Wizard's Climber【完】   作:ノイラーテム

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恐るべき六腕の罠

 八本指は三つの拠点に罠と六腕を潜ませ囮としていた。

最も悪辣なのは、そこには最初から重要な情報は何も無いのだ。確かに黒粉と呼ばれる麻薬であったり、密輸品の数々は置いてある。だが組織が揺らぐほどの物は無く、預けた商人らに紐付けされるような物は何も無かった。

 

だからこそ今回の襲撃においては中途半端な防衛力に見えた。

いかに六腕がアダマンタイト級とはいえ、たった二人ずつでは例え手下を加えたとしても、アダマンタイト級冒険者のパーティ一つが居直り強盗を行ってしまえば、対抗しようがないのである。

 

「開いたぜ。誰か待ってるかもしれねえ、注意しろよ!」

「「了解!!」」

 問題なのは最も実力的に劣る漆黒の剣である。

他のチームがいざとなれば六腕全員であろうと勝ちようがあるのに対し、彼らのみ六腕上位のゼロやデイバーノックに壊滅させられる可能性があった。だからこそ、ニニャの頼みで守りの薄いとされる娼館に赴くことを承諾したとも言える。ニニャ以外はミスリル級の漆黒の剣ではその場所が順当だったからである。

 

ゆえにこれからの戦いは必然であるし、そして予想され尽くした苦戦である。

 

「手癖の悪い子たちね。これはお仕置きが必要かしら」

「仮面をつけた女? 娼婦にゃあ見えないよな」

「おそらくエドストレームという六腕です! 飛ぶ魔剣に注意してください!」

 バーを兼ねたカウンターと、女を並べる椅子だけの部屋。

広間と言うには異様な場所で一人の女が佇んでいた。娼婦らしき女たちが逃げたり慌てふためいて戸惑う中で、彼女だけが泰然としている。仮面をつけているので表情は判らないが、その体つきはスマートで戦う職業についているとは思えなかった。だが、ニニャが口にした空飛ぶ魔剣と言う言葉で、どんな攻撃手段を持つかを理解したのだ。

 

そして空中に浮きあがる四本の魔剣。それが今後の展開を予想させた。

 

「良く知ってるじゃないお嬢ちゃん。ならご褒美をあげないとね」

「下がれ、ニニャ! ルクルット!」

「わーってる!」

 女の言葉を聞いた瞬間、ペテルとルクルットが身構えた。

マジックアイテムを使うのに集中する時間が必要だったのか、やや遅れて魔剣が空を舞う。合計四本、内二つが敵の前で固定され、残り二つがニニャ目掛けて飛び掛かって来たのである!

 

高速で飛来するシミターを防げたのは間合いと時間のお陰だ。

しかし、弾き飛ばしたはずの魔剣はクルクルと回転してUターン。速度こそ遅くなったが、むしろ威力はましていそうな勢いではないか。

 

「まあ、一本ずつなら守れるのね。なら倍ならどう?」

「一人で二本を防げるかしらね。ああ、共同で守るのよね」

「じゃあ操る数を増やしてあげるわ。二本が四本に、いいえせっかくだから八本と行きましょうか!」

 攻撃して来た二本がペテルへ行ったかと思えば、二本追加された。

その全てが一番前に居るペテルに飛来し、空を踊るシミターの数は一気に八本になった。うちの二本がガード役なのは変わらず、合計六本が攻撃しているという状況だ。それがペテルに襲い掛かったかと思うと、カバーに来たルクルットに襲い掛かる。

 

情けなくもゴロゴロと転がって避けるが、一瞬の決断が彼の命を救った。

 

「ニニャ! このままじゃジリ貧だ。あいつを魔法で攻撃してくれ!」

「援護の付与呪文は良い! ルクルットの言うとおりに!」

「回復込みでこちらでやっておくのでな。心配不要!」

「了解です。ツインマジック・マジックアロー!」

 男性陣からの声にニニャは付与魔法を途中で止めた。

下級敏捷強化が掛かっているだけでも御の字と言うべきか。流石は六腕、ミスリル級に上がったばかりの漆黒の剣では少々荷が重いのだろう。エドストレームだけでこの有様だ、複数の六腕が出てきたら勝利の目はない。そう思って勝負を急いだのだが……。

