Wizard's Climber【完】   作:ノイラーテム

10 / 46
第二章。エ・ランテル地獄変
老人たちの黄昏


 大都市エ・ランテルの街でアンデッドが溢れた事は既に知られている。

張り付けておいた警備隊で対処できないどころか、改めて編成した部隊でも介入不可能と判明しただけである。とはいえ、何もしなかったわけではない。

 

都市長であるパナソレイは無能ではない。

帝国への最前線であるという点から、授けられていた動員権を発動。周辺の諸卿を招集し、各神殿や冒険者ギルドには協力を呼びかけていたのである。ここで少し当時の話をしよう。

 

「ンフィーや良くお聞き。この店はもう終わりだよ。お前の使っている荷物をまとめるんだ、調薬の道具も忘れないようにね」

「お祖母ちゃん!? 何を言ってるのさ!」

 尊敬する祖母であるリジーの言葉にンフィーレアは戸惑った。

エ・ランテルでも有名人である、彼女がまさか逃げ出すように言うなどとは思わなかったのだ。これまでこの街では稼がせてもらったし、そもそも他の街で今ほどの地歩を築けるとも思えないのだ。何しろどこの街にも地元の薬師が居るのだから。

 

もっとも、これは彼の勘違いだ。もっと切実な理由によりバレアレ家は薬品店を続けられないのである。

 

「勘違いしているようだけどね、少し違うのさ」

「都市長の決定で近隣の兵をまとめてアンデッドの害に当ることになった」

「冒険者にも積極的に傭兵参加を呼びかけ、功績に応じた褒章を約束してる」

「十分な金にその後の地位、戦闘中における様々な手当とかもね。そこらの兵は腰抜けだし、イザとなれば冒険者は生き汚い。ここで逃げられたんじゃおしまいさ、だから手厚く保証してるんだ」

 パナソレイは無能どころか有能な部類である。

都市に駐留する王家直属の兵だけではアンデッドに抗し得ない事を瞬時に判断。戦力を集中させるべきだと判断したのである。そしてその戦力をフルに使うために、様々な方策が必要な事も理解していた。

 

これだけならば良いことずくめであろう。

国家としては衰退しつつあるリ・エスティーぜ王国ゆえに税収も落ち込みつつあるが、国境沿いであるこの街はむしろ人々の流入で活性化。スラムが出来上がるほどなのだから。

 

「それだったら何で逃げろって言うのさ。僕らも……」

「だからあんたはまだ甘いんだよ。騎士を助けるにもアンデッドを倒すにも生命力溢れるポーションは必須だよ。一番最初に声を掛けられたし、動員と接収の対象にするともお声を戴いた。まあ、もったいないほどの名誉も報酬も約束されたがね。それも生きてりゃの話さ」

 軍への協力をンフィーレアは提案しようとしたが……。

話はもっと深刻であった。パナソレイは初動で各有力者を集めた際に、リジーに直接声を掛けて使えるポーションを全て接収、彼女自身は諸卿と同格扱いで特別に雇用されている。材料の収集から提供まで、全てエ・ランテル都市長としてのパナソレイ持ちで用意することになっていたのである。

 

問題なのは勝てるかどうか、本当にパナソレイに資産が残るのかである。

都市長の責任で諸卿を動員して対処に当ることになっていたが、本来は『帝国が奇襲して来た時用』の権限である。アンデッド相手に適用されるとは限らず、責任問題になる可能性はあった。名誉だって華々しく勝てばともかく、アンデッド相手に泥沼の戦いをした後だ。評価してくれるのは冒険者と、一部の神殿だけであろう。

 

「正当に評価されるとしても、軍付きにされて自由は無いだろうね。だからこの店はもうお終いなのさ。ただ、あたしも頑張ってみた。あんたの動員は途中まで、その配備は地方の村人を安全な場所に逃がすまでってね」

「お祖母ちゃん……」

 この国の貴族たちは平均以下だ。

犯罪組織に食い物にされている他、派閥争いで延々と意見が出ないことが多い。そして今回のパナソレイのように権限でなんとかしようとすると、後日に結託して足を引っ張ろうとするのだ。王が守ろうとするだろうが……おそらく責任問題に問われるだろう。

 

だからこそ、パナソレイはリジーに孫を解放する権利を残したのだ。諸卿や冒険者には花も実もある嘘も必要だろう、だが老い先短い老人には肉親の生存こそが何よりの報酬となる。

 

「ただね、あたしだってただで転ぶつもりはないよ」

「軍の伝手で色んな薬草を集めるように依頼を出す」

「あんたを逃がすのも、孫の店を見に行くって言い訳で好きな研究を続けるためさ。『神の血』と呼ばれる真なるポーションを必ず完成させてやる! 真のポーションが量産の暁には、アンデッドなんてイチコロだよ!」

 そこに理性と狂気が同時に存在した。

リジー・バレアレには夢がある。『神の血』と呼ばれる真っ赤なポーション。それこそが一切劣化しない究極にして、真なるポーションだと言われている。ソレを求め続ける狂気の薬師がそこに居たのである。

 

 その頃、会議室では議論が紛糾していた。

都市長の方針を下敷きにしてはいるが、それぞれの派閥が勝手な物言いをしている。しかも相手の揚げ足取りをする為に理想論を持ち出し、自らは責任を押し付けられまいと正論を適当に流用しているのだ。

 

