千種たちのホログラムが地上に現れる寸前のこと。
砲手たちを指揮するカーミラは、地上の様子を眺めながらそう呟いた。
砲弾の中には、戦闘員タイプのクドラクであるバーナクルの巣の塊も存在する。
これは着弾と同時に割れ、十数体のバーナクルを解放して制圧するためのものであり、惑星侵略の際にも役立つ兵装だ。
「あら、そうだわ」
カーミラはそのバーナクル弾のことをふと思い出すと、現場に赴いて地球へのパスを繋ぐ。
そして、その砲弾を転がし
「戦いが終わる頃には、向こうも片付いているはず。そうなれば、きっとあの方も褒めてくださるわ……」
うっとりと頬を上気させ、ヴラディスとの甘美なひとときの妄想に耽るカーミラ。
『自分の国も星も守れなかったクセに、なんでお前は偉そうに王道とか言ってんだ?』
そんな彼女の耳に聞こえて来る、王への無遠慮な罵声。
瞬間、カーミラの顔は怒りで真っ赤に燃え、全弾発射の命令が下されるのであった。
不意を打って蒸気迷彩によってデミトリの上を取り、黒の貴族が混乱から立ち直れておらず砲弾などの再装填に手間取っている間に、千種たち仮面ライダーの四人は素早く蒸機戦艦から魔龍戦艦の甲板へ飛び移る。
一部のマキナイトやデッドアント、バーナクルは対処のために動き出すが、それも織り込み済み。
蒸機戦艦が陽光砲を放ち、甲板の敵全てを消滅せしめた。
「よし、安全確保!」
「急いでアルケーを解放しよう!」
敵が落ち着きを取り戻して後続が来る前に、急いで侵入しなくてはならない。
内部への出入口はすぐに見つかり、しかしそこから一人の大男が千種たちに向かって疾走して来た。
「悪足ァ掻きはァァァーッ!! こォこまでだァッ!! 人間どもォッ!!」
「オルロック・シュレック……!!」
屈強極まる野太い腕から繰り出される、大斧の一振りを彷彿とさせるラリアット。
その凄まじい突撃を、レギウスラッシャーを交叉させたソーマが食い止める。
「三人とも先へ行ってくれ! こいつの相手は僕がする!」
「頼んだぞ!」
千種とミナ、シモンはソーマにこの場を託し、すぐさま走り出す。
残ったソーマはバックステップで距離を取ると、双剣を甲板に突き刺してすぐにレギウスドライバーを装着。
さらにマンディブラリスギミックアンバーを手に取り、巻き鍵をひねって起動した。
《
「貴様一人残ったところで何になる? 今日はこの星の最期の日だ、そのためにダイナストを殺す!! 邪魔をするな!!」
「最期にしないために、僕は今ここにいるんだ。黒の貴族は今日ここで滅ぼす」
「ほざけェーッ!!」
再びオルロックが腰を落とし、今度は走りながら勢い良く真っ直ぐに拳を突き出して来る。
対するソーマは剣に足をかけて真上に跳躍、回避しながら空中でドライバーにギミックアンバーをセットした。
《
「変身!!」
《
氷の繭を破り、青いアンダースーツと白銀の装甲を纏う赤い眼のクワガタの戦士が出現。
オルロックの肩を蹴って着地し、双剣を抜き払った。
《
「貴様はここで散れ、オルロック!!」
《
「死ぬのは貴様だ!!
