ブラムストーク側の蒸機技師であるプレラーティ子爵を倒すため、子爵領に忍び込んだ千種。
その途中で斬り裂き魔のカティディッド・マキナイトや、プレラーティの配下であるスカラベ・マキナイトと交戦し、辛くも勝利を収めた。
しかし、本来の目的であるプレラーティの館までは未だ辿り着けていない。
戦闘の疲労もあったので、ひとまずは使われていない廃工場を安全地帯として確保し、ここを仮の拠点として一度シルキィ・瑠璃羽と共に身を隠した。
「広いし入り組んでるし、なかなか目的地が見えて来ねぇな。どうなってんだこりゃ」
「こんなところで生活していたら迷子になっちゃいそうです、貴族の人たちは不便じゃないんでしょうか?」
不思議そうに瑠璃羽が呟くと、シルキィは頭を振る。
「逆さ、それが狙いなんだ」
「逆?」
「万一脱走されても外へ逃げられないように、こうして迷路みたいにしてるんだよ。そして逃げ疲れたところを捕らえるのさ」
なるほど、と瑠璃羽が納得するも、今度は別の疑問を千種が口にした。
「でも、例の斬り裂き魔は脱走犯なんだよな?」
「そこはワタシも気になっていた。順当に素早く迷路を通り抜けたか、跳躍力で切り抜けたのか? それとも」
「……強すぎて敵を寄せ付けなかったか、だな」
シルキィが首肯する。
実際、斬り裂き魔ことカティディッド・マキナイトは変身した千種も手を焼くほどに強く、ドラゴンアーマメントの特性を見抜いて対処する機転をも併せ持っていた。
スカラベ・マキナイトが介入した際には向こうが退いたが、次に全力でぶつかり合えば果たして五体満足でいられるかどうか。
とはいえ今はそんな事を話し合っても仕方がないので、これ以上脱線する前に本題に戻った。
「にしてもどうするよ? 虱潰しに探してちゃ埒があかねぇ、道を聞こうにもデッドアントどもは会話にならなさそうだし他の貴族だって簡単に口を割らないはずだ」
「住民の方に尋ねるのは……」
「それも難しいだろうな。連中も、貴族に目を付けられたかないだろう」
「そうですよね……」
うんうんと唸って悩む一行。
そんな折、廃墟の入口から微かな物音を耳にする。
「誰だ!?」
千種が立ち上がってドライバーを手に取ると、すぐにその音を立てた本人が現れた。
「そう警戒しないでくれ、アタシだよ」
声の主はソニア。彼女の顔を見ると三人は一瞬安堵するものの、すぐに疑問が口から出てくる。
「どうしてここに……作戦開始はまだですよ!?」
「あんたらが困ってるんじゃないかと思ってね。それより、アタシはついこの間まで潜入捜査してたんだ。道に詳しいよ」
「本当か!?」
「もちろん。それから、こいつを届けに来た」
彼女が持ち込んだ鞄から取り出して見せたのは、手の平サイズの金属の球体。
ソニアはニッと笑い、それについて説明する。
「これは蒸気式小型爆弾だ。見た目よりずっとブッ飛んだ代物でね、こいつを館の内部で起爆する。別働隊にもいくらか持たせた。ヤツら泡食うハメになるだろうぜ」
自らの左腕を布で拭いながら、ソニアは言った。
よく見ればその腕には擦ったような傷ができており、血も流れているようだ。
「その怪我は?」
「ここに来る途中でちょいとやり合ってね。なぁに、追われる心配ない。姿を見たヤツは始末した」
「すげぇな、生身でマキナイトを……」
「アンタほどじゃないよ。生身じゃデッドアント相手でも油断できないし、変身して強くなれるアンタが羨ましい」
左目の眼帯に手を当てながら、彼女は苦笑する。
その目も右足を補う義足も、恐らくマキナイトとの激戦の末に失われたのだろう。
それでもなお戦いを諦めないソニアを、千種は心から尊敬すべき相手であると感じていた。
