ブラムストーク王国、その王都のとある館にて。
通信機越しに聞こえるシモンの声に、愛煙卿は目を細める。
『影しか捉えられなかったが、素速くて二本の角があるヤツだ』
「ふむ……少し気になるな、後で調べておこう。では、こちらは用事があるのでこの辺りで」
『了解』
シモンとの通話を終えた愛煙卿は、そのまま最上階へと足を運び、最奥にある大きな扉を開く。
内部は広い部屋となっており、豪奢な装飾がされた照明によって暗い部屋に薄く光を照らしている。
そして白い帳で仕切られた先に、大きな黒い塊のような人影が見えた。
「ごきげんよう。直接お会いするのは久し振りですねぇ」
「……フッ、そうだな」
愛煙卿が帳の向こう側へ話しかけると、僅かに黒い影が動き、低い声で返事が聞こえて来る。
「さて、では打ち合わせを始めるとしよう。次の会談、如何な流れに運ぶべきか?」
大きな影に問われて、愛煙卿はニヤリと唇を歪めた。
レジスタンス組織のX-ROSSとの邂逅を経て、数日後。
才賀家の千種・紬・巴とシルキィは、休日の公園に来ていた。
家族とのジョギングと拳法の鍛錬のためだが、千種としてはブラムストーク王国へ向かう前の準備運動の意味合いも兼ねている。
しかしそんな準備運動の前のジョギングの段階で、シルキィはもう息を切らしていた。
「ぜぇー、はぁー、ひぃ……ぐふっ」
「シルちゃん、もしかしてあんまり体力ない?」
「そ、そんなことないとも……ワタシは完璧なハイパーサイエンティストなんだからねぇ……ぜぇ、ふへぇ……」
膝に手をついて地面を見下ろし、今にもへたり込みそうなシルキィ。
その彼女の背を、千種はそっと撫でた。
「無理しねーで休んどけって。息切れしてんぞ」
「ぅ、うん……ありがと……」
シルキィを公園のベンチに座らせ、改めて妹と母の方に向かうと。
グッと拳を握り締めた千種は、二人の隣に並んでゆっくりと構えを取る。
「じゃあ、始めるか」
「おー!」
言うなり、千種と紬は形意拳・八卦掌・太極拳の套路をそれぞれ順番に繰り返し始めた。
決められた型を丁寧に反復するのが最も効率的な練習法とされており、既に紬の動きも練達しつつある。
だが彼女より速く生まれて習得を始めた分、千種の動作はそれ以上のもので、風を切るような音と勢い良く突き出る拳や掌は彼の強さを物語っていた。
「二人ともやるようになったわね。だけど、まだまだ功夫が足りないわ」
兄妹の鍛錬を見ながらそう言ったのは母たる巴だ。
彼女の方はと言うと、千種のような素速さと力強さはない。ゆったりと円を作るように足を運び、腕も螺旋を描くように動かしている。
風貌の美しさも相まって華麗ではあるが、師匠と言うにはどこか力不足ではないか。
シルキィがそう思った、次の瞬間。
「ん?」
ほんの僅かに、地面の雑草が巴の方に向かって『揺れた』気がした。
否、気のせいではない。円の運動を行う彼女を中心として、本当に風が吹いている。
地面に落ちた葉っぱが風を受けて漂い、巴の手元に集まっていく。さながら、彼女自身が風を生み出しているかのように。
「え、え? 何?」
あまりの現実離れした光景に戸惑うシルキィ。
直後、巴が目前の空間に向かって、目にも留まらぬ速度で拳を突き出す。
すると何かが裂けたかのような『ボンッ』という音が響き、命中していないにも関わらず、拳圧のみで周囲の葉っぱが木っ端微塵に砕け散った。
「いずれはこのくらいできるようにならないと」
涼しい顔でそう告げると、巴は両手をパンパンと払う。
千種と紬はその見事な技に拍手を送り、しかしシルキィの方は称賛よりも前に困惑が勝っていた。
「え、いや、あの……今の何……!?」
「母さんの拳法だ。あの人は中国拳法の達人、いわばカンフーマスターなんだよ」
「いやいやいやいやいや!? どんなに極めたって普通人間にあんな事できないでしょ!? なんでキミら平然と受け入れてんの!?」
「ンな事言われても……なぁ?」
