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その場所は古びた聖堂であり、それでいて良く磨き上げられていた。
一つの手抜かりも無く清められる工程は、従事する者たちの真摯さとその場所や祀られた存在に対する感謝の念が伺えるだろう。清掃を行っている者たちの身分を考えれば、驚く者も居るかもしれない。だがそれが彼らにとっては当然の事であり、そしてたゆまぬ努力の一環であった。
やがて清掃を行っていた者たちは生活魔法によって己を清める。その過程を経ることで、この会議が始まるのだ。スレイン法国を支える六人の神官長と、元帥や行政の長たちによって。
「会議を始めるが……まず、『覇道の竜王』に関する計画はどうなったね?」
「帝国に対する攻撃を行わせております。広く展開した部隊の一部を食うかと」
「ふむ。実に都合が良い。被害が一部で済むのは、彼らの行いの結果じゃな。人々の為に魔物を狩るという善行が、皆殺しと言う結果を避けたのじゃ」
持ち回りで議長を受け持つ神官長の一人が尋ねると、壮年の男が説明を始める。
バハルス帝国は二個軍団を広く展開させ、魔物を狩っていた。彼らはカッツエ平野から流れて来るアンデッド師団のみならず、帝国を脅かすモノたちを一様に狩り、翌年以降の大規模出兵に備えているのだ。これを襲わせたと言う事は、帝国を狙っているのかと言うとそうではない。複雑な反応になるが、ここに居る事を許されたメンバーは、誰一人としてそんな欲望を抱いてはいない。
寧ろ積極的に、その侵攻を助けるつもりでいた。
それに、そもそも『覇道の竜王』と言う計画自体が、帝国の王国攻めを援助するための計画なのだ。だが、決して帝国の味方と言う訳でもない。彼らに『魔物に襲われた』という大義名分を与え、そしてその脅威に対抗することで、鍛え上げようとしていたのだから。
「これならば、ほど良い試練になりましょう。問題はやり過ぎた場合ですが……」
「なに、いざとなれば逸脱者が動くはず。あの男がカッツエ平野で行った手口は知っておろう」
「飛行できる者のみで火球を雨霰と降らせたのでしたかしらね。甘える様ではいけませんが」
「それについては確か、王国戦士長に対抗されて懲りた筈。迂闊に接近はしないでしょう」
独善的であり利用と言う形だが、法国は帝国を鍛えるつもりであった。
ゆえに安心しきっていると同時に、翌年以降に進行する彼らを程よく引き締め鍛えたい。もし帝国の上層部が聞けば憤慨しそうなことを、この場に居るメンバーは平然と考えていた。それを傲慢と言われようと、その報いを受けろと言われても平然として応じるだろう。何しろこのメンバーは、皆が人類の守護者たらんとしているのだから。
そして現在の主要目的は、帝国をして堕落した王国を討たせること。その力で人類の領域を守らせ、亜人たちを退ける事である。
「つまり、帝国側は問題のない範囲で計画が進行しておる。非常によろしい」
「うむ。ここまでは皆にも異存は無かろう。では次に、竜王国に関してはどうかね?」
「回収した陽光聖典を充てています。先の計画で生じた被害に関しては、育成中の新人で補充しました。亜人たちの侵攻に対して横撃を加えて思い留まらせる予定です。強行する可能性もありますが、少なくとも、帝国の侵攻時に懸念が残るほどではないかと」
とはいえ国家間の戦争は当事者のみで決まりはしない。
それゆえに議長は念には念を入れ、帝国の裏側にある竜王国について確認を入れる。竜王国は亜人の侵攻に常日頃から悩まされており、法国が儀式魔法で監視の目を飛ばしたところによると、大規模侵攻が計画されていたのだ。そこで投入されたのが陽光聖典である。
陽光聖典は全員が第三位階の信仰形呪文を使える精鋭だ。