「案内する前に言っておくが、館の中はマキナイトだらけだ。プレラーティの配下だけじゃなくて、実験体までうじゃうじゃと。やれるかい?」
「やらなきゃ俺たちが進めねぇだろ」
「良い答えだ」
ソニアはニッと笑顔を見せると、千種を抱き寄せて頭を撫で回す。
「んなっ!? な、ななな何をしてんだよ!?」
「あは! 照れんな照れんな!」
千種の顔が耳まで赤くなるのを面白そうに見ながら、ソニアは可笑しそうに笑う。
一方、シルキィの表情は至極不満そうで、やや怒りの込められた咳払いをして二人の注目を集める。
「じゃあ彼の案内よろしく頼むよソニア、他の襲撃班も待たせてるんでしょ」
「ああ、付いて来てくれ」
こうして千種は、彼女の後についてプレラーティの討伐を目指すのであった。
数十分後。
千種たちはマキナイトたちの視線を避けながら進み、大きな館の付近に到達する。
周囲の暗さのせいで館の全容は外からでは把握できないが、何やら細長く細かいものが絡みついているのが見て取れた。
「ありゃ蔦か? 男爵より上の階級だってのに館が手入れされてないというか……随分草が生い茂ってんだな」
千種が呟くも、ソニアはそれについて何も答えない。
代わりに、正門とは反対方向を指で差した。
「正面からじゃ確実にバレる、裏手の方にゴミ捨て場があるから、そこに隠れて使用人が開けるのを待つよ。で、今回は二人だから安全を考慮して鍵を奪ってから侵入する」
「了解」
そう短い返事をすると、千種はソニアと共に手早く焼却炉の方へと身を潜め、周囲の様子を窺う。
まだ誰かが来る気配はないが、気付かれてもいない。そうするとやや緊張感も弛緩していき、ある事に気付いた。
「なんか、妙に臭うな……何かが腐ったみたいな感じ。なんなんだこの異臭は」
「あんまり気にしない方が良いよ」
ソニアはどこか素っ気なく言いながらも、敵の気配を探り続ける。
そして、その時は来た。
エプロンに返り血が付着した、長いスカートのメイドだ。両手には麻袋をひとつずつ持ち、虚ろな目でそれを引き摺って焼却炉まで歩いている。
千種はソニアと視線を合わせると、彼女が袋を開いた瞬間、二人がかりでメイドを取り押さえた。
「よし、俺が脚押さえておくんですぐに鍵を」
「はいよ」
ソニアはすぐにメイドの身体をまさぐって鍵を発見し、そのまま驚く女の顎を打って昏倒させる。
そして麻袋の口を縛っていた縄を使い、身動きも取れないように両手足を縛って猿轡代わりにエプロンを剥いで口を塞いだ。
妙に手慣れた作業に千種は目を白黒させつつ、先程からゴミ処理場と同じ異臭を放つ麻袋を見下ろした。
「にしてもなんだ? この袋、は……!?」
中身を見て、彼は言葉を失う。
そこにあったのは、ほとんど骨だけの無惨な死体。指の欠けた手足。噛み跡の残る半分だけの臓器。陰部と臀部を食い千切られた下半身。血の気を失った、眼球のこぼれた人間の頭。
老若男女を問わない、人間の死体だ。
「う……!!」
思わず目を背け、そして千種は気付いた。
先程から漂っている臭い。それは、ゴミ捨て場に放り込まれた遺体の死臭だったという事に。
さらに、もうひとつ。館に纏わりついている蔦のようなものの正体。
「ぐ、まさか……アレ全部……」
その紐状の物体は全て、人間の臓器を結んで作った手製の装飾だった。
屋根の方には数多の人間の頭部や手足を柵に串刺したものもあり、鳥に啄まれたのか目玉が欠けていたり指のないものがある。
そして、理解した。もしこの街に貴族へ内心敵意を持っている者がいたとして、そういった者たちが声を上げるのは難しいだろうと。
暴動を起こそうとプレラーティの館に来たところで、この惨状を前にすれば士気が一気に衰える事など、目に見えているからだ。