兄妹にとってこれは見慣れた光景なので、然程驚きはしない。
さらに巴は、驚くシルキィに対して補足する。
「このくらいだったら私以外にもできる拳法家はいるわ」
「えぇ……怖……」
ひょっとしたらこの星の一部の人間の中には、変身しなくてもマキナイトにある程度太刀打ちできる者もいるのではないか。
そう思わせるほどに、巴の力はシルキィにとって衝撃的だった。
一方、千種は母の技量と自身との差を再認識し、分析を始める。
「素速く動くのも大事だけど、緩急をつけて攻撃を誘い出したりする戦い方も必要って事だな……」
実際のところ、シモンの変異したルーガルーを前にした時、いつもの拳術ではほとんど太刀打ちできていなかった。スピードに特化したドラゴンアーマメントを使ったとしても結果は変わらなかっただろう。
ならばギミックアンバーを使い分けるだけでなく、自分自身の扱う拳法をより練達させる必要がある。
千種は巴の動作を参考に、次の戦いに向けて鍛錬を再開した。
そして、しばらくの後。
巴と紬は帰宅し、千種の方はシルキィと共に瑠璃羽と合流するべくショッピングモールで待ち合わせる。
しかし瑠璃羽は集合時間の15分後に姿を見せ、頭を下げた。
「すいません、お待たせしてしまって……」
「いや、そんなに待っちゃいない。でもお前が遅刻するのは珍しいな? なんかあったか?」
尋ねられると、瑠璃羽は落ち着かない様子で返答する。
「実はその、朝から貂ちゃんにどこへ行くのかずっと質問されてて……」
「あ~」
「最近先輩と会ってばかりだから、不審に思ってるみたいで……まずい、ですよね」
「うぅん……」
悩む千種。
このまま怪しまれ続けていては、今後の活動に支障が出る。せっかくX-ROSSと協力関係を締結できたというのに、肝心な時に連携が取れなくなるかも知れない。
しかしその話を聞いたシルキィはというと、なんだそんな事かとでも言いたそうに首を傾げた。
「何もかもバレてるワケじゃないんだろう?」
「それは、はい。あっちの事は一切話してませんから」
「だったら問題ないさ。さぁ行こう、ソーマに言われた通り、まずは信頼を勝ち取らないとね」
そう言ってウィンクすると、瑠璃羽と千種の背を押して人の気配のない駐車場の物陰へ導き、そこでブラムストーク王国のX-ROSSのアジトへとパスを繋いだ。
「あ、あれ……!? いない!? 一体どこに!? どうやって!?」
遠くから彼らを尾行していた貂が現れたのは、その直後だった。
※ ※ ※ ※ ※
「来たか。丁度、君たちに頼みたい事がある」
無事に設定したアジトの座標に到着すると、すぐにソーマが出迎えてくれる。
そして例の円卓まで一行を導くと、そこで全員椅子に座り、会議が始まった。
「貴族の領地から帰還した部下の報告によれば。先日、男爵級マキナイトが同じマキナイトに処刑されたらしい」
「へぇ……なんで?」
「理由はどうでも良い、貴族間の諍いに興味はない……が、この状況は利用できる。君たちに頼みたいのは、その処刑を行ったと思われるマキナイトの抹殺だ」
「誰だか分かるのか? 場所も?」
ソーマは首肯し、件の敵の詳細を語り始めた。
タルフ・プレラーティ。爵位は子爵、四傑伯の青髯卿によって黒の貴族となった元人間であり、蒸機技師でもある。人間だった頃から王国では有名な人物だったのだが、それは良い意味ではない。
彼は自分の発明を完成させるため、あろうことか人間を、それも主に小さな子供を使って、何度も人体実験を行っていたのだ。自らの手で、マキナイトに対抗するための
しかし犠牲者の存在を無視されるはずもなく、全てが露見した事で人間側の王国軍に逮捕されるが、そこを青髯卿が救助した事によって彼も寝返りマキナイトになったのだという。
以来、彼の子爵領では今も人体実験が行われている。今度はマキナイトを打倒するためではなく、より強力なマキナイトを生み出すために。
「敵側にも蒸機技師がいんのか……厄介だな、そりゃ」
