ザクロの華   作:理乃碧王

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ep5:燃える果実

 高級ホテルのスイートルーム。

 力王の眼は獣そのものだった。

 女は一晩100万の高級娼婦を買ってのお楽しみだ。

 今宵の女は実に良い。何でも元女優とのことらしい。

 だが、何かの理由で身を持ち崩して娼婦となった。

 黒い髪を振り乱し、そのシルクのような白い肌は赤くほてり、ベッドの上で激しく揺れている。

 

「ダ、ダメ……そ、それ以上は……ダメ……ダメだから!」

 

 女の声が力王に火をつける。

 

「うるせェ! 何がダメなんだオラァ!」

 

 肉と肉をぶつけるのに夢中となる。

 女だろうと、リングの相手だろうと、力王にゃ関係ねえ。

 目の前にいる女を貪り食う、それが力王なりの礼儀というものだった。

 

「も、もうそれ以上……ぶつけられたら……私……私が壊れちゃう!」

 

 弱音にも似た声が力王の耳を貫く。

 その次の瞬間だった、野獣は吼えた。

 

「知るか売女が! オラッ! オラッ! オラアアアッ!」

 

 掛け声と共に力王は女をリフティングさせる。

 その勢いはこれからボディスラムもでもしようという勢いだ。

 まさに肌と肌、魂と魂のぶつかり合い――。

 

「お楽しみはこれからだぜーっ!」

 

 力王はギアを上げる。

 拳じゃねえ、心で突く、叫びで燃やす。

 それが力王流だった。

 

「オラッ! まだまだぁ! オラララッ! オラオラッシュじゃボケエエエエエ!」

 

 貪り食う――。

 そこにはまさに強者の風格があった。

 百度は揺さぶられ、肉をぶつけられ、突かれた女は既にグッタリしている。

 女が気を失っていても、力王の動きは止まらない。

 弱者を自由に扱うのが、強者たるものの特権であるのだから――。

 

○○○

 

 その頃、ザクロは息を乱して壁にもたれかけていた。

 行為を終え――彼は一方的な疲労感に襲われていた。

 

「卒業おめでとう、これであなたも大人よ」

 

 まほろは妖艶な笑みを浮かべ、ザクロの卒業を祝した。

 しかし、ザクロには屈辱感しかない。

 まほろという女に抱かれた――チワワを可愛がるように抱かれたのだ。

 その事実がザクロの唇を噛みしめる。

 

「悔しそうな顔ね、でも男たるもの敗北を糧に成長しないとね」

 

 まほろはそう述べると、ザクロの額にキスをした。

 その赤い覆面は剥がされ、素顔が晒し出されていた。

 髪の色は檳榔子黒(びんろうじぐろ)、青みを含んだ気品のある黒色。

 額を大胆に出し、中央の前髪だけ束感を残して左右に分け、全体は後ろに撫でつけ荒々しい。

 目は餓狼のように鋭く、見るものを刺し貫く雰囲気を醸し出している。

 

「また遊びましょ、私の連絡先を教えてあげるから――」

 

 まほろはそう述べると若菜色のカードを渡した。

 そこには『柔術家まほろ』とだけ書かれていた。

 また、カードの裏には何やら携帯番号やメッセンジャーらしきQRコードが記されていた。

 

「……柔術家だと? ブラジリアン柔術か?」

「あんな遊戯じゃない――もっと奥ゆかしい殺人術としての柔術よ」

「それはどういうものだ……」

「流儀の名前は言わない。ざっくり説明すると『古流柔術』と呼ばれるもの」

「古流……だと……」

 

 ザクロは唇を歪めた。

 現代ではすっかり忘れ去られた『殺すための技術』。

 ルールもなければ、試合の勝敗もない。

 生き残るか、殺すか、それだけのために作られた技術。

 まほろの瞳が、夜の闇より深い艶を帯びてザクロを見下ろしていた。

 

「あなたは生れ落ちて……そういう世界に踏み込んだの。強くなるためには何れ誰かを殺さなきゃならない」

 

 まほろはゆらりと身を翻す。

 その肢体は女というよりも、猛毒を秘めた蛇のようだった。

 ザクロは握りしめた拳を震わせながら、彼女の背中に声を投げつけた。

 

「……お前は……娼婦じゃないのか」

「小梅様と小竹様に雇われたの。あなたの家庭教師としてね」

 

 まほろはそれだけを告げ、床に落ちた札を拾い上げる。

 

「これは今日の教授料ね」

 

 そして、そのまま夜へと溶けていくように部屋から出た。

 ――薄笑いだけを残して。

 

「あなたはそのカードのように若菜色のような新芽の状態……これからどう育つか楽しみだわ」

 

 まほろの声だけが部屋に残る。

 冷たい風がザクロの裸の肩を撫でた。

 体を拭く気にもならない。

 彼の敗北感は、汗や汚れ以上に心にまとわりついていた。

 ザクロは一人、部屋の片隅に転がった赤い覆面を拾い上げる。

 