「ふざけ、やがって……!!」
歯を軋ませ、憤りのままに拳を強く握り込む千種。
するとソニアが、冷静な口調で彼を諫める。
「怒るのは良いけど、激情に流されすぎちゃいけないよ。作戦を台無しにしないためにもね」
「……。……分かってる、分かってるよ……俺は冷静だ」
深い溜め息の後に顔を上げ、千種は意を決してソニアの方に向き直った。
「行こう。早いとこプレラーティをブチのめさねぇと気が済まねぇ」
「そこはアタシも同意見だ」
ソニアはそう言って千種の肩にポンポンと手を乗せ、安全を確認してから先行して館の内部に侵入する。
ここから先は敵の巣穴。改めて気を引き締めて行こうと考え、千種は足を踏み入れた。
※ ※ ※ ※ ※
一方、シルキィたちが拠点とした廃工場では。
「先輩、大丈夫でしょうか……」
瑠璃羽は、不安そうに溜め息をついてそんな呟きをこぼした。
それを聞いて、万が一のために即席の武器を用意していたシルキィは首を左右に振る。
「そんなに心配してもしょうがないよ。無事を祈るしかないさ」
「……そう、ですね」
シルキィの言葉に頷くものの、顔色は優れない。
そんな折、突如として外から足音が聞こえ始めて、二人は息を呑んだ。
正体はほぼ間違いなく味方ではなく、マキナイトだろう。それを予期した彼女らは静かに、しかし迅速に上階へ隠れる。
そして呼吸を潜め、脅威が過ぎ去るのを待つ。自分たちは上階にいるため、敵の数やこちらに気付いているかどうかといった情報は察知できない。
しかしそれでも待ち続けていると、唐突にその這い回りながら探るような足音が止まった。
「静かになった……?」
不思議そうにシルキィと顔を見合わせる瑠璃羽。
階下の様子を探りながら降りてみれば、既に敵影はそこにはなく、代わりにテーブルの上に手紙が置いてあった。
「この封筒はなんでしょうか?」
「分からない。それに、マキナイトたちはどこへ行ったんだろう」
とりあえず周囲に誰かが潜んでいるようではないので、シルキィはその封筒を手に取る。
「差出人の名前は……『V』? 誰だ? マキナイトなのか、それともレジスタンス? 中身を読んで確かめてみるしかないか」
言いながら封を切ると、シルキィは内容を黙読し始めた。
そこには、概ね次のような記述がされている。
『周囲をうろついていたデッドアントはもういない、この辺りに近づく事ももうない。しかしまた誰かが様子を探りに来る可能性はあるので、この街に用事があるならばすぐに済ませると良い』
シルキィは絶句し、横から見ていた瑠璃羽もその内容を見て青ざめた。
自分たちが隠れていた事がバレている。少なくとも、この手紙を書いた者には。
その上自分たちを襲うでもなく助言を与え、しかしながら姿も名も明かさずにマキナイトたちを下がらせた。このVという人物が何者なのか、読んだ事でシルキィにはますます分からなくなってしまう。
「このVという人物がプレラーティと通じている敵で、ワタシたちの事を騙そうとしている? いや、だとしたらそんな迂遠な事をしなくても直接連行すれば良い話だ。しかし味方だとしたなら目的が分からないし、姿を見せない理由も見当も付かない」
「まさに謎だらけ、ですね……」
「うむぅ……ひとまず、助手くんたちからの連絡を待つしかないな」
外への警戒は続けつつ、二人はそのまま潜入組の状況が動くまで再び待機する事となった。
※ ※ ※ ※ ※
「どうやらまだバレてねぇらしいな」
プレラーティの館に潜入した後、千種たちは慎重かつ迅速に進み、探索を続ける。
作戦を遂行するため、狙うべき場所は研究施設。
