新たな目標
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暫くして、カルネ村では幾つかの変化が起きていた。
村の周囲以外でも街道沿いに柵が並び、アンデッドを段階的に呼び込む。一定数が道を進んだところで、完全に封鎖してしまうのだ。そして冒険者を中心に自警団が対処していくというのがルーチンになる。ある程度繰り返したら、気力や魔力が尽きる前に一斉に撤退して、アンデッドの害意を必要以上に引き付け過ぎないようにすると言う所までがワンセットだ。
冒険者たちの生き残りが村で静養がてらに戦術を教えていた。
それが実を結んで、強力なアンデッドや、柵を通り抜けるゴーストやレイスの様な特殊ケース以外は倒せるようになったことが大きな変化であろう。
「ニニャ。良い話と悪い話、どちらから聞きたいかね?」
「悪い話からと言うのがセオリーではありませんか? 少なくともそれ以上は失望しなくて済みますから」
そう言いながらニニャは居住まいを正す。
ラズロックは紳士なので教授する時は有用な知識や思考法を教えてくれる。聞き逃せるような話ではないし、それにここ最近……漆黒の剣のメンバーに関して色々と治療に当たって居たからだ。時間的にも落ち着き、施せる治療を全て試したという所だろう。既に全滅したと思っていた仲間たちが、重傷ながらも救出された。その事を考えれば、多少のショックは受け入れられる気がした。
ベッドでの耐久レースと違って、こう言った時の予想は外れたことがない。年頃の女としてはどうかと思うが、マジックキャスターの弟子としては悪くないと思う。
「では悪い方から行こう。ルクルット君は顔面の裂傷と視力が若干の低下で済んだが、今後に第一線は難しくなると思う。問題はペテル君の方で、下半身が潰れたのはいかんともしがたい。廃業して自警団の指導が精々だろうと見込まれている」
「そう……ですか。あの傷なら仕方がないのでしょうね」
冒険者としては廃業だろう。頭の中をそんな言葉がよぎる。
ルクルットはまだ軽傷で済んだと言える。引っ掛かれたり殴られた程度だが、屍毒もあって目が駄目になる寸前だった。その場での治療が出来なかったのが影響しているが、延々と戦っていたのだからその程度で済んだのだから儲けものと言う所だ。第一線は難しいかもしれないが、今までの様に中距離で切り替えるならば、自警団としては十分に頼りにされるレベルだ。
一方で巨人に踏みつけられたペテルはどうしようもない。
生きているのが不思議であったくらいだし、おそらくは最後の回復呪文で助けたのだろう。その場でルクルットの方を助けたら引退者が一人減る代わりに、死者が一人増える。そんな二択を強制されて、ダインはよくぞ決断したと言うものだ。
「もう一緒に冒険できないのが残念です。……そういえばダインは?」
「そのダイン君だがね。これが良い話に繋がると言えるか。君たちがアンデッドと戦って『壁』を乗り越えたように、漆黒の剣のメンバー全員が同じように越えている。ルクルット君がなんとか戦える段階なのも、ペテル君がまだ生きているのもその影響だろう。不思議な事だが、生命として一段階進化したというべきか」
この世界にはレベルキャップとでもいうべき『壁』がある。
正確には一般人に到達できるレベルを越えられるか、越えられないかという所だ。ニニャは逃走時に一つ目、そして救出作戦で二つ目の壁を乗り越えた所だ。漆黒の剣のメンバーも逃走から続く戦いで成長していたのだろう。ニニャの方がペースが早いのは、彼女のタレントとラズロックの体質にシナジー効果があるに過ぎない。
そしてダインの話が出たという事は、彼に何らかの良い変化があったということだろう。メンバーの無事に関する事ならば、あえてこの場でなくとも良いはずだと思案する。
「ダインの……ドルイドの魔法が成長したんですね。何か凄い魔法でもありましたか?」
「補助魔法なのだがね。実に強力であり、それ以上に面白い効果だ」
ニニャは話を聞くだけでなく、自分で考えていた。
その事に満足しつつ、ラズロックは複数の国の銅貨を取り出した。王国の物と法国の物が多く、帝国の物がチラホラと混ざる程度だった。意匠の違いが判る面を全て表にして、三方向に分けていく。途中で全く図案の異なるのはおそらく遠い国の銅貨であろう。この辺りは法国の影響下が強いので、どうしても法国のデザインに似てしまうが、遠ければ全く違うものになるのだから。
そうしてラズロックはおもむろに王国の銅貨に指を充てる。
「その呪文の名前は『オーバーマジック』という」
「効果は本来自分が使えない位階の魔法を使えるようになる」
「前提条件はおそらく二系統以上の魔法と、ドルイドの魔法を一定段階まで覚える事」
「ただ上位の魔法系統は、別にドルイドの魔法でなくとも良いらしいね。彼はこの補助呪文を使う事で、今まで使えなかった『重傷治癒』を一時的に使えるようになったんだ。そして付随効果も重要でね。重傷治癒は中治癒の様に傷を塞ぐ効果だけではない。肉体の劣化もある程度は防いでくれるようになった。この事は治療経過に良い影響を与えると思う」
それはこの世界独自の呪文であった。
経緯は判らないが、存在すると噂される大呪文。レベル詐欺と言われるほどに効果が強い呪文は幾つもあるが、その中でも際立って有益な呪文である。だが、その呪文を誰もが覚えられるわけではないし、そもそも高名なマジックキャスターや神官たちが追い求めていたのに……。そう言おうとしてニニャはラズロックの言葉を詳細に思い出す。
前提条件は二系統以上で、ドルイドのレベルがそれなりに高い事?
