まって完全に気配がなくなったと判断した後、二人のマキナイトは大きく息を吐いた。
「フヒィ、全く。心臓に悪いですねぇあの男は」
「あの『
「しかし彼は凄まじい強さを持つのも事実ですよぉ。せいぜい、利用させて貰いましょう」
「そう容易く済めば良いがな……」
重装騎士の方が、黒騎士がいなくなった後の扉に視線をやる。
直後、その扉がすぐに開かれた。
現れたのは、偵察用のデッドアントだ。
「伝令。街中に反乱軍と見られる不審な人間を複数人発見、加えて遠方からバイクが接近中」
「来たようだな」
二人の騎士は首肯し合い、軽装騎士がデッドアントに向かって言い放つ。
「反乱軍の方にデッドアント部隊の半数を回して処理しなさいィ! 残りは我々と共に……あの仮面の男の方を潰しますよォ! ウケケーッ!」
※ ※ ※ ※ ※
数分後、千種は街の入口の前にデッドアントの姿を視認する。
今回シルキィと瑠璃羽は同行しておらず、シルキィの持つ迷彩機能付きの蒸気装甲車の中から通信機によってサポートする形となった。
「出やがったな……! 行くぞ!」
千種はバイクで疾走しながらドライバーを装着すると、そのままギミックアンバーを装填し、ホーンを倒す。
《
「変身!」
《
ストームと共に繭に包まれた千種は、それが砕けると同時に仮面ライダーダイナストへと変身を果たしていた。
遠方のデッドアントたちはダイナストの存在に気づいたようで、蒸気機関で作動する巨大な弩を以て狙いを定め、箸のような形状の矢弾を彼目掛けて放つ。
「どいつもこいつも……どきやがれ
《
「ここは
《
ダイナストームで蛇行しながら走り抜ける事で被弾を避け、着実に街へ近付くダイナスト。
しかし接近すればするほど、敵の数と攻勢も激しさを増していく。
このまま侵入すると、すぐに囲まれてしまうだろう。そう思った直後、シルキィから通信が入った。
『ダイナスト! ギミックチャージの状態でギアを何度も回転させれば、必殺技が使える! 活用したまえ!』
「そりゃ良い事聞かせて貰ったぜ」
言いながら、ダイナストはダイナシューターとギミックアンバーをひとつ手に取った。
《ギミックチャージ! ファイアフライ!》
選んだのは追尾性に優れるゲンジボタルの琥珀。
そして助言の通りに銃に備わった歯車を回転すべく、地面に突き刺さった大きな箸に見える尖った矢へと、すれ違いざまに
するとその動作によってギアが回り、何度も繰り返す事によって軽快なジャズのような音楽が鳴り響く。
それを合図と見て、ダイナストはトリガーを引いた。
《
「消し飛びな!」
無数の光の弾丸が銃口から放出され、尾を描く光が前方の弩とデッドアント全てに直撃。
言葉通り、眼前の敵勢力を全て消し飛ばす。
《
邪魔者がいなくなった後の門を、ダイナストームと仮面ライダーがくぐり抜ける。
侵入は成功。しかし、すぐに新手がやって来た。
「イヒャヒャヒャヒャ! 正面から来るとは!」
「今度こそ叩き潰してくれよう!」
現れたのは、前回邂逅した鞭を持つ軽装騎士と大柄な重装騎士。
ダイナストはバイクから飛び降りると、銃の照準を重装騎士の方に向ける。
「くたばんのはてめぇらだ、クソ吸血鬼ども」
「威勢だけは見事。だが中身が伴わなければ何も意味などない!」
ドスン、ドスンと騎士が重々しく歩き、ウォーハンマーを掲げて進行を開始した。
さらにその前方から、軽装の騎士が飛び出して来る。
「今回はこちらも本気ですよォ!」
「チッ!」
向かって来る鞭持ちは、素速いだけでそこまで破壊的な攻撃手段があるワケではない。まずは動きの鈍い方から仕留めるべきか。
ダイナストがそう思ったところで、今度は瑠璃羽から通信が入った。
『先輩! 跳んで、バックステップして下さい!』
「!」
瑠璃羽からの言葉を信じ、咄嗟に飛び退く。
すると、軽装騎士の口からドロリとした液体が放出され、先程までダイナストがいたレンガの石畳を溶かしてしまう。
「なにぃ!?」
「うおっ、なんだこれ!? 酸!?」
「お……お前、なんで僕の最強の技を!?」
驚く騎士の声を聴きながら、瑠璃羽はダイナストへ通信を送る。
『見た目の特徴である程度なら分かります。サソリに似た姿やハサミ、しかし鞭の存在から見てサソリそのものではありません。となれば小柄な方はビネガロン……つまりサソリモドキです! この虫には毒はありませんが、酸性の液体を噴出する特性があるんです! それから大柄な方はゾウムシです、見た目通りに硬い外骨格を持ち、強い攻撃を受けると擬死状態になって生き延びようとします!』
「香衣……お前、滅茶苦茶頼りになるじゃねぇか!」
ニッと仮面の奥で笑みを浮かべつつ、ダイナストは新たに入手した白いギミックアンバーを手に取り、それをライノビートルと入れ替えた。
琥珀内に封入されているのは、トンボの機甲虫だ。
《
「お前らのやり方は分かった、倒し方もな」
《ドラゴンフライ!