ここに例の小型爆弾を仕掛け、動揺を誘う。そして領地で警邏しているマキナイトが異変を察知し、館に戻っている間に別働隊が潜入、背後から強襲して敵戦力を削るという寸法だ。
最終的には館の中でプレラーティを倒すか、別働隊と挟み撃ちにするという形になる、とソーマが語っていた事を思い出し、千種は気を引き締めながら地下層の階段へと向かう。
「この先でいいのか?」
「ああ。確かこの階段を降りた場所に実験体の収容所があって、そのさらに奥に上へ繋がる階段があるんだ。研究所は館の中にあるが、そこから入るか壁を壊さない限り侵入できない作りになってる。だけど壁を壊して今騒ぎを起こすワケにはいかないから、正規の手段で行くしかない」
「外からは見えないし、中から入るにも入り組んだ場所になってんだな……そんだけ見つかりたくねぇって事か」
誰も周囲にいない事を確認すると、二人は素早く地下へ降りていく。
「にしても、良くそんな場所に気付いたな? 見取り図でもあったのか?」
「前に潜入した時、配下の連中が立ち話してるのを聞いたのさ。収容所の方に餌を持って行くのも見てたしね」
なるほど、と千種が頷いて地下に到着した、その直後。
うめき声と共に、何かが金属にぶつかる音が地下の空間内で反響した。
何事かと思って目を凝らすと、千種はハッとして口元を押さえる。
「な、なんだあの檻のヤツら……!?」
極力声を小さくしながら、ソニアに問いかけた。
そこにいたのは、身体を左右に裂かれて別人のものと縫い合わせたような姿になった人間や、腕の部分に他人の足を移植された者、あるいは背中に男女問わない無数の腕を無理矢理繋がれた異形のものたちだ。
半ば錯乱状態の彼らは、鉄格子に頭を何度もぶつけて血と涙と錆の混じったもので顔を汚している。
そして彼らの身体には、種類の異なる機甲虫が埋め込まれているのが見えた。
「プレラーティの実験体、その失敗作ってところか」
「ひでぇ事を……なんだってこんな改造しやがるんだ」
「……マキナイトを超えるため、だろうな」
「どういうことだ?」
言葉の意図が分からず、千種は思わず聞き返す。
すると彼女は、頭が痛むのか眼帯の辺りを押さえながら、ゆっくりと語り始める。
「かつて存在したっていう『蒸機戦艦』の話は誰かから聞いたかい?」
「シルキィがそんな事言ってたな。どういうモンなのかは知らんが」
「それはね、アタシたちの先祖が乗っていた空飛ぶ船なのさ」
「……なんだって?」
再び尋ね返してしまう千種。シルキィからは眉唾なものだと聞かされていたので、いきなり飛び出して来た情報に混乱したのだ。
それを咎める事なく、ソニアはそのまま話を続けた。
「御先祖様の遺した本によれば……かつてストーク王家は、空に住まう『神』から黄金の弓矢を賜った。王が家臣と共に船上で祈りを込めて空に矢を放つと、神の威光を示すように、雲を散らして黄金の光が地上へと降り注いだという。人々は光の神と王を崇拝し、その恩恵に与って生きて来た」
「じゃあ、その時使われた船が……?」
「ああ、それが蒸機戦艦の原型だったらしい」
だが、と区切って彼女は首を左右に振る。
「ある時生まれた邪悪な龍が、黄金の弓矢を王の手から奪って捨ててしまった。ヤツにとっては弓矢が邪魔なものだったからだ。邪龍は結果的に空から現れた神と戦って相討ちになったが、地上からは光が失われ、あらゆるものが破壊され、いつしか人間たちからは生きる希望も絶えて行った……そんな伝説さ」
「黄金の弓矢?」
「バカみたいな御伽噺だと思うかい? でも、神の件はともかくとして、アタシはこれが事実を伝えてるんだと思ってる。現にヴラディス・ド・ラクールの異名のひとつに『邪血龍』ってのがあるんだ、邪龍ってのがラクール王家やマキナイトを示してるんだとしたら辻褄は合うだろ?」
