仮面ライダーダイナスト   作:正気山脈

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 ――数十年前。
 とある一人の青年が、幼馴染の女性に結婚を申し込んだ。
 マキナイトの支配による暗黒時代が続く中、彼らの密やかな婚姻は、怯える人間たちの心に光を与えた。
 祝福を受け、ほんの僅かな間でも訪れた幸せな時間を、二人とも歓喜のまま噛み締めていた。
 だが、その幸せなひとときは一瞬にして崩壊する。
 秘密裏に行われる予定であった結婚式当日、まだ男爵だったタルフ・プレラーティがその場に現れ、花婿も花嫁も自身の研究所に拉致したのだ。
 なぜ結婚式の事が明らかとなったのか? それを語ったのは、他でもないプレラーティ自身だった。
 筋骨隆々の黒光りする重厚なマキナイトの姿で、彼は言う。

「君たちは売られたんだよ。嫌なものだね、人間の醜い嫉妬と憎悪って」

 そして二人とも、夫や妻となるはずだった相手の目の前で散々に辱められた挙げ句、実験のために肉体を改造させられてしまった。

「あぁ……クリスチーヌ、クリスチーヌ……!!」
「エリック……助けて、エリック……!!」

 機甲虫を埋め込まれた結果、実験の途中で女の方は死亡。しかし男は生き残り、研究所から逃走した。
 その腕に、クリスチーヌという女の骸を抱えて。

「許さない……殺す……絶対に殺してやる……プレラーティも、俺たちを引き裂いた人間どもも!! 皆殺しだ!!」

 男は夜の闇に叫び、身を隠す。
 人もマキナイトも見境なく襲う『斬り裂き魔』の事件が頻発し始めたのは、それから間もなくの事だった――。


GEAR.09[双角騎士]

 プレラーティ子爵の住む館に忍び込み、爆弾を起爆させる計画を立てたソニア・フェニックスと、それに賛同した千種たち。

 潜入には成功するものの、当のソニア本人が姿を消してしまい、計画に若干の乱れが生じる。

 しかし今更中断する事はできず、起爆を決行すると、斬り裂き魔ことカティディッド・マキナイトと共に、ソニアが姿を現した。

 その義眼にクワガタムシの機甲虫を宿し、スタッグビートル・マキナイトとなって。

 

「どういうことだ……ソニア!? なんでお前がマキナイトになってんだよ!?」

 

 返事はなく、代わりに聞こえて来るのは獣のような息遣いと呻き声。

 異形に成り果てたソニアから思わず目を逸らしながらも、ファイアアーマメントのダイナストはカティディッドを睨めつけた。

 

「お前の仕業か!?」

「それは否定したはずだ。彼女が()()()()()()()()()()()私の責任ではない……とはいえ、たった今、君の眼の前で変異した原因については私の能力によるものだが」

「なに!?」

 

 キリギリスのマキナイトはそう言いながら、背の翅を拡げて天井を仰ぐ。

 

「私と彼女……ソニアは別々の時期に異なる場所で捕まり、このプレラーティ子爵領の研究所まで運ばれ、実験体として改造手術を施された。彼女は失っていた左目に機甲虫を埋め込まれ、私は喉に……結果として私たちは騎械の力を得た」

 

 そういうなり、カティディッドは翅をはためかせて口を開き、双方から同時に音を発する。

 するとスタッグビートル・マキナイトが頭を押さえて苦しみ始め、共鳴音が彼女やそこかしこから鳴り出した。

 

「これは……!!」

「非変異状態のマキナイトが持つ機甲虫を活性化させ、強制変異を起こす音波。それが私が手に入れた特別な能力……尤も、変異した者たちは自我が薄れてしまうのだがね」

「なんだと!? じゃあ、ソニアは!!」

「彼女はこの能力を受けた影響なのか、先程まで記憶障害に陥っていた。この館から命からがら逃げ延びて、マキナイトになってしまった事さえ忘れてしまっていたのさ」

 

 つまり、ソニアはX-ROSSのアジトに帰って来た時も、この子爵領で再会した時も記憶を失っていたのだ。

 そしてその封じられた記憶を呼び覚ましたのも、プレラーティの研究所へとマキナイトをけしかけた張本人も、眼の前にいるキリギリスの騎士である。

 