 

その結果は、思わぬ展開となった。

 

「い、痛い……。いたい……死ぬ、死んじゃう……。えへへ、でも気持ちいい……」

「え?」

 十本のマジックアローが容易く仮面の女を倒した。

それ自体は良いエドストレームが後衛型ならありえる話だ。だが、不思議なのは激しい痛みを追っても動こうとしている事、そして仮面の下から喜悦に歪んだ顔が見えたからである。

 

だが、その真実を同じように転がっていたルクルットは見てしまった。

 

「ちっ、違う! そいつは六腕じゃねえ! ただの娼婦だ!」

「なん……だと?」

「嘘……でしょ?」

「いかん! オーバーマジック、ヘビーリカバー!」

 ルクルットの位置からは女の顔と肉体が見えて居た。

顔は美しいだけではなく、病だか火傷だか分からないが、見難く変色している部分がある。体は豊満だが同じように傷であったり変色が有り、そして筋肉が少しもついてはいない。しかもヒューヒューという呼吸音は、少しずつどころか急速に消えている。

 

どう考えても戦う訓練をした者の体ではないのだ。そしてここは娼館である。考えられる可能性は、そう多くはあるまい。

 

「あら。もうバレてしまったの? 仕方ないわねぇ」

「でも、せっかくだから教えてあげるわ。その子は確かに娼婦よ」

「病気で使えなくなった子たちの中で、運よく薬に適合した内の一人」

「まあ教えたことを繰り返すだけだし、それも大した動作じゃないんだけど……。でも十分でしょう? ふふふ。私が何処に居るか判るかしら? この中の誰かかも知れないし、もうとっくにそこにはいないかもね?」

 おそらくはトリックを明かしたくて仕方がなかったのだろう。

むしろ秘密がバレたとたん、エドストレームは何をやっているかの大半を教えてくれた。もちろん自分がどこにいるかなどは口にしない。あくまで偽者を使って、自分の代わりに囮にしたという事実である。

 

そして彼女の言葉と共に、複数の女がやって来た。いずれも同じような仮面を付けて……。

 

 なんという事であろうか、吐き気を催す邪悪とはこの事か?

六腕たちは娼婦を偽者のエドストレームに見立て、身代わりとして的としたのだ。そして複数の女たちを前面に出し、自分はその陰に隠れているという有様であった。

 

そして彼女たちの頭上にも、複数の魔剣が現れたことでより一層の絶望感を増した。

 

「楽には殺さないわよ? 苦しんで死になさい。それが嫌ならさっさとその娘の様に攻撃するのね」

「くそっ! 数が多い!!」

「卑怯者! 正面からなら勝てない相手じゃないのに!」

「落ち着くのである。個人としてはそれほど強くないからこその努力である。何か突破口が……」

 無数の剣がペテルを襲った。流石に全部を防ぐなど不可能だ。

要塞でも使って防御したのか、かろうじて彼は串刺しにはなっていない。あるいは空飛ぶ分だけ威力が低いのかもしれないが、いずれにせよこのままでは勝利などあり得まい。

 

問題なのはニニャが錯乱寸前で倒れた女性に駆けよってしまった事だ。

無理もあるまい、もしかしたら攫われた姉を自分の手で攻撃してしまったかもしれないのだ。病気の娘を再利用したというが、その事がむしろ姉が居るかもしれないという可能性に気が付かせてしまった。

 

「幻覚だ! 飛んでる剣は全部が本物じゃねえ。出なきゃとっくに死んでるよ!」

「……っは! そうか! だが……少なくとも途中までは本物だったぞ」

「そうか。ここにはもう一人六腕が居たのであるな? 確か幻魔サキュロント……」

「うふふふふ。あはははは、あーははは! その通りよ!」

 ルクルットは目を傷めており、時々霞むことがある。

それが彼の能力を弱めてしまっているのだが、それが今回は幻術を見抜くきっかけに成った。床に転がった事も合わせて、魔剣での傷が床や壁に少ない無いことに気が付いたのだ。本当にあるのであれば、もっと多くないといけないし、目が悪い彼には更に異様な景色に見えた事であろう。それがないのだから、何処かで幻術を使っているとしか思えない。

