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僅かな間にトブの森が激変、活力を失い枯渇して行った。
ドライアドやトレント達はとうに吸収されており、そのほかの植物系の魔物は言うに及ばず。特に南部から東部にかけて被害がひどく、ウォートロルの『グ』すらあっけなく勢力ごと食われており、『森の賢王』と呼ばれる魔獣が孤軍奮闘して居たのである。漆黒の剣のメンバーは賢王の言葉を人間の言葉と勘違いし、救援の為に訪れてしまっていた。
そして遠距離攻撃主体でエンリ達の合流を待つ。
最初の取り決めでそれぞれのチームはそう離れておらず、何かあれば彼女たちはリタイヤ・チームを村まで送り届けてから合流する手筈だからだ。
「スペル・アキュレイション。ツインマジック・レッサーデクスタリィ」
「リーンフォースアーマー。リーンフォースアーマー!」
「おお! 頼もしいでござるな!」
ニニャとダインは森の賢王とペテルに支援魔法をかけた。
まずは賢王でペテルが次点、ニニャは覚えたばかりのツインマジックを行使できるがダインはそうもいかない上に回復魔法も必要だ。誰かが重傷を負った場合は重傷治癒を駆ける必要もあり、ニニャはまず補助魔法の魔力共有呪文を掛けた。これは儀式に参加する者が補助魔法の魔力を捻出できるというもの。MPが豊富なユグドラシル時代では無意味な呪文であったが、この世界では長期戦に役立つだろう。
ひとまずは森の賢王が前衛とアタッカーを務め、実力差の問題でペテルがその補助に当る構成が整ったと言えるだろう。ルクルットには申し訳ないが、エンリが到着するまでは牽制役とMP提供要員になってもらうしかない。
「ツインマジック・レッサーストレンクス」
「オーバーマジック・ヘビーリカバー!」
「なんと! 傷がたちまちのうちに回復したでござるよ! しかもみなぎって来るでござる! 偶には仲間と言うものの良いでござるな! 頑張るでござるよ!」
楽し気な森の賢王と違ってニニャたちは必死だ。
ウォートロルすら倒した相手としか知らない。ギリギリで倒したのか、それとも一蹴するほどに差があったのか分からないだろう。もちろんナザリックが現れる場合の歴史を知る由もなく、実際には絶望的な差であるなどと思いもよらない。もしザイトルクワエの真実を知って居れば、とっくに逃げ出すか絶望していたに違いあるまい。例えば過去の英傑たちの戦闘を目撃して、絶対的な能力差を分からされていたドライアドの様に。
奇しくも漆黒の剣のメンバーは、無知によって焦燥を抱き、同時に救われていたのである。
「しっかし、とんでもなくデケえなあ。さっきよりもデカクなってんぞ。おかげで矢を撃っても仲間に当たらねえのは助かるが……これ、意味があるのかね。実は効いてねえとか普通にあり得るぜ」
「知らん! とにかく今は死なない様にしつつ、攻撃し続けるしかない! 斬撃!」
敵の大きさは4mほどかと思ったが、既に5mを越えている。
もしかして10m以上の大きさなんじゃないかと思いつつ、ルクルットは根元の方に矢を放ち、ペテルは後方を目指して伸びて来る先端を切っていく。盾で直撃を反らせながら、軽く振る程度だ。流石にトロル種独特の生命力を吸い尽くす化け物に、捨て身の一撃など放ちたくもない。なんとかバランス取って戦っているのだが、それも森の賢王が前線で戦っているからこそだ。漆黒の剣だけならばとっくに全滅していただろう。
なお、二人の攻撃は焦燥とは裏腹に効いている。
ザイトルクワエはレイドボスでありその中でも体力特化という特性を持つ。ゆえに攻撃無効化や強力な防御などは持たず、サイズとボス属性から来る最低減の修正値以外の防御力を持たない。もっとも、その代わりに無尽蔵とも思えるような理不尽極まる体力を誇っているのだが。
「もう一発、斬撃!」
「よっしゃ! 効いてる効いてる~このまま行けば……」
「無駄でござる! その程度ならば拙者が何度も浴びせたでござるよ! 今の内に下がるでござる! いや、その方たちは逃げるござるよ!」
ペテルが何発目かの武技を浴びせ、その巨体を切裂いた。
