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ラズロックは当面戻らないことを告げていた。
リザードマンの情報なども既に伝えていた為、周囲はそれらの確認も踏まえての事だろうと判断していた。そして居ないと判って居たからこそ、ブレインとンフィーレアが中心に根本的な対策をでっちあげた。何としても早急に戦力をでっちあげ、集中的に投入する必要を感じた為、確実に状況を動かせる策を打ったのだ。
具体的に言うと、二人は自分のプライドを一時投げ捨てた。
より社会影響力の強いコネを使うと決めたのだ。ンフィーレアは祖母であるリイジーに、ブレインはガゼフに書状を書いた。詳細なデータも添えた為、一介の手紙に収まらなかったのである。
「ルクルットさん。これをお祖母ちゃんにお願いします」
「ただし、どんなに急いでも街道を通ってください。他は別の意味で危険です」
「アンデッドの災禍で判った事ですが、貴族は自分の事しか考えて居ません」
「下手に貴族領を通ったらルクルットさん達を兵力として徴用したり、勝手に中身を見て焼き捨てたりすることもありますから。その上でお祖母ちゃんの反応次第では、添え状を貰ってから、戦士長への書状を持って行ってもらう事に成ります。おばあちゃんの伝手で届けることになるとは思いますけど」
ンフィーレアは二枚の羊皮紙を用意した。
きっちりまとめて蝋で封緘した正式なものだが、特に名家の封印はしてないので完全ではない。バレアレ店の印は添えてあるが、もし貴族辺りが見たら勝手に開く可能性があった。そしてアンデッドの災禍で彼らが好き勝手にやって居たことを知ると、ニニャの意見を交えずともとうてい信用できるはずはない。
もちろん、信用できる貴族も居る。だが、それを彼らは知らないのだ。
理想を言えば都市長にリイジー経由で伝えられる事だが、アンデッドの災禍が収まりつつある現時点では面会の機会があるか分からない。その場合は冒険者ギルドに掛け合ってから、ガゼフに会うために王都に向かう事に成るだろう。多少遠回りに成るエリアもあるのだが、確実に届ける為には主要街道を通るほかはない。
「あいよ、任せときな。どっちみ俺はあいつ相手にゃ役立たねえからな。リイジーさんに会って、油の手配するまではなにも出来ねえ」
「すみません。僕の方で何とか出来れば良かったんですけど」
ルクルットは腰の辺りをポンと叩いた。
そこにはンフィーレアが持たせた法国製の錬金油がある。やはり辺境であるカルネ村では研究できるペースに限りがあるので、その辺りもリイジーに託すことにしていた。おそらく動物・植物由来の油ではないだろうとの見解も添えて、現物があれば精製も出来るかもしれないとコレに関しても希望を託したのである。この油の価値も含めて、貴族には見せられまい。
そしてルクルットがザックのような傭兵やら引退した冒険者を連れてエ・ランテルに向かう中、残りのメンバーもザイトルクワエの触手を倒せぬまでも生命力を削ろうと戦いに向かったのである。
「今回は錬金油を使わずに、別の手段を取りましょう」
「相手は植物系モンスターなので基本的に動けません。そこで一度下がって休憩」
「安全な位置で休憩しつつ、戦技や呪文を再び使えるようになってから再度戦います」
「途中まで良い調子で戦えたならば、最初から錬金油は要らなかったことがわかります。逆に生命力を削り切れず、長い休憩を必要とするならば、やはり錬金油は有用だったという事に成りますね」
ンフィーレアは討伐メンバーが一人減り、錬金油を別の形で埋めた。
ブレインの四光連斬を筆頭に少しずつ戦力が補強されているが、とうてい一度の戦いで倒せるとは思えない。そこで最初から長丁場になる敵だと判っているのだから、あえて撤退することで休憩するだけの安全性を確保する。後は各人が休んで居る間に集中力や魔力が少しずつ回復するし、回復力の高いエンリが他人に賦活のスキルを使えば、そのペースはより早まるだろう。迂闊に妙な手段を代替戦力に数えるよりは、より建設的な戦いであると言えた。
