Wizard's Climber【完】   作:ノイラーテム

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舞台裏の戦い

 闇夜の中を一人の男が駆け抜けていった。

その足取りは速く、ナニカから逃れようとしているかのようだ。

 

いや、その男。幻魔サキュロントにとっては、間違いなく逃走であった。

 

「ハアハア……。ここまでくりゃあ後少しだ。チキショウ! この俺がなんて失態だ。あの程度の奴らに……」

 サキュロントは八本指の経営する娼館に配置されていた。

護衛と言うよりは罠を設置する役であり報告役だ。仲間が敵を撃退するのを手助けし、一部始終を報告する処までが役目である。娼館の比重が低いためにそんなレベルの守りであったのだが、その性もあって先ほど敗退してしまったのである。

 

護衛役では無いからこそ問題にはならないが、仲間を見捨てたことは彼の評価を下げてしまうだろう。

 

「追われてしたとしてもゼロの力を借りれば何とでもなる。見てやがれよ」

 サキュロントは六腕の中で一番の格下だったが、最近考えを改めた。

イリュージョニストと戦士系をつまみぐいした彼は確かに弱い。だが、罠を張る段階に成ってエドストレームと組むようになり、自分の力はサポート用として有用ではないかと思うようになった。アンデッドの魔法使いであるディーバノックが補助呪文や精神系が効かないというアドバンテージがあるように、人間の心理を突いて幻覚で補助すれば状況自体が変わるのである。

 

例えば六腕の中で最強を誇るゼロの姿を一瞬でも隠せたら?

彼の切り札をサキュロントは詳しく知らないが、誰しもポーションであったりマジックアイテムの起動に時間が掛かるものだ。その時に彼が状況に合わせたサポートをするだけで、大幅に有利になるのは間違いが無かった。

 

「ともあれ連中の呼び合っていた名前は覚えたぜ。冒険者かワーカーか知らないが……」

 元より彼の役目は監視と報告役である。

敵対者が何者かを調べるためにそこに居て、そのついでに協力しただけとも言える。エドストレームは生きてさえいれば上層部が取引して助け出すことに成っているし、今回の敗北は無い物同然だ。運が悪ければ仲間が死ぬという事ではあるが、サキュロントは前向きに考えていたのである

 

そして他の場所に逃げることなく、六腕が集うアジトに辿り着いてしまった。

もし不格好に逃げ出して、追跡者を撒くという理由で他の場所に逃げる選択肢もあった。だが彼は仲間の元に合流して安心したいという事と、任務を果たしたという名目の為にアジトに向かってしまったのだ。だからこそ彼は、間に合ってしまったのである。

 

「俺だ! サキュロントだ。いま戻った……」

「報告したいことがある。娼館が襲撃を受けた」

「冒険者かワーカだと思うが、対応を確認したい」

「予定通り後日に報復するのか、それともこのままみんなで取って返してぶちのめすのか? 俺はどっちでも……?」

 見張り代わりの乞食を尻目に入っていくが、何故か誰も出迎えに来ない。

同格である六腕が来るはずはないが、手下の類は何人も居るのだ。格下の敵と判っている時や、キャラバンの護衛には彼らを充てている。他にも小間使いとして使っている最下級の連中でさえ来なかった。

 

もしかしたら娼館が襲撃があった様に、他のな所でも同様の襲撃があり、その報復に出たのかと思ったくらいだ。それでも連絡役くらいは居るだろうと中に進んでしまった。

 

「おい、そこの……なんだディーバノックが作ったアンデッドか。返答する訳ねぇよな。誰かいないのか! 報告があるんだ!」

 椅子に座っていたフード姿を見てサキュロントは何であったかを思い出した。

ディーバノックと相談しながら作り上げたトラップの一つであり、倉庫にはこのタイプが無数に配備されていた。思えばその辺りから彼は暗殺役というよりは、攪乱を目的とした援護役に成っていたような気がする。それこそがイリュージョニストの強みであり、自分ではなく部下を使うやり方をを覚えれば良かったと苦笑したほどであった。

 