それも亜人に対する襲撃作戦に長けており、隠密任務もこなせれば、天使を投入しての正面決戦でも優位に立てるとかなり相性の良い部隊であった。ナザリックが転移する世界戦においては全滅しており、更に監視の目を飛ばせる術者が死亡している。その影響がどれだけあったか、判ろうものである。
「やや戦力が薄いのではないか? 部族長クラスの中には化け物も居るぞ」
「そうね。とはいえ動かせる戦力……『一人師団』を向かわせてはどうかしら?」
「残念ながら一人師団は王国の動向を動かし、『蒼の薔薇』を誘い出すためにエ・ランテルの北に居ります。少なくとも王国側が覇道の竜王に気が付いて止めに掛かるまでは動かせません」
ここで問題となるのが強者の存在だった。
陽光聖典は確かに精鋭だが、あくまで天使の投入も含めた統率に比重を置いている。大人数と言う訳でもなく、そして目に見えた強者が居るわけでも無い。指揮官であるニグンは優秀であるが、あくまで全体を底上げする能力しか持って居なかった。対して亜人の部族長は基本的に強者であり、上は相当なツワモノが多かった。何名が投入されるか分からない以上は、法国も精鋭中の精鋭は用いれない。『一人師団』と呼ばれる男が名指しされたのも、たった一人で一軍に匹敵する能力を持つからである。
だが、彼はその能力を使って王国の動きを調整していた。
エ・ランテルから王都に向かうアンデッドの数を調整し、どれほどの混乱が起きているかを王国上層部に悟らせない様にしたり、その『一見』爽やかな語り口で、帝国の使者と名乗って貴族の一部を寝返らせる為に動いていたのだ。そしてその名を示す切り札の一枚、レッサーバシリスクを暴れさせることで、対バシリスク能力を持つ『蒼の薔薇』と呼ばれる高名な冒険者たちを呼び寄せていたのである。
「むう……とはいえ主力や火滅聖典は動かせぬぞ」
「確かに『森』に張り付けておかねばな。あの愚か者の行いが何処までも祟りおるわ」
「引退者に声を掛けてはどうかしら? 陽光聖典出身者は無理でも、漆黒聖典なら?」
「それならばなんとかなりましょう。彼らも暇を持て余しております。命の洗濯と子孫を残す役目の途中ではありますが、声を掛ければ皆立ち上がりましょう」
これまでの話で法国自体が動く話は何処にもなかった。
彼らが動くことで刺激したくない国家もあるのだが、それ以上に敵対している国家があるのも重要だった。主戦線はそちらに傾いているし、森での叩き主体とあって、ゲリラ任務向きの部隊である火滅聖典を動かせないのである。他にも部隊はあるが、風花聖典は諜報任務専門であり、精鋭中の精鋭である漆黒聖典は迂闊に用いれない。残るはその引退者たちというのが、仕方のない選択肢出逢った。
そして、ここまでの段取りを確認することで、本題へと話は移行する。
「蒼の薔薇は出口側の担当であったな。確か竜王を封じた相手にも伝手があったはず」
「最終的には彼女たちに竜王『本体』も倒してもらうとしようぞ。『赤の雫』を呼ぶことも出来よう」
「伝手の長さから言っても、王国滅亡後には回収するなり聖王国辺りに移住させねばな」
「その辺りの流れを考えると、一人師団はますます動かせないわね。あの子には彼女たちの説得も行ってもらいましょうか。最悪、赤と蒼のどちらか一方だけでも生き残ってくれれば構わないわ」
この計画はリ・エスティーゼ王国の滅亡にある。
あの国は周辺で最も肥沃な国土を有しながら、堕落しむしろ世の中に害悪をまき散らす存在となってしまった。人類の守護者として動いてもらう事を期待していたのに、正反対の存在となったのは苦笑を越えて呆れでしかない。そしてちょっとやそっとの荒療治では治療できない以上、滅びてもらい帝国に吸収させる他はないと判断したのである。
もちろんその後に法国に牙を剝くことも予想はしている。