「お前は何者だ、目的は何だ! マキナイトを暴走させてどうする気だ!」

「プレラーティを殺す」

 

 そう言って、カティディッド・マキナイトは跳躍し、大きく穴の空いた壁から研究室へと向かっていく。

 

「私の名はエリック・ジャック。爆破騒ぎを起こしてくれてありがとう、しかし今は君と戦っている暇はない……私がプレラーティを殺すまで、彼女と遊んでいてくれ」

「待ちやがれ!」

 

 エリックと名乗った男を追跡しようとするダイナストだが、そこに立ち塞がるのはクワガタの騎士。

 狂乱状態の彼女の斬撃を慌てて避け、銃口を向けながら声をかける。

 

「クソッ! ソニア、目を覚ませ!」

「グウウウ……ウガアアアア!!」

 

 呼びかけても意味のある言葉が返って来る事はなく、代わりとばかりに白刃が頬を掠めた。

 ダイナストはその気迫に怯むが、グッと歯を食いしばって再び銃を構える。

 

「戦って正気に戻すしかねぇのか……!」

 

 トリガーを引き、光の弾丸をスタッグビートルに向けて放つ。

 しかしながらその弾は、目と鼻の先から発射されたにも関わらず、瞬時に振り抜かれたカトラスによって両断される。

 

「なっ!?」

 

 ソーマがアジトでやってみせたのと同じ技だ。ダイナストは続けてバックステップしながら弾丸を発射し、距離を取った。

 四方八方から襲いかかる追尾弾。だがこれも、舞うような剣技を扱うソニアによって全て消散させられてしまう。

 これまでのマキナイトとは桁違いの強さ。あのルーガルーにも全く引けを取らない技の冴えに、千種は思わず舌を巻く。

 

「でも……勝つしかねぇんだ!!」

 

 彼女自身が語った理想を、共に叶えるために。

 ダイナストは意を決し、銃を手に飛びかかった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「さて、普通ならこれで死んでいるはずだが……」

 

 同じ頃。

 爆発によって地下まで崩落した研究所を、カティディッド・マキナイトのエリックはじっと見下ろす。

 視線の先には、人体実験で生み出されたマキナイトや奉仕活動をしていた奴隷人間の、瓦礫に押し潰されて絶命した無惨な死体が残されている。

 ふと、その瓦礫の下からカランッという物音が聞こえて来ると、エリックはフンと鼻を鳴らした。

 

「やはり子爵級。一筋縄では行かない、か」

 

 直後に、残骸が遺体ごと持ち上がって大柄なシルエットが姿を現す。

 茶色い甲殻に身を包んだ筋骨隆々の巨人。ヒゲのように口部から生えている、二本の触覚。

 棘のついた拳を構え、そのヨロイモグラゴキブリの怪人、ジャイアントバロウイング・マキナイトは咆哮した。

 エリック・ジャックはそのけたたましい叫び声を聞いて眉をひそめながらも、怯まずに二本のマチェットナイフを抜いて刃を鳴らす。

 

「フン!」

 

 先に仕掛けたのは、カティディッドだ。

 胸殻の隙間を目掛けて短剣を突き出し、負傷させんとする。

 しかしバロウイングの甲殻の内側は堅牢な筋肉によって守られており、刃は通らなかった。

 驚く間に、今度はバロウイングからの拳がカティディッドに直撃する。

 

「く!?」

 

 命中の寸前にバックステップした事である程度威力を削ぐ事はできたが、その剛腕による追撃は続く。

 一撃でもまともに喰らえば全身が粉砕されてしまうだろう。だがそれを知っていてなお、強大な跳躍力を利用して前へと飛び出す。

 そして互いの間合いに入った瞬間、カティディッドは自らの喉と翅を細かく振動させた。

 ガキンッ、という金属音が響き、二人は互いに背を向ける形で着地。

 直後、地面に大きな音を立てて野太い物体が落下した。それは、切断されたバロウイングの左腕であった。

 

「驚いたか? どんな気分だ、自らが与えた力で斬り刻まれる気分は」

 

