Wizard's Climber【完】   作:ノイラーテム

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可能性の追求

 ラズロックと共にニニャは二つの事をやっていた。

一つ目は転移の極小化実験。第三位階にある転移魔法、ディメンジョナル・ムーブを元に小物を送り込むアスポート、逆に手元へ取り寄せるアポートを研究する。いずれ魔法陣を組み合わせて、もっと正確に・もっと大きなもの・もっと長い距離というのが当面の目標である。現在は第四位階の後半であり、第五位階に届くころには呪文が完成するだろう。おそらくまともに転移呪文を狙うよりは、早い段階で覚えられる物とみている。

 

そしてもう一つは情報整理の仕事だ。

怪しまれないために無数に集めた情報から、ニニャの姉に関する物を抜き出すという迂遠な仕事であった。

 

「問題の貴族の館には女の影があるが、君のお姉さんとは特徴が一致しない」

「これは自領にある本館も、王都にある別館も同じだな」

「寄り親に差し出すほどの才覚があればもっと扱いが良くなっているだろう」

「それなのに定期的に贅沢するなどは羽振りが良く、女をとっかえひっかえ……これはニニャのお姉さんの様に領内から徴用しているとすれば、やはり数が合わない。おそらくは八本指に売り払ったのだろう。奴隷は禁止されてしまったから、秘密裏にね」

 キッカケはアンデッドの災禍で得られた情報からだった。

避難に関する問題であるとか、護衛する場合の状況とか、家人はともかく部下を死なせた場合などの為にデータが集められて居た。その領地の防衛に冒険者を贈ったら幾ら掛かるのかとか、領地全体なら幾らという報酬を算定するためである。

 

もちろんこの資料だけならばニニャの姉に関して調べらるわけがない。

調べた当人を割り出して、別件調査(法国関与)のついでに尋ねただけの事だ。蒼の薔薇からの依頼で八本指に関する情報を集めるというのもあるので、こういった情報を無作為に集めること自体は無駄ではなかった。

 

「かどわかした女性を売り払うなんて……こんな犯罪が許され……」

「残念なことに良いんだ。領主の責務は『王家に約束した軍事的奉仕』と『徴税権の一部』だからね。領民は土地の付属物であり、羊や豚と同じ扱いなんだ。訴える事すらできない。同じ領主からの訴えは別物だが、だからこそ彼らは権門に組する寄り親と寄り子に成る」

 この世界には民法と言うものは無い。

貴族や王を害した者を罰する規定や判例はあっても、民衆を虐げた事に対する罰則などは無い。過酷な政治を行った者に『領地が持つ地力を損ね、徴兵や徴税が行えない懸念』を他の貴族が疑義を呈することはできる。だが、それも『王家との契約に関して反しているのではないか?』とやんわり突いているのであって、直接に罰することは王家であってもできないのだ。

 

だからこそ諸侯は好きなようにやっているし、法国は王国を促しても駄目だと帝国が併呑するように仕向けているのである。

 

「そんな……っ」

「そういった論議は既に何度もやっただろう? それに……帝国に呑まれつつある今となっては、もはや裁判沙汰にはしない方が『楽』だ。君が王国に民を守る法を持ち込みたいなら別だがね」

 ラズロックはあえてニニャを突き放した。

実際、法的にその貴族を追い詰め、姉を保護しようと思ったら大変であろう。理由を付けて商家に奉公したとか、妾として下げ渡されたという扱いに成っている筈だ。仮に何処かの大貴族を動かしたとしても、その貴族に謹慎なり罰金を課せられたら御の字だろう。場合によっては寄り親の大貴族が反発するので『適当に言い含めておくよ。悪いようにはしない』という口約束で終わる可能性すらあった。

 

その上で、復讐と言う意味でならば現状こそがニニャにとって最善なのだ。

こんなどうしようもない貴族を放置する王国に未練があるはずもない。逆にニニャがフールーダの片腕に成れるほどにレベルを上げたら、スカウトする時の条件にその貴族が降伏しても処刑するという約束すら取り付けられるだろう。ゆえにラズロックはニニャにとってこの王国は狭いと言い、自立したマジックキャスターとしての自覚を促したのである。年齢相応の少女として立ち戻るのも、その一環と言うべきであろう。そう言う意味ではニニャにとっては、王国は滅亡する方が良いと言っても良い。