「ああ。だからなるべく速くに潰しておきたい。君たちとは別働で制圧部隊を用意する、子爵を襲撃するならその前に連絡を寄越してくれ」
一大事と見て千種は了承しようとするが、その前にシルキィが口を挟んでくる。
「でも大丈夫なのかいソーマ? 確かにプレラーティ子爵を倒せば黒の貴族に大打撃を与えられるが、同時に彼らの警戒心も大いに高まるよ?」
「そこは君の言う通りだが、ダイナストの存在が既に知られている可能性が高いからね。どの道誰を襲おうと、僕らは多くの貴族から目を付けられる事になるだろう……幸いな事に向こうはまだこちらを侮り切っているようだが。せっかくなら、大物を派手に打ち負かして思い知らせてやった方が良い」
「で、その勢いに乗って一気に攻め立てるというワケか」
シルキィが出した結論に頷き、ソーマは再び返答を待つ。
彼女の方からも瑠璃羽にも異論はもうないようで、千種も決断し、首を縦に振った。
「分かった、プレラーティってヤツは俺らで対処する。他に何か注意した方が良い事とかあるか?」
「……ひとつだけ、気になる噂を聞いている」
「噂?」
「それが……」
詳細を聞き出そうとした、その時。蹴破るような勢いで、会議場の入口の扉が音を立てて開かれた。
何事かと思って一同が振り返れば、そこには千種よりも長身な一人の女が立っている。
ソーマと似た長いコバルトグリーンの髪に、紫色の瞳。左目には赤い眼帯をつけ、右足は真鍮製の機械義足。
青い十字架のコートを肩に掛けた彼女は、ソーマと千種の姿を見つけると口角を釣り上げて近づいて来る。
「おぉっ! お前らが噂の新人かぁ!」
眼帯の女はそう言うなり、千種と瑠璃羽の身体を両腕で抱え込むようにして引き寄せた。
「うお!?」
「ひゃ!?」
瑠璃羽以上に大きく柔らかい胸の感触が二人の体に伝わっていき、その様子を見たシルキィはむっと表情を強張らせる。
抱き着かれた二人が狼狽する中、その眼帯の美女は自らの名を明かす。
「アタシはソニア・フェニックス! フェニックス家の長女だ、別働隊としてアタシも子爵領に行くからよろしくな!」
満面の笑みを浮かべ、ソニアと名乗ったその女は千種たちの頭を満足気に撫で回す。
そんな千種たちに助け舟を出すように、ソーマは自身の頭を押さえながらも声をかけた。
「姉さん……スキンシップはその辺で。というか酔っ払ってるね?」
「硬いこと言うなよソーマ~。久々に帰ってきた姉さんを労ってくれよ~」
「まったく、しょうがないな……後で飲みに付き合ってあげるから、彼らを解放してやってくれ」
「へへへ」
至極気分が良さそうに笑い、ソニアは二人から腕を離す。
すると気を取り直して、と言った様子で、ソーマは話の続きを語り始めた。
「実は子爵の領土で調査をしていた姉さんの部下から報告があったんだ。なんでも……『見たことのない、二本角を生やしたマキナイトがいる』とか」
「二本角?」
千種も瑠璃羽も顔を見合わせ、首を傾げる。ソニアは右目をハッと見開き、拳を握り込んだ。
心当たりがあるとすればシモンの変異する邪甲騎士ルーガルーくらいのものだが、アレは紫色だし、何より他にも分かりやすい特徴がある。
シルキィの方にも目で問いかけるものの、彼女も首を横に振った。
「ワタシも聞いた事はない……が、ひょっとしたらプレラーティの実験体かも知れないね」
「どういう事だ?」
「さっき言っていたけど、プレラーティは蒸機技師だ。ヤツも機甲虫を作れるんだよ。だから、実験の中で誰も見た事のないマキナイトを生み出してもおかしくはないだろう?」
そう結論づけるが、しかしソーマは否定する。
「最初は僕も同じ見解だったが、だとしたら妙な部分があってね」
「というと?」
「そのマキナイトは、同じマキナイトを襲撃していたらしい」
マキナイトを攻撃するマキナイト。
同士討ちを引き起こすような事があれば、黒の貴族の間で大きな問題になるはず。そんなリスクを犯すだろうか?