その意見に否をいう者は居まい。そう思った時に意外な事にダインが首を振る。
「方針そのものは賛成なのであるな。しかし、休憩に関して一言言いたいのである」
「植物系モンスターは己の生命力を削って、枝葉を延ばしたりすることがある」
「先日の枝分かれするのを見たであろう? あの能力はその証左と言えよう」
「そこで休憩にあたり、見える範囲で……などと言う余裕は良くないと思う。やるならば疲労の高い者が仮眠できるくらいには離れるべきであろう。ただでさえ相手の生命力が高いのだ。自然を舐めると危険な事に成りかねぬ。仮に油が無かったら一日中戦い続けるとして、半日分を消費すれば我らをグルリと取り囲んで居るやもしれぬ」
ここ最近は口数の少なかったダインは、色々と考えていたらしい。
思えば前回の戦いの途中に、両腕のように枝分かれし、その先は無数の指と化して襲って来た。先っぽの方は大した防御力や生命力は無かったが、もしアレを枝一本分の長さに徹底し、自分達を取り囲んで戦ったら危険だと指摘したのである。
ダインは森の専門家であるドルイドだ。
それゆにえこのような知見に至ったのであろうし、そのキカッケは皆も見たので納得のいくものである。それゆえに今度こそ反対する者はなく、作戦を修正して戦う事に成った。あえて言うならば、ダインはザイトルクワエの正体に最も近づいていたと言えるだろう。それゆえに、これから起きる苦戦の原因は、ザイトルクワエというモンスターの中でも怪物という他ない規格外であった為である。
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次の触手の発見から初戦までは、一同の予定通りであったと言っても良い。
以前にラズロックから目撃例を聞いて居たし、その周辺の森を枯らして触手が移動しても、森の賢王やリュラリュースが居れば容易く発見できるからだ。問題なのは一度休んで日を跨いで戦う必要が出た事である。
その時点で生命力が異常に高いだけではなく、再生力も備えた相手だと強さに対する認識を上方修正したのであるが……。
「なん……だと」
「嘘……ですよね」
「まさ、か……」
「初日と全く変化が無い? これはいくら何でも異常だぞ!」
前日の後半戦、異様に粘られたのは錬金油の問題だと思っていた。
触手が油対策に体を分割して居ないので、その分のロスもあるだろう。だから翌日に改めて倒そうと、離れた場所で後退して眠った後の事である。再度の戦闘を挑んだのだが……ほぼ初日と戦力に差が無いのだ。生命力が膨大なだけではない事には気が付いていたが、これでは異様過ぎる。まったく別の見地が必要に成って来るだろう。炎で傷を焼くことがそんなに致命的なのか、それとも別の原因があるのかである。
その時、一同の目は専門家であるダインに向いていたのは当然の事と言えた。
「……か、考えられることは三つである」
「一つ目は別にもう一体潜んで居て、ソレと共棲ないし共食いで力を奪った」
「二つ目は回復呪文ないしスキルを有し、こちらの休息はむしろ致命的だった」
「最後の可能性は……あまり考えたくないのであるが……。我々が戦っていたアレは、もっと大きな存在の一部に過ぎないという考えである。戦う前に口にした、生命力を使って『体を延ばしたり、分割する能力』の一環であるな」
こうしてダインはとうとう、最後のピースを見つけ出した。
探しても居ないのに真実に辿り着くのは、彼が専門家であると同時に、ザイトルクワエがあまりに強大な存在だからである。あまりにも規格外であるがゆえに、一部分を見ただけで全てを判ったような気がするし、木を見て森を見ないという事に今まで放って居た。だが、これまでその虚偽を信じ込んでいたとしても、森どころか更に巨大な山の裾野を見て理解してしまった様なものである。
そして一同が真実に辿り着いた時、ザイトルクワエも戦いに飽き始めていた。より正しく言えば、チクチクと体を削られ続けて、放置できる許容限界を越えてしまったのである!!