 とめどなく切断面から滴り落ちる血液。それを残った右腕で押さえつつ、巨漢のマキナイトは振り返る。

 見れば、カティディッドが持つそのナイフは、翅の動きによって与えられた音波により微細な振動を帯びていた。

 

「高周波の刃だ。私の翅を高速で動かす事により武器を振動させ、あらゆるものを断つ無敵の剣に変える。そしてこの喉から発する音波は、敵の動きを妨げる防ぎようのない守りの力……不壊の盾だ」

「……」

「この音の力がある限り、私は誰にも負けない。貴様にも勝ち目などない!」

 

 その宣告を受けてもなお、バロウイングは立ち上がって拳を握り込み、突撃する。

 カティディッドはその決死の進撃を鼻で笑うと、二本のマチェットを地面に突き刺して、先程と同じように喉からの超音波をぶつけて足を止めさせた。

 さらに怯んでいるその隙にホルスターからナイフを数本抜き取り、振動状態で投擲。刃がバロウイングの手足を裂き、地に膝をつかせる。

 そして再びマチェットナイフを手にしたカティディッドは、一足で間合いを詰めると同時に、ジャイアントバロウイング・マキナイトの全身を滅多切りにした。

 巨大なマキナイトの肉体はあっという間にズタズタに裂かれ、地面に倒れ伏し、肉片と鮮血が周囲一面を汚す。

 

「ふ、ふはは……やった、やったぞ! クリスチーヌ、見ているか! ようやく私は君の仇を取ったんだ!」

 

 BOAを解いて天を仰ぎ、ナイフを手に高笑いするエリック。

 しかし、死体のある方を振り返ると、その表情は大きく変化した。

 

「な……なんだ、と……? なぜだ、どういう事だ!?」

 

 そこに倒れているのは、プレラーティの死体ではない。その傍に控えていた、執事の老人だ。

 

「貴様、一体……!!」

「くく、ふ、ふふふ……私も死ぬつもりはなかったのですが、よもや……こうなるとは……」

「何者なんだ!? 答えろ、プレラーティの居場所は!? なぜ貴様があの姿でここにいた!?」

 

 狼狽しながらも、エリックは問う。

 だが執事の老人は笑い声を上げるだけで質問には答えず、その体は徐々に灰化し始めていく。

 

「話したところでお前には理解できんよ、実験ネズミの若造。せいぜい怯えて逃げ惑うが良い、あの御方の力を見極める事など……誰にも、できぬ……」

 

 そうして老執事は完全に消滅し、情報を得られなかったエリックは歯を噛み締めて走り出す。

 

「本物を探さなくては……!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 一方。館の外の街路では、目深にフードを被ったロングスカート姿の人物が息を切らして疾走していた。

 呼吸を整えず振り返る事なく迷路じみた領地を必死に走り続けるそんなひとつの影の前に、青いジャケットを纏う集団が立ちはだかる。

 

「プレラーティだな」

 

 蒸気銃と剣で武装したレジスタンスのX-ROSSのメンバーは、フードの人物に対してそう言った。

 背後にも既に人員が配置されており、包囲される形になっている。

 

「女装していても分かる。ツギハギだらけの男でも女でもある容姿を隠すために厚着しているんだろうが、顔は既に割れているからな……」

「館から逃げ切れたのは予想外だが、トラブルって程の状況じゃあない。お前はおしまいだ」

 

 スカート姿のプレラーティはそれを聞いてフードを外し、素顔を晒す。

 地下室での爆発によるものか、その顔には痛々しい焼け爛れた痕が付いていた。

 

「少々……()()()()()()()()()()

「その通りだ。お前はここで死ぬ」

「私の事じゃない」

「なに?」

 

 先頭で銃を構えるX-ROSSの構成員が眉をしかめる。

 見れば、プレラーティは爛れた頬の肉を大きく歪め、鋭い牙を覗かせていた。

 

「運が悪いのは、私に出会ってしまったお前たちの方だよ」

 

 彼の表情を見た男たちはすぐに危険を察知し、改めて拳銃をグッと握り込む。

 そしてプレラーティが動き出す寸前で、叫んだ。

 

「撃て!!」

「BOA、アクティベート――」

 