とはいえ、サキュロントは迂闊にも大声を出してしまった。

入り繰りだけならばまだ、伝令が声を掛けに来ただけと誤魔化せたであろう。だが、奥のままで戻ってしまった事で、決定的な死地へと飛び込んでしまったのである。

 

 迂闊と言えば迂闊だが、それを仕方ないと言える理由があった。

八本指は罠を仕掛けた側であり、特にサキュロントは監視役として相手の正体を掴むことには成功したのだ。襲撃者は最初から罠であった事など知らず、後で調査することで実行役を潰しつつ辿る事も出来る筈であった。

 

つまり、漆黒の剣レベルの相手に敗北した以外は、思惑通りに進んでいるのだ。漆黒の剣も先の言葉通り、時間さえあれば官憲を動かして捉まえることも、一人ずつ攫って報復する事も出来ただろう。

 

「ん? 待てよ何で茶なんぞ……温か……っ! 敵襲!!」

 テーブルの上にある飲み物を触ってサキュロントはようやく悟った。

アンデッドが茶を飲むはずもなく、ダミー造りにしては暖かさを持たせておく必要などない。つまり、誰かがこのアジトを襲撃しており、暖かい飲み物の存在を埋没させるために、フード付きのアンデッドを椅子の上に置いたのだ。

 

果たして、検証の為に触れたアンデッドの体が、そのまま崩れ落ちることで彼の考えの正しさは証明された。

 

「誰かいないのか! ディーバノック……いやゼロ! 馬鹿な。あいつが……ぐっげっ。が、がが……」

(運が悪かったな。気が付かずに戻れば助かったかもしれん)

 サキュロントが剣を抜いて警戒しようとした時……。

突如として口元が後ろから押さえつけられた。そしてもう片方の手が額に添えられると、そのまま首が捩じられ始める。知覚力も高いサキュロントが気が付かないのは隠密の専門家であるはずなのに、恐るべき剛力であった。

 

やがてメシリと音を立て、首の骨がへし折られてしまう。

 

(……いや、疾風走破が見逃すことなどないか。なら逆に運が良かったかもしれんな)

 そこに居たのは『神領縛鎖』と呼ばれる漆黒聖典である。

彼は今回の作戦の為に送り込まれた隠密術の使い手だ。六腕の頭目であるゼロを始末するために、クレマンティーヌに協力していたのであった。

 

そして彼はサキュロントの死体をテーブルの反対側にある椅子に置いた。

これ以上誰かがやって来るとは思えないが、それでも可能な限り状況を誤魔化して置く為だ。

 

(さて、後は高みの見物だな。今更に疾風走破がナニカするとは思えんが、ラズロック先生とやらの手並みを見せてもらおうか)

 神領縛鎖の仕事は今回の襲撃を成功させる事がメインだが、既に果たしている。

残る仕事は無限魔力が慕い、占星千里が囲っておくべきと主張したラズロックという男を確認するためであった。襲撃の援護ならば風花聖典でもことは足りるが、彼が派遣されたのはその眼力を期待しての事である。

 

隠れ潜んでラズロックを確認し、魅了を使っているなら始末が必要だし、もし占星千里が告げた様な他者の能力を引き上げるタレントを持っているならば好機を伺うためである。

 

 そして奥にある間……会合ではなく、修練や処刑を行うための広間。

そこでは半裸の二人が睨み合い、それぞれ拳や尖剣を構えて向かい合っていた。言わずと知れた六腕のゼロと、クレマンティーヌの二人である。

 

「あれれ~。お友達の声が聞こえなくなっちゃったねえ。助けに行かなくていいの~?」

「抜かせ、どうせ殺したんだろうに」

 奥の間でクレマンティーヌとゼロが対峙していた。

だが、状況は異なる。クレマンティーヌがゼロを牽制しながら雑魚アンデッドを倒していたのに対し、ゼロの方はクレマンティーヌへ大きな傷を与えることが出来ないでいた。それどころか何とか当てることが出来ても、魔力の障壁か何かを削り取っただけという有様である。

 

これはクレマンティーヌが得たセイントのクラスが持つ、どれか一つしか取得できない選択肢スキル。『楯の乙女』の影響だ。取得制限に加えて、鎧を身に着けてはならないという制限がある代わりに、HPやMPを大幅に強化してくれる優れ物であった。

