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失意の二番底と言うものはあるものだ。
ただ、それは現状の再認識であることが多く、知らなかったことを知っただけと言うこともままある。今回の事例で言えば、カルネ村周辺での出来事を知った事である。
疲れ果てアンデッドに追いつかれた人々は、カルネ村が要塞化されつつあることを知った。後少し頑張って、ここまで辿り着けば無事だったであろうことを知ってしまったのだ。
「それは災難でしたな。ですが、村人総出で狩りをしましたので、なんとか食料が間に合いました。先ごろの襲撃事件が無ければもう少しマシだったのですが……」
「いえ、この現状を見れば文句は言えません」
カルネ村の外には柵と空堀りが無数にある。
街道だけは開いているが、そこは逆茂木のような移動させられる柵で塞げるようになっていた。柵と柵の間は畑になって居て、野菜を育てつつ相手の足を止めるのだろう。では内部はと言うと……焼け焦げた家が放置されたまま、見張り塔が二か所にあり、会議場でもある村長宅は皆が籠れるように頑強に補強されていた。
こうなったのは法国の部隊が襲撃したからであり、その時の攻撃で村の住人は減っており、家屋を放置しているのは同じような襲撃を警戒したからだという。
「そういえば、そこで死体になっていたトロル達は先行した冒険者が?」
「いえ、トブの森に隠棲されたマジックキャスターの方ですよ」
「なるほど……それは素晴らしい方ですね」
避難民を管理した文官はそこで黙って置いた。
以前の襲撃の話は聞いているし……帝国の仕業に見せかけた法国の陰謀と言う話を都市長から聞いていた。そして売国奴の貴族が勝手に彼らを解放し、その罪を救援を行ったマジックキャスターに着せているという話もだ。そいつらはアンデッド騒ぎもラズロックの仕業として押し付けるのだろうかと、他人事のように思う。
とはいえこれで彼の仕事は終りなのだ。
アンデッドに追われて恐ろしい目にあった疲れを癒せば、またエ・ランテルにまで戻らねばなるまい。
「ともあれ現状は理解しました。都市長に報告してからですが……租税は減免ではなく、数年の間不要と言う事になるかと思います」
「ありがとうございます。是非ともよろしくお伝えください」
文官としてもそれ以上は言えなかった。
カルネ村から徴税できない事は、焼かれた家であったり、狩りの結果としてトロル一行に襲われたという事実が何よりの証拠である。だが、同時に彼は使い走りに過ぎないのだ。パナソレイならば許可を出すはずだが、確定ではない。また……そのパナソレイが失脚し、大貴族が推薦する者が都市長に成ればそれでも税を絞ろうとするかもしれないのだから。
そして文官は傭兵たち……まだ無事な冒険者やワーカーらを率いてエ・ランテルへと帰還することになる。その場に残るのは難民たちと……チームが瓦解する程のダメージを受けてしまい、しばらくカルネ村で休養を余儀なくされた者たちであった。
「あなた方にはこの村で何が起きたかを説明しておきましょうか」
「お願いします。僕らは聞きかじったり軽く見回っただけですしね」
「……お願いします」
村長はンフィーレア達に詳細を語ることにした。
彼は昔から薬草を採りにこの村に来ており、今となってはエンリと顔見知りの数少ない同世代の男性である。好意は見て取れたし、ここの処の経験でグっと大人びたように見える。今ならばすべて話してしまっても良いと思えたのだ。そしてニニャは希少なマジックキャスターであり、以前にこの村を訪れたこと、そして村の護り手は多い方が良いという判断で巻き込むことにした様だ。
こうして二人は全てのピースを揃え、パズルを完成させてしまった。自分たちが知っていた情報と、失意には二番底があるのだと知ってしまったのである。
「襲撃者の乱暴狼藉はそこらの盗賊以上でした。先ほど申した通り油で家ごと燃やすほか、近隣の娘たちの中では傷物にされた者がおります。しかしそれを見かねたラズロック様が、自分の所に奉公に出したことにせよと……」
(やっぱりラズロックさんには叶わないや。でも……僕は諦めない!)