もしそうなったならば、皇帝であるジルクニフはさぞ後悔するだろう。精鋭中の精鋭たる漆黒聖典を見ただけで、絶望的な状況が分かるに違いあるまい。その程度にはジルクニフの見識と判断力には期待していた。その意味では、むしろ竜王国なり聖王国辺りを婚姻政策で同君連合化を目論んでくれる方が、お互いの為になるだろう。法国上層部は、こちらに牙を剥くならば漆黒聖典で脅して亜人討伐に向かわせる気であったのだから。
「計画が全て順調に進めば、帝国から王国まで直通の道ができる」
「そうなれば速やかな併合も出来よう。アンデッドの災禍もあったからな」
「アレで王国の経済は後戻りできない段階まで行ってしまったのよね」
「おそらくあの一件を計画したのは『あの方』であろうな。己の組織にも、法国の計画にも成る事を考えておられるようだ。万が一にも王国が生き延びることはあるまいて」
一同は『あの方』と聞いて、既知の人物を思い浮かべた。
それはかつて、このメンバーの一人であった人物と目されている。実際にその消息を確認したわけではないが、行動の全体像から自分の組織を立ちあげつつも、法国に大して義理を果たしているようなところが見られた。もちろん、カジットなどという端者ではありえない、とうとうな知識と行動力そして法国の動向に対する見識である。
そう、アンデッドの災禍を起こした組織の長も、そして法国上層部も王国の滅亡を望んでいた。その一環として、植物を枯らす力を持つ存在を利用し、トブの森を貫通させるつもりだったのである!
「そういうえば陽光聖典を倒したマジックキャスターについては?」
「トブの森に隠居して弟子を育てているようです。そのせいかあまり行動的ではなく、あの一件以降は基本的に弟子に任せているようですね。ニグンからの報告では、第六位階から第七位階相当の呪文に加えて、相当に練り込まれた戦術を駆使して居たそうです」
最後に話題はラズロックの話に移行した。
トブの森を貫通する以上は、必ず出会う相手である。ニグンに漆黒聖典が使える位階魔法を見せることで、どの程度の呪文を使えるか簡単に計測していた。その時に強大な魔力を持っている他、今までにないくらいにシステマティックな戦闘をしていたと報告を受けていたのである。ここで着目したのは、その戦術性である。法国で『神』と呼ばれる存在ならば、戦術など不要な能力を持っている筈であった。
ゆえに、そこまで練り込んだ戦術を駆使する以上は、目に見えた第六から第七位階でほぼ間違いないと踏んだのだ。まさか視界内全てを薙ぎ払う様な大規模魔法を使えるなどとは想像しても居なかった。
「元はどこかの宮廷魔導師で、人間に失望したのであろうな」
「あたら有能な士を陰謀劇で追い込むとは、何とも愚かしい」
「もし生き残ったら声を掛けても良いかもしれないわね。ニグンや一人師団以外を向かわせるとして」
「占星千里が疾風走破や無限魔力を連れて近くで観測しております。何でしたら彼女たちに話をさせましょう。仮に隠された能力があったとしても占星千里ならば見抜ける筈です」
このメンバーは自分達を善人とは思っていないが、善意は持っていた。
ゆえにラズロックが使える人材であるならば、法国に引き込んでも良いと思うことにしたのだ。もちろん竜王と名前を付けたモンスターが敗北するとは思えないが、その触手くらいは倒せると見込んでいる。もし第七位階まで使用できるならば同じ逸脱者でも帝国のフールーダ・パラダインよりも上だろう。もちろんタレント次第だが、そこまで成長すると『有望なレベルのタレント』くらいではあまり実力的に差は出難いからだ。
こうしてトブの森における事態は、ほぼ一定の流れで動いていたのである。
時間指定して修正しながらのつもりでしたが、ミスったのでこのままいきます。