 

「こういった連中は彼らなりに知恵で身を守るものだ」

「やってることは下衆の極みだが、方針としてはまあ理解できる」

「確かに普通ならばどうする事も出来ない。だが、それは小賢しさでしかない」

「小賢しい連中が一番苦手にしているモノを知っているかい? それはより強力な暴力だ。力に驕り小賢しさで武装する連中は、それ以上の圧倒的な存在の前に無力だ。だからこそ八本指は帝国の前から姿を消しているのだからね」

 ラズロックは基本的に善人だが、押し付けて来るモノを好んでは居ない。

だから以前の世界で自分のいた国が、『負けると滅びそうだから戦場で女宮廷魔導士を抱いて魔力タンクに成れ』という命令を出してから国家自体を好んでは居ない。魔法使いギルドに師匠が居て、まあ判ってくれてる連中が役員を務めてるから残っているだけの話だ。話の分かる組織ではなくなったら、さっさと砂を掛けて出ていくだろう。

 

そういう人物だからこそ、自分の弟子を泣かせるような連中に容赦しようとは微塵も思わなかった。アンデッドが暴れようがザイトルクワエが暴れようが、所詮は見知らぬ他人が困るだけだから大人の判断を下していた。だが、ニニャが本気を出して姉の為に動くのならば、あらゆる手段を講じるつもりはあったのだ。

 

「……師匠? もしかして……」

「うん。その貴族に関してはニニャが思うように処理すればいい。帝国が攻めて来た時についでの様に何とかしても良いし、君が帝国に仕える気があるならば法的に処理を任せることも出来る。だから、そいつなんかに時間も労力も掛けるべきではないんだ」

 悪い貴族が居て、そいつに復讐するなり、これ以上の被害を食い止めたい。

そんな思いを抱くのは当然だが、それはあくまで願望の一部でしかない。しかし社会に対する理不尽さを感じることは合っても、ニニャにとっての望みではないのだ。だから判り易く覚え易い怒りであっても、もはやついでの様に考えて、チャンスがあった時に『とうとうやった』と振り返るくらいのつもりで良いのだとラズロックは諭す。

 

ニニャが本当に復讐したいのならばともかく、望んでいるのは姉を取り戻す事なのだから。

 

「重要なのは君のお姉さんだ」

「普通ならば、どうなっている相手など諦めろと言ったかもしれない」

「既に死んでいる可能性どころか、忘れられている事すらあり得る」

「だがアンデッドの災禍に前後して八本指は姿を消している。ゆっくりと姿を消しつつ、伝手を残すために『そういった店』での消耗を抑えめにしていた様なんだ。まだ可能性はあると言っても良い。ここで時間を掛けるべきではない」

 ラズロックはどんな可能性かはあえて言わなかった。

生きている可能性は少ないが、その事を口にすれば、イザと言う時に大きなショックを受けるだろう。だからまずは死んでいる可能性や、それどころかただの数値として処理されているという最悪を口にした。その上で、姉と言う存在を取り戻し、自分に区切りを付けろと促していると言えよう。

 

その上で、一つの覚悟を伝えた。

 

「死んでいる可能性の方が高い。だが、蘇生を試みること自体は可能だ」

「力が足りなければ灰となって崩れ去るらしい。だが方法はゼロではあるまい」

「そして病気や手足が多少欠けた程度ならば、ダイン君が目指している大治癒の魔法で何とかなるらしい。その事を教えてくれたのがあの娘たちだが……もし、多少のリスクで良いならば私も彼女たちに声を掛けてみよう。出来れば人間至上主義などを標榜する国家には、近寄りたくはないのだがね」

 あくまで死んでいる可能性を第一に置いた上で、蘇生などの手段を挙げる。

重傷ならばダインがその内に治療できるだろう。漆黒の剣の仲間だし、彼の成長に協力しているのだから、ソレで何とかなるのならばニニャ自身の伝手と功績だと言えた。そして三人娘に力を貸すことで、法国がより高度な蘇生術を知っているならば(研究していない筈はない)、ラズロックとしても協力するのはやぶさかではないと告げたのである。