その話を聞いた瑠璃羽は安堵したような顔になり、千種は不審そうに眉をひそめ、シルキィは腕を組んで唸り声を発する。
「も、もしかして、味方……なんでしょうか」
「そうとは限らねぇ、敵の敵は味方なんて理論が通用する相手か? 人喰いの怪物だぜ?」
「あ……」
「俺たちを見るなり襲いかかって来るかもな」
「ひぇ……」
想像して恐ろしくなったのか、瑠璃羽は涙目になって身を震わせた。
一方、シルキィは熟考の後に立ち上がり、退室の準備を進める。
「何にせよ警戒すべき相手だね。情報をありがとうソーマ、そろそろ行ってくるよ」
「くれぐれも気を付けて」
ソーマが無事を祈って礼をした後に、千種たちは目的地であるプレラーティ子爵領へと向かった。
だがそんな様子に気付いていないのか、ソニアは眼帯をした左目を押さえて俯いている。
「……どうしたんだい姉さん?」
「ん、あぁいや」
やや青ざめた表情であったが、すぐに頭を振って弟へ笑顔を見せた。
そして、表情を引き締めてからソーマに向かって話を始める。
「実は、向こうで潜入してる時にアタシも変な噂を聞いた事があるんだよ」
「噂?」
ソニアが首肯し、続きを語った。
「『緑色の斬り裂き魔』って噂なんだけど……」
※ ※ ※ ※ ※
「助手くん、これを渡しておくよ」
移動の最中、装甲車内にて。
運転席にいるシルキィは、ハンドルを片手で持ちながら、水色のギミックアンバーを千種へ渡す。
「新しいヤツか」
「そ。向こうで使ってみると良い、君の母君が見ていた……かんふー映画? とやらを参考にしたんだが、博士くんの協力もあってなかなか面白い仕上がりになったよ」
「へぇ……」
興味深そうに笑みを見せると、千種はそのままギミックアンバーをポケットに入れる。
そしてしばらく進んで子爵の領土に近づいたところで、千種のみが降り、ダイナスティドライバーを装備して潜入を開始した。
「来い! ダイナストォォォーム!」
天に向かって叫ぶと、彼の愛機であるダイナストームが出現。
それに跨り、千種は子爵領に向かって走り出す。
ややあってレンガで舗装された道に出て家屋の並ぶ地点に辿り着くと、シルキィから連絡が入った。
『状況はどうだい?』
「相変わらず外には人がいねぇな。こんな状況じゃ、出歩きたくねぇって気持ちは分かるが……うん……?」
街路をバイクで走り続ける中。
千種の視界にあるものが入り込み、一度停止する。
そこにあったのは、壁やレンガの石畳の傷、倒れた街灯などに見られる『痕跡』であった。
しかもそれは普通の破壊痕ではなく、石も木も金属すらもキレイに
「なんだ、こりゃあ……!?」
『先輩、どうしたんですか?』
「すぐ映像送る、ちょっと確認してくれ」
N-フォンのカメラを通して、千種は瑠璃羽とシルキィへと映像を送る。
二人ともしばらく考え込んでいたものの、結論は何も出なかった。
『全く分からない。なんだこれは?』
『それに、丸い痕だけじゃなくて刀傷みたいなものも見えます。ここで戦いがあったのは間違いないと思うんですが……』
「何にせよ、道路がこれじゃ走りづれぇ。一旦歩くか」
言いながら千種がダイナストームから降りた、その時。
不意に路地裏からキラリと光るものが見えた気がして、彼は反射的にその方向に首を向けた。
直後、その銀色の光る物体が、ナイフが千種目掛けて飛んで来る。
「うおっ!?」
間一髪のところでナイフは頬をかすめ、音を立てて背後の壁に突き刺さった。
