残務処理を経て
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魔樹の竜王ザイトルクワエは倒れた。
その巨体は一部を分割し、討伐証明としてエ・ランテルや王都に持ち帰ることに成った。作業は主に遅れてやって来た王都組の冒険者が担当し、ザイトルクワエの脅威がエ・ランテル支部の吹かしではない事を証明することになる。戦国武将の様に論功行賞など存在はしないが、それでもランクアップやちょっとした褒章を与えられることになるだろう。
そしてソレはエンリや漆黒の剣たちにも言える事であった。
「え……旅に……出られるのですか?」
「ああ。エンリが強くなって安心できるようになったのもあるがね。ちょっと見過ごせない話が出て来た」
ラズロックはこの際、エンリを独立させることにした。
彼女は既に25レベルに到達しており、現地人ゆえのレベルキャップが無ければもう少し上がっていただろう。これは成長する前の蒼の薔薇下位メンバーに匹敵するレベルであり、アダマンタイト級冒険者に相当する強さである。たった一人でも大概の魔物に勝てるし、薬草知識などは元からある。ンフィーレアが居れば問題なく村に協力する『森の魔女』としては十分な能力だと言えた。
「報酬を貰ってザック君たちが王都に遊びに行ってたのだけれどね」
「八本指という犯罪組織の痕跡が小さくなっているそうなんだよ」
「どうやらアンデッド騒ぎの辺りで王国に見切りを付けたらしい」
「おそらくは帝国が王国を併呑するまで、しばらくは地下に潜ってナリを潜める気だろうね。蒼の薔薇たちはこの機に彼らの末端を叩き潰しつつ、出来得る限り戻って来れないようにすると言っていた。それが王国の存続にも繋がると信じても居るようだ」
傭兵団である『死を撒く剣団』は分割することに成った。
ザックたちは引退して各地の村の自警団など、それぞれの道を探した。そして精鋭を中心とした連中がそのまま傭兵団として再編することに成ったらしい。まあ、そこは過程なので端折るとしよう。
問題なのはザックたち引退者は、その後の道を探す過程で、王都に遊びに行ったらしい。傭兵団としての情報収集も兼ねていて、酒を飲んだり娼館に通って騒ぎながら情報を集める訳だ。しかし、かつて存在したアンダーグラウンドの娼館やら酒場などが減った影響で、表社会の方へ客が流れて行ったそうだ。
「あの……それと師匠がどんな関係が? 大事だとは判りますけど」
「この村に私が留まって居れば戦争に巻き込まれる可能性が増えるからだよ。トブの森を帝国軍が通過できるようになった以上、ここに私やニニャたちがいては大戦力だ。王国が増援を送って来るかは別にして、帝国は見過ごせなくなる。その点で、エンリだけならば地元の民だし、冒険者ではないから見過ごされる可能性は高いだろう」
ラズロックが逸脱者だという噂は徐々に広がっている筈だ。
それでなくともガゼフを助けているし、アンデッド騒ぎの時に死を撒く剣団を始めとして何人かが目撃した。王国ではマジックキャスターの地位と周知度が低いとはいえ、漆黒の剣のメンバーやブレインまで居たら過剰戦力である。王国は駄目もとで適当な戦力を派遣しかねないし、帝国は帝国で一群を送って占拠する可能性はあった。
いずれにせよ、このままではカルネ村は前線基地として接収される運命にあるのだ。
「そんな……でも、そうなる可能性ばかりじゃあ……」
「そこからはこのクレマンティーヌ様が教えてやるよ。法国は八本指とつるんで麻薬をばらまいてる王国貴族が気に入らないんだよねえ。だから帝国に協力する訳だけど……ラズロック先生が素敵な男性であると知られちゃったからもう大変♪ そりゃ居ずらくなるように仕向けるし、自分たちが囲っちまおうとするだろうね。だから、今言った話は確実にそうなる」
疾風走破をこの村においてラズロックを監視することに成っていた。
だがクレマンティーヌとしてはとっくに法国を抜けるつもりなので、この機に乗じることにしたのだ。だから大抵の事は話しているし、
ここで重要なのはクレンマンティーヌが裏切ったことで、法国筋の情報が得られることである。風花聖典や水明聖典などの情報で、下位の物ならば十分に横抜きできるだろう。
「ラズロック先生は囲って拉致監禁したい」
「蒼の薔薇は気に入らないけど、引き抜くかせめて王国から引き離したい」
「ついでに八本指は潰したいから、情報を適当に流すことに成ってる」
「んでラズロック先生でも人質が居たら捉まっちゃうよねえ~? だから居ない方がやっぱり村には都合が良いし、先生が居ないならそこのマジックキャスターちゃんたちも無理に此処で修行する必要ないもんね~。出て行ったらどうなる? 王国も帝国も来ないから、ウインウインってわけ」
八本指に関しては青の薔薇と法国は協力できる。
