「貂ちゃん、大丈夫?」
赤心軒にて、紬は怯え震える貂に声をかけた。
彼女の手には念の為と持っていたホッパーズバックルがあるが、使った様子はない。
戦うことを恐れて動けなくなってしまい、浅黄たちに任せて待機したのだ。
「ごめんね……一応戦う力はあるのに、どうしても怖くて……勇気が出なくて。情けないよね」
今にも泣き出しそうな彼女に対し、紬は包み込むようにその両手をそっと握る。
「大丈夫だよ。最初から私たちが戦わなくたって良い。生きてさえいれば、それで……お兄だってルリリンだって、きっとそれを望んでるよ」
そう言って微笑みかけると、貂は目に涙を溜めながら、紬の小さな身体に抱きつく。
「大丈夫、大丈夫だよ。きっと……お兄が、なんとかしてくれるから」
幼子をあやすように貂の背を優しく撫でながら、紬は兄を思い、窓の外に目をやった。
時を僅かに遡り。
前哨戦としてヴラディスが用意した卓上戦略ゲーム、それを終えた後。
ダイナストとマグナス、二人の王の直接対決が始まった。
「オラァッ!」
「むう……ッ!」
拳を力強く叩き込み、息もつかせない勢いでダイナストが連撃を繰り出す。
マグナスはそれを腕で受け止め、僅かな痺れに目を細める。
「威勢が良い。迷いが消えた証拠か」
「オオオオオッ!!」
「が、それだけでは余には勝てん」
その言葉と同時に、マグナスの口部から炎の吐息が吐き出された。
マンティス・マキナイト・ドラゴンに由来する火炎攻撃。さらに続けて、背中に小型化したバイオリンビートル・マキナイトを負い、伸び出た弦をナイトメアローズで掻き鳴らし超振動波を解き放つ。
かつてカティディッド・マキナイトが使ったものより遥かに強力なそれを受け、後方に吹き飛ばされてしまう。
「チッ!?」
「余の血の力は既に見せているからな、最初からやらせて貰うぞ」
今度は接近して血液を散布し、無数の雷の弾に変える。
対するダイナストは破壊の力を行使して思い切り地面を踏み、創造の力で再構築して壁を形成しながら疾走。雷光弾を防いだ。
その間にマグナスは背後に回り込んでナイトメアローズを振り被り、しかし振り向かずに抜き撃たれたダイナシューターによって妨げられる。
「流石に凌げるか。ならば、これはどうだ」
言いながら背中のバイオリンビートルを液状化し、右手を前に掲げて体外に再び血液を放出、別の形を作っていく。
ダイナシューターとキングヘラクレシューターから無数に銃弾を放ち、その形状変化を妨害しようとするダイナストだが、それは斥力の壁で防がれてしまう。
「チッ!」
ならば接近戦で直接拳を叩き込むか。
ダイナストがそう考えたところで、三つに分かれた血の塊のひとつが完全な姿を形成する。
その姿を見て、仮面の奥の千種は目を見開いた。
「なっ……こ、
首から下が無数の鋼鉄フナムシで構成されている、青い海賊帽を被った巨大なダイコクコガネ。
轟海船蛮クドラク・ヴァイキング。今は亡き七大真祖にして三大公の一人だ。
フナムシたちを盾としてダイナストの攻撃から身を守りつつ、さらに残る二人の大公である斬虐卑烈クドラク・スローターと極彩兇鬼クドラク・マッドネスも血の塊から生み出された。
「言ったはずだ。余の血はあらゆるクドラクとマキナイトを記録している、無論それはこの三人も例外ではない……そして」
告げながらマグナスは指を弾き、またも三つの血の塊をその場に生成。