投擲した張本人は、フードのついた大きなマントで姿を隠している。しかし、足に緑色の金属光沢が見えるところから、明らかに人でない事が分かる。
マントの人物は仕留め損なった事に気づくと、背を向けて走り出す。
「チッ、野郎……!」
『どうしたんですか先輩!?』
「敵だ!」
短く告げた千種はすぐに白いギミックアンバーを手に取り、それを装填する。
《
「変身!」
《
「逃さねぇ!!」
《
選んだのはスピードタイプのドラゴンアーマメント。呼吸のリズムを整え、すぐさまマント姿のマキナイトの隣に追いついた。
「喰らいな!」
言うが早いか、ダイナストは腰から銃を抜いて即座に撃つ。
だが、その瞬間に相手側も小さなスローナイフを投げて銃弾を弾き逸した。
「なっ!?」
「……」
明らかに人間離れした業に驚く中、マントのマキナイトは背中に腕を回してククリナイフを左右の手に取り、それを振り被って襲いかかって来る。
ドラゴンアーマメントほどではないものの、凄まじい脚力から繰り出された斬撃に、ダイナストは身をかわすしかできなかった。
「こいつ、何なんだ!?」
『ダイナスト、今ソーマから連絡が入った! ひょっとしたらそいつは斬り裂き魔かも知れない!』
「斬り裂き魔!?」
シルキィ曰く。ここ最近、黒の貴族たちの領地で奇妙な噂が流れていたらしい。
緑色で手に刃を持ったマキナイトが夜な夜な街を徘徊し、人間もマキナイトも無差別に襲撃して臓腑を路面にぶちまけ、貴族の追跡を振り切って捕まることなく去るのだという。
真相はソーマにもソニアにも分からなかったが、目の前にいるのがその斬り裂き魔の可能性があるのだ。
「だぁかぁらぁ……そういう情報はもっと速くよこせってぇんだぁぁぁ!!」
八つ当たり気味にダイナストが叫び、斬り裂き魔と思しきそのマキナイトのマントを引っ掴む。
そして斬り付けられる前に、その布を素手で引き裂いた。
「その面見せろ! ナイフ野郎!」
地面に破れたマントが落ち、赤い満月の下に曝される本性。
頭から天に向かって伸びる
例の斬り裂き魔に相違ないと確信するが、それと同時にダイナストはある情報とも彼を結びつけた。
「……まさか、こいつ! 例の二本角か!?」
『なるほど。確かにあの触覚、暗がりで遠目なら角に見えなくもないね』
『正体は恐らくキリギリスです! 名付けるとすればカティディッド・マキナイトと言ったところでしょうか……!』
「やっぱこいつも、敵は敵だな。ここでブッ潰す!」
ダイナストのその言葉に呼応するように、両手に一本ずつ持ったククリを構える斬り裂き魔、カティディッド・マキナイト。
逃げられないと見たのか、再びククリナイフを振り上げ、脚力を活かして正面から飛びかかって来た。
「速い……が!」
呼吸を乱す事なく、スピーディに拳をカティディッドの顔面に叩き込むダイナスト。
その一撃で怯んだ隙を突き、今度は掌底でククリを地面にはたき落とした。
「この形態なら対応できる!」
続けて腹への蹴りを繰り出すが、キリギリスのマキナイトの方もただではやられない。
距離が開いた瞬間に、素速くナイフホルスターへと手を伸ばし、Yの字型の金属製の奇妙な物体を取り出す。
それの中央にあるボタンを押すと、三つの反り返った刃が飛び出して投擲武器に変形した。
「ハッ!」
まるで手裏剣のような形状のそれを、カティディッドは両手でひとつずつ投げつける。
とはいえ、それでも現在のダイナストならば回避できる攻撃。横っ飛びで難なく回避できた。
だが、それが仇となる。