「……確かに」
「そして、その邪龍が弓矢を奪ったって事は、それがマキナイトの弱点だったってワケだ。で……今もどこかに弓矢があるのを知ってるから、万が一の事を考えて、最大の弱点を克服しようとしてるんだよ」
ソニアの確信と希望に満ちた言葉に、千種は目を瞠る。
「ヤツらの思惑はどうあれ、どっちにしろアタシは信じてるんだ。神の弓矢は実在して、今もどこかでもう一度地上を光で照らすのを待ってるって」
ずっと遠くを見つめるような眼差しで、ソニアは言う。
千種は相槌を打つ事も忘れるほど彼女の真っ直ぐな瞳に見入ってしまい、そのまま話に耳を傾ける。
「いつか蒸機戦艦を再現して、それに乗って……黄金の弓矢を見つけてみせる。そしたらさ、マキナイトのせいで滅茶苦茶になっちまった今の世の中も、きっと明るくなる。みんなも……生きる希望を思い出して、戦う勇気を持ってくれるんじゃないかって思うんだ」
「……叶うと良いな、その夢」
「叶えるさ、必ず」
フッと笑みを浮かべ、返事を返すソニア。
そうしている間に千種は研究所への入口を発見し、共にそこへ向かおうとした。
だが、その時。ソニアは自分でも意外そうな表情で頭を抱えてふらりとしゃがみ込む。
「どうした?」
「あぁ、いや。なんか少し気分が悪くなってね。心配ないよ、ちょっと頭痛がするだけだ」
「……無理すんな、研究所の方には俺が仕掛けて来る。すぐ戻るから待っててくれ」
少し考え込んだ後、彼女はやや力なく頷いた。
「じゃあその言葉に甘えさせて貰うよ、ありがと」
そう言ってソニアは近くの壁にもたれかかり、溜め息をつく。
千種の方は彼女の様子を確認してからすぐに動き、音を立てないように気をつけながら階段を登る。
どうしてもこの任務を成功させるため、そしてソニアの目指すものに一歩でも近づくために。
「してやりてぇよな、明るい世界ってヤツに……!」
それを実現するべく、研究所に到着した千種は手早く爆弾を仕掛けていく。
後は起爆装置を作動して騒ぎを起こし、攻め入るのみ。そして今その起爆のスイッチを持っているのは、ソニアだ。
設置している間に多少は休めたはずなので、実行に移すために千種は階下を目指す。
しかし、その時だった。
「それにしても、スモーキー侯爵はまた妙な連絡を寄越して来たな」
「ええ。人間が我らを脅かそうとしているなどと、あり得ません」
研究所よりも
千種は慌てて呼吸を抑えて地下への階段の方に向かい、物陰に身を隠す。
他にも出入口があるのは想定していなかった。仕掛けた爆弾が発見されない事を祈りつつ、様子を窺う。
「何より、プレラーティ卿。多少腕が立つからと言って、人間如きが貴族に勝てるはずがございません。恐らくスモーキー卿はあなた様が陞爵して伯爵に、いずれ侯爵になるのを恐れておられるのでしょうな」
「フフ……むしろ、そんな単純な男だったら良かったのだが。ヤツはもっと手強いよ」
会話している者たちの名を聞いて、千種は目を剥く。
そして、少しだけ覗き込んで顔を見た。
貴族の豪奢な衣服の上に白衣を纏っている中性的な顔立ちの人物。胸にやや大きな女性らしい膨らみが見えるが、下半身はスカートではなく男物のズボンだ。
話している内容から、その白衣の人物がプレラーティだという事が千種には分かった。隣に立つ礼服の老爺は執事なのだろう。
「ん……?」
ふと、プレラーティがピクリと片眉を上げたのを見て、千種は慌てて再び身を隠した。
「如何なさいましたか?」
「大した事では……いや、やはり何か妙だな。机に置いた資料のページが変わっている。誰かが動かしたのかも知れない」