「くそっ……」

 

 覆面を握りしめ、顔を隠す。

 ザクロの瞳が赤く燃えた。

 敗北の夜が、ザクロの中の何かを変えた。

 このまま終わるつもりはない。

 屈辱の上にザクロは必ず立つ。

 

「……全部ぶっ壊してやる」

 

 彼の心の奥で、獣の唸りが目を覚ました。

 

○○○

 

 時は一週間後、場所は果樹の室――。

 ザクロはトレーニングルーム場、リングの上でスパーリングパートナーとして立っていた。

 

「カイダッ!」

 

 ザクロは蹴られていた。

 スパーリング相手の名前は、マスク・ド・サンキスト“イーグレ”。

 オーレンジな柑橘系マスクには『姫路』と刺繍されている。

 日本は姫路の出身であり、右手、右足前のサウスポースタイルのカポエラ使いである。

 

「そらそら! ザクロ君! さっきから防戦一方じゃありませんか!」

 

 イーグレとは白鷺。

 姫路の姫路 (白鷺)城を彷彿させるドッシリとしたファイトスタイルである。

 力王の弟子でもあり、ザクロの兄弟子でもあった。

 

「イーグレ、どんどん可愛がりしてやりな。可愛い弟弟子だもんなあ」

 

 リングサイドでは、力王がニヤケタ顔で声を送る。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

 ザクロは汗まみれで、イーグレの蹴りを必死で受け止めていた。

 防戦一方――それもそのはず、ザクロは制約を設けられていた。

 殴っても、蹴ってもいけない――というルール。

 それは即ち、ザクロが「一方的なサンドバックになれ」という指示である。

 

「そらァ、足元がガラ空きですよ! カットキック!」

 

 打撃が得意で、純度の高いカポエラスタイルのイーグレ。

 鋭い連蹴りがザクロの体に突き刺さる。

 

「うぐ……」

 

 重心を崩されたザクロは、膝をつきそうになる。

 だが、歯を食いしばって立った。

 打撃が許されない――ならば許されるのは関節技のみ。

 

「ザクロ君、いい根性ですなぁ! スポコンってやつですかあ! この赤い異物のオーレンジが! 次はスライダーキックだ!」

 

 イーグレの蹴りが容赦なく襲い掛かる。

 だが、今度のザクロは違った。

 重心を低く、影に潜る。

 打撃が禁じられているなら、合法的に使えるものを探すだけ――。

 

(……足を……)

 

 ザクロはイーグレの蹴りの軌道を読んだ。

 イーグレの軸足、右脚を狙ってタックルのように飛び込む。

 

「タックル? 笑止千万ですよ! グラウンドに持ち込んだところで、君はまだ誰にもサブミッションを習っていないでしょうが!」

 

 イーグレは余裕でいなそうとする。

 だが、ザクロはそのままズルズルと地を這うように足首を掴んだ。

 

「ひっ!」

 

 ――捕獲完了。

 ザクロの眼が赤く燃えた。

 

「……ッ!」

 

 そのまま足首を捻り上げる。

 極めに入った。

 それは打撃禁止のルールを逆手に取った合法的な殺意。

 イーグレのカポエラの要である『軸足』を破壊するための技。

 

「あ、足関節!? そんな……君が知っている技は限られているハズだあ!」

 

 イーグレの顔が引きつっている。

 自身の足首に、ザクロの腕が絡みついて抜け出せないのを理解した。

 どこで覚えたのだ関節技を――。

 このザクロという新人オレンジが知っている技は、抑え込みなどの基本技だけ――。

 

 グチッ……!

 

 イーグレの足首はギシリと軋み、イヤな音を立てるときには――思考が止まった。

 

「ぐおっ……待ち、待ちなさい、ザクロ君っ! 冗談抜きで折れますぞっ!」

 

 ザクロの顔には人間らしい理性はなかった。

 赤く燃えた目で、ただ目の前の『足』をぶっ壊すことしか考えていない。

 

「ギブギブギブギブ! 止めろッ! 君は僕に一方的に蹴られるだけの存在だぞッ! 兄弟子である僕を――」

 

 グギギギチチチ……チッ……チチッ……ボクンッ!

 

 鳥肉を引き裂くような音が鳴り響くと同時に――。

 

「ぎ"ゃ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ"!!」

 

 イーグレの悲鳴が果樹の室に木霊した。

 足首は不自然な方向に曲がり、関節は悲鳴を上げた。

 やった、やったのだ。

 

 ザクロの顔に笑みが浮かんだ。

 それは人間の笑みではない。

 獣だ。

 自分を蹴り飛ばしてきた存在を完膚なきまでに壊した。

 ザクロはその瞬間、初めて『支配する側』の景色を味わった。

 

「ザクロ、お前……やっちまったな」

 

 力王がポツリと呟いた。

 その声には怒気と共に、恐怖の色を忍ばせていた。

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