 全身が赤く発光するプレラーティ。だがその後何をする間もなく、無数の弾丸がその身を貫く。

 そうして仰向けに倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。

 射撃を止めたX-ROSSの一行はゆっくりと物言わぬプレラーティに近づき、念入りに胸部へ剣を突き刺す。

 

「死んだか?」

 

 この場で指揮権を持つ男に問われ、剣から手を離して一人の男が返答する。

 

「間違いありません。ただ妙ですね、マキナイトは大抵の場合なら死体が残らないのに……」

 

 そう言った後、男は再び物言わぬ死体に目をやる。

 

「ん?」

 

 直後、プレラーティの指に小さく光るものがあるのを見つけて、男は特に警戒する事なく近づいていく。

 金の指輪だ。緑色の宝石がはめられており、彼は思わず目を奪われ、それを手に取った。

 指先から順にプレラーティの肉体が崩れ始めたのは、その直後の事だ。

 

「おい、どうかしたのか?」

「あ、いえ……どうやら時間差があるだけだったようです」

「そうか。では我々の勝利だな、しかしソニアさんの行方が気になる。我々の方でも探すぞ」

『了解!』

 

 返答と敬礼の後、一同は行動を開始する。

 しかしその中で一人、動きを止める者がいた。

 先程指輪を拾った男だ。ふと握った手の中に視線を落とすと、彼はある事に気付く。

 

「あれっ?」

 

 プレラーティの指から外した指輪が、忽然と消えているのだ。

 敬礼した時に落としてしまったのだろうか。そう思って地面を見下ろした、その時。

 

『レウ……リジ……』

「えっ!?」

 

 彼は、プレラーティの声を聞いた。

 

『……コクロ……ウム』

「なん……だ……ぁ!?」

「おい、どうした?」

 

 周囲を見回すが、プレラーティの姿は全く見えない。つい先程、溶けて消えたのだから当然だろう。

 ではこの声の正体は何か、一体どこから聞こえてくるのか。

 その疑問を遮るように、今度は不気味な笑い声が響く。

 

「ひ!?」

 

 慌てて耳を押さえるが、しかし指からすり抜けているかのようで、意味をなさない。プレラーティの声が、確実に聞こえて来る。

 ()()()()()

 

『しっかり声が聞こえるようだな』

「は……っ!?」

『なら、()()()()()()

 

 視界が歪み、無数の色彩の光が脳を焼く。

 男は短い呻き声と僅かな痙攣の後、ふらりとたたらを踏んで、壁に手をついた。

 X-ROSSのメンバーの一員は、そんな姿を見て心配そうに声をかける。

 

「なぁ、大丈夫か?」

「あ……はい。なんでもありません、ちょっと立ちくらみしただけみたいです」

「本当か?」

「ええ」

 

 そう言って男は振り返り、先程の事態など本当に忘れてしまったかのような表情で頷いた。

 顔色が悪いワケでもないようなので、声を掛けた方もそれ以上は追及せず、自身の持ち場につく。

 幻聴を聞いていた男も同じく走り出す。その左手の指には、緑の宝石の指輪がはまっていた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「グウオオオオッ!!」

「くっ!?」

 

 プレラーティの館で響く、剣戟と銃声。

 ダイナストとスタッグビートル・マキナイトの戦闘は、ほとんど一方的なものとなっていた。

 とは言っても、ダイナストはソニアを助けるために手を抜いて戦っているワケではない。あらゆる攻撃が、スタッグビートルに通用していないのだ。

 ファイアフライの追尾・包囲射撃は全て弾かれたので、現在の彼の形態はライノアーマメント。攻撃を受け止められる堅牢な装甲で身を守る作戦である。

 

「ガァッ!」

「ぐ……!」

 

 しかしその装甲も、カトラスから繰り出される強力な斬撃を防ぐ事はできず、傷を負わされていた。

 

「桁違いの実力……なんて生易しいモンじゃねぇぞ、こりゃあ……!」

《ギミックチャージ! スワロウテイル!》

 

 言いながら、ダイナストは銃のスロットにスワロウテイルギミックアンバーを装填する。

 

「こいつはどうだ!」

 