そのうえで王国で活動されるよりも、八本指を追って一か所に留まらないで欲しいわけだ。王国上層部で数少ない良心的な連中は動けなくとも、法国ならば神殿なり影からフロントとして活動している商会なりを使って依頼を出せるのも大きいだろう。順序は逆だが、彼女らからの協力要請を受ける形で、ラズロックはしばらくしたらカルネ村を離れることになるのだ。
そう言った経緯があってこそ、エンリは独り立ちすることに成ったのである。
「師匠……行っちゃうんですね……」
「そうだな。暫くは様子を見に戻っても来るし、連絡も取るだろう。だが、エンリは一人前になった。ならば胸を張ると良い」
ラズロックは釣った魚には餌を与えるタイプだ。
だからエンリの面倒は見るが迷惑は掛けないし、その過程でニニャの復讐にも力を貸すし、法国を裏切る予定のクレマンティーヌにもそこそこ協力する。それらを総合的に考えると、どう考えてもカルネ村に留まる選択肢は無かった。そもそもこの世界の住人ではないので、元の世界に戻る方法を見つけたかったのもあるだろう。
ただこれまでラズロックに抱かれた女性たちの中では、唯一エンリだけは損得の無い相手であり、セックスもどちらかといえば親密なスキンシップの延長である事だ。師と弟子が疑似的な愛人関係になるのは中世では割りと一般的であるが、親身になってくれた分だけ別れがつらいのであろう。
「バレアレ君……いや、ンフィーレア。今の君ならばエンリを任せられる。都会の人間が持つ狡さから守ってやってくれ」
「判りました! ラズロックさん!」
ンフィーレアはザイトルクワエの戦いで最も成長した。
レベル的にはエンリの方が上だが、有益な戦略を立てて戦術面でも貢献している。その知性こそが彼の一番の武器であり、出逢った当初の様な子供じみた所を脱却し始めていた。だからこそ、いつかは独り立ちするエンリを任せられる時が来たと言っても良い。もちろん彼がエンリと恋人になるかはこれからの付き合いであろうが、少なくとも保護者として面倒を見る相手としては合格ラインであろう。
とはいえ別に現段階では永劫の別れではないので此処までだ。
荷物を適当に選んで、ラズロックは漆黒の剣と共にひとまずエ・ランテルを目指す。そこで八本指に関して調べつつ、先に王都に戻った蒼の薔薇からの情報を待つことになるだろう。
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さて、ラズロックは有態に言って逃げ出した。
しかし、その裏でダウナー三人娘の調書がどうであったのだろうか? そのくだらない論評を知っている者は幸せである。どうでも良い物語をスキップして飛ばせるのだから。
だが、人はそうではなく下世話な評価を求めてしまうのか。
ゆえにそれゆえに記憶の妖精たちが騙る=語る、byスレイン法国オフィサーの苦難の物語を一部ながら垣間見ることにしよう。
「そう……あの方との出逢いは必然。そして、あの方の為に私は居たの」
「……」
無限魔力は率先して嬉しそうに語り始めた。
しかし彼女がプライドをへし折られたことを知り、そして今また尚、酷い目にあわされた事を知るオフィサーは黙る他は無かった。英雄級の漆黒聖典が三人掛かりで挑んで、たった一人にフルボッコにされた事実。そして青姦で『判らされた』のだとハッキリ判ってしまったのだ。
それらの話は他に二名からも聞いている。
「まー仕方ないよねえ。人の三倍の魔力で、魔力回収のタレント持ち。それを活かして無限魔力……だなんて言われてるのに、相手は素で十倍くらいあったんだし~」
「それは……」
自分の得意分野で完全上位互換に出逢ってしまう。
それがどれだけアイデンティの崩壊につながるか判るだろうか? 漆黒聖典はそれでなくとも性格に問題がある者が居り、その強さゆえに問題行動を認められている事は知られている。同時に、更なる力で身の程を判らされ、高慢ちきな鼻を折られているのだ。立ち直る事が出来ただけでも凄い事だし、その後に何年も過ごす頃には皆平穏な性格に成るという。
その崩れかかった精神を保つには、相手を過剰評価する必要がある。
そう理解して、オフィサーは何処までメッセージで上層部に報告するかを真剣に悩んだという。
「ちなみに……私らがどんな感じで抱かれたかしりたい? あの先生さあ、高密度の魔力を接触式で叩き込んで来るんだよね♪ あれは凄かったなあ。頭は朦朧とするし、自分の中を魔力が流れてるって、ハッキリ判るくらいに……」
「……いえ。もう次に行きましょう」
笑いながら証言する疾風走破の顔はちっとも笑っていない。
笑い話にするしかない、ジョークもユーモアもないインモラルな話だ。拷問としてそういう方法がある事を知っているが、光彩がまるで動かない瞳を見て、そのまま話を聞きたいとも思わなかった。
何処かで虎の尾でも踏んだのだろうか?