 

そこにはラズロックがリクルートどころか監禁される可能性もある。

クレマンティーヌはその事を仄めかしていたし、かつての世界でも同様の試みが無かったわけではない。だからこそメイドとして暗殺者が派遣されることもあったのだから、当然警戒してしかるべき日常だった(ゆえに大事に成らないように隠れているととも言える)

 

「師匠……」

「そう言う訳だ。ニニャ、君は君が思うように生きなさい」

 思えばこういう面倒くさいことになるのは最初から判っていた。

ニニャはそれだけの決意と、黒いモノを秘めていた。貞操を差し出し、自ら奉仕せよと告げたのも、その覚悟がないならば自分を師と仰ぐなとの忠告でもある。そして自分に身を任せた以上は、けっして手を抜く気など無い。姉が死んでいる事を前提に話すのは、実際にその可能性が高いからであった。

 

 色々とニニャに語ったが、ラズロックにはお涙頂戴の路線など無い。

事故の様にこちらに来た以上は何時居なくなっても不思議ではないし、チャンスがあれば元の世界に戻る事を選択するだろう。

 

と成ればスッキリと色々解決して立つ鳥痕を濁さずが基本だ。そうした上で、どうしても避けられない事があった。

 

「……では八本指が何処に潜んでいるか一刻も早く突き止めねばなりませんね」

「速い方が良いのは確かだが、さっきも言った通り必要なのはお姉さんの方だよ。だいたい、何処に潜んで居るかは判っているからね」

「え?」

 遠慮というわけでもないが、ニニャは八本指を優先しようとした。

申し訳ないのもあるが、悪徳貴族やら売り捌いた先を潰すにせよ、黒幕を先に捜索した方が良いとの思いである。仮に姉を救い出したとしても、八本指が健在ではいつ連れ戻されたり、過去の因縁によって襲われかねなかったからだ。もし姉をさらった貴族のような輩が居れば、安全だと思った場所がまた危険になる可能性も高いのだ。

 

だが、ラズロックの返事は思いもよらぬ物であった。

 

「いいかいニニャ。彼らは犯罪者だが常に犯罪を行っているわけではないんだ」

「表面上は至極まっとうに暮らしているだろうね。表向きの商会などはただ利用された態で」

「たいていの貴族や商人は綺麗な事はやって居ない。ただ、ちょっとした役得の範囲だ」

「大規模な商会であれば、麦を誤魔化すために入っている砂や石を入れず、関所の通行料を払ってでも儲けられる。だけれども大々的にやってしまうのが犯罪組織であり、そこを国家権力を使って見逃させるのが違いだね。だから、大部分は痕跡を消しただけだ。ルートを変更しはしても、隠れてすら居ないだろうね」

 奴隷部門や麻薬部門に目が行きがちだが、本当に儲けているのは商売部門だ。

ゴミで嵩増ししたものを何倍もの金額で売るのが普通の商人で、飢饉の場所などでは十倍近くで売る。それでも関税で目減りしてしまう訳だが、八本指ならば堂々と利率を誤魔化す事も出来る訳だ。

 

ラズロックは犯罪組織についてメイドから愚痴を聞く事があったが、それでも大した範囲を聞いていたわけではない。だが、明確におかしいと思う事があった。

 

「確か『八本指』とは盗賊の神様の名前であり、同時に八つの部門から来ているらしいのだけれど……八つも部門を作って何をしているんだい? そして、裏を兼ねた商売を隠すならば、関所は多ければ多い方が良いんだ。では何処に持ち込む?」

「あっ……確かに。と言う事は外の国……。帝国でしょうか?」

 ラズロックがこの世界の人間ではないからこそ思う疑問である。

八本指が盗賊の神だからその名前を冠するのはおかしくないが、実際に八部門も必要ないだろう。いくつかは統合してしまえば良いし、有力な上級幹部の下に就く中堅幹部でも良い筈だ。それなのに八つもあるということ自体が、正業の延長上でダーティでグレーゾーンな事をやっている可能性なのである。

 