村長は先ほどは詳しく言わなかったことを事細かに話し始めた。
娯楽も無く見合いで周囲が勝手に結婚を決めてしまう地方の村娘にとって、貞節はあまり重視されて居らず、子供さえ生めば自由に成る事もある。それでも自由恋愛と兵士の暴行は区別されており……商人であったりマジックキャスターの元へ奉公に出して手を付けられたことにせよと提案したことを説明したのである。ンフィーレアにその事を話すのは、彼ならばその事を知ってもエンリ達を軽蔑しないと思ったからである。
果たしてンフィーレアは村長が見込んだ通りの男であった。
ラズロックの介入もあって立ち直った事に注目はしても、少しも軽蔑することはなく、またエンリへの思いも変わる事は無かった。そして捨て鉢になってエンリを諦めるでもなく、自分に出来ることを一つずつやって行こうと思ったのである。他ならぬエンリを射止めるために。
「あの……差し支えなければ、僕はこの村で店を開こうと思います。薬師としての修業を続けるのであれば、トブの森の側ほど良い場所はありませんからね。それでその……」
「ええ、ええ。皆までおっしゃいますな。家の事も含めてお手伝いいたしましょう」
ンフィーレアはカルネ村で薬剤店を営むことにした。
薬師として修業を続け、神の血と呼ばれる究極のポーションを目指す。その前線基地と思えば、開拓村に過ぎないカルネ村は絶好の位置になるのだ。惚れた女を引き合いにして村の名前を貶めることなく、同時に自分の為そして村を発展させる為でもある。お互いにそれは村長が望んだことだ。
いずれは焼かれた家屋の一つを再建して新しい建物を造るとして、ひとまず住人不在の家を提供。そしてエンリが独立した……という事になった時、嫁入りの世話もしようと思ったのである。
(なんで! なんでエモットさんばっかり!)
(お姉ちゃんの時は誰も助けてくれなかったのに……)
(困ってるから助けた? 命を懸けるようなタレントで力を与えた?)
(それだったらお姉ちゃんだって……私でも良かったのに……~っ!?)
ニニャはその話を隣で聞いていた。
他人事のように受け流すことは出来ず、むしろ自分たちに重ね合わせてしまう。貴族に攫われてしまった姉、妾にされた挙句に王都での屋敷に連れられて言ったとかで故郷からは姿を消した姉。その影を追いいつか助け出そうと高名なマジックキャスターの元で修業した自分。もちろん自分の先生が持つ才能を見抜くタレントがあり、たまたま自分にも有用なタレントがあったからこそ自立できただけの事なのだ。
自分は凄まじい努力をして、それがたまたま実を結んだだけである。
それがエンリの場合はただの偶然であり、有能で優しい師匠の下でぬくぬくと大切に育てられている。どうしてその幸運と慈悲が姉に……いや、せめて自分に注がれないのか? 今では姉どころか、友人だと思っていた漆黒の剣のメンバーすら居ないのに!
(っ!? ……気持ち悪い)
そしてニニャは正気に戻ってしまう。
エンリとてつらい目にあったのだ、幸運と言うならば……先生と自分の両方にタレントがあり、そして才能の全てが合致している自分もさして変わらないではないか。翻ってエンリは格闘家としての才はそれほど高くないだろうとペテルが言っているのを思い出した。マジックキャスターに育てられた破天荒な、拳という名の魔法使いだから目立って見えているだけなのだと思い出してしまったのだ。
そして全てを見つめ直してみれば、自分こそ見て欲しい、自分の目的にこそ協力して欲しい、自分を見守ってあれこれと世話を焼いて欲しいと思っている内心に気が付いてしまったのだ。
「アンデッドの件も含めて気が立っているので、村の周囲を見回るついでに風に当たって来ます」
「お気をつけて」
自分の醜さに気が付いたニニャはその場を離れた。
境遇は全く変わって居なくても、心理次第で見方は判る。不幸と言う物に二番底がある事をニニャは知ってしまったのだ。そして、井戸の底から抜け出そうと僅かな距離を重い足取りで抜け出したのであった。
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ンフィーレアは失意の底から立ち上がった。
大切な人の命が失われたという訳ではなく、エンリに関しても村社会や大棚の商店の事情などを知っていたのも大きい。また、ラズロックの態度が『早く成長してエンリを任せられる大人に成れ』と言っていたのも大きいだろう。
村長と話し合って、村に物納でポーションを納める代わりに、様々な支援をしてくれることや、これが何より重要なのだが……薬草に関して優先する関係になる事を精力的に取り決めたのである。
「ではお願いします」
「はい! 僕もまだまだ未熟ですが、みなさんのお役に立てるように頑張りますね!」
それはラズロックが望んだ光景だっただろう。
直面した困難より立ち上がり、今はまだ未熟であっても、一歩一歩進んでいく男の姿だ。ラズロックがいつか立去る事を知らずとも、そんな事は関係なしにいつかエンリを任せられるであろう器を見せ始めていた。そんな男だからこそ村長を援助する気になったし、何より将来が楽しみであったのだから。
そしてンフィーレアは外に出たことで、一気に気が抜けた。
