Wizard's Climber【完】   作:ノイラーテム

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塔を登る者ラズロック

 カルネ村へ向かう道すがら、ガゼフ・ストロノーフは苦笑していた。

天を埋めるのは炎の上位天使たち、地にはそれを召喚したと思わしき数十人のマジックキャスター。その全てが……。

 

「私を殺すためだけにここまでの用意をするとはな」

 まったく溜息にもならないとはこのことだ。

辺境にある王領の開拓村を次々に襲い、自分を誘きよせてから刺客を放つ。そんな陰謀があると聞かされて、半信半疑で待って居たら本当にやって来た。犠牲者は自分の為に死んだのかと嘆けば良いのか、それともそこまで恨まれるような事でもしたのかと首を傾げたくなった。

 

今回の黒幕が先ほどの捕虜が来ていた帝国の鎧の持ち主……。

バハルス帝国の皇帝ならばまだ分からなくもないのだ。四天王と呼ばれる側近のうち半数を討ち取った事があるのだから。

 

「のこのこ一人で出て来るとは殊勝にも観念したのかな?」

「いいや……。今日は特別でね。もう一人居るのだよ」

 襲撃者の中からそんな声が聞こえた時、天空で異様な音がした。

甲高い音が幾つかした後、炎の幾つかが逆巻いた。五つほどの旋風が同じだけの上位天使を切裂き、次の獲物に襲い掛かっていたのだ。その事態を把握し、魔法生物である上位天使が防御態勢に移行した時、ようやく襲撃者たちは何が起きているのかに気が付いた。

 

この間、僅か十秒足らず。だが、この十秒は随分と致命的であった。

 

「あの風は召喚生物だ! 天使たちに迎撃させろ! 落とされた者は新しく召喚をしろ! ストロノーフを絶対に逃すな!」

 同じ召喚生物ながら、風の方が優位な理屈はただ一つ。

天使たちは召喚者が下した命令に従う、標準的な魔法生物かつ万能型あること。一方で、あの風は近い場所に居る敵に襲い掛かるだけの攻撃型だったことだ。あえて言うならば召喚者に能力に依存するタイプであった事だろうか?

 

襲撃者の指揮官は一つだけ誤りを犯した。

召喚生物同士で潰し合いをすれば数が多い方が有利になるのだ。だから基本的に正しい対処をしているのだが、風の召喚生物を呼んだ魔法使いがそんな愚策をするだろうか? つまりは、この無意味な消耗戦には意味があったという事である。

 

「そこですか? 御協力に感謝します、戦士長殿」

「いや。アルトホーン殿が居なければ私の方が危険だっただろう。気にしないでいただきたい」

 声と共に戦場へ新たな男が現れた。何時の間にと思う暇すらない。

何故ならば男が指を弾くと、襲撃者たちの中心に烈風が吹き荒れたからである。高速かつ広範囲に発動した魔法ながら、襲撃者たちが吹き飛ばされそうになるのは、単純に術者の男……ラズロック・アルトホーンの能力が優れているからであった。

 

そう、ラズロックは指揮系統を確認するために召喚生物を放ったのだ。

 

「か、体が切り刻まれる!」

「落ち着け! 天使たちに迎撃をさせろ! 倒されている者は攻撃呪文で相手の動きを留めておけ!」

 だが、それでも襲撃者たちは即座に反応する。

天使たちに迎撃命令を出しながら、次々に攻撃呪文を唱えて乱入者を抑えに掛かったのである。腕利きのマジックキャスターだと判断しての行動であり、次の詠唱をさせまいと間断なく呪文を唱えているのである。火炎に氷に土の弾などメジャーな物だけではなく、状態異常など多岐に渡った。

 

しかし毛ほども揺るいだ様子が無く、服が少しばかりはためいているに過ぎない。天使たちに至ってはラズロックに構っている間に風の召喚生物に倒されていく程である。

 

「無傷だと!? ……馬鹿な何故平然としていられる!」

「いいや、僅かながらに効いているとも。喰らっている端から回復しているだけだが……魔法耐性は一通り身に付けておくのと自動回復は塔を登る際には必須だぞ」

 ラズロックの世界には、魔法使いが一人で挑む迷宮が幾つもあった。

単独で様々な魔物を討伐しながら行う荒行であり、攻撃魔法一辺倒では早々にリタイヤする羽目になる。ゆえに魔法防御や自動回復などは必須であり、スタイルにもよるが体術なり高速歩法は必須であったのだ。

 

そして風属性にある高速移動の呪文を唱え、攪乱するために、同じく風属性にある適当な攻撃呪文と組み合わせたという訳だ。

 

「……全員で時間を稼げ! 切り札を使用する!」

「「はっ!」」

 言葉の意味をすべて理解できないが、その意味も無い。

即座に格上の強敵であると判断し、指揮官は部下たちに指示を下した。だが、ラズロックの組み上げた戦法を理解しようとしなかったことが、彼らにとって不幸なことになる。

 

この戦いでラズロックは何をした?