そしてこれらを総合すると密輸部門を中心にして、人足や馬借のような運送業が全体で組織を覆い隠していると見るべきであろう。それらの縁故を利用して、窃盗部門は故買屋であったり、金融部門は貸金業の中に潜めばよいのだ。余所者は実績が重要であるからこそ、『顔』が効く相手から縁故を辿るのだから。

 

「帝国にも居るだろうけど、直接では警戒されるだろう。むしろ最終的な売り先と見るべきだ」

「経由する第三国に潜んで置き、ただ商品を自分達の傘下だけで売り買いしても良い」

「王国ほどでなくとも国家統治に関心が無かったり、制度としては分割統治が理想的だね」

「上の者は下の者の悪さを知らず、下の者はバレても責任者の首を斬れば良いと思っているような場所というわけだね。理想的なのは儀式などに少量を麻薬を使う、名前だけの宗教や魔法使いの私塾が大手を振っている所か。だが法国は聞いた通り、別の意味で厄介な連中なのであり得まい。となると候補はおのずと絞られてくる」

 それほど詳しくないからこそラズロックはシンプルに考えた。

封建社会では不正が不正で無い事が多いのだ。だからリ・エスティーゼ王国の様に不正を堂々と行える場所ではびこり、隠れ潜む場合も似たような場所に潜む。そして表向きは堂々と商売をしておき、その信用を使って帝国が王国を占拠した時に戻って来るのだと考えたのである。

 

そうなれば一番確実なのは、普段から帝国に商品を持ち込んではいるが、王国から直接持ち込まない場所の方が確実であろう。

 

「ローブル聖王国……」

「あくまで可能性としての話だがね。そう言う訳で、その辺りはクレマンティーヌ君に伝えてある。だから我々は、正業の中に隠しきれない闇の部分を追うとしようか」

 ラズロックの話に最も該当するのは聖王国だ。

仮に帝国の向こう側にあるというカルサナス都市国家連合を含めて、四つの国を跨ぐ交易網を作って居れば、何処にでも潜むことが出来る。そして『大抵の商品』はそれらの中に隠してしまえるのだ。だから追う事が出来るのは、あくまで王国内にある……運びきれない『商品』である。

 

そしてソレこそが、ニニャが探すべき姉の居所であるという。

 

「麻薬に関しては暫く売らないと言う事も出来る。だが、奴隷はどうかな?」

「一から十まで教育して高級娼婦に育てられるなんて一握りでしかない」

「人足として連れまわすにも限界があるからね。そして顧客との縁も捨てがたい」

「全ての商売を捨ててしまっては、戻った時にライバルたちが大きくなって邪魔することもあるだろう。だから細々と商売を残し、ある意味で敵対者への囮としつつ、これまでの客と縁を繋いでおくというのは十分あり得る筈だ。そして八本指傘下の裏稼業で、人命の損耗が遅くなったのはその辺りが影響している可能性は高いだろうね」

 ここで話は当初の流れに戻って来る。

ニニャの姉は八本指が経営する店に務めている……という態で年季奉公をしている可能性だ。もちろんその金は全て領主が受け取っているし、年季が明けるまで生きている可能性は少ないだろう。

 

だが、この流れであれば一つの可能性もまた存在するのだ。

アンデッドの災禍の前後まで無事であれば、囮の店で並べておく商品として生きている可能性があるのだと。そしてその店はかつての客を繋ぐためゆえに、同じ場所で商売を続けている可能性である。




と言う訳で原作ではセバスが偶然遭遇した流れを、別の世界線ゆえに修正。
こういう理屈で娼館に踏み込むよと、延々と解説してるだけです。
密輸部門が母体なんじゃないの? とかはただの可能性を論じてるだけですけどね。

『トランスポーター』
フラングボードと飛行を組み合わせた移動手段なども込みで操る、現地世界での派生クラス。ニニャは転移呪文の研究を行った事で、このクラスに成る。中位職扱いで、上位職はゲートメイジ。そこまで上がると世界も移動できるかもしれない? クラス専用スキル『ヴァグランツ』『ドリフターズ』は転移魔法専用の強化スキル(自分用と他人用)。
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