「い、痛いーッ! 足がぼ、ぼぼぼ、ぼぼぼーぼ、ぼーぼぼくのアンヨがッ!」
右足を折られたイーグレ。
その足はおかしな方向へと折れ曲がっていた。
イーグレは号泣しながらの見苦しい姿を見せながら、のたうち回っていた。
その姿はまるで殺虫剤を吹きかけられた昆虫のようであった。
「ぢぐじょう! この僕の……僕の足を……僕の素晴らしい足をオオオオオッ!」
昨日今日、本格的な格闘技を始めた坊ちゃんのザクロ。
格下と思っていた相手にやられたのだ。
足が痛い、物凄く痛い。
その苦痛は肉体だけではなく、精神にも最高級のダメージを与えていた。
――若きオーレンジを一方的に打ち蹴るよぉーんッ!
その算段で進めて蹴っていたし、習い覚えた様々なカポエラ技を使ったし、想像して生み出した創作型のカポエラ技も繰り出し成功させていた。
師である力王もザクロをフルボッコさせることを承諾していたし、自分も自信をみなぎらせながら蹴り続けていた。
――だって、相手は未熟なオーレンジで縛りプレイを強いられているもんッ!
完勝するはずだった。
完封するはずだった。
なろう系チート無双するはずだった。
ところがどっこいです。
相手のオーレンジは意外な技を繰り出したのです。
タックルのことか?
ノンノンノンノンノンノンノンノン!
否否否否否否否否否否否否否否否否!
これは『関節技』です。
あれは『サブミッション』です。
それは『グラウンドテクニック』です。
その技の名前は『ヒールホールド』と呼ばれるもの。
プロレスや格闘技の技の一つで、相手の膝関節を関節技で破壊する技。
相手の踵を掴み、膝を捻ってへし折る――シンプルにして驚異的な技。
その昔、UFCという格闘技大会があった――。
その大会で総合格闘家でありプロレスラーの『ケン・シャムロック』が、打撃系格闘家『パトリック・スミス』をこの技で仕留めたという。
ある意味、この模擬戦はそれを再現するかのような展開だった。
「う、嘘だッ……! こんな……こんなはずじゃ……なかったのにッ!」
イーグレは地を叩き、叫び、涙をこぼし続ける。
声はしわがれ、喉は乾ききっていた。
「……破壊……完了……」
ザクロは立ち上がり、ひとつ息を整えた。
赤い果実の覆面からは罪悪感というものは感じられない。
ただ襲いかかる敵を的確に倒した――それだけなのだ。
「ザクロォ……お前、自分の兄弟子を壊しちゃってくれたねェ」
力王である。
巨大な岩石のような体は、いつの間にかリングに立っていたのである。
「手出しをするな……そういうルールでやったが、まさか関節技を使うとは驚いたぜ」
そう述べると、力王は倒れるイーグレの元へと駆け寄った。
イーグレは涙を浮かべながら、師である力王に訴えかける。
「り、力王先生……痛い、僕の左足が痛いんだ」
「痛いってオメエ、そりゃ折られたからなあ」
「先生……力王先生、こいつに罰を! 罰を与えてやって下さいよッ!」
懇願するイーグレ。
師に対して、この不届きな弟弟子を罰して欲しいという願い。
その姿は不良に不当な扱いを受けた優等生のようであった。
「そうだなあ……罰……罰が必要だな」
力王は満面の笑みを浮かべ――。
「チョンボしたお前をなアアアアア!」
イーグレの右腕を踏んずけた。
「グギャアアアアアアアアアアアア!」
絶叫がリングに響き渡った。
イーグレの足に続き、右腕まで粉砕されたのだ。
「がっ、がっ……! せ、先生……な、なんで……!」
イーグレは震え、目を見開き、力王を信じられないという目で見つめた。
「なんでだとォ? 簡単な話だ――」
力王は顔をぐっと近づけ、怯えるイーグレの耳元で叫んだ。
「ザクロ如きにやられやがって! おめえは俺の顔に泥を塗りやがったからだ!」
力王の声は怒号となってイーグレの鼓膜を震わせた。
その瞬間、イーグレの背筋がぞわりと冷たくなった。
「せ、せんせ……そんな……ぼ、僕は……ッ!」
イーグレの弱々しい声が途切れた瞬間、力王の両腕が彼の胴をがっしりと抱え込んだ。
「お前は戦力外通告じゃい! この腐れ蜜柑がアアアアアッ!」
轟音と共に力王は相撲の投げ技――強烈な上手投げを叩き込んだ。
「……バッピイイイィィィ……イイイィィィ……!?」
イーグレの体は宙を舞い、頭からリングのキャンバスに叩きつけられた。
衝撃でリング全体が震え、マットにめり込むような衝撃音が響く。
粉塵が舞い、空気が一瞬静止する。
「……ぐっ、が……」
イーグレの口から微かな声と共に血の泡が漏れた。
頭は半ばリングにめり込み、全身はぐったりと力を失い、指一本動かせない。
目は虚ろに開き、焦点を結ばず、わずかに痙攣するのみ。
かろうじて生きている、そんな状態だ。
「ザクロちゃーん(^^♪」
力王は口元にスマイルを作り出し、リング中央のザクロへと近づいてきた。
「今日の練習はここまでな!」
岩石のような巨体がズシンと音を立てるたび、リング全体が小さく震える。
イーグレはその脇で、ぐったりと動かず、まるで踏みつぶされた虫のように動かないでいる。
「お前、どこでそんな技覚えたんだ? あの小梅、小竹のクソババアに教えてもらったのか?」
力王はザクロの肩をバンッと叩き、満足げに笑った。
「まあいいわ、明日は特別メニューだかんな! 俺の古い友人が特別コーチに来るんだ!」
ザクロの目が驚きで一瞬見開かれる。
「そこいらのスポーツとは違うケンカだ! 下手したらステーキの食えない体になるかもしれねェからな! 今からでもポ〇リスエットでも飲んでおけ!」
力王の威勢のいい声には、荒々しさとともに確かな期待がにじんでいた。
「んじゃ、今日はゆっくり休め! 明日も地獄だぞ、ザクロちゃーん!」
笑いながらリングを去っていく大男。
リングの上に響く足音、残されたザクロの耳に焼き付くような余韻。
ゆっくりと呼吸を整えるザクロの胸の内には、奇妙な熱が渦巻いていた。
ザクロの視線が、倒れたままのイーグレへとゆっくり向けられる。
キャンバスにめり込むような姿勢のイーグレは、今や哀れな脱け殻にすぎない。
それは兄弟子に対する哀れみではない。
勝った、この兄弟子に勝ったのだという確認。
俺はやっと力を持てたのだという実感。
ザクロはリングの中央に立ち、ゆっくりと拳を握った。
赤い覆面の奥で、口元がかすかに引き締まる。
「力王……クズが……腐れ蜜柑は貴様だ」
力王に対する嫌悪感、初めての反抗の意志。
ザクロの心に、力王に対する憎悪の炎を燃やしていた。