そのマキナイトが手裏剣を投げつけた方向にあったのは、真鍮のパイプ。刃によって切断された瞬間、裂け目からダイナストの方へ蒸気が噴出した。
「ぐ!? しまった……呼吸、が!?」
ギンヤンマを元にしたドラゴンアーマメントのスピードの要は空気、呼吸のリズム。口部や身体に配備された呼吸器官から安定した状態で空気を取り込む事によって、凄まじい速度を維持し続ける事ができる。
だが今、それが蒸気の流入によって乱されてしまった。
見る間にダイナストの身体速度は低下。足取りが重くなり、隙を曝してしまう。
そしてそんな隙を、カティディッドは見逃さなかった。ホルスターから幅の広いマチェットナイフを抜き、それを袈裟に振り上げた。
「があっ!?」
ダイナストの胴の装甲に火花が散り、大きな傷跡が刻まれる。
ドラゴンアーマメントは速さに特化した強力な形態だが、同時に蒸気やガスを吸い込んでしまうかも知れないという明確な危険性を孕んでいる。おまけに、装甲も他のアーマメントに比べて薄い。
今回はそれらの弱点が露呈する形となった。
このままでは勝てない。そう考えた故に、ダイナストは即座に別のギミックアンバーを手に取る。
「こいつを試すか……!」
そう言った彼の手の中にあるのは、新たに与えられた水色のギミックアンバー。
しかし何か厄介な事をしようとしていると察知したのか、カティディッドの方もマチェットを手に迫って来た。
まだ身体の動きは鈍いが、なんとかしてアーマーコンバートしなければ勝ち目はない。
仮面の中で頬に冷や汗が垂れるのを感じつつ、ドライバーからギミックアンバーを抜き取ろうとした、その時。
「見つけたぞ!!」
そんな声が、頭上から響いて来た。
何事かと思って見上げれば、そこには横にも縦にも大きなずんぐりとした体型の、腕と脚の付け根に剛毛が生えている真っ黒なマキナイトがいる。
少なくとも素早そうにはとても見えないその怪人は右腕に大きな大砲のようなものを持っているが、砲弾が込められているようには見えなかった。
「なんだアイツ!?」
「ふん、最近現れたとかいう小賢しい人間も一緒か? これは好都合!」
「プレラーティ子爵の配下か!」
「その斬り裂き魔は我らが捕獲する! そして貴様にも来て貰うぞ、人間! 子爵様の実験対象としてな!」
言いながら大砲のマキナイトが自分の足元の石造りの屋根を左手で突くと、その手がまるで柔らかな泥にスコップを刺したかのように容易くヌルンと滑り込む。
さらに、そのままアイスクリームディッシャーさながらにくり抜き、石の球体を作り上げた。
「なに!?」
「喰らえぃ!!」
続いてその石球を大砲に込め、ロクに狙いも付けず放つ。
ただそれだけで、路地裏の地面が
「うおおお!?」
間一髪、ダイナストもカティディッドも、引っ繰り返った飛礫や土砂を被りはしたが直撃を避ける事はできた。
雑な攻撃でもこの有様なのに、もしアレに直撃したら。
そんな想像をしていると、瑠璃羽が通信機越しにぽつりと呟く。
『ひょっとして……スカラベのマキナイト?』
「それってフンコロガシの事だろ!? 確かに丸くしてっけど、そんなんアリかぁ!?」
驚いている間に、左腕を建造物に突っ込みながらスカラベ・マキナイトがデッドアントを伴って落ちて来る。
相性が良くないと見たのか、カティディッドは既に退散している。しかし残されたダイナストは、諦めずにドライバーのものと先程の水色のギミックアンバーを入れ替えた。
《
「冗談じゃねぇ、こんなところでやられてたまるか」
《スワロウテイル!