そう思いながら、疾風走破の順番を後回しにすることを決める。誰も種付けプレスで魔力を百ポイント単位で流し込まれた逸話なんか聞きたくはないのである。
「そうね。私たちの行動は最初から読まれていたのでしょう」
「そこは難しくないし、今からなら私でもできるわ。迂闊だったのは私たちと言うだけ」
「だからあの方を恨む気はない。でも殺すのは駄目ね。あの才能は惜しすぎる」
「可能ならば我が国に招聘するべきだし、そうしないならば漆黒聖典全員で捕らえに行くべきよ。少なくとも隊長に加えて『天上天下』と『神領縛鎖』は必須ね。『一人師団』と『四大精霊』は居ても居なくてもいいわ。時間稼ぎくらいはできるだろうけど」
必然的に次のコメンテイターは占星千里だ。
その言葉からはラズロックに対する賞賛と、同時に執拗な執念を感じる。そういえば占星千里は最初からザイトルクワエの動向を見るのではなく、ラズロックの調査を申し出たのではなかったか? その事を思い出したのは、彼女の瞳がこの場にいない人物を追い掛けている様に見えたからだ。
プライドも体も汚された相手と判らなくもないが……鵜呑みにはできない。
無限魔力とも相まって洗脳や魅了を疑わざるを得ないからだ。もちろん占星千里としては、この上なく本音で忠告をしている。むしろガチだと言っても良い。ラズロックの力を知れば、逃すとか言う選択肢は絶対にありえないのだから。
「来てくれるなら最上の待遇でもてなすべきね。絶対に外に出したら駄目。……人格は善人の範疇だけど、何より素晴らしいのはあの方の『力』よ。あの方が導けば、何人もの子が最小限の力で成長できるわ。中には覚醒する者だって……」
「あー。偶にこうなるからほっとけばいいよん」
「……何か強力なタレントが?」
占星千里が突然、ブツブツと何かを言い出した。
実際にはどんな能力であるのか、どんな条件なのかを計算しているのだが……。偶に予知やら啓示を交えて演算しているので、そういった事を理解できない人間には判り様がない。ナザリックが存在する世界線では、『子山羊』を見てしまった占星千里が、絶望に閉ざされて部屋でブツブツ言って居た時も、おそらくはこんな感じであったのだろう。
「たぶん『グ・ル』だか『ジェネラル』だとは思うんだけどねぇ。でもタレントの可能性もあるか。その辺も込みで報告しちゃえば? どうせケイ・セケ・コゥクだっけ? あれが復活するまでは様子見なんだしさあ」
「ああ、そう言う系統のクラス……まさか、そこまでは必要ないでしょう」
疾風走破は冗談めかして本気で忠告した。
一時的に自分に従う者を強化するクラスとスキルは存在する。その上で、より強い強力なタレントの可能性にも頷いたのだ。ラズロックに抱かれたからと言って、都合よく彼の援助はしない。だが、同時に彼が逃げ出すことで、それに対する調査は彼女が担当する可能性を高めたのだ。三人娘の中で、最も冷静に状況を判断している。ならば彼女が担当する可能性はあるし、その上で……ラズロックと交渉するつもりであったのだ。
追跡者が逃走者とつるんで逃避行。
これこそが最も逃げおおせる可能性が高いのだから。そして、そのためには法国があやふやな流れに身を任せるのではなく、疾風走破の……クレマンティーヌの予想の範囲で動いてくれる方が都合が良かったのである。
もちろん、この流れで対応が決まった後で、クレマンティーヌとしてラズロックに伝えたのであった。
と言う訳で第三章は『ラズロック逃げる』からのお話です。
法国の立ち位置や強引さ、どんなメンバーでどんなアイテムがあるかは聞いています。
とはいえ一番有効な傾城傾国にクールタイムがあるので、法国はまだ信憑性を探っている所。
普段は真面目な占星千里がおかしくなっていて、反抗的なクレマンティーヌが協力的なのも影響して居ます。重要なのは『真実だからといって即座に信じるわけでも無い』と言う事ですね。話を聞けば聞くほどに胡散臭い宗教の教祖ですから。