 そして、放った。

 蝶の形をした弾丸は、不規則な光条を描いて、しかし確実にスタッグビートルへと向かっていく。

 これは直撃する。ダイナストがそう思ったのも束の間。

 スタッグビートルはその蝶の弾丸を見もせずに()()()()()

 

「嘘だろ!? 俺にも分かんねぇ軌道をなんで読めるんだよ!?」

「グガガガガァァァッ!!」

 

 激しい斬撃が、今度はそのままダイナストを襲う。

 装甲が厚いとはいえ、いつまでも受け止められるほどスタッグビートルの攻勢は生易しくなどない。

 傷だらけの身体は、もはや防御が何の意味もなさない事を示している。

 

「だったら……!」

 

 銃弾で牽制しつつ、ダイナストは別のギミックアンバーをドライバーへセット。そして、素早く操作した。

 

QUICK SILVER(クイック・シルバー)! ドラゴンアーマメント!》

「スピード勝負ならどうだ!?」

 

 呼吸のリズムが続く限り、目にも留まらぬ速さで動く事ができるドラゴンアーマメント。

 その速度で走り回りながらのダイナシューターによる射撃ならば、流石に防ぎきれないはず。

 ダイナストのその考えは、しかしすぐに打ち崩される事となった。

 先程と同じ不規則な弾道の無数の光弾を、コマのように回転しながら斬り裂いた上で、疾駆するドラゴンアーマメントの眼前に先回りして接近したからだ。

 

「なっ……!」

 

 今までまだ全力を出していなかったのか、と驚きつつ、ダイナストは咄嗟に防御姿勢を取る。

 間一髪のところでそれは間に合ったものの、ドラゴンフライの装甲はライノビートルのように厚いものではない。

 そのため、必然的にダメージも大きくなってしまい、ダイナストは吹き飛ばされて壁面に叩きつけられた挙げ句、外まで吹き飛ばされてしまった。

 

「ダメ、だ……こいつ、強すぎる……!」

 

 変身はまだ解けていないが、既に損傷が激しく、もう長くは保たない。

 ならば守備能力に長けるスワロウアーマメントで切り抜けるべきかともダイナストは考えるが、形態を変化させたところで果たして攻撃を命中させる事ができるだろうか、という不安がよぎる。

 そんな折、二人の元にX-ROSSのレジスタンスが駆けつけた。

 

「おい、無事か!? このマキナイトは何だ!?」

「来るな! 俺は大丈夫だ!」

 

 ダイナストが焦燥の混じった声で制止をかける。

 戦闘の余波による危険以上に、スタッグビートルの正体を知られてはならないと考えたからだ。

 だが無常にも、彼女の肉体の方に大きな異変が起きた。

 

「ぐ、が……あああああ……!!」

 

 カティディッド・マキナイトの音の効力が切れたのか、BOAが解除されて元の人間の姿に戻ってしまったのだ。

 

「……ソニアの、姐さん?」

「まさか、あんたが!?」

「二本角の正体……!?」

 

 マキナイトだと思っていたものの正体が、自分たちが信頼を置いていた仲間だった。

 そのショックがX-ROSSの面々に伝播し、動揺が広がる。

 さらにそれはソニア自身も例外ではない。むしろ、彼女が最も衝撃を受けていた。

 

「お、思い、出した……アタシは、もう……」

「ソニア!」

「う……ぅわああああああああああ!!」

 

 半狂乱になりながら、走り去るソニア。

 全員がそれを追いかけようとするが、負傷した千種はついに変身が解けてしまい、他の者たちも彼女の身体能力に追いつけない。

 結局、ソニアの背中はすぐに視界から消えてなくなってしまった。

 

「クソッ……こんなの、ソーマになんて報告すりゃ良いんだよ……」

 

 頭を抱えて、千種が呟く。

 すると、レジスタンスメンバーの男の一人が、そんな彼に声をかける。

 

「ついさっき、逃走中のプレラーティを発見してトドメを刺しておいた。どうやら爆発の中でも生き延びていたらしい、俺たちに会ったのが運の尽きだけどな」

「そうか……ヤツが死んだ事だけは、良いニュースかも知れねぇな」

 