狭い開拓村の事、それほど話し合っていたわけではないが……それでもこれまでに無い程の気力を消費して居たのだ。ポーションを作る時の張り詰めた時とは違、う、種類の異なる気の張り方であったのも大きいだろう。軽く息を吐こうとして……足はそのままトブの森の方を目指していた。
おそらくはエンリに会おうと、無意識のうちにラズロックの屋敷を目指していたのだろう。そう、同じ道を辿った先人の様に……。
「なっ!? なんでそんな事をしなくちゃいけないんですか!」
(あれはニニャさん? ……それとラズロックさんか)
どうやら先んじて村長宅を出たニニャも森を目指していたらしい。
そして無意識下であろうとも、ラズロックの屋敷を目指して居れば、本人と出逢う可能性はかなり高いのも当然だろう。そして僅かに聞いたニニャの略歴と、その顔色を見れば何を話していたかも大体推測できるのだ。
顔色は既に頬が染まるというのを通り越し真っ赤だ。
恥ずかしい事を言われたのか……いや、あの様子ならば怒っているのかもしれない。それほどに失礼なことを言われたかと言うと……。
「もちろん私が君とそう言う関係になるのを望まないからだ」
「弟子と言うだけならばエンリが居る。別に高名になりたいわけでもない」
「君が助力を必要とするというならば、問題のない範囲まで幾らでも手を貸そう」
「それで十分ではないのかね? 報酬に関しても常識的な範囲、それこそ素材収集のほかにカルネ村に対して協力することで、間接的に果たしてくれれば良いさ。それ以上を望むのであれば、君は君の決断で奉仕することを判断しなければならない。状況に流されるのではなく自分の判断でね」
それは実に生々しい話であった。
おそらくどころか、確実に肉体関係込みの弟子入りに関して言及したのだ。ラズロックから見れば、女などより取り見取りに違いあるまい。その状態で既に弟子としてエンリを預かっているのである、どうして既に他の私塾で学んだニニャを弟子にしなければならないのか? 断る為に強烈な線を引いたのだろう。
そして一口に『学ぶ』とか、『協力』するという言葉にも線引きはある。
縁があるから教えるというレベルの聴講生と、内弟子として抱え込む相手とでは、教える内容の程度が違って当然だ。それが肉体関係にあるい生徒もあれば、高弟たちを差し置いて傍で直々に育てる間柄であり秘儀の一つも期待できる相手と言えるだろう。実際、エンリは事細かな指導を受け、その個性を開花させているのだから。
(多分、断る為に少しばかり無茶を要求したんだろうな)
(でもニニャさんの気持ちもわかる気はする。お姉さんが大変だって話は聞いたし……)
(八本指の傘下にある村ともモメちゃって、挙句にペテルさん達が行方不明になっちゃった)
(その反動で修業に打ち込み込みたくなったのと、ラズロックさんの力を借りたくなったんだろうな。気持ちは判るんだ……ただ、まっさらな状態で考えると、何も代価を差し出さないってのは無茶があるよ。その点、ラズロックさんは優しい人だから……ああ、その点も含めて、頼りたくなっちゃったのか)
縁がある程度の相手が、魔法を教えてくれと言うのはまだ良い。
少しばかり面倒を見て差しさわりの無い範囲で教授をしたり、困りごとに問題がない程度に協力する。冒険者になって研究を止めたマジックキャスターにはそれで十分だっただろう。実際に、この間までのニニャにとってはそれで十分だったのだ。だがしかし、漆黒の剣のメンバーが死んだこと、八本指とモメ掛けた事、そして姉の事をエンリと重ねたこともあって、限界を越えてしまったのだろう。
ンフィーレアとしては公平に見て、自分の事情へ積極的に関わらせたいならば相応の代価を払えと言うのは理解できる。外見の好みや肉体関係に関する尊厳に関してはこの際置いておこう、ただ線引きをした上で、それを踏み越えるかどうかをニニャ自身に決めさせたことは十分に優しいと思ったのだ。何しろ、エンリという可愛い弟子が既にいるのだから。
(……あとはニニャさんが決断する事だ。僕は僕なりに出来ることをしよう。ラズロックさんを見習って、多少の協力ならするけどさ)
ンフィーレアとしてもそれ以上の事は何もできない。
それゆにえその場を立ち去り、指示された廃屋をひとまずの我が家として片付けに行ったのであった。
そして疲れはしたが満足して眠ったその夜……ンフィーレアはエンリに押し倒されるという悩ましい夢を見たという。
と言う訳でカルネ村にンフィーが拠点を築きました。
薬草を材料として積み上げると、自動的にポーションを生産する施設です!
きっとダンジョン・ディフェンスをする時に役立つでしょう。
あとポーションはあるだけで、アンデッド特攻。
●それぞれの決断
ンフィーは早々と立ち直りました。以後、浮上するでしょう。
これ以上は語ってもモモンさんが居る時以上には成らないので行殺。
サラっとナレ死したゴ=ギンよりマシ。
ニニャに関しては既にエンリが居る状態で弟子にして! 犯罪組織と一緒に戦って!
あとついでにアンデッドどうにかして! と言ってる感じですかね。
何のかんのと言って、何も頼れる物を無くした段階で、同じ状況で助けられたエンリに嫉妬して自分と重ねちゃった感じ。
何を言われたかに関しては定番ですので割愛、希望が多ければ外伝でつたないエロを描くくらいです。
「弟子になりたいのか?」
「はい!」
「ならば服だけ溶かすスライムの中に暫く入ってろ」
「なんだって!?」
この位の事は言われた感じになりますね。