六本の剛腕を生やす、ヤシガニとゴライアスオオツノハナムグリを思わせる筋肉の塊のような怪物、戦滅暴魔クドラク・クライシス。
クライシスの方は既に黒い鋼鉄で固めており、一切の油断なく待ち構えている。
今再び、両者は雌雄を決するべく剣と拳を交えた。
ソーマがオルロックと戦い始めた頃。
デミトリ内を進む三人の前に再び敵が立ち塞がった。
白い肌に差す真っ赤な唇、妖艶な悪しき女公爵。カーミラ・リップだ。
「次はあなたですか、カーミラ」
「ヴラディス様に楯突く無礼者は、全て処刑する。そして誰も逃さない」
黒の貴族に歯向かう人間たちを見下し嘲笑いながら、カーミラは言った。
ここで立ち止まるワケにはいかない。千種たちのその思いを汲み取り、前に出たのはミナだった。
「ここは私が受け持ちます。必ずヴラディスを討ち取り、アルケーを助けてあげて下さい」
「……分かった! 負けんなよ!」
千種とシモンはカーミラの横を通り過ぎようとするものの、当然彼女がわざわざ見過ごすはずもなく、すぐに回り込もうと動き出す。
「愚かね、逃さないと言っているでしょう」
「では私が逃がすだけです!」
そこへラレーヌロッドの銃弾が飛び、カーミラの足元の床に直撃。
思わず仰け反ったことで動きが止まり、二人の突破を見逃してしまう。
たちまち、カーミラの標的はミナの方に移り変わった。
「生意気な小娘ね。誰を相手にしているか、分かっているの?」
「あなたが誰であろうと、私はこのブラムストーク王国の正統な王族の子、ヴィルヘルミナ・ストークです! 加えてヴラディスはこの星の者ではない! ならば、略奪し王と貴族を騙る逆賊を相手に臆する理由などありません!」
「……本当に生意気」
カーミラは腰に帯びた剣を抜き、臨戦態勢。しかし、ミナはロッドを地面に向けじっと相手の顔を見据える。
「クドラクの姿にならないつもりですか?」
「フッ、あなた如きに見せる必要は――」
「そんなに醜いんですか? あなたの真の姿は?」
「……あ?」
ビキッ、とカーミラの顔に野太く黒い血管のようなものが浮き出た。
それに構わず、ミナは続けて
「王都の三公爵の戦争の時も、あなたはずっとクドラクとしての力を使わなかった。ドクロを前にしても頑なに変異せず、策を講じて彼を懐柔したでしょう。そこから推測できるのは、クドラクへの変異によってあなたにとって不都合が起こるということ」
「……お黙りなさい」
「では何が不都合なのか? 公爵同士の争いに発展したあの時点で、あなたは既に王を復活させる気でいたはず。だとすれば変異後の姿を王に見られたくないのでしょう。よほど姿が醜くなるか、凶暴化するか、知性や理性を損なうとかでなければ説明が……」
「アアアァァァッ!! 黙れェッ!!」
足踏みをした瞬間に、まるで巨大な鉄球でもその場に落としたかのように船内の床に大きな亀裂が走った。
「小娘が……よくも知った風な口を!! ええ、図星よ!! こんな醜い姿になんてなりたくなかったけれど!! そんなに知りたければ見せてあげるわ、今すぐに!!」
カーミラは自らの赤い口元に右掌をかざし、そして両目をギラつかせて叫んだ。
「
唇を中心に真っ黒な血管がさらに多く浮かんでいき、脈打って全身が雷鳴を伴う黒い蒸気に包まれる。
どんな姿に変わろうと、関係ない。必ず勝って、ソーマと共に王国を建て直す。
ミナは、そう決意していたのだが――。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! 何見てんだァこのクソアマがァァァァァーッ!! ブッ潰してやぁぁぁる!!」
現れた敵の姿を目にして、背筋がゾワッと粟立ってしまった。
まず目を引くのが、うつ伏せの上半身。白い肌で女性的な丸みを帯びた胸部や肩・肘などが黒い甲殻で覆われており、人間に近いように思えるが、その上半身だけで3m近い巨体だ。
