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傷ついた人々がラズロック・アルトホーンの屋敷にやって来た。
エンリ・エモットもまたその一人だが、マジックキャスターの才能があるという事で弟子として扱われることになった。とはいえ最初は大したことをする訳ではない。むしろビックリするほど基本的な事しかしなかったのだ。
例えばエンリは午前中、ずっと走っている。
屋敷の敷地は昭和時代の小学校くらいのサイズであるが、そこにある結界ギリギリを走るだけであった。しかもそれ自体は、他の被害者と対して差はない。
「え、エンリが、魔法使いって聞いて、あ、弟子か。それが不思議だったけど……」
「あれを見ると、判る気が、するねえ。いや、年の差もあるんだろうけど、さ」
大人たちが息も絶え絶えなのにエンリはずっと前を行っている。
すっ飛ばしているという程に早くはない。だが、地道にマイペースで走り続けており、今までにない体力がある事は間違いが無かった。本来のマジックキャスターはこんなことをしないが、魔法使いと言うモノをあまり知らない村人だからこそ、何かの魔法を使って走り続けているのだろうと思ったのだ。
まあ、その認識は必ずしも間違いではないのだが。
(……これが魔力かあ。以前は感じられなかったのに変なの)
他の村人たちはリハビリであったり、訓練の一環としている。
体の傷を魔法で癒してもらい、狩人や薬草師の初歩として体力作りをしているのだ。午後からは弓矢や槍、あるいは薬草の見分け方などを、同じ村人から習って周知していた。本職の狩人たちも恩人の願いであり、ラズロックの屋敷を拠点として安全に周辺での狩り……トブの村でも今まで入ったことも無い場所での獲物を持ち帰る事が許されていたので、喜んで手伝っていたのだ。
だが、エンリは少し違う。訓練の一環ではあるがその意味が違うのだ。
魔力を得たことを理解し、魔力を体に巡らせて使い続ける訓練をしている。それに慣れたら今度は魔力無しで走り、また魔力を使って走るといった様に、魔力のオン・オフを習っていたのである。そして最も重要な事は、それが『クラス』に適切な経験を与える為だと言われている事であろうか。
(あの日に得たクラスもだけど、師匠の所で得たクラス……これを使いこなさないと)
エンリが大きく成長したのは、クラスを得たことである。
今までそんなことを考えたこともなかったが、この世界では専門の訓練をするとクラスに対する経験が蓄積されていくらしい。その上でカルネ村で騎士を殴り倒した時に格闘家としての片鱗を見せ、その方向で延ばすことも出来る問われた。それとは別に、ラズロックに才能を見出され、その弟子となったことで魔法を使えるというクラスを得たのである。
ではどうしてランニングなんてやって居るかと言うと……。
タオシー(地仙系仙道士)というのが、人間としての体幹能力を大きく延ばすと同時に、魔力の扱い方を延ばす中間系のクラスだったからである。ラズロックに抱かれると魔法使いの素質が増えると聞いたが……そうそう都合よく純マジックキャスターのクラスを得ることは出来ないという事だろう。
(……師匠は凄かったけど……本当に師匠は凄いんだなあ)
元もと地方ではセックス以外に娯楽は少ない。
なのでそういう耳年増な事を聞いたことがあるが、兵士に襲われた時はそんな事を考えることも無かった。いや、そもそも剣で切り倒され衝撃や出血でボーッとしていたこともあり、そもそも記憶が曖昧であった。
だが、村で聞いていた性知識とか、兵士が本当に凌辱したかどうか?
そんな事がどうでも良くなるくらいに、ラズロックに抱かれた時の事が衝撃だったのだ。一言で『すごかった……』という感想しか抱けないくらいで、比較などそもそも不可能。兵士に襲われて居たとしても、ラズロックとの情事で全て上書きされてしまった。何度か繰り返した今では、彼の色に染め上げられてしまったと言っても良かっただろう。
その上で、セックスしたら稀にマジックキャスターの経験が得られると聞いたら、本当にすごいというしかない規格外の存在であった。もっともこの世界に影響を与えた『ユグドラシル』というゲームは18禁のコンテンツでは無かったので、セックスに寄って経験を得る方がむしろ不思議な事であるのだが……。
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午前中、エンリはランニングでラズロックは治療をしていた。
カルネ村以外にも開拓村の生き残りがいて、合流して来た者の中には大怪我を追っている人々はまだ居るし、精神的な障害があると認められた者も居たのである。
そして自分で得意だというくらいには、実際に治療もカウンセリングも上手かった。
あまり褒められた事ではないが魔法使いの教会から重要な資料を盗んだりした者や、他国の女性スパイへセックス漬けにしては正気に戻す尋問など、何度も頼まれた経験があった。ついでに言うと『魔女の花嫁』という体質が魔力をため込み過ぎて生命の危機に陥ると、偶にだが生存本能で興奮状態で女性を襲い易くなるというのもある。それゆえに全く褒められたことではないが、暗示を併用した精神治療の類は得意なのだ。