そこまで言われて、どうして覚えている者が希少なのかが理解できた。腕を磨かんとする者の多くは専業のマジックキャスターだ。寄り道は良くない事と言われているし、気が付いた者が居たとしてもドルイドは寄り道も寄り道なのだ、その者はドップリと寄り道をしてしまっている。積極的には話したくないだろう。
「もしかしたら条件の方はドルイドではなく、自然崇拝系の信仰かもしれないけれどね。そして、ここで段階を追って説明した理由が判るかな?」
「学び、積み上げていく方向性をどうするか。ですね?」
「その通り」
ニニャは銅貨を改めて眺めた。それは複数系統の魔法をイメージする材料だ。
学習期間を半減する彼女のタレントならば寄り道も早いが、足踏みにもなってしまう。オーバーマジックを覚えられるまでドルイド系統を覚えれば、本業である魔力系統の能力も上がるだろう。だが、それだけの時間と労力があれば、魔力系統一本延ばしでいった方が早いのではないかと思う。少なくとも第三位階でも高等である火球までは覚えられたので、もうちょっとで最高段階の飛行を覚えられるはずだ。第四位階も目指せる段階なのに、あえて寄り道する意味は無いように思えて来る。
もちろんそれは
高位の位階を覚えるよりも、早い段階で延ばせる系統を覚えてしまう人も居るかもしれない。また、高難度の系統に達した時に直接覚えるよりも、ドルイドに寄り道して間接的に到達した方が早いのもあるだろう。ニニャだって才能の限界または人間としての『壁』の限界に到達するとしたら、寄り道して疑似的に覚えることを目指すかもしれない。
「そういう訳で、ニニャはある程度の想定をしておいてくれ」
「今のまま能力を伸ばしていくか、ドルイドを覚えるか、さらに三種目まで延ばすか?」
「どのみち学習方法の問題もあるし、一朝一夕には行かないだろう」
「この呪文が欲しいという明確な目標が見つかってからでも良いかもしれないな。そうそう、目標と言えば先ほどの重傷治癒。あれで肉体の劣化もある程度は防げると言っただろう? 体が弱っていくよりも早い速度で回復した為、ルクルット君の目は持ち直した。違和感はあるだろうが狙撃以外はリハビリすれば何とかなるはずだ。同様にペテル君も若干ながら改善したと思う、走れないが動かないならば何とかなりそうだ」
ここでラズロックは先ほどの悪い情報を上書きした。
結果的にどちらを話しても、有用な補助呪文で漆黒の剣のメンバーの体調が大きく改善されたのは間違いない。もちろん万全とはいかないが、先ほどまで引退を決意せざるを得なかったことを考えれば、大きな進展であろう。狙撃に関してはルクルットはそれほど多用して居ないし、ペテルは『要塞』が使えるので足を止めた戦いも行けるはずだ。全盛期の半分程度になるかもしれないが、以前よりも成長している事を考えれば、自警団の一員であれば十分に務まる能力を保持できているといえるだろう。
その話を聞いた時、ニニャは思わず目を見開いた。
我知らず涙がこぼれ出て、本当に問題なのかと疑いたくなる。そして冒険に出られるのか……と、自分本位の質問が出そうになった。
「あの……その……」
「言いたいことは判るが最後まで聞きたまえ。『重傷治癒』でこうなったのは、例えば千切れ掛けた腕を治した時に、筋力も神経も繋がる影響だろう。その機能を回復する効果も付随しているんだ。ということは、重傷治療より上の呪文を覚えるようにするか、さもなければ最初から使える人間を探すというのも良いかもしれないな。例えば、ブレイン君が言っていたという蒼の薔薇の様に」
ラズロックは知識がないなりに、おおよその流れを推測した。