「待て……何か振動してるぞ……何か探知呪文使ってみろ!」
「いえ、その必要はないようですよ。ダインの悪い予感が当たった様です」
「ははっ。これは参りましたね。ブレードネットの呪文を覚えていたら、本体や他の体……触手かな? にも効いていて一目で判ったかもしれません」
ブレインが真っ先に気が付いたが、ペテルやニニャの目でも判った。
何しろその辺の地面が盛り上がり、野太い根がメリメリと現れたからだ。
前回戦った時のように無数に分かれていたが、遥かに太いサイズであった。
ズゴゴゴ……と根に付いていた土や岩が落ち切ると、俊敏に動き始めるのが判る。
絶望的なのはその姿ですらあくまで触手、一部でしかない事が判る事である。
これで本体が見えて居ないのだから、どれだけ巨大なのかは予想もつかない。
「かっ……格が違う。こんなの、こんなの僕らが倒せる敵じゃない!?」
「まるでお伽話に出てくる魔神や、竜の中の竜王じゃないと無理だよ!」
「逃げなくちゃ……逃げなくちゃ逃げなくちゃ……でも、何処へ? 何処まで伸びる?」
「生命力が強いなんてものじゃなかった。あの力を代償にすれば何処までも延ばせる。代償にした生命力だって森を食ってしまえば幾らでも回復出来る……そんな……」
ンフィーレアは明晰な頭脳ゆえに、この絶望的な状況を理解してしまった。
ダインのように冒険者ではないからそれほど詳しいわけではないが、植物に関しては彼も無知ではない。マンドレイクの様な植物モンスターを使って希少な薬を作る事もあるし、その生態を利用して、回復した頃に材料を回収しようと考えたこともあった。そんな不埒な考えを見抜かれてバチがあたったのかと思うくらいだ。
これまで明晰な頭脳で一同を引っ張って来た一人であるンフィーレアの錯乱。その様子にみんな呆気に取られていた。いや、呆気に取られて居たのはザイトルクワエの威容にであろうか?
「ンフィー!」
「え……エンリ……」
「一番理解してる貴方がそんなのでどうするの? どうしたら良いのか教えてよ? 私たちで倒せないのは判った! でも、それだったら蒼の薔薇とかアダマンタイト級の人に任せれば良いじゃない! だからそれまでに、何をすれば良いかを考えて!」
その時、中間に居たエンリが振り返ってンフィーレアを引っぱたいた。
後衛を守るべき中衛だからであり、彼女を慕ったンフィーレアだからこそ可能な距離感であった。エンリは無知であることを自覚しているし、ついこの間までは無力な少女であったのだ。だから誰かに頼る事を知っていた。だからこの場は仕切り直すことにして、今後につながる対処をこの中で一番賢いと信じているンフィーレアに尋ねたのであった。
そしてここまで言われて、思い人に言われて動かないのは男ではない!!
「……情報だ! 可能な限り情報を持って帰ろう! ほ、本体の方向とか!」
「前回に倒せたと思ったのは一部だったけど、生命力を失うのを避けたんだと思う」
「だから今見えてる部分も僕らで倒せるかもしれないし、油があれば可能な筈だよ!」
「でも有効な攻撃方法とかはもう判ってるから、重要なのは僕らが生きて相手が超巨大なモンスターである事を伝えるんだ! このままだと森が……トブの森が枯れて……っ! 奴の体の一部! 根だか枝だかわらないけど、適当な大きさの部分を持って帰って! そしたら枯れるような薬が作れるかもしれない!」
ンフィーレアは思い人に突き動かされ、可能な限りに頭脳を巡らせた。
最初は今までと同じことを繰り返すだけで、彼の混乱を伺わせた。だが、言葉に出す度に落ち着いて、少しずつ状況を整理し始める。重要なのは自分たちが生き残り、特に自分が大好きなエンリを生き延びらせること。出来ればそこで自分が知識を利用して、活躍出来れば言う事は無い。だけれど、それだけではダメだ。
このまま放置すればトブの森が枯れるのは考えるまでも無い。
そう言おうとして、決定打に気が付いた。枯葉剤なり除草剤を作り出せれば全てが叶う。もちろん大き過ぎて効かないかもしれないし、効いたとしても時間が足りないかもしれない。だけれども、その言葉は絶望に満ちた一同の心を溶かした。少なくとも、仲間たちは動き出したのだ!