指揮官の居場所を特定し、中間距離まで訪れて陣形を撹乱したのだ。ならば次なる行動も、指揮官狙いに決まっているではないか。

 

「悪いがここで……お別れだ!」

「ぐっああ!?」

 ラズロックは高速歩法に移動呪文を組み合わせていた。

まさに疾風の動きであり、乱れた陣形の合間を縫って、指揮官の首根っこを掴むのに十分であった。彼を中心に高威力の魔法を発動させるや、暴風が荒れ狂い周辺にいた襲撃者ごと吹き飛んでしまったのだ。

 

数メートルもの距離を吹き飛ばされ、ある者は死亡し、別のある者は気絶する。そして指揮官は……。

 

プ、プリ……監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!」

「選択肢を間違えたな。切り札に自信があるなら、戦線の立て直しなど図らずに最初からソレの起動を前提に入れるべきだった」

 最後の力を振り絞って待機させておいた格上の天使に命令が下る。

ラズロックは高速で歩み寄るとそのまま指揮官を蹴り飛ばし、懐のナニカを手放させた。彼が与り知らぬ事だが、『監視の権天使』は待機中に部隊耐久力を強化する能力がある。ゆえに蹴りつけるだけで虫の息状態の指揮官は気絶してしまったのである。

 

そして動き始めた権天使に対し、ラズロックはただ指を鳴らした。

それだけで単体用の高威力呪文が発動し、真っ二つに両断された後、光となって掻き消えたのである。こうなれば生き残りの部下たちも風前の灯であろう。

 

 

 戦闘が終われば後は事後処理を残すのみである。

生き残りの敵から装備を剥ぎ取り、縛り上げて口に猿轡を噛ませていった。その上で襲撃者たちのうちの一人を連れて来る。

 

そして危害を加えようとしてもガゼフが先に止められる程度の距離で尋問を開始した。

 

「ガゼフ殿。これから起きることを覚えていて欲しい。先ほどは隊長格だけだったが、こいつらは全員に施されていると思う」

「何をするつもりだ? ここまでの練度の相手が迂闊にしゃべるとも思えんが」

 ラズロックは頷いて葉巻に火をつけた。

そして襲撃者の目の前で、ゆっくりと動かしていく。そしてクルクルと少し回転させていくと、その男の目はトロンとしたのである。要するに催眠暗示を掛けたという訳だ。

 

もちろんラズロックほどの魔法使いならば、指先を鳴らすだけで発動しよう。だが、それでは何の条件も無しに可能だと思われ、かえってラズロックが疑われてしまうと思い、猿芝居を挟んだのである。

 

「お前たちの目的はガゼフの暗殺で間違いないな? これで一つ目の質問」

「……ああ」

 ラズロックは言葉を選んで質問を開始した。

シンプルな質問であり、頷くだけでも理解できるレベルである。そしてあえて一つ目と口にし、指を一本程立ててみた。

 

「お前たちの所属は法国であり、少し前に襲った帝国風の鎧の連中は偽装工作で部隊の所属は異なる。これであって居るか? あっているならば部隊について何か説明しろ。これで二つ目の質問だ」

「……そうだ。俺達、陽光聖典が本命になる」

 あえて聞くまでも無い事実を挟み、精神的抵抗を弱めておく。

このレベルならばそれなりの知識と経験がある者ならば想像がつくだろう。そこに今のところ不明な、部隊名に着いて尋ねたのだ。やはりこれも、知っている者ならば知っているのだろう。

 

「陽光聖典か。聞いたことはある。確か、亜人集落の殲滅部隊だったか」

「ほう? ならば色々な属性の呪文を揃えていたのに低ランクだったのに説明が付きますね。子供たちや妊婦を殺すならば高ランクの魔法は必要ない。そして奇襲であり天使の方が主力ならば意味が分かります」