彼の世界でも強力な治癒魔法を使えば、機能が回復しないなんてことはない。ラズロック自身が覚えている回復呪文はそれほど強力ではなく、その場でなら機能も回復する程度だ。だがこの世界で見た重傷治療は機能を若干ながらも回復させたことや、その呪文の位階がそれほど高くない事からも、『それ以上の呪文』の存在を推測したのである。そしてコネクションと言う程ではないが、強力な治癒魔法を使える存在に心当たりがあったのであった。
つまりダインの修行に付き合いつつ、蒼の薔薇とのコネクションを築く、あるいは金を払って治療してもらうという手だ。法国に行く手もあるが、この村を襲ったのが法国らしいので、そちらは無理だろう。
「当面はトブの森でオーガやトロル相手にリハビリをしつつ。情報を集めると?」
「そうなる。幸いにしてアンデッドの騒ぎも収束段階に移行したからね。ブレイン君たち傭兵が動いているだけでなく、他にも強力な冒険者やワーカーが動いているんだろう。森で戦う事はダイン君にも良い影響を与えるだろうし、暫くは様子を見て構わないだろうね」
鍵はダインの魔法位階なので、どうしても近場で修練が必要だ。
エンリもカルネ村を守るために戦っている事を考えれば、この近隣で戦う方が良いに決まっている。その上で情報を収集し、積極的に集めていけば何とかなる可能性はそれなりにありそうだった。漆黒の剣というグループが解散するにしても、ルクルットやペテルに自警団くらいは務められる自信も付けさせてやりたかった。ならばニニャもそこに否応はない。
そしてエ・ランテルで起きた事件が収束に向かっているという事も大きい。
元もと実行犯であるカジットの勘違いと、それを利用した某秘密結社の思惑もある。それなりにこの周囲で混乱させ、色々と『収穫』したり世を乱して自分たち以外に注目を集めさせれば十分なのだ。
もっとも、一番大きな理由はこの事件を最大限に利用しようとした帝国や、その思惑さえ操ろうとした法国の思惑こそが大きなファクターであることは間違いないのだが……ラズロックやニニャたちがそれを知る由は無かった。
と言う訳で第三章です。
内容としては前回のブレインとエンリの会話と似てますが、目標込みですね。
エンリは素直なので納得して終り、ニニャは新しい目標にするという差があります。
なお、こちらの方面を回っていた冒険者数チームの生き残りが居るので、カルネ村には原作よりも冒険者崩れが居ます。
●オーバーマジックに関する見解。
有用な補助魔法なのに取っている者が少なく、それもマッドな古田さん覚えていないほど。
もしかしたら特典やゲームで既に開示されているのかもしれませんが、自分なりの見解です。
1:信仰魔法を覚えているフルーダやカジットが覚えていない
2:レベルの高くないリザードマンが覚えている
3:法国では意図的に覚えさせ、大儀式も交えて二段階上げている
1からレベルを上げたがる魔力系・信仰形ではないと思われます。
タレントやジーニアスの様に才能が重要なレアリティである可能性もありますが、3から条件があるのではないかと思います。額冠と同じで人数差を利用してる可能性もありますけどね。
それらを踏まえると、自然信仰者である可能性が高いと思うのですよね。
リザードマンなら当たり前ですし、法国の場合は六大神のうち四神は地水火風で、ノウハウも蓄積されてますから、意図的に覚えさせることも可能だと思います。その上で、ドルイドはあまり戦闘に積極的に用いるものではないので、前面には出てないのかと。
4:ドルイド第二位階後半または、第三位階前半ではないか?(高すぎると併用できない)
5:二系統以上の魔法を持つ
6:魔力系統でも可能かもしれないが、信仰系統である可能性が高い
と言う感じになります。とりあえずダインさんはリザードマンと似たような系統なので、覚えても不思議ではないでしょう。
こういった理由からトブの森でドルイド修行だ! みんなのリハビリだ!
と言う理由で森を徘徊し、エンリは森の賢王と出逢うでしょう。アンケートによっては、帝国や聖王国行きもあったかもしれません。