それらは先程同様に形状を変化させ、それぞれドクロの冥獄剣豪クドラク・ホネバミ、カーミラの銃躙舞踏クドラク・ロンド、オルロックの戦滅暴魔クドラク・クライシスへと変貌する。
「これで七大真祖揃い踏みだ」
「ウソだろ……!?」
一体でさえ厄介なクドラクが、同時に六体。
何よりも恐ろしいのは、それを操るのはマグナス一人であり、動きを一切乱れさせることなく制御できていることだ。
人形劇で扱う傀儡を、たったひとりで複数体同時に複雑に動かしていると考えれば、それがどれほど困難な技術であるか。千種は思わず、息を呑む。
「行くぞ」
その言葉と同時に、七人のクドラクは一斉に散開。
続いてロンドとヴァイキングがダイナストを挟み撃つ形で左右に陣取り、ロンドが短鋏から高熱空気弾を発射。さらにヴァイキングも、ロケットパンチのようにフナムシを飛ばす。
カブトムシの魔王は前に飛び込んでそれらを避けるが、今度は正面からスローターが立ち塞がった。
「おっと!」
スローターは膨大な量の爆薬鱗粉を前に向かって放散し、ダイナストはそれから逃れるために立ち止まって素早く右へステップしようと試みる。
が、その寸前にホネバミがホムスビを生み出し、鱗粉に着火。
「なっ、く!?」
避け切れず爆炎に巻き込まれてしまい、よろめいてしまうダイナスト。
そうして出来た隙を突くように、今度はクライシスが硬い血の壁で魔王の周囲を覆い尽くし、開いた頭上からマッドネスが天候操作によって大量の雪と雹、そして雷を降らせる。
ダイナストは破壊と創造の力で血の壁と雪を盾に再構築し、強烈な雷を堰き止めて難を逃れるものの、今度は極大の竜巻が彼を吹き飛ばした。
しかし、それでも魔王は攻撃を堪え、武器を構える。
「まだ生き残れるのか。良いぞ。もっと抗え、もっと戦え」
言いながら、マグナスは右手を前に掲げてダイナストの背後に血薔薇の紋章を生み出し、以前と同様に無数の血の糸で縛り付けた。
「人の力! 生命の価値! 存在の意味! 余に示すのだ!」
「ガハ、ッ!?」
ナイトメアローズで何度も、何度も魔王の身体を斬りつけ、装甲に傷を負わせる。
「動けないのか? もう限界か? ならばせめて美しく散らせてやろう、君の命を」
その言葉と共に、マグナスは柄頭についた薔薇の装飾を手で回転させていく。
回転の度に刀身は根本から徐々に赤く染まっていき、先端まで刃が光を帯びた瞬間、トリガーが引かれた。
《血華抜剣!! ナイトメアストラッシュ!!》
「ムゥン!!」
赤い閃光の斬撃が飛び、ダイナストの胸に直撃。王の間の壁ごと薙ぎ払って木っ端微塵に砕きながら、彼を部屋の外まで送り返す。
これで決着か。そう考えたのも束の間、マグナスの見下ろす先で、魔王の立ち上がる姿が映る。
さらにその後ろには、彼の仲間である反乱軍の面々もいた。
「ダイナスト……!」
「そんな、押されているのか?」
加勢に入ろうとするシモンとソーマとミナ、しかしダイナストは胸を押さえながらもそれを腕で制する。
飽くまでも自分一人で決着をつけるべきだと考えているのだ。その気概を感じ取って、ヴラディスは仮面の奥で笑みを浮かべた。
「見せてやるよ。大魔王のとっておき、ってヤツをな」
ダイナストはそう告げると、ヘラクレスビートルギミックアンバーのキーをひねった後、ホーングリップを一度倒す。
「
瞬間、金色の装甲が青い炎に包みこまれ、まるで焼け焦げるように黒く変わっていく。
《ヘラクレスビートル!!