 悪名高き部隊であり、同時に人類にとっては頼もしい味方である。

ガゼフが苦々しい様子で語る中、ラズロックは自分の能力とかけ離れた低ランクの呪文しかなかったことに理解を示した。ラズロックが所属する世界で屈指の実力者だが、あまりにも差があり過ぎて戸惑うこともあったのだ。

 

もちろんそれは世界間における魔法レベルの差でもある。

ラズロックの世界ではドラゴンと塔で戦う事は普通であり、普段は封印されている塔ならば世界でただ一体のドラゴンたちと、戦う事で訓練する契約もあるくらいだ(勝手に呼び出して弱らせることもあるが)。それに対してオーガにも苦戦するこの世界の人々とは、魔法のランクが違っていても不思議では無かった。もっとも、その世界にスキルはないので、必ずしもどちらの世界が優秀とも言えないのだが。

 

「さて、これが最後の質問になってしまうでしょう。良くご覧ください。……お前たちはどうしてストロノーフ殿を襲ったのだ? これが三つ目だ、よく考えて、お前たちの正統性を語って見ろ」

「……王国は犯罪組織のばらまく麻薬を留められず、周辺国ごと人類の力を削っている。だから王国を支える最後の一人、ガゼフ・ストロノーフは殺さねばならな……い」

「なぜ倒れる? 何が起き……死んでいるだと?」

 質問と共に三本目の指を示した。

するとそこで襲撃者の体が崩れ落ちたのである。ガゼフが調べてみると、襲撃者は既に事切れていたのである。

 

そう、この光景をラズロックは見せたかったのだ。

少し前に倒した部隊のうち大半は偽装工作程度しか何も知らなかった。だが隊長と副隊長は別であり、一人がガゼフ襲撃計画を語り、詳細を聞こうと何度か質問したら二人とも死んでしまったのである。

 

「おそらくは尋問されたら死ぬように条件を付けていたのでしょう。捕虜として連れ帰る場合は、その質問順番に気を付けてください。いきなり隊長格に確認の質問をなさらないように。私は好奇心を満足するために質問をする必要はありません」

「……法国は何と恐ろしい事をする。だが、仔細は承知した」

 三度質問すれば死んでしまう。この事は尋問を難しくするが……。

これほどの事をその辺の貴族や小さな国ができる筈もない。こうした姿を見せるだけで大国の関与を疑わせた。そして戦闘力だけならまだしも、練度の高い部隊とその兵士たちを使い捨てに出来るだけの国力と文化を持つのは、法国しか存在しないのだ。

 

後はガゼフが部下たちと共に彼らを連れて帰り、エ・ランテルなり王都で果たす役目だろう。

 

「アルトホ-ン殿。この度はそれがしを救ってくださったことを感謝する。それとは別に、これは国家間の大事でもある。何かのお礼をしたい物だが……」

「貴族を操られて認可が難しいのでしょう? 構いません。そうですね、はぎ取った装備と金の一部をいただきたい」

「かたじけない」

 王国では大貴族たちが幅を利かせ、ガゼフに発言力はない。

そもそも与えられていた装備があれば、この襲撃者をすべて討ち取ることができるのだ。かつて帝国との戦いに、前任者の四騎士の半数をたちどころに討てたのも、その装備に寄るのだから。そしてそんな経緯を聞き出して居れば、ラズロックに対する褒章どころか、むしろラズロックこそが主犯であり、帝国の陰謀だと言われかねない。

 

ゆえにラズロックは大事にせず、襲撃者が装備の一部と金を要求した。

また、抱いた女に魔力を与える体質なのである。国家に利用されたいとは思えなかった。元の世界に戻る事を考えれば、魔法の装備と当座の金があれば十分でもある。

 

「では急ぐゆえ、これにて失礼する。重ね重ねの御配慮、忝い。王都に参られた時はささやかなながら歓待をしよう」

「その時があればお願いします」

 こうしてガゼフ・ストロノーフ襲撃事件は終わりを告げた。

予想通り賄賂によって事件そのものが無かったことになり、陽光聖典の生き残りは消息を隠すために暫く三国の周囲から姿を消す。

 

もっともラズロックにとってはようやく始まったとも言える。

エンリ・エモットと呼ばれる少女に、トブの森で魔法使いの訓練をする為の生活が始まったのだから。




と言う訳で第二話です。
いつもの流れなので割愛しようかと思いましたが……。
ラズロックやウイザーズクライマーについて多少は説明できるかと思って書いてみました。
次回は御屋敷で修業の開始になります。
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