「順調に魔力の使用を切り替えられるようになったのは良い事だ。次は拳を繰り出す事に魔力を載せる工程を習熟していく。慣れれば全身を思った通りに動かせる様になるだろう」
「はい、師匠! 頑張ります!」
午後からは的に向かってパンチの繰り返し。
まずは魔力を載せて、次に魔力を載せずに。それに慣れたら今度は出来るだけ速く、次に出来るだけ重く。それを普通の……標準の速度で標準のまま安定したパンチと一緒に繰り返していった。まずは魔力と体を使いこなす事、自分自身を完全にコントロールできる事をラズロックは重視して居たと言える。
後は戦術さえ覚えて行けば、エンリは自分自身で鍛えて行くことができる。
ラズロック自身が事故でこの世界にやってきたこともあり、いつ元の世界に戻るか分からない。だからこそ基本と自立を優先し、魔法使いというよりはグラップラーとしてエンリを鍛えたのである。カルネ村には戦士職がおらず、戦える者も狩人が精々。そうなると誰かが前衛に立ち、あるいは足の早さを活かして何処かに援軍を求める必要があったのもあるだろう。
(しかし、もう戦えるようになったのか。『クラス』というものは本当に凄いな。だからこそ奇妙な歪さも感じるのだが)
ラズロックは内心で『クラス』に対して関心と不信感を覚えていた。
彼が居た世界にはクラスを手に入れて成長し、クラスの経験を得て成長するという概念など存在しない。様々なカテゴリーの訓練を行い、自分が延ばしたいという方向の経験を得るということ自体は一致している。ゆえに『クラス』という謎の存在に歪さを感じたのだろう。
まるで誰かが、この世界の人間を成長させ易くするために用いたようではないか。
ラズロックは鑑定の魔法で他者の才能を見抜き、催眠暗示で特定の方向に成長を促せる事からも、その事に不信感を覚えた。彼がやっている事は先人たちが編み出した方法ではあるが、他所の世界から悪魔たちが持ち込んだと言われる説もあったのだから。
(襲撃者たちとガゼフ戦士長では実力がまるで違った。レベルに差があるとして……捕虜の連中を素直に渡したのが痛いな。まあ調べ終わって尋問したら、後は邪魔だから持て余したのもあるが……。ギュンギュスカーの連中が居ればもっと判るんだろうが)
どんな成長をするのか、何かの弊害があるのか?
そんな事は鑑定魔法だけでは判らないし、サンプルとして兵士たちを捉えて居ればもっと判る事もあっただろう。そうは思いつつ、まだこの世界の住人として生きて行く意識が固まっていないラズロックとしてはそれほど重要なモノではなかった。
だからこそ、この世界にいるかもわからない『ギュンギュスカー商会』……契約第一をモットーとする悪魔がやって居る商会があればなあと思う程度であったのだ。もし元の世界に戻れないのであれば、必死で色々な情報を得たのかもしれないが。
「良し! 拳にも魔力を載せられるようになったな。……だが、そんな事ではこの森に居る魔物にすら勝てんぞ!」
「はい……師匠!」
既に走るだけならば魔力を載せたので、拳に載せるのも難しくはない。
だが、慣れない作業にエンリは疲弊し始めていた。この間までは魔力どころか、格闘技の訓練もしたことがないので仕方がないだろう。むしろ初めての格闘戦で騎士の顔面にパンチを入れることが出来たのだから、そちら方面の才能があるとも言える。
しかしラズロックはあえて褒める事と、厳しく扱う事を同時に行った。
成功したことは上手いぞと褒め、まだまだ未熟な事は足りていないのだと指摘する。その上でどの程度のレベルなのかを適切に説明していくのだ。もっともエンリからしてみれば、トブの森に済む魔物がどれほど強いのか分からない。どちらかと言えば王国の中では強い方なのだが、トブの森しか知らないので仕方はあるまい。
「がんばってー、おねえちゃーん!」
「うん! 私、頑張るわ! 見ててね、ネム!」
(疲れてはいるが、もう喋れるほどに回復している。察するに基本能力の漏尽通というのは基礎代謝を引き上げるモノか? やはり体術系に仕上げて正解だったな)
一緒に連れて来た妹のネムの声援に応えるエンリ。
その姿には疲れて来た先ほどの姿はない。もちろん妹の為に辛い顔を見せないだけのから元気なのだろうが、ソレを可能とする程にエンリの代謝能力は優れていたのだ。ただの才能で済ませるよりも、鑑定した時に持っていた能力である『漏尽通』が基礎代謝を引き上げる能力なのだと推測する。
ラズロックの所属していた文化圏には無かった術や能力ではあるが、世界で有数の魔法使いだったのだ。異なる文明圏の情報を仕入れた時に小耳に挟む機会くらいはあった。
(タオシーのレベルがあがった時に取得可能に成ったのは『練功行』『練丹行』『賦活術』の内から一つ。おそらく自分の能力を一時的に高める術と大きく回復させる術、最後のは他者に分け与える術だろう。どれから覚えさせたものかな……新たに解放される術や限界が分からんから難しい)
ラズロックの見立てでは、タオシーは基礎能力を向上させる補助職だろう。