 千種は深呼吸をした後、X-ROSSの面々に向かって言った。

 

「とにかく一回アジトに連絡するべきだよな。シルキィたちの事も心配だ。俺が連れて来るから、あんたら残党のマキナイトがいないか探っておいてくれないか?」

 

 レジスタンスたちは首肯し、その場を後にする。

 だがその中に、人知れずプレラーティの指輪を拾った人物の姿はなかった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 しばらくの後。

 左手に金の指輪を装着したX-ROSSの男は、プレラーティの館から離れた場所にある大きな施設に来ていた。

 無数の檻が外に並んでおり、中には改造手術の痕跡がある者たちが入っており、呻き声を漏らしている。

 ここは、プレラーティの別館に作られた臨時用の研究所。表札には『牧場』と書かれていた。

 

「さて……ここならソニアさんがいるかな」

 

 男は蒸気銃を手に、警戒しながらドアノブをひねる。

 すると、特に鍵などがかかっていない事に気付き、目を丸くした。

 

「なんだ? 無用心だな。いや、まさかソニアさんが?」

『それはない、気にせず入って良いぞ』

「まぁドアは壊れていないし、人の気配はしないが……」

 

 男はそう呟いた後、ふと首を傾げて周囲を見回す。

 何も気配がしないのに、自分以外に誰かがいる気がしたのだ。

 

「気のせいか……?」

 

 警戒を強めながら、ともかく男はドアを開けた。

 すると中に入ってすぐに、大きな鏡が彼を出迎える。

 

「な、なんだ鏡か」

 

 安堵の溜め息を吐き、男は通り過ぎようとするが、その寸前である違和感に気付く。

 自分の腕が、やや薄く透き通っている事に。

 

「はっ!?」

 

 驚き、自分の体を見下ろす。

 良く観察してみれば、単に半透明になっているのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さらに靴を脱いで確認してみれば、同じ変化が腕以外にも表れている事が見て取れた。

 

「な、なんだ!? 何が起きてるんだ!?」

『ここまで来てくれてありがとう。あとは私が代わろう、永遠にね』

「ひ!?」

 

 頭の中で声が聞こえ、男は恐怖に顔を引きつらせる。

 直後、劇的な変化が起こった。

 男の胸部や尻が内側から膨らみ始め、まるで女性のような丸みを帯びる。首には薄く継ぎ目のようなものも見て取れ、顔もだんだんと骨格ごと変わり出す。

 そして終いには、左目に激痛が走って突然真っ暗になり、その顔から何かが転がり落ちる。

 自身の眼球。それも体液を搾り取られ、萎んで形を失ったものだ。

 もう片方の目も同じく失われ、男は完全に視界を奪われてしまい、狂乱のまま形容し難い叫び声を上げる。

 だが、その声さえも突然に消え、口からは全く別の声色で言葉が発せられた。

 

「まだ脳が残っている間に教えてあげよう」

 

 それは、プレラーティの声だ。

 

「君がマキナイトに襲われる事なくここまで来れたのは、私が君を誘導したからなんだよ。君の脳に寄生している間にね」

 

 ぽっかりと空いた眼窩の奥に見える、もうひとつの目。身体の皮が徐々に頭頂部から裂けていき、その中に巣食う物が姿を現す。

 殺されたはずのタルフ・プレラーティ。昆虫や爬虫類が脱皮するように、女の艶めかしさと男の逞しさを併せ持った裸体を外気に晒し、頬を上気させながら自らの唇を舌で撫でる。

 

「おっと……うっかり服ごと破いてしまったか。まぁ良い、むしろ手間が省けた」

 

 自らのシンボルを露出したまま施設の奥へ歩き、プレラーティ子爵は研究所のデスクに腰掛け、唇を釣り上げた。

 彼の傍らには、首輪と手枷・足枷で拘束された全裸の少年少女の姿がある。

 

「反逆者め。私の研究所を破壊して、生きていられると思うなよ。男も女も一人残らず捕まえて、私のモノにしてやる」

 

 言いながら、プレラーティは奴隷同然の若者たちの身体に手を這わせる。

 その左手の指からは、宝石の付いた指輪が消えていた。

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