 

「しかしサキュロントの役立たずめ。これでは切り札を使わざるを得んか」

 ゼロには一発逆転の切り札があった。

しかしそれを使うために一瞬のタメが必要で、攻撃の為にもう少し時間が必要だ。常の相手ならば幾らでも時間を都合できたが、クレマンティーヌ相手にはその一瞬ですら難しい気がしたのだ。

 

そしてその警戒心は正しく、同時に直感的には外れていた。

 

「あははは! 使いたければ使えば?」

「あんたが英雄の領域に達した、このクレマンティーヌ様に勝てるはずないしね」

「つーか、あんたらが憧れてるガゼフだって、私らにとっちゃただの指標に過ぎないんだな、これが」

 ゼロの言葉を聞いてクレマンティーヌは大笑いを浮かべた。

そして嘲りの笑みを浮かべると、掌を動かしてさっさとやってしまえと促したのだ。以前の彼女であれば使う前に決着をつけ、動けなくしてからいたぶったものだ。だが、今の彼女はレベル30後半、漆黒聖典の中でも抜きんでた存在である、『人間最強』や『一人師団』……兄に迫る強さがあった。相性も考えれば、その二人も勝ち切れるか怪しいであろう。

 

そんな彼女の言葉にゼロと言うと……。

 

「つけあがるなよ、この売女が! 六腕最強の……八本指の底力を見せてやるぞ!」

(……あー。戦闘薬か。ヤクの売人も居るんだっけ。ま、いっか。どうせたかが知れるしさ)

 レベルにして6~7レベルの差、それだけ違えば勝機は薄い。

幾多の死線を潜り抜けたゼロにそれが判らぬはずはない。突き刺して使うタイプの麻薬を自らに突き立て、体のあちこちにある獣の刺青の力をすべて併用したのだ。刺青の力一つを使うだけで膨大な力が得られ、同時併用は危険ですらある。しかも最近になって刺青を追加しており、生命の危険さえあった。

 

これを覆すのが麻薬部門が開発中の薬物である。

先進国である法国では亜人を使った人体実験で完成させているのだが、遅ればせながら八本指でも開発していた。体力を大幅に底上げし、生命の危機にも多少の猶予があるという存在だ。もちろん禁断症状などもあるが、ゼロはそれに構う気など無かった。

 

「受けよ! 闘鬼ゼロ、最大の拳!」

「ばーか! 馬鹿正直に喰らうかよ! それがゼロちゃんの最後の拳でーっすっ!」

 クレマンティーヌはゼロの攻撃を避けつつ反撃に出た。

態勢を大きく崩しながらも、流水加速などの戦技で強制的に元に戻す。そして女豹のような体勢から、疾風走破の戦技で地を這うようにゼロの元へと迫った。手にした尖剣は小さいながらも素早く、小回りという点においては拳にそう劣るものではない。心臓にブスリと刃が突き刺さり、引き抜く血潮を避けるために飛びのいたのであった。

 

その動きに無理があったのか、それともゼロの拳が掠っていたのか、着地と同時に薄い服が破れて散った。

 

「馬鹿な……あたった筈……」

「あほか。幾つもつかって対策してるに決まってんじゃん。それに……即死した時に発動する筈のやつが起動してないんだよねえ。つまり、ゼロちゃんの拳は、当たったとしてもクレマンティーヌ様には致命傷ですらなかったってことさ」

 本当に即死時に起動する保険の様なスキルがあるかは分からない。

だがクレマンティーヌはゼロを追い詰めるために話し続ける。全力を尽くしてゼロは既に瀕死……いや麻薬が切れたら死にかねない。対してクレマンティーヌは万全の態勢であり余裕であると告げたのである。

 

こうして六腕最強の男であるゼロは死亡し、アジトにあった六腕関係の資料やら、あるはずのない八本指と貴族が癒着した証拠まで押収される事に成ったのである。




 クレマンティーヌはヒロインでも主人公でもないので舞台裏です。
六腕が壊滅し、「あー! こんな所で大変な物を見つけてしまった!」
という解説回ですね。次回はラズロック先生のターンなので舞台裏ではないです。
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