他者に対してそれほど影響がない代わりに、己のみへの作用は高い職業だと思われた。呪文をガンガン放ったり、技を覚えるのは別の職業系で取得する物だと思われる。悩むならばとにかく覚えて習熟させるのも手ではあるが、問題なのはラズロックの世界にもあった事だが、習熟が一定段階に達すると覚えられるような術や技もあったのだ。そもそもスキルや呪文を幾つ覚えられるのか分からないので、おいそれと暗示で取得を促すのは難しかったと言える。
ただ安心できるのは、各カテゴリーに関する習熟で得られる経験が別物だという事。
タオシーで呪文を覚えたからと言って、グラップラーで覚えられるスキルが減るという事はあるまい。なんならグラップラー優先で成長させても良いのだが、そこまで戦う事があるのかという疑問もある。村人たちで対処できないような魔物が出た場合、イザとなればラズロックが出張れば良いのである。彼が元の世界に帰還するとしても、その何年かのうちにゴブリン程度ならば容易く倒せるレベルに鍛えておけば済む話なのだから。
(回復は無いな。魔力だけならば私が回復させられるし、気力は漏尽通もある。朝から晩まで鍛錬するようなタイプではないし、基礎能力を伸ばして総合能力を引き上げるか、それとも他者回復か……)
ラズロックがここまで悩むのには使用頻度と、成長時の最終形もあった。
使いもしない能力があっても困るし、余人は知らずとも能力使用で経験が若干ながら入ると知っているならば話は別だ。単純に能力成長だけをあげるならば、自己回復して延々と技を繰り返せば良い。だが、そこに成長限界があるならば話は別であった。ラズロックの世界では極めることは難しいが、覚えられる事には限界もあったのだから。
基礎能力を延ばせば移動力や筋力向上で一般生活が楽になり、回復できるなら……。
そう思った所でラズロックは自己嫌悪を覚えた。これは他者の能力学習であり、エンリに関わる事なのだ。興味や効率に囚われて良い事なのだろうか? やはりエンリの気持ちも大事にするべきだろう。
「エンリに質問なのだが、お前はそろそろ新しい能力を覚えることができる」
「三つの道から一つを選びなさい。一つ目は自分を癒すことで死に難くも、修業し易くもなる」
「二つ目は自分の能力を引き上げる物。歩くのが早く成り筋力が増えて農作業も楽になる」
「最後の三つ目はお前の力を分けて、他人を癒してやれるようになることだ。おそらくは体力だけではなく、気力や魔力も分け与えてやれるだろう。もちろん、どの道を選んでも最終的には全て習得できるはずだ」
ラズロックは指を立てて説明を始めた。
もし戦士として促成したいならば、おそらく一つ目だ。傭兵や冒険者としてやっていけるようになるのも早いだろう。一般生活を考えれば二つ目も悪くはない、何しろ農作業だけではなく、ラズロックを呼びに来たり、他所の町へのお使いだって楽になるだろう。だが、最後の三つ目だけは多少なりとも説明が長くなった。
この時、既にラズロックはエンリの返答を想像していたような気がする。
「最後のでお願いします! ネムたちが危険になったら治してあげられるんですよね?」
「そうだな。おそらくは風邪などの病を乗り切る体力も分けたりできる筈だ。滅多に回復するような事は起きないし、起きるべきではないが、そうなった時に役立つだろう」
それは性格と言う物もあるし、これまでの体験談もある。
エンリと言う優しい少女は、次にある機会を待たずに己の道を選んだ。いつか全てを覚えられるとしても、それがいつになるか分からない。だってこれまでただの少女であったのだから。何時までもラズロックに力を借りれるのか分からないという事もあった。ならばこの偶然訪れた機会に、他人を癒してあげられる術を覚えようとするのも当然であったろう。
それが正解であったのかは分からない。
だが、後にキ・マスターという新しいクラスを得た事や、ンフィーレア・バレアレという少年の運命が交わったことで、その決断は大きく関わる事になったのである。
と言う訳で第三話、原作だと情報を得ようとして失敗したり
モモンガさんが色々と学習した様に、エロゲー出身者のラズロックさんが、自分の世界とどう違うのか確認してる感じになります。エ・ランテルに向かわずに、そのままエンリの訓練に宛ててるのが大きな差ですかね。
【エンリ・エモット】
・グラップラー1レベル
・タオシー(地仙系仙道士)2レベル
(キ・マスター習得予定)
ラズロックとのセックスにより魔力を注がれ、いわゆる天然道士として覚醒。
これは中級クラスである仙道士が秘儀に至った時、選べる六つの秘儀のうち、『漏尽通』にセックスをイメージするフレーバーがあった為の逆算・確定である。ただしユグドラシルは18歳未満禁止のゲームであった為に、セックスを行う事は不可能であった。
また、『蒼の薔薇』の双子忍者がそうであるように、中級職から開始している為、余計に基礎能力が高まっている(地仙系仙道士は能力値特化系)。
戦闘スタイルとしては自己バフで基礎能力を大きく底上げし、高速のパンチに威力底上げ用のバフを載せて高速戦闘を行う。基礎能力が有力な冒険者に匹敵する半面、能力向上・能力向上のような、瞬間最大風速には劣る。