「アーマーコンバート!」
《
ホーンを倒すと、再び真鍮の繭が形成されていく。
《
「後はまとめてブッ壊すだけだ!」
そして拳によって繭が破られ、蒸気と共に新たな姿のダイナストが誕生した。
肩甲骨の辺りからトンボの薄翅を思わせるような四本の銀色のマフラーをなびかせる、大きな水色の複眼が特徴的な、白い装甲の戦士。
ライノアーマメントやファイアアーマメントに比べて装甲はかなり薄く頑丈さは感じられないものの、その分身軽さを感じさせる。
「チィッ! こうなれば!」
何かされる前に速攻で片をつけようと、ビネガロン・マキナイトが鞭を振るって絡め取ろうと動き出す。
だが。
鞭を放った頃には、既にダイナストは視界から消えていた。
「なっ!?」
目前にいたはずの標的を見失った事に瞠目し、直後に背中へ衝撃と痛みを受けて前に倒れ込む。
振り返れば、そこにはダイナストが立っていた。
瞬き程の微かな間に、凄まじい速度でビネガロンの背後に回り込み、蹴りを放ったのだ。
「おお……こりゃすげぇや」
『呼吸を乱すなよダイナスト! ギンヤンマを元にしたドラゴンアーマメントのスピードの要は風……空気だ! 大事なのは呼吸のリズムだ、それさえ乱れなければキミに触れる事などできはしないんだ!』
「呼吸法、ね」
トンッ、トンッとその場でステップを踏み、ビネガロンに手招きするダイナスト。
そしてその挑発に乗って再び鞭を振った騎士に向かって、たった一足で自身の拳の間合いまで接近し、拳打を浴びせた。
「そりゃ拳法使いの得意分野だぜ!」
「ごっあああ!?」
倒れ込みかけるビネガロン、しかしそれを逃すまいと魔王が鞭を引っ掴み、脳天へ銃撃を食らわせる。
残されたゾウムシの騎士、ウィーヴィル・マキナイトはただオロオロと見ている事しかできなかった。
「くうっ……い、良い気にならないで頂きたいですねェ!」
「ん……!?」
ダイナストがハッとして周囲を見渡すと、いつの間にか武器を持つデッドアントの軍勢に取り囲まれている事に気づく。
どうやら蒸気に紛れて駆けつけていたらしい。彼らの姿を見ると、ウィーヴィルは笑い声を上げる。
「今回は最初からこういう作戦だ、そして如何に速くともこの数から逃れる事は不可能。そして見たところ腕力は然程でもないようだ。卑怯とは言うまい! さぁ、やってしまえ!」
ウィーヴィルの命令と同時に、デッドアントたちのフォークの槍やナイフの剣が一気に殺到。
だが、武器を引いたそこにはダイナストの姿はなかった。
「消え――!?」
それだけではない。食器型の武器の先端に『何か』が突き刺さっている。
見れば、それはビネガロンの千切れた下半身だった。
愕然とするウィーヴィル。さらにその直後、彼女の背後で痛烈な悲鳴が起こる。
「何事だ!?」
困惑しつつも振り向くと、そこにいたのはビネガロンの上半身を持ってデッドアントたちに向かっているダイナストだ。
彼がビネガロンの脇腹に強く拳を叩き込むと、そこに内蔵された酸液のタンクが刺激され、無理矢理に勢い良く噴出されている。
それを浴びて、デッドアントは溶解して悲鳴を上げているのだ。
「あったよなァ……こんな風に水を出すオモチャ。オラッ! さっさと吐きやがれてめぇ!」
「グエッ! ゲェッ! ンブ、ウッ、オッゲェェェーエエエッ!」
何度も何度も殴打されると、ビネガロンは一際大きく痙攣した後、まるで滝のような勢いで酸液を嘔吐。
周囲のデッドアントはそれを浴びてしまい、視界を埋め尽くす程にいたはずの兵たちは一気に半分ほど数を減らしてしまう。
それと同時に、ビネガロン・マキナイトはガクリと完全に沈黙した。
「チッ、壊れたか」
言うなりダイナストはその上半身を地面に捨て、念入りに頭を撃ち抜き砕く。
あまりの戦い振りに、ウィーヴィルは言葉を失っていた。
「げ、外道が……!」
「お前らに言われたかないぜ。抵抗できない老人を食い殺したくせによ」
《ドラゴンフライ!》
「次はこいつだ」
《
キーを捻りホーンを一度倒すと、ダイナストは上空に向かって跳躍する。
そして全身がまたも真鍮の繭に包まれ、破れると共に大きなギンヤンマの姿となって猛スピードで飛翔した。
「うっ!?」
大きく音を立てながら飛行するダイナストにウィーヴィルは怯み、彼の姿をまた見失ってしまう。
一体どこに行ったのか。その答えは、すぐに明らかとなった。
「まさか!?」
見上げれば、レンチのような形のアゴを開いて何かを咥えて飛び回っている。
その咥えているものの正体も、すぐにデッドアントだと分かった。
ダイナストは強靭なアゴで掴んだそれを噛み砕き、すぐに次の獲物を何度も何度も食い千切っているのだ。
「バカな……こんな……バケモノめ!!」
気がつけば、周囲にいたはずのデッドアントは全滅しており、残されたのはウィーヴィル・マキナイトのみ。
このままでは自分もやられてしまうと思った彼女だが、すぐに以前の状況を思い出す。
あの時のダイナストは、すぐにあの形態が解除されていた、という事を。
そして案の定、彼の姿は元の人型に戻っている。
「みなの仇だ! このままその頭を――」
その後に言葉が続く事はなかった。
頭上のダイナストは、ダイナシューターをライフルモードに変形させ、既にギミックアンバーをも装着させているからだ。
《ギミックチャージ! ライノビートル!》
「ブッ壊れろ」
《
ギアを三度ほど手で回転させ、ウィーヴィルを狙って落下しながら引き金を弾く。
すると、巨大なカブトムシの角の形をしたエネルギー弾が発射され、動きの鈍いゾウムシの騎士に襲いかかった。
《ライノビートル・ダイナスティキャノン!
