Wizard's Climber【完】   作:ノイラーテム

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事後

 その日の目覚めは、ニニャにとって久しぶりに遅い寝起きとなった。

これまではアンデッドに追われながらの逃避行で魔法を使い過ぎ、碌に眠れぬ状況から軽い頭痛と眩暈すら感じる程だった。ストレスと絶望から吐きそうに成った事など一度どころではない。

 

なのに今日は嘘の様に体が軽く感じた。

そればかりか何処か高揚して体が熱い。体の内側に残る鈍い痛みがある他は、年に一度あるかないかの絶好調である。

 

「……」

「目覚めたかね? 丁度良かった」

 どうしてだろうと周囲を見渡すとラズロックが入って来た。

真新しい桶からは湯気が立ち上り、そこにお湯があるのだとベッドの上からでも判る。机の脇に置かれた水差しと併用すれば、きっと心地良い朝が迎えられるだろう。

 

そして何より優しい言葉を掛けられると心から安堵出来る。

もし私塾を開いていた先生の元に残り、手助けしながらマジックキャスターを育てて居たら、こんな感じだったのだろうか? そんな未来は選ばなかったし、以前からの高弟も居たから選べるはずも無かったのだけれど。

 

「ケダモノぉ……」

 なのに()いて出た言葉は正反対の物だ。

啼き声にも似た恩知らずな言葉。だが体の奥にある痛みと、その何倍もある高揚感。そして意識がはっきりするたびに断片のように浮かび上がる、昨晩の思い出がそんな言葉を()かせてしまった。もし冷静であれば明確な裏切り行為と言っても良い。

 

何故ならば……。

 

「ソレを望んだのは君だ。支度が出来たならば私の部屋に来なさい。早速、講義を始める」

「っ……!」

 そう、肉体的な奉仕を許容し弟子入りを望んだのはニニャだった。

高いハードルとして用意したのはラズロックだったが、友人であった漆黒の剣のメンバーが全滅したり、自分よりも才能のある年若いマジックキャスターを見てしまったこともあって半ば自暴自棄で了承したのは彼女自身なのだ。

 

何度も確認され、生半可な覚悟ならば止めて置けと言われて、むしろ引っ込みがつかなくなったとも言える。

 

「酷い人だ……いっそ悪人なら良かったのに」

 ラズロックがただの傲慢で酷い男であれば、むしろ諦められただろう。

だが、姉を救うという目的のあるニニャはそれを言い訳にしてラズロックの優しさに縋ってしまった。そして今感じている高揚感と、さっぱりと消えてしまった頭痛と眩暈。これがラズロックが言っていた『魔力を与える』と言う事なのだろう。もはや引き返せない所まで来てしまったのを今更のように感じる。

 

体の奥に残る痛みは、彼女が自信で臨んだ決断の残滓。

そして全身を包む甘い疼きは、ベッドでの主導権を奪われてから与えられたラズロックの手管であり意志だった。奉仕している間の痛みは何であったのか、こんなにも違うのであれば、もっと早く優しくしてくれれば良かったのにと思う。

 

「女に成っただけ。でも、あの人の女にされたわけじゃない。私は、私だ!」

 頭を振って酩酊感を追い出し、湯に漬けられた布を使う。

丹念に汚れを落としていたが、再び襲い掛かる甘い疼きに、水差しの水を頭から被って追い出していく。最後に綺麗な布で体を拭って行き……部屋の隅にある銅張の鏡を見て、きゅっと唇を噛む。

 

戦闘で傷つき直りつつある体中の傷を無視し、真新しく付けられた痣にこそ包帯を巻くことにしたのだ。

 

 ニニャが支度にどれだけ時間を掛けたのかは定かではない。

自分ではてきぱきと済ませたつもりであるが、温かな朝食が用意されている事を考えれば、さほど早くは無かったのだろう。食事を温めるような呪文でも使ったのであれば別だが。

 

ラズロックの書斎には、小さなテーブルが用意されている。

シチューと黒パン、そして積み上げられた銅貨を見れば、まるで酒場の様だと思わなくもない。

 

「ただいま参りました。遅れて申し訳ありません」

「構わない。食事を採りながら聞いてくれ。集中できないならば食事の後でも良いけれどね」

 弟子の食事など自分で作らせるものなのに?