「小作人共など放置しておけば良い。奴らは王国にたかる虫に過ぎん」

「押し付けられた者はたまらんでしょうな。食い詰め者の集団ですぞ」

「理解は出来ますがアンデッドが増えるばかりですぞ。対処はせねば」

 当初はこんな感じの発言を諸卿がしていたのだ。

仕方なく都市長としては『隙間』を作る予定だと説明していた。巻き込まれる人々が増えれば増える程、アンデッドが増えて行くと。意見に協力してくれる者へ報酬を約束し、全面肯定でこそないが、方向性を変えられる事には賛成させていたのだ。

 

何しろ村人を守らなければならないという理屈など無い。

民衆は貴族の持ち物であり、訴える権利など無いくらいだ。盗賊が横行しても守るどころかか、討伐を要請した者を処罰して減った税の代わりに財産を奪っても許されるくらいである。唯一問題になるとしたら、他の貴族が統治者として不適切だとして裁判にする時くらいで、それも門閥の主が庇えば多少の出費で許されることが多かったのである。

 

「そうだ。『将軍』はどう思われますかな?」

「いやいや。この危機的状況に『将軍』では……」

「儂としてはアーウィンタールへの進撃を提案する!」

 そんな時、ふと誰かが『将軍』と呼ばれる老人に声を掛けた。

彼はその昔に指揮官に任じられた事がある老貴族であり、その名前も当時の貴族たちの取りまとめとしての渾名でしかない。そして今では、ただのボケ老人である。

 

周囲も苦笑気味に反応するのだが……。

 

「将軍。今はそんな時ではありませんぞ」

「左様左様。墓場から湧き出ておる死人どもを何とかせねばならんのです」

「このような時だから言っておるのだ! あの帝国が今の状況を放置すると思っておるのか! こちらが全力を使い果たした時にやって来るに決まっておるわ! 屍が動き回っておれば見過ごし、倒せば『民を危険にさらす無能に国を納める価値無し』とな!」

 しかし、待っていたのは会議室に響く怒号である。

やってきている諸卿の中では長老格で、家格もそこそこに高い方だ。ゆえに楽観論どころか真面目に目の前を見ていない貴族たちを面罵したのである。そして諸卿たちも間接的に無能と非難されながらも、帝国が見過ごすはずがないという事実を思い出した。

 

もちろん急にボケが直ったわけでも無い。

昔から自分の功績が軽んじられ、本物の将軍に推挙されなかった過去をひがんで真面目に社交界に出なかっただけの話である。現にパナソレイと視線を交わし合い、何らかの裏取引を伺わせた。

 

「て、帝国……確かに。あの鮮血皇帝ならば……」

「だが、それとこれとは違うでしょう。放っておいても来るならば……」

「だからこそだ! 儂らが動く屍共の中を突っ切り、帝国に逆侵攻を掛けるのだ。さすれば屍ども儂らを追って帝国までついてこよう。さすれば国を収めるために困るのは彼奴等の方よ!」

 ボケ老人の戯言と切って捨てるのは容易い。

だが、帝国が存在する事。そして確かにこちらの様子を伺っている事は察する事が出来た。いつも帝国の強さに困っており、数で圧倒して何とか渡り合っている状態である。もっともソレは途中から経済戦争に切り替えられており、徐々に衰退しつつあるので、決して妙案ではないのだが……。

 

いずれにせよ、ここで答えの無い議論をするべきではないと皆が理解したのである。

 

「将軍。今日は申し訳ありませんでした。あのような……」

「構わぬ、『約束』さえ忘れて居ないのであればな。ひとまずこれにて失礼。儂も戦うため、そして故郷を守るためには、口惜しいが傭兵を雇わねばならん。そのために『客人』を待たせておるのだ」

「必ずや過去に遡って推挙させていただきますとも」

 パナソレイの挨拶に老人は取り合わなかった。

そもそも政治的取引であり、かつて取り逃がした名誉を受容してもらうだけの事である。過去の功績だけではなく、アンデッド対策での盤面を動かす鍵となったとなれば、国王も上級貴族も納得するはずだ。このまま戦えば、老人が死にかねないとなれば猶更。何しろ死者に対する名誉程に安い物は無い。

 

そして何をやっても自分が死ぬと判っているからこそ、老人は最初から約束などにはこだわって居なかったのである。

 

「戦力の件だが、本当に御身一人で十分なのか?」

「勿論です。信仰厚き貴方の為に、必ずや屍たちは葬られますとも。御料地には決して近づけませんし、御子息や御孫さんたちも領民たちも無事で過ごせるでしょう。王国がどうなろうとも……ね」

 客人であるその金色の髪の青年はそう言って微笑んだ。

未来無き老人たちにとって、未来に続く子孫たちの系譜こそが何より重要なのである。




 と言う訳でエ・ランテルが大変になった前後の話です。
グダグダしたいつもの流れになり、都市長が大変だった件ですね。
ンフィーが街を出る理由と、都市周辺がグダグダになってる理由説明になります。

●人物紹介
『リジー・バレアレ』
 エ・ランテル一の薬師。錬金術魔法を中心に第三位階の魔法まで使える。

『パナソレイ(以下略)』
 ブルドックみたいな顔で頭がツルリとした都市長。
演技している余裕はないので、プヒーとか言いません。

『将軍』
 ボケ老人。儂が若い頃にはマンチューで! とかいうタイプのキャラ。
面倒なので次回に死にます。

『金髪の青年』
 張り付けたような笑みでボブカットの青年。
真面目に戦ったら『スケリトル・ドラゴン? これが切り札なんですか?』とか言える。
というか、エ・ランテルで起きた疑似的な『死の螺旋』であれば一人で何とか出来る模様。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。