 

その事を指摘すると、エドストレームは余程おかしかったのだろう。大笑いしてその事を認めた。おそらくは当初から、罠に飛び込んで来た漆黒の剣が、見事に自滅している事が愉快だったのかもしれない。

 

「そうよ。此処には最初から二人居た。二人居て姿は偽者だけ」

「踊る円月剣エドストレーム、そして幻魔サキュロントの二人がね」

「うふふふ。貴方たちったらその事に気が付かずに踊ってるのだもの。おかしくて仕方がなかったわ。改めて告げるわね。私たちの空間にようこそ。喋る気のないサキュロントの代わりに紹介しておくわ」

 用意された罠は単純である。策謀とはシンプルな方が良いからだ。

ダミーの人間、ダミーの武器。たったそれだけで漆黒の剣はピンチになった。よくよく考えれば、途中に幾つもの違和感があった。シミターが飛ぶのが遅れたり、ワザとらしく登場した仮面の女が身動きせず魔剣だけで攻撃したからだ。探せばもっとヒントはあっただろう。

 

だが、本体の位置が分からない。そして防御するべき攻撃がどれなのかも判らない。目の前の全てを攻撃したら倒せるのか? それすらも判らないことが拍車をかけた。

 

「ニニャ! これはチャンスと考えるのである」

「我々が『依頼人』に頼まれた縁者はここに居る。居ないのであればとうに死んだ」

「つまりもう探す必要はないし、ここの乗りきれば全てに決着である」

「ならば後は倒すだけ。その為に知恵を働かせるのが、パーティの知恵袋であるニニャの役目の筈! 御師匠殿はそう言われるのではないかな? 病気も毒も、助けてしまいさえすればそれがしが何とでもできるのである!」

 混乱する頭でダインは僅かな可能性に辿り着いた。

この中で状況を変えられるのはニニャ一人だ。類い稀なる才能を持ったマジックキャスターであり、ラズロックの薫陶も大きい。そして彼は常々言っていたではないか。状況を変更するのが魔法使いなのだと。無数にある呪文を攻撃の為だけに駆使しするのではなく、状況を変化させるために使うべきだと説いたのであった。

 

それはある種、ダインにとってニニャの姉が他人事であり、同時に友人の大切な肉親であり、そして回復役ゆえに攻撃が出来ないことから考える時間があったからだ。ここでニニャ以外に頭が回る者はいないし、何とかできるとしたら何とかニニャだけなのは確かなのだから。

 

「無駄よ。混乱した人間が良いアイデアなんか思いつく筈……」

「大丈夫だ! 何とかなる。その証拠に今こいつは焦ってる! 混乱して火球に巻き込まれたら死んじまうからだ! まだ良く分らねえけど、絶対にここに居る! 俺には判るぜ!」

 口を挟もうとしたエドストレームにルクルットが割って入った。

レンジャーである彼は捜索自体は得意だ。さっきから耳を使いカンを使い、悪くなっている目以外の全てを動員して探し続けていた。彼は頼れる仲間なら何とかしていると信じて、ずっと周囲を捜索していたのだ。

 

そしてルクルットの言葉が更に状況を進ませた。

全体で何が起きているかは分からない、だが、自分に起きている事は判る。そして、その事がニニャにヒントを与えれば、彼女ならば何とかしてくれると信じてみんなが行動し始めた。

 

「ニニャ! ルクルットの言う通りだ。おかしいと言えばあの攻撃! どうして私は死んでないんだ? それはパターンが単調だからだ! さっきから同じ場所にだけ当てられてる!」

「そっか! 視界だ! 視界が悪いんだ! 俺の目の悪さを思い出せ!」

「そうであるな! 見える位置が限られて居るから、同じ行動のみなのである!」

「みんな……」

 以前ならとっくに死んでる恐るべき攻撃だが、何とかなっている。

それはワンパターンの攻撃が繰り返され、多少のアレンジが効いても限られて居るからだ。ゆえにペテルは盾を構えて急所を防げば足りるし、一撃で死なないならば多少は無理しても防ぐことが出来た。毒が塗ってあれば流石に危ういが、近くに居るならば毒は使えまい。自分がそれを受ける可能性はゼロではないからだ。