甘い男だ、吐き気がする。元農民の娘に何を言っているのだと言ってやりたい。そしてもっとも吐き気がするのは自分自身に関してだ。こんなにも優しくされて縋りつきたくなり、何も考えなくても良い様に縛って欲しいという甘えた自分が居る。その反面、ありもしない誇りに寄って、毅然としなければというちっぽけなプライドがあった。所詮は農民の娘でしかないのに。

 

そんな風に逡巡していると、ラズロックの手が見えた。

どうぞお嬢さんとでも言わんばかりの誘導だ。手を取りたくなるが、同時に引っぱたきたくもなる。ただ食事を食べなさいと言う命令だと思って、反応を返すことにした。

 

「内容にも寄ります。修業内容にも関わるなら、食事は後で」

「武技やスキルに関してエンリの前で言ったことを専門化するという程度かな? あの子ではついて行けないし、この辺りで戦うだけならば不要な知識でもある」

「判りました。お時間を不要に割くわけにはいきませんので」

 それならばと割り切って食事をする事にした。

以前に聞いた内容を繰り返すならば、時間を掛けさせる方が問題だろうと判断したのだ。料理を用意したのは甘いのではなく、単純に趣味の可能性もある。それならば美味しいと言って見せた方が無難だろう。そう思って木匙でシチューに口を付ける。

 

牛か何かの乳を加えた甘さと、僅かに浮いている肉片や野草。

塩だけのスープよりは美味しいが、酒場の料理としては簡素なものだ。脇に置かれた銅貨ならば数杯は食べられるだろう、そんな事を思いながら堅い黒パンを千切ってシチューに浸して食べる。

 

「あれ? ……美味しい?」

「そう、そのシチューは黒パンを美味しく食べる時に一番美味しく感じるんだ。何のことはない、黒パンに足りない物を補っただけだがね。黒パンのサイズを少しずつ変えてみると良い」

 豊かな風味を感じて、驚いて黒パンだけをかじってみる。

硬くて美味しくも無く味もそっけもないものだ。麦類だけではなく多種の雑穀で嵩増しして、腹を満たすだけのパン。それが甘い乳と……脂身もだろうか? それで風味が豊かに感じ、そして肉と野菜が邪魔にならない程度の味付けをくれる。シチューの方も美味しいと言う訳でもないが、黒パンと合わせることで少しずつ味合わせてくれる。

 

促されるままに、黒パンのサイズを変えてみる。

するとその味わいが少しずつ変わり、自分にとっての適量を見出す時には、残り僅か……少量の肉と野草を匙で救うには程よくなっていた。

 

「驚きました、そこらにあるシチューだと……」

「それが最終形を念頭に入れるという第一歩かな。昔の人は料理もまた魔法の一種だと言ったものだ。まあ、聞いての通り、受け売りだがね」

 ラズロックは懐かしそうに食事ついて話し始めた。

同じ料理でも朝昼晩で変わるし、当然ながら夏と冬でも違うという。酒を嗜めば塩などの味が濃い方が美味しく感じるし、疲れて来ると甘味が恋しくなると言って干した果実を出してくれた。その辺りの森で採れた物でしかないはずだが、丁寧に処理されている。ラズロック自身がマメなのか、あるいは提供した村人が余程慕っているのだろう。

 

他愛ないやり取りながらラズロックの深い教養と……過去に居たであろう女弟子なり、女の兄弟弟子の存在が伺えチクンと胸に痛みを覚えるのだ。

 