「アーマーコンバート!」
《
今までと同じように、キーをひねってレバーを倒す。
すると、ギンヤンマの意匠を持つドラゴンアーマメントの装甲が分離し、代わりに柔らかな曲線を描く水色の装甲と滑らかな薄い絹のようなものが装着されていく。
《
「消え失せろ
そう言った彼の姿は、まるで中国舞踊の意匠のような、あるいはオオルリアゲハを彷彿とさせる、袖などの大きく余ったヒラリヒラリとした優雅な姿であった。
一体それでどうやって戦うというのか。やや困惑しながらも、スカラベはダイナストに向かって砲弾を放つ。
そして。
ドラゴンアーマメントに比べ緩やかな動作で歩み寄るダイナストが、そのまま前に進んで正面から石塊を受けたように見えた直後、砲弾が彼の背後へ
「なっ……!?」
何が起きたのか分からず、しかし攻撃の手を止めるワケにもいかないので、スカラベは何度も何度も周囲の物体を丸めて放つ。
その度に、ダイナストは先程と同じように砲弾を受けながら前進し続けた。
「いいね、こりゃなかなか面白い」
「ど、どうなっている!?」
ダイナストの新たなアーマメント、スワロウの能力。
それは軽量化された布状の装甲と、脱力した柔軟な肉体によってもたらされる『絶対の防御』。
スカラベの砲弾はすり抜けたのではなく実際には命中しており、肉体に触れた瞬間に前進しながら僅かに身を逸らしていなす事で、衝撃を吸収・分散する形で無力化していたのだ。
ライノビートルの堅剛な装甲ともドラゴンフライのスピードによる回避とも違う、遅く柔軟な守り。それがスワロウテイルの強みである。
「なぜだ、なぜ当たらん!?」
後退りしながら、スカラベは何発も砲弾を発する。
しかし、まるで宙を舞う蝶のように、ダイナストは軽やかに攻撃を流し続け、ついには拳の届く距離まで詰める事に成功した。
「くっ……だがその程度のスピードで! プレラーティ卿に調整されたこの堅牢な甲殻を破れるワケがない!」
そう言ってスカラベは左腕でその身を守ろうと動く。
瞬間、ダイナストは彼の腕に向かって、回転運動を加えながら掌打を繰り出した。
他の形態に比べ、決して速くないその一撃。しかしその攻撃は、身を守ったはずのスカラベの左腕の先にある胸部にまで浸透する。
「がはっ!?」
「確かになかなかのモンだが、悪いな。拳法には内部に直接衝撃を伝える技もあるんだ」
ダイナストはその言葉の直後に、さらに何度も掌を打ち込んでいく。
その打撃の威力は表面ではなく内部に伝わり、鈍重なスカラベ・マキナイトを苦しめ続けた。
ついには激痛で立っていられなくなり、決定的な隙が生まれ、その瞬間にダイナストがホーングリップを三度倒す。
《
「ハァァァ……!!」
ダイナストの足運びが、構えを取る姿勢が、風を呼び空気を震わせる。
公園で巴がやった太極拳のように。
《スワロウテイル・ダイナスティスマッシュ!》
「ウォラァッ!!」
瞬間、スカラベの胸に掌底が炸裂。
体内で掌底の衝撃が暴れ狂い、風船が破裂するかのようにそのマキナイトは爆風と共に消し飛んだ。
《
「俺の勝ちだ……!」
地面に落ちたフンコロガシの機甲虫が目の前で粉々に砕けるのを見届け、ダイナストは変身を解除した。
「ったく、入ったばかりだってのにこれかよ」
『さっきの斬り裂き魔も逃げたし、この先も手強そうだね。ルーガルーの存在も気がかりだ』
シルキィたちとそんな会話をし、千種は一息つきながら夜空を見上げる。
「にしても……いつ見ても不気味な月だぜ」
「はあぁ……今宵の月も美しい……」
一方。
プレラーティ子爵領の館の最上階で、闇夜に浮かぶ満月を見ながら、ひとつの影がそう呟いた。
頬を上気させ蕩けたような眼をするその人物は、一糸まとわぬ姿で佇んでいる。
「邪龍の王が創りし常夜の世界……永久に浮かび続ける血の瞳……あぁ、いつになれば私のこの細く脆い手は御身に届くのでしょう……ヴラディス・ド・ラクール王……」
その裸身の人物の声と顔立ちは中性的で、それだけ見ればどちらともつかない。
しかし、男だとすれば胸に
さらに首から下と上半身から下に縫い目があり、四肢にも同じく縫い合わせた痕が見て取れた。
「いと高き愛しき王の血の力を超えるためならば、この私は……いくらでも屍を築き上げてみせましょう。いつかあなたに届くまで」
そう言って、今度は窓の外を見下ろす。
血と腐臭の漂うそこに広がるのは、おびただしい数の死体と、それを食らうマキナイトの姿だった。