「がっ、あ、あ……!?」
回避は当然間に合わないので、両腕を使って防御を試みるものの、その一射によってウィーヴィルは圧し潰されて膝をつく。
だがまだ死んではいない。頑丈さが幸運し、命は辛うじて繋がっていた。
そして当然、ダイナストもそれを承知している。
《
「そう言えば死んだフリもするっつってたよなぁ」
彼は滑空しながらダイナスティドライバーのホーングリップを三回倒し、容赦なく必殺技を発動させていた。
「念入りに行かせて貰うぜ」
《ドラゴンフライ・ダイナスティスマッシュ!》
右手に手刀の形を作ったダイナストは、高速滑空しつつその腕を振り下ろさんとする。
「おの……れぇぇぇぇぇッ!!」
擬死が通じないと悟ったウィーヴィルも反撃すべくハンマーを掲げようとするが、彼女の速度で間に合うはずなどない。
鎧が砕かれているのもあって、手刀はいともあっさりとウィーヴィルの身体を両断。左右に真っ二つに切り分け、爆散せしめる。
《
熱気と爆風を背に受けながら、ダイナストは短く息をつき、空を仰いだ。
「終わったぜ、シルキィ。博士の仇討ち」
『……うん。ありがとう、助手くん』
通信機の向こう側から聞こえたのは、僅かに震える声。
千種はは再び小さく息を吐くと共に変身を解き、安全を確保するため周囲の敵を探そうとした。
だが、その時。
足を進めようとした彼の目の前に、デッドアントの持っていたフォーク型の槍が突き刺さる。
「なんだ!?」
「
槍が飛んできた方向から声が聞こえた。
即ち、投擲した何者かがそこにいる。それを理解し、霧の奥に目を凝らしつつ身構える。
そこから現れたのは、拘束具のようにベルトが装飾された黒いロングコートを羽織る大男だった。
新手のマキナイトかと思って再度変身しようとする千種であったが、その寸前で彼の左手の甲を見て、愕然とする。
「BOAがない……!?」
その疑問に答える事なく、彼は腰のホルスターに装着された処刑剣のような形状の紫色のチェーンソーを一息に抜き払った。
《ファングレイザー……!》
チェーンソーからそのような音声が流れ、左頬に傷のあるその精悍な男は、さらに腰に巻いたベルトからもうひとつ道具を取り出す。
それは、千種も最近手に入れた
「ギミックアンバーだと!? てめぇ、一体!?」
「俺の名は黒騎士シモン」
言いながら、シモンと名乗った男はファングレイザーの鍔の位置にそのギミックアンバーを装填する。
《
「またの名を……邪甲騎士ルーガルー」
シモンはファングレイザーを自身の胸の前で掲げ、その柄にあるトリガーに指をかけた。
「刃よ、我が牙と成れ」
《
「ヌゥン!!」
そして、振り抜く。
すると彼の周囲に真鍮製の蜘蛛の巣が張り巡らされ、その中心に立つシモンの身体に、ふさふさとした毛を生やす毒々しい紫色の機械の大蜘蛛が覆い被さる。
だが蜘蛛はシモンを害する事はせず、むしろその機械の肉体が分解されて鎧となっていき、足元の蜘蛛の巣は解けてその装甲を繋いでいく。
《
そうして誕生したのは、チェーンソーを肩で担ぐ、体の各所にファーを纏った紫色の装甲の騎士。
頭部には狼の耳や蜘蛛のアゴを彷彿とさせるような二本の角のようなものが伸び、両眼とは別に瞳が側頭部に二つ、小さな瞳が左右の頬に合計四つあり、顔の左側には傷が付いている。
腰には揺らめくマントがあり、口部に牙があるだけでなく両手両足には強靭な爪も生えていた。
「狩りの時間だ……」
《
邪甲騎士ルーガルー。その脅威が今、