「さて、能力の最終形の話を始めよう」

「最終形を見据えているかで、その人物の能力は大きく変わる」

「どんな呪文を習得するか、あるいはいかなる職業を経由するか」

「当たり前の話だが全てを習得することはできないし、人間には限界があるからこそ不要な物は出来るだけ選ばない方が良い。ここまでは話したと思う」

 これは以前にも話したことでニニャにも異存はない。

一度能力が上がると、呪文を三つ選ぶことができる。しかし、人間には限界があるので、マジックキャスターとして目指すのであれば、気を付けなければならないと以前に学んだ先生からニニャも聞いた事があるからだ。紙を作成したり香辛料を作成する呪文が複数の階位に渡って存在するが、資金稼ぎの為などに覚えない方が良いとも忠告されたものである。

 

そして、ここまでは常識的な範囲だ。

先生の内弟子でも高弟でも無かったニニャすら学ぶことができるし、専門のマジックキャスターでもないエンリもついでの様に忠告されている範囲でしかない。つまりは、この上に高弟のみに知らされる高等知識、さらに言えば秘儀があるのだろう。ニニャにとっても、体を売って弟子になった甲斐があるという物だ。

 

「繰り返すが問題に成るのは、ひとえに限界のせいだ」

「通常の人間であれば、そうだな……この位が相応に成る」

「限界を迎えるまでにどんな努力をしたか、何を覚えたか」

「職を何として主たる能力は何であったか、どう積み上げたかで今後が大きく変わって来る。そう、次なる問題が……限界を超えるための条件に成るからだ。残念ながら、運悪く上手く積み上げることが出来なかった者は、この限界を越えるのは難しい」

 ラズロックは最初に銅貨を十枚、次に十五枚を積み上げた。

この事はニニャも何となく想像できる。それこそ銀級冒険者のランクは高くないが、上位であるとも言われるのはそこが常人の限界だからだ。人柄が良ければ引退間際に金級へと昇格させてもらい、教官や護衛頭として雇われることもあるだろう。だが、素質ある一部の者にとっては金級はただのステップに過ぎないとも言われる。

 

そして漆黒の剣は若くして金級に達したメンバーばかりであった。

ニニャを筆頭として、他のメンバーもそれなりに高い素質を持っている。四人が仲良く連携を巧みとしたことで、比較的早くに達する事が出来たと思えたのだ。このまま順調に戦えれば、ミスリル級くらいには達する事が出来たのではないかと……涙をこらえて話の続きを待った。

 

「この壁を越えるには色々手段がある」

「信頼できる仲間と適切な連携を行って戦う」

「兵士として一途に腕前や武技を積み上げ、あるいは魔法を使う」

「仲間とは最も単純に用意できる手段であり、同時に心から信じ会える仲間は最強の武装だと言えるだろう。そして、適切な武技であり、タレントであり、才能がこれに続く。これら全てが一つの方向に積み上げられるというのはとても幸運な事だ」

 雑多な銅貨の山に対し、綺麗に積み上げられた銅貨の塔は高い。

十五枚を握って雑に置けば十枚にすら及ばず、適切に並べればとても高くなるだろう。間接的に漆黒の剣のメンバーを褒め、その縁が素晴らしかったことを称えているのだろう。そしてニニャが持つ、自らの才能とタレントが合致するというのがこれに続くと言い切った。

 

おそらく、それはラズロックの人の良さだろう。

賢者たちであれば間違いなく逆とする。魔法を使うのに向いた能力を持ち、余計な労苦で時間を費やさなかったことを幸運とせよ。先生の元にいた高弟たちはそのように促した物であったのだから。しかしラズロックにとってはそうではないのだ。だからこそ、ニニャはその事を分からされることになる。

 

「限界を超えるには主に生命の危機を乗り越える必要がある」

「適正や相性もあるだろうが、大人数で多数の魔物を倒しても駄目だ」

「少数で一軍を倒すなり、個人で強力な魔物を倒す必要がある」

「そうなって来ると、息の合う連携の方が重要になるだろうな。さっき仲間の方が重要だといった意味がどうしてか分かるかな? 適正な作戦と息の合った連携は、何倍にも能力を引き上げる。事前に情報を集め装備を整えることができるならば、多少の能力など乗り越えてしまえるのだから」