さらに胸部・両肩・両腕・両脚などの装甲各部が展開し、青く燃え上がる炎を背中から虫の翅のように拡げて放出した。
これがオーバー・ザ・ダイナストの最強の姿、ハイパーブラストモードである。
マグナスはそれを見ても、平静さを保っていた。
「フン、少し姿が変わった程度で何になる?」
「悪いがよ、長時間この姿でいるワケにはいかないんだ。お互いそろそろ本気でやろうぜ」
「戯言を」
鼻で笑って余裕の態度を見せ、まずはクドラク・ヴァイキングの鋼鉄フナムシで牽制させようとした、その時。
《
ダイナストは既にマグナスの背後に立ち、キングヘラクレシューターから放った必殺の銃撃連射でロンドとヴァイキングの頭を蜂の巣にしていた。
「――はっ!?」
終始余裕で対処していたマグナスは、ここに来て初めて焦燥をあらわにする。
そして振り向きながら、ナイトメアローズを振り抜いた。
「よう。どこ見てんだい」
《
だがそこには既にダイナストの姿はなく、代わりに地面に突き刺さったキングヘラクレシューターだけが残っている。
大振りの上に空振り。では、声の主はどこにいるのか。
答えは地中。破壊と創造を駆使して床下に潜り込んだダイナストは、そのまま腕を伸ばしてマグナスの足を引きずり込み、地上に出た後に顔面に回し蹴りを食らわせた。
「ぬうっ!」
「まだまだァ!」
右の掌打で素早く脇腹を突き、よろめいたところにダイナシューターで左腿を撃ち抜く。
堪らずたたらを踏み、しかし冷静さを取り戻したマグナスは、血塊で作り出したクドラクたちを再び操作。ホネバミが刀にホムスビを集め、スローターもそこに鱗粉を収束させる。
それによって形成された巨大な爆炎の刃が、真っ直ぐにダイナストへ振り抜かれた。
さらにマッドネスがダイナストの周りを包囲する形で無数の竜巻を生み出し、その風にクライシスが鋭利な血の刃を混ぜ込む。
四体のクドラクによる逃げ場のないコンビネーション攻撃。
対するダイナストはキングヘラクレシューターを拾い、ライノビートル・マルスビートル・アトラスビートル・ヘラクレスビートルの四種のギミックアンバーをリードし必殺の一撃を発動する。
《ビートルラッシュ、セットアップ!! スーパーギミックチャージ!! ビートルラッシュ・スティンガー!!》
「消え失せろ!!」
《
カブトムシの形状をした膨大なエネルギー弾が嵐の壁を撃ち抜き、爆炎剣を消し飛ばし、攻撃を受けたホネバミとスローターが爆散。
ダイナストはそのまま爆発で舞い上がった煙に紛れ、撃鉄のレバーを引いてハンドルでギアを回転させる。
《
「ラストォ!」
《
銃口から発射された破壊的な光弾が、クライシスとマッドネスも粉砕。
自らの作り出した血傀儡とはいえ、六人のクドラクが全滅したことに驚きつつも、マグナスは自身も煙に身を隠しつつ素早くナイトメアローズで突き刺しにかかる。
だが、その行動が仇となった。
ダイナストは即座にキングヘラクレシューターを手放し、剣を持つ手を掌底で打ち払う。
「む!?」
太極拳の円の動き、さらに一直線に突き出されるカウンターの形意拳。
凄まじい勢いの一突きは、しかし咄嗟に生み出した血の膜を硬化させて防ごうとするが、破壊の炎を拳に宿すダイナストはそれを打ち破って殴り抜ける。
「ラァッ!」
「ガアァッ!?」
カラン、とナイトメアローズが地面に落ちた。
中国拳法に関して無知であったマグナスには最悪の失態であり、ダイナストにとっては王の証を失った今こそが最大の好機。
「ぐっ、速い……ならば!」
だがマグナスはすぐにその隙を潰すべく、血の塊で作った薔薇の紋章を放ち、ダイナストを拘束する。
これで無力化できた、と考えたのも束の間、大魔王はその背から爆発的に青炎を噴出して紋章を破壊した。
「なんだと!?」
「その技は効かねぇ!!」
ナイトメアローズを拾い上げる前に、ダイナストの蹴りがマグナスの胸に直撃。
痛烈な一撃により、今度は彼の方が王の間の玉座まで吹き飛ばされてしまう。
勝敗は決まった。ソーマたちはそう思って安堵するが、ダイナストは武器を手に油断なく向かっていく。
「どうしたんだよ王様ァ、本気で来いって言ったろ」
「……」
「出せよ。まだ隠してる力、どうせあんだろ」
言われてマグナスは身を起こすが、黙したまま何も語らない。
「どうしてもできねーってンならしょうがねェ」
するとダイナストは、人差し指を立ててこう言った。
「暴いてやるよ。アンタの