「よくぞ言った少年! こっから先は俺達に任せな。攻撃力をもちっと上げてくれ!」
「そうですね。私たちは忘れてました。ここで絶望しても仕方がりません。陣形を組み直しましょう! スペキュレイションから、アマゾンストライクへ!」
ブレインが笑いながら刀を掲げると、ニニャは呪文ではなく陣形を挙げた。
それは彼女が覚えている幾つかの陣形スキルの内、最も火力と速度が上がるフォーメーションである。もっとも前方の三人のみで後方は能力が落ちてしまうのだが、どうせ後衛にはマジックキャスターしか居ない。ブレインと森の賢王さえ強くなるならば十分だろう。
一同は三角形のフォーメーションを組み、暫しの間、戦い抜くことにした。その目的は可能な限り大きなパーツを切り落とし、それを奪取して撤退する事である。
「み! みなぎってきたでござるよ~!」
「後ろは頼んだぜ! 四光連斬!」
「ダイン! どうせ長々とは戦わないと思う。なら私は体を張って止める!」
「うむ! 何を惚けておったのだ。我らにはすべきことがあるのであるな。オーバーマジック・ヘビ-リカバー!」
森の賢王とブレインが果敢に攻撃を仕掛け、斬撃を集中させていく。
あまりにも広い範囲のソレ全てを攻撃するのは諦めて、一か所に集中。持ち去るべきサイズを選んだのだ。だが相手が大きいという事は、守り切れないという事である。ペテルは我が身を盾にしてそれを可能な限り防ぎ、ダインは治療して仲間達を立たせてていった。そして可能な限りの根元の付近には、後衛組から火球やら電撃が飛び、相手の大きさを逆用して巻き込んでいったのである。
彼らの頑張りは、確実に成果を出し始めた。
遥か彼方に、巨大な枝を発見する。そしてその向こうに、樹木らしき巨大ナニカをも。
初見は指先とも言うべき触手であったのが、掌に当る場所を露出させていた。
そしてとうとう、肩から腕に当たる部分を出現させて周囲一帯を薙ぎ払い始めたのだ。
その行為はザイトルクワエの本体の位置を彼らに示すことに成り、その全容が明らかに成る。
彼らは知る由もないが、何代か前のアダマンタイト級冒険者ですら触手を倒して倒した気に成っていた。
封印した十三英雄以外には知らない姿を露出させたのだ。彼らは誇っても良いだろう。
十三英雄からは『魔樹の竜王』と呼ばれ、法国からは『覇道の竜王』と呼ばれたザイトルクワエ。
それをトブの森の出口であるエ・ランテル北部ではなく、東部で出現させたのだ。
重ねて言おう、彼らは誇っても良いだろう。
真の絶望を見た時、人は思考が停止する。
だが、彼らは一度そうなっていた。ゆえに、体は動き続け、経過を観察していた。
そして可能な限りの情報を持ち、逃げようと、当初の目的を体だけが動かし続けていた。
そんな中で……鋭い声が、戦場を切裂いたのである。
『苦戦している様ね。手を貸してあげるわ!』
と言う訳で、いい加減に長く成って来たザイトルクワエの話を終わらせに掛かります。
と言うか、ようやく本体が見えてきました。でっかい芋だなあって感じ。
●何度目かのザイトルクワエ
アインズ様曰く『レイドボスでもないのに』とのこと。
この言葉を正しいとするか、モモンガさん時代に知らなかった弱小パーティー用の隠しレイドボスと見るか?
どちらか判りませんが、ひとまずこちらの世界に転移したことで、成長上限が無くなったと見ます。
そしてザイトルクワエの能力は、馬鹿みたいに多いHPと、体を分割して触手を増やしたり、枝を飛ばす事だけ。だから上手く適合して生き残ったとか、最初に倒した連中も『後の人類にとって丁度良い経験値だよね?』と生かしていた可能性もあります。
まあ、扱いはレイドボスで良いんじゃないでしょうかね?
壊走守護者のフルコンボを何発も受け、その後にメテオを何発も喰らってようやく倒せるような奴ですしね。