 ラズロックは短い間に、この世界での隠れたルールを見つけ出していた。

鑑定魔法でエンリを始めとした何人かの変遷を見ていたからだ。相性が良かったとはいえ、エンリはアンデッドの群れを突破して最初の壁を越えた。そしてスケリトルドラゴンを倒すことで、二度目の壁を越えていたのである。もちろんそこにはラズロックがセックスによって魔力を与え、それ自体が魔法的な経験であることも影響しているだろう。

 

だがそれは経験を得ただけで、壁は越えていない。

実際に壁を越えるには、無数のアンデッドを蹴散らし、敵の首魁を退けたことが重要なキッカケであると思われたのである。

 

「みんなが私の力に成っててくれたんですね……でも、それももう……」

 ラズロックの言いたいことが段々と判って来た。

冒険者と言う最低単位は壁を乗り越えるには最適なのだ。同じくらいの力量を持つ仲間が連携することで、同時に壁を乗り越えて行く。そのために努力し、その結果が同時に壁を乗り越える結果になるのだ。よくよく考えてみれば、ミスリル級冒険者になるものは、パーティがそのまま持ち上がる事が多い。彼らは偶然に一人ずつが集まったこともあるが、その多くは出逢った者たちが切磋琢磨した結果であろう。

 

だが、その仲間たちはもういない。

忝さに涙零れるニニャであるが、このタイミングでラズロックはショッキングな事を口にしたのであった。

 

「死を撒く剣団という傭兵たちを知っているかな? エ・ランテル近郊では名前を馳せたなどと口にしているんだが……。彼らの生き残りが冒険者たちと共に脱出しているらしい。そのルートには冒険者は居なかったはずなのだけれどね」

「え……? もしかして……?」

「その可能性はあるがね。落ち着いたら出発の準備をするんだ。良い経験になると良いな」

 ニニャが眠っている間に、ラズロックは村長たちと話したらしい。

エ・ランテルの都市長であるパナソレイは、冒険者のみならずワーカーや傭兵を雇っている。死を撒く剣団もその一つであり、ニニャやンフィーレアたち冒険者やワーカーが多かったルートとは別を担当していたらしい。だが彼らもアンデッドの群れに巻き込まれ、命からがら脱出したのだという。

 

冒険者がおらず、傭兵団だけで担当したルートなのに冒険者が居る。もちろんワーカーを見間違えたとか、個人雇いで加わった可能性もあるだろう。しかし、この事は荒み始めたニニャに一つの希望を与えたのであった。




 と言う訳で二人目のヒロインが合流しました。
これ以上のヒロインは居ない予定です。というか、ラブラブ系で非正統派魔法使いがエンリ担当。
ちょっと外道系だけど正統派がニニャの担当になります。よくあるクール系ヒロインは酷い目に合う感じの流れですね。

●オバロ世界の限界問題
 だいたい11レベルか、10レベルの段階でちょっとした進化のどっちか?
どちらにせよ、適正な障害を上手く超えないとレベル限界は突破できません。
「王国戦士団」と「公爵の精鋭」しかいない王国では良く分からない感じですが、帝国では銀級が余るほど居て、さらに山の様に金級が居て、ミスリル級の数も多いので、装備で多少は越えられるのでしょう。
(王国はほどほどの装備、帝国は潤沢なマジックアイテムなので)

ニニャとンフィーはこの間の逃走劇で11レベル突破したくらい。
エンリはアンデッド突破とスケリトルドラゴン+カジット戦で15レベル突破くらいになります。
(謎のワーカーさんは15レベルの壁を越えれたかは、怪しい所)

エンリの成長が早い? そこは経験値満タン(意味深)の状態で戦い続けたからと言う所ですね。
もっとも適性は重要なので、アンデッド戦はエンリが相性良かったけれど、全体としての才能はニニャが上なのは事実となります。
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