さらに背からは異様に細長い四本の脚が伸びて大きな上体を支えている他、耳に当たる位置からはクモガタの特徴であるノコギリのような鋏角が生え、顔は鼻も唇もなく縦に裂けずらりと牙が並んだ巨大な口があるのみ。
肘から先は脚よりもさらに長くうねる触肢となっており、完全に人の形を逸脱して蠢いている。
対して下半身はエビを彷彿とさせる姿で、全体的にぬらぬらと湿ったような光沢を放っており、前面右側に鋭い刃のハサミ、左側には異様に大きく先端の短いハサミが付いている。そして下部には、上半身とは別で何本もの脚が生え揃っている。
地球においては『世界三大奇虫』の一つに数えられる異形の虫、タンザニアバンデッドウデムシ。それにテッポウエビの要素を加えたおぞましい怪物こそが、銃躙舞踏クドラク・ロンドたる彼女の正体だ。
「いや気ッッッ持ち悪ぅっ!?」
「生意気なんだよクソガキィ!! 死ィィィねェェェェェーッ!!」
「醜くて凶暴で知性も理性もついでに品性もない!! 答えは全部だったようですね!!」
ミナは冷静さを取り戻しつつ挑発で返し、装着したラレーヌドライバーにギミックアンバーをセットした。
《
「変身!」
《
「さぁ、上映開始です!」
《
フィルムテープの繭を破り、ロッドを掲げる謎の怪盗探偵美少女、仮面ライダーラレーヌ。
真っ黒な長い舌を垂らすクドラク・ロンドの右腕のハサミを受け止めつつ、国を、民を守るために立ち向かう。
カーミラの怒りが船内に響く一方、先に進んだシモンと千種の前には新たな脅威が道を阻んでいた。
「来たか、小童共」
王の間の扉の前に座す、最後の公爵。享楽の武人、ドクロ・シラヌイだ。
シモンはすぐに前に出て、モナークドライバーを自らの腰に装着する。
「ヤツは俺が倒す、行けチグサ。元々ヴラディスはお前でなければ勝てないからな」
「任せたぜ」
千種の言葉を受けてシモンは頷き、唇を引き結んで敵を睨む。
ドクロの方は扉に向かう千種を引き止めず、王の間に入ったことを確認してから立ち上がる。
「勝負だ……ドクロ」
「もはや言葉は不要。かかって来い、仮面ライダー。拙を存分に楽しませよ」
言うが速いか、ドクロは自らの両目を覆うような形で顔に右手をかざし、シモンもまたギミックアンバーをセットした。
それと同時に目の周りで無数の黒く太い血管が脈動し、黒い蒸気と稲光が身体を覆う。
「
《
「変身……!」
《
ドライバーが操作され、黒い蜘蛛の糸を砕いて仮面ライダーモナークが現れる。
そしてドクロの方も、クドラクへの変異を完了していた。
頭部や胴体は白銀の甲冑で覆われ、兜の形状は人間の頭蓋骨を思わせるものとなっており、上唇に当たる部分には二本の長いヒゲが生えている。
四肢は艶めく黒い装甲で覆われ、背には漆黒のマントを羽織り、右手には日本刀に似た長く湾曲した大刀を、左手には小刀を持つ。
ダイオウグソクムシとオオエンマハンミョウをかけ合わせた、二刀流の鎧の怪人。それがドクロの真の姿だった。
《
「必ず勝つ……それがクルスニクとしての、俺の役目だ」
「冥獄剣豪クドラク・ホネバミ! いざ参る!」
モナークがパイルバンカーを装着し、ホネバミが大刀を上段、小刀を中段に構えて睨む。
互いに間合いを測りつつ、一瞬の沈黙。それを同時に駆け出して破り、二人はぶつかり合った。
ドクロが見張っていた扉の先。
王の間の玉座に、人類の星を略奪した王の姿はあった。
「来たか、魔王」
「ヴラディス……」
頬杖をついて足を組み、余裕綽々といった様子でヴラディスは千種を見下ろす。
「先程デミトリの上を取った奇策は見事だと讃えよう、アレは想定外だった」
組んだ足を解き、蒸騎王はゆっくりと魔王の方へ歩いていく。
千種の方は既に臨戦態勢で、ダイナスティドライバーとヘラクレスビートルギミックアンバーを取り出し、装備しようとしている。