「勘違いでは? ここに入れるのは私かプレラーティ卿ご自身のみです」
「いいや他にもいる。例えば、忍び込んだネズミとかな」
ドクンッ、と千種の心臓が脈打つ。
もはや一刻の猶予もない、今すぐ走って階段を降り、起爆しなければ。
千種がそう考えて立ち上がろうとした、その時。
「グルアアアアアッ!!」
地下への階段の方から、数体のマキナイトが勢い良く飛び出して来た。
背中に無数の腕を生やしており、もはや原型がどんな姿だったのか判別できないほどになっている。
その姿を見るなり、プレラーティたちは身構えた。
「やはりいたか、
「処刑する! BOAアクティベート!」
そう言って執事の老爺が変異を始めて交戦する隙に、千種は伏せたまま大急ぎで地下へと駆け出す。
地下の檻は全て破られており、爆弾はそのままだが異形の人間たちは姿を消している。
加えてソニアもおらず、代わりに起爆のスイッチが地面に残されていた。
「ソニア!? おい、ソニア!? どこ行った!?」
このままでは数分もしない内にプレラーティたちが地下の様子を見に来るだろう。となれば、この爆弾はすぐにでも起爆しなければならない。
「クソッ……ちゃんと逃げててくれよ!?」
爆弾の被害が及ばない一階を目指して走りつつ、今度は無線機を起動する。
通話先は、待機している味方のレジスタンスメンバーだ。
『やっと来たか……待ちくたびれたぜ姐さん!』
「いや、俺だ! ソニアがいなくなった!」
『なんだって!?』
「でも作戦は継続する! 起爆して、ソニアを探しながら敵を倒す! こっちでなんとかするから、あんたたちも当初の作戦通りに動いてくれ!」
通信機の向こうでざわつく声が聞こえ、やや遅れてから返事が来る。
『姐さんを頼む、必ず見つけてくれ!』
「分かってる!!」
そう返して、千種はダイナスティドライバーを装着。さらにファイアフライギミックアンバーを取り出し、装填した。
《
「変身!」
《
ファイアアーマメントに変身したダイナストは、即座に起爆スイッチを作動。
発光器から放つ光粒子による探知機能で周囲を索敵し、敵影やソニアの姿を探し回る。
地下と地上で爆発音が響くも、それを気にせず必死に調べ続けた。
「どこだ? どこに……」
周囲を見回っていると、ほんの一瞬。
背後の方で、光粒子のひとつが彼女の所持品だった眼帯に触れる。
慌ててそちらを振り向くダイナスト、しかしそこにいたのはソニアではなく、新しいマントを羽織ったカティディッド・マキナイトだった。
「探しものはこれかな?」
「斬り裂き魔!! なんでお前が……!!」
目を凝らしてみれば、男の声で話すキリギリスの怪物はその手に眼帯を持っている。
間違いなくソニアのものだ。ダイナストは怒りのまま問い質そうとするが、カティディッドはそれを予測し、背後を指で差して先んじて答えを提示した。
ダイナストはそこにいる人物を目にして、そして光粒子の反応を確認して、仮面の中で大きく目を見開いた。
「はぁ、はぁ……ぐ、う……」
視線の先にいるのは、眼帯が外れたソニア。荒い呼吸をする彼女の、眼帯の外れた左眼には――。
「機甲虫!?」
義眼の表面に埋まっているものを見て、ダイナストが呟く。
そして直後に、その機甲虫が赤く輝いて彼女は光に包まれた。
ソニアがBOAを発動したのだ。
「くっ!」
眩い閃光が晴れ、あらわとなったのは天を衝くような
深緑色の鋭角な甲殻に、妖しく光る赤い瞳。ズラリと並んだ牙をギチギチと鳴らし、両手には二本のカトラスを持つ。
ソニアの変異した怪人、スタッグビートル・マキナイトは獣のように咆哮すると、半ば放心状態のダイナストに向かって飛びかかって行った。