その皮を切裂き、湿った水が周囲を汚す。やったかと喜ぶルクルットを森の賢王が忠告の言葉を浴びせたのである。その重々しく凛々しい言葉に、楽天的なルクルットも二の句を告げない。漆黒の剣のメンバーは確かな戦力であるはずなのに、まるで足手まといであるかのようだ。
いや、まさしく足手まとい。だからこそ森の賢王はこの場から去れとありがたくも忠告したのであった。
「だってよ、あいつの首根っこも胴体も、もうちょっとで真っ二つだぜ?」
「その程度ならば拙者が何度もやったでござる! 所詮一部。触手の一端に過ぎんでござる!」
「うそ……だろ」
軽快にダメージを与えたつもりだったが、それは幻想に過ぎない。
真実はいつも人を傷つけると言うが、森の賢王の言う通りアレは触手の先端でしかないのだ。刃の様な尻尾で切裂いて居るのを見て、『グ』は武器が通じると過信して棍棒で殴りつけて千切ったつもりであった。だが結局倒すことは出来ず、油断した所を食いつかれてしまったのだ。トロルの生命力もあって逃げれるかと思ったが、精気自体を吸われてしまい、無残に殺されてしまったのである。
ともあれ話を聞かない人間たちに、森の賢王は
そこまでして助けるべきか、呪文の援護で離れることが出来たことを恩とみなすべきか。無視して死んでも構わないのだが、吸収されて生命力が回復されては厄介だ。ならば魅力して引き離すべきかと思った時。状況に変化を起こす者がいた。
「あれはおそらく植物系の魔物である!」
「地上に見えているのは触手でなく、枝葉であろう!」
「森の賢王殿の言葉に間違いなしと思われる」
「ここは引いて出直すべきである。撤退までの時間稼ぎと可能な限りの情報収集を、生き残り優先で行うべきであろう!」
それはドルイドであり、自然崇拝者であるダインの言葉である。
この中でもニニャと並んで知識系であり、植物に関しては一家言ある存在だ。そして彼の指摘は状況にマッチしており、本体を倒さねば、その能力で延々と回復されることで、ダメージを与えることは無意味だと皆に理解させたのである。そしてこの指摘は、どんな魔物であるか理解して居なかった森の賢王にも届いている。それがこの後の運命を変えたと言えるであろう。
ここで呪文によって魅了という選択肢が無くなった。
むしろダインの忠告を得て、何をすべきか悟った。そして漆黒の剣と共同で戦う価値があると見なしたのである。
「治る速さを確かめながら近くに体があるかを確認するでござるよ!」
「そう言う事ならば、私は効き易い呪文を確かめましょう。植物なら炎だと思うのですが……ライトニング!」
森の賢王の言葉を聞いて、ニニャは電撃を放った。
一通り付与呪文を放ち、火球を使うのは流石に危険だと思っていたところだ。魔法の矢など幾つかの呪文を使う事で、有効な属性を探ろうとしていた。森の賢王も呪文を使えない訳では無いので、ある程度試すことができるだろう。その間に賢王は走り回りながら長い尾で攻撃。そして……。
木々を揺らして一人の少女が到着した。
「お待たせしました! ンフィーも直ぐに来ます!」
そしてこのタイミングでエンリも参戦した。
ただし、残念なことに今回は殆ど役に立たない。実質的に流れを決定付けたのはダインの知識であり……そして、遅れて到着するンフィーレアである。
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やがて一同は気の長い戦いの末に攻略法を見つけ出した。
それは付与呪文が一度途切れる程の時間の果てであり、普段ならば戦闘が終わっているほどの時間である。それだけの時間を掛けて攻略法しか見いだせないのは、ザイトルクワエがいかに恐ろしいかであろう。
問題なのは見つけたからと言って、そこからトドメを刺すのは不可能だという事だ。
(武技も含めてあれだけ攻撃したエンリの攻撃が殆ど効いてない……)
(アンデッドよりも防御力がある上、体力が桁違いなんだ)
(これじゃあ何時倒せるのかまるで分からない。一度仕切り直すって意見には賛成だね)
(その上で……アシッドアローやサンダーボールが効いてる。これって多分、継続するタイプの攻撃が有効なんだ。防御力はあるけど突破した攻撃までを防ぐわけじゃないのと、奴自身に痛みを感じる機能がないみたいだ。つまり戦いの序盤に根元の方に浴びせておいて、時間稼ぎすれば良いのかな?)