だが、それを他ならぬヴラディスが引き止めた。
「そう逸るな。まずは前哨戦と行こうではないか」
「前哨戦?」
「ともかく来い」
そう告げてヴラディスは王の間の隣にある応接室のような場所に案内し、そこにある豪奢なテーブルとソファを指して掛けるように促す。
千種がひとまずそれに従い席につくと、ヴラディスはチェスボードに似た盤と白黒のコマのセットを取り出してテーブルに並べていく。
どうやら、これが彼の言う『前哨戦』のようだ。
「駒を使う模擬戦だ、そちらの星にもこういうものはあるのではないか?」
「あるさ、けど悪ィな。将棋ならともかくチェスは詳しくねぇ。こっちのなら尚更だ」
「案ずるな、ルールは教えよう。きっとすぐに覚えられる」
言いながら、クドラクとマキナイトたちの王は微笑みながら説明を始める。
概ねチェスと似たルールであるが、将棋同様の成り駒の要素もあり、千種にとっては思ったよりも馴染み深く理解が容易かった。
そうしてルールの確認が終わったところで、対面に座るヴラディスが自身の白い駒を手に取る。
「では早速始めようか、初手は余からだ」
将棋における歩、あるいはチェスにおけるポーンの役割を持つ兵士の駒を動かし、対する千種も同じように黒駒を一手動かしていく。
「さて、君は言っていたな。余を倒して地球を救い、再び皆で地球に戻ると」
「言ったさ。撤回はしないぜ」
「その身勝手で半端な志のため、一体どれほど犠牲が出ると思う? 必ず死者は出るぞ、このように」
互いに手番を繰り返していくと、白い兵士の駒が黒い兵士の駒を倒し、ヴラディスはその黒の駒を自身の手中に収める。
「既に失敗したヤツが言うと説得力が違うねェ、どんだけ死なせたんだよ。いや、これから先どれだけ死なせる気なんだ」
「フフッ、耳が痛いな……だが余は余で臣民を助けるためにやっている。無意味な死ではないし、そう批難される謂れはない」
「喰われるのはこの国と地球の人間だろ」
「それで構わぬと言っている」
千種も敵の駒を倒すが、ヴラディスの攻め手はそれ以上に激しい。
途中で白側は成り駒を何度も行って強力な布陣を敷き、気付けば圧倒的に優位な状況を作り出していた。
「さて、これからの君の未来をシミュレーションしてやろうか」
もはや勝利は確実。ヴラディスはそう思い、千種の指し手に対して遊び始める。
「まずあのシモン・クルスニクという人造生命体。我らクドラクに対抗するための存在だったようだが、余にはまるで敵わなかった。剣の技に優るドクロにも勝てまい」
カランッ、と将棋においての角将やチェスのビショップに相当する将軍の駒が奪われてしまう。
「次にヴィルヘルミナ・ストーク。そもそもアレをなぜ前線に出した? 木っ端のマキナイトならばともかく、クドラクを相手にできる器ではない。お飾りの王族だ。まして相手は誰より残虐なカーミラだ……嬲り殺されるだけだろう」
今度はチェスでのクイーンと同等の力を持つ聖女の駒が倒され、千種の陣形に大きな損害をもたらす。
「そしてソーマ・フェニックス。先の二人よりマシだが、あの氷の力はオルロックとの相性が最悪だ。もう手酷くやられ、死んでいる頃であろうな」
次に倒されたのは、将棋で言う飛車、チェスのルークと等価値の騎士の駒。
他の駒も、どんどん倒され、略奪されていく。
そうして最後に千種の手元に残されたのは、王の駒のみ。
「これで君は独りだ」
ヴラディスは唇を歪め、問いかける。
「どうする? どうするんだ、魔王? 勝算はどれほどだ? 勝機は来るのか? そもそも勝てると思っていたのか?」
黒い王の駒を、白い駒がじわじわと追い詰め、退路を断つ。
もう、どこへ動くことも許されない状況になるまで。
「さぁ次の手を指せ! さぁ、さぁさぁさぁ!」
牙を剥き出しにして笑い、死神の如く手招きをするヴラディス。
千種の、次の手は――。