 

そう考えれば、全ての状況には限りがある。相手は可能な事しかやっていないし、ならばこちらも可能な範囲で覆せるだろう。だからこそ、敵も焦っているのである。

 

「余計な事を! 今度こそ殺してあげるわ!」

「その前にニニャが解決するのであるな! 混乱よ退け、サニティ!」

(「ダイン! みんな! 申し訳ありません。……考えるんだ。どうやったら判る? こないだ似たことを考えて、あの巨大な植物モンスターならば、姿隠しを使っても駄目だと諦めたじゃないか。ならば振動探知とかその手の探知系で……あ……姿隠し?」)

 激昂してシミターを動かす敵を無視してダインは呪文を使った。

平静を齎す神聖系の呪文がニニャの錯乱しそうな頭脳を明晰に戻す。そして混乱さえしていなければ、ニニャは同じような事例を元に推論を組み上げることが出来た。マジックキャスターが可能な事には限界があるからだ。エドストレームの魔剣もその一種だし、サキュロントがやってる事にも限界はあるだろう。

 

そして、それらの事は、ニニャがこれまで辿った道の上にあった。これまでの人生が結実する瞬間であり、今までの行動が無駄ではなかったのだと思えたことが、ニニャにはたまらなく嬉しかった。

 

「そうか! 姿を隠してる! 最初からあの中には居ないんですね?」

「ならば姿を隠す呪文! あるいは隠れ部屋から行動してるだけ!」

「……ディテクト・マジック!」

 ニニャは相手を焦らせる為、敢えて推論を口にした。

そして使用した呪文は単純なものだ。視界内の魔法波動を探知するもので、魔法の関与やマジックアイテムかどうかを調べる程度のものである。だが、今の状況で魔法を使っている者、使うべき場所は限られていた。それこそ空飛ぶ魔剣たち。あるいは姿隠しを使っているならば、その魔法の反応くらいだろう。シミター本体の動きと、幻影の魔剣の動きは違う。そして姿隠しを使っているならば、その位置が判るのである。

 

果たして、その位置は意外と近くに居た。まさしく仲間の言う通りであった。

 

「そこの机の下! 少しずつ移動してる! ベッドの方へ! 何かがある筈です!! 剣の数は……」

「……っそうか! 隠し扉だ! ルクルット、回り込め!」

「チクショウ! さっさと開けなサキュロント! 逃げるんだよ!」

 ニニャは数が判り難い魔剣の数以外を見抜いた。

ペテルはその事でおおよそを察し、盾を掲げながら机の方に飛び込んでいく。そして立ち上がって逃げ始めたのだろう、エドストレームのヒステリックな声が響いたのである。

 

だが、ベッドの方に変化はなかった。

 

「サキュロント! 一人で逃げやがったね! コンチクショウ!」

「こ、降伏するんだな。こっちにゃあ便利なアイテムだってあるんだぜ!」

 おそらく隠し扉になっているのだろう。

エドストレームらしき女の声と共に、シミターが邪魔するルクルットではなくベッドに突き刺さった。もちろんそれくらいでは隠し扉は動かないのだが、ルクルットはこんな時でも女に声をかけ、そして懐からマジックアイテムのベルを取り出したのだ。そのアイテムは隠された扉を開けるという。盗賊系がおらず、レンジャーのルクルットでは限界がある為、借り受けたものであった。

 

こうして娼館への襲撃は八割ほどの成功で終わった。




 と言う訳で六腕が頑張ったので漆黒の剣は苦戦しました。
まあ罠の中に飛び込んだら仕方ないですね。あと、このパーティだけ相手に遠慮したので。

●偽者と幻影の空間
 エドストレームとサキュロント二人掛かりでの罠です。
見えて居る女性にエドストレーム本体はおらず、サキュロントも隠れたまま。
なお、エドさんの口調が変っているのは、演技と素が混じっている為です。
「見えれば見える程、罠に掛かるのよ!」
「このルクルット、こないだから目が良く見えねえ!」
と言う感じの展開でなんとかなりました。
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