ンフィーレアは戦いの中でおおよそを見切った。
彼自身の魔力はニニャほど強力ではないからこそ、観察を主体にしていたのだ。威力は低いものの酸で継続ダメージを与えるアシッドアローが効いているのを見た後、同じように帯電する雷球の呪文を使ってみたのである。この呪文は電撃珠よりも範囲は狭いが、帯電させて継続ダメージを与える効果があった。
要するにザイトルクワエにはスリップ・ダメージが有効だと判断したのである。
なお、実際には格闘家が持つダメージが通らない訳ではない。単純に現地レベルだと火力が低くて拳のダメージが装甲よりやや上程度でしかない事、その分だけもっと上のダメージを与えられる剣のダメージが有効である様に見えるだけだ。ユグドラシル時代であれば、むしろ単純火力や連打の出し易い格闘家系ビルドの方が有効だと判断したであろう。あくまで現地レベルならば、スリップ・ダメージの方が効いている様に見えるだけでしかない。
「ちょっとずつ下がって、根元に呪文をぶつけて逃げましょう。多分だけど掴めてきた気がします」
「そう……ですね。そろそろ私は限界が……」
「仕方ないのであるな。こちらは保っても、その後に回復が難しくなるのである」
遅れて来たンフィーレアはともかく他二人が問題だ。
ダインは呪文を控えめにして回復と付与に専念していたが、ニニャの方は多様な呪文を試したので魔力の消費が激しい。エンリから魔力を分けてもらう場合の欠点は以前と同じなので、強敵相手へ迂闊に使用するべきではないだろう。ヒントが見えてきたのならば猶更だ。ここは全力で撤退に専念すべきだろう。
その事を森の賢王やペテル達にも伝え、一同はタイミングを合わせる。
「悪いが先に下がらせてもらう」
「はい。ここは私に任せてください。武技、真空波! 浸透剄!」
「アシッドアロー!」
「ツインマジック・マジックアロー!」
まず最初に走り難いペテルが下がり、エンリが中衛を受け持った。
それに合わせて後衛は魔法を使用し、ザイトルクワエの根元に集中攻撃を浴びせていく。エンリもついでとばかりに武技を浴びせて攻撃に参加した(ルクルットも当然矢を放って居る)。そして後衛陣が下がるのを見て、森の賢王も撤退するという算段である。
そして一同がこれなら大丈夫かと思った時、ザイトルクワエの体……触手が10m以上の長さになって襲い掛かって来たのである!!
「なんだと!? まだ来やがる!」
「さっき攻撃した場所に打ち込んでください! 時間さえ稼げれば!」
「判ったでござる。いくでござるよ~!」
「了解です! 武技、真空波! 浸透剄!」
目の良いルクルットが驚く中でンフィーレアは諦めなかった。
森の賢王が体をゆすって、尻尾の斬撃を上手く調整していく。獣ならではのしなやかな体と、そして遠心力を利用するという合理性がザイトルクワエの体を貫いたのである。エンリの武技もそれに追随し、先ほどまで根本であった部分を千切り取ることに成功したのだ。そして一同はここぞとばかりに逃げていく。ここで『やったか!?』などと天丼をする気も無い。その懸念を確認するまでも無く、なおも触手が伸びて来るのだから正解であっただろう。
やがて十分に離れ、息を整えるのと同時に、ダインの手で回復魔法を駆ける間は休むことにしたのだ。
「あ、あの敵は馬鹿みたいに、体力が……あります」
「植物、だからでしょうね。体力特化な訳ですが、そ、そこが付けめです」
「奴は痛みを感じないんですよ。だからさっきも千切れかけの触手に無理させた」
「まだまだ余裕と言う事なんでしょうけど、ここにつけ込むべきですね。次があるならばダメージを継続して与える呪文を使いましょう。僕も専用の薬品を用意しておくつもりです。ルクルットさんにこだわりがないなら、スリングか何かを使ってもらえば良いかと。できればブレインさんやラズロックさんに手伝ってもらうのが理想ですけど……」
ンフィーレアは息を整えつつ説明を続ける。
もどかしさの中で推測に過ぎない観測を繋げ、可能な限りの理論を組み立てる。まだまだあの化け物は余裕がありそうだし、周囲の面々も否応は無かった。魔物である森の賢王すらウンウンと頷いており、どうもこのまま村まで付いてくるのではないかと思われたのである。もっともソレはカルネ村に取っても良い事であり、この機に縄張りを決めるべきではあろう。
全てを話終わるころには息も整い、話も終わる。
「もしかしたらラズロックさんが居れば済んじゃうかもですけどね。でも、今後を考えれば対抗手段は確立しておきたいと思います」
「正体が植物系モンスターなら、他にも生えている可能性もありますしね」
「出来れば最後の一体であって欲しいとは思うが、そう考えた方が良いであろう」
ンフィーレアの言葉にニニャとダインも頷いた。
森の賢王はそのままウンウンと頷いているのだが、もしかしたら話の途中から効いているフリだったのかもしれない。いずれにせよ、この場での結論はこんな物であろう。何とか希望を見出し、準備さえあれば一同にも倒せそうな気がしたのだ。その上でブレインが居ればもっと楽に倒せ、ラズロックが居れば簡単ではないかと希望論を抱いていたのである。
そして、その頃。そのブレインはと言うと……。
「よう。何の用だ?」
「ヒョホホホホ。どうやら話し合いをする資格はありそうじゃのう……。この森の危機について、おぬしらの勢力と話し合いをしたいと思っていたのじゃよ。森を喰らう恐ろしい魔樹についてのう」
トブの森の『西』にて姿なき何者かの訪問を受けていた。
ザイトルクワエの脅威は一か所だけで起こっていたわけではないのだ。それどころか広範囲に渡っており、触手の伸びている地域は北東にある帝国方面から、西にある王国方面まで長距離に及ぶ。
そう、あの触手はザイトルクワエの触手の一本にしか過ぎない!
合計で六本とされる、その一端でしかない。そして漆黒の剣や森の賢王たちが無事であったのも、北東から西まで各地を荒らしていた反動に過ぎないのだから。
と言う訳で、みんなでザイトルクワエと戦って生き残る事に成功!
攻略法(?)も見つけた様で、ダインやンフィーも壁を越えてくれるかと。
まあ勘違いなんですけどね。現地人には分からない尺度なので仕方ありません。
●ザイトルクワエの触手(独自解釈)
低レベル帯の敵であり、六ケ所で発生するという感じにしています。
もちろん普通のレイドでは、攻撃回数が上がるんでしょうけど。
今回は何故か、北東から西までの六か所に分布しているので、みんなは命拾いしました。
本体との戦いならば全滅、移動しておらず一本が伸びて来るだけならば、ギリギリで倒せるか逃げ出せるかという結果だったはず。
ちなみにラズロックさんは画面全体攻撃を持っているので、勝てるけどトブの森が消えますね。
なので彼は参戦しないか、森の中を東から西まで道のような空白が出来るまで出てきません。
どうして東から西まで喰らう様な散漫な食べ方をしているかと言うと……次回、『覇道の竜王』を請うご期待!
まあ、『ゲヘナ』の代わりですね。