Wizard's Climber【完】   作:ノイラーテム

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もはや喜劇の様に

 下水道と言うものは小さな町では存在しなかったり、あっても小さかったりする。

だがリ・エスティーゼ王国の王都であれば、人が潜っていくにしてもかなり広い。わけでも下水道掃除などの為に、最も広く取られた区画などは相当の広さを持っていた。

 

八本指はそこに面した屋敷を抑え、付近では下水処理依頼が出ない様に自分たちで対処。もしもの時に備えて拠点の一つであり、移動ルートにしていたのだ。

 

「馬鹿な……何が起こっている?」

 六腕の一人である不死王デイバーノックは混乱していた。

目の前で起きている光景が、どうしてそうなっているのか、まるで理解が付かないのだ。彼以外のアンデッドが居ることも、誰かがそれを見つけて倒している事はまだ理解が出来る。そもそも、下水道を抜けた先にアンデッドを用意していたのはデイバーノック自身であるし、下水道にアンデッドが紛れ込むのはよくあったことだ。だからこそ、証拠隠滅の為に下水道掃除は自分たちでやっていたのだ。

 

問題なのは彼が用意した以上の規模であり、彼と同格以上のアンデッドも居る事である。

 

「ああ……またやられていく。あれほどのアンデッドあればどれほどの呪文を知っていることか」

 雑魚の群れに隠れた、スケルトンメイジの強化個体が滅びた。

風の魔法で切り裂かれ、無造作に周囲の雑魚共と一緒に消え失せる。それだけならばまだ良い、走り回れるほどの恐ろしいアンデッドの騎士。そいつと戦いながら、それを為すのだ。雑魚たちのグループは他にも居るのに、あの強化種を滅ぼすためにあえて狙ったとしか思えない動きである。

 

そして何より恐ろしいのは、その動きが考えて行われて居ない事であった。

 

「しかし、あれらは初歩の呪文であろうに。何と力強く、そして素早い事か」

「上下に撃ち分ける旋風。合一し、時に分散する烈風。一連なりになって貫き続ける疾風」

「それらを相手によって使い分け、そして少しも留まらないその挙動もまた魔法の産物……。なんと魔導とは奥が深いのだ」

 ディーバノックは驚愕し、同時に感動していた。

それほど強い呪文ではないのだが、実に工夫がなされているバリエーションであった。だが、恐るべきは襲撃者の動きである。何しろ高速機動に加えて自動制御で常に動き続け、回り込んだ雑魚が及ぶ範囲から移動し、隠れ潜む強化個体を次々に葬っている。おそらくは探知呪文もだが……そこに入念な優先順位の組み立てて、自己催眠のプログラムを行っているのだろう。

 

あれこそ戦闘に向かうマジックキャスターの動きであると思った。

そこには呪文に対する深い造詣と、それらを用いた戦術を一から十まで検証する熟慮が伺えたのだ。

 

「何故だ! 何故『今』なのだ!」

「他のタイミングならば幾らでもやりようがあった!」

「教えを請いに行くことも、無理だとしても戦いを覗き見れた!」

「だが! 『今』だけは駄目だ!! 仲間達はソレを許すまい!!! いや、話をする以前に滅ぼされてしまう!!!!」

 デイバーノックは頭を抱えそうになった。

これまでずっと欲して来た機会が、最悪のタイミングで訪れたのだ。アンデッドは生者の敵と言われるが、物事に固執する性質も持っている。彼の場合は多くの呪文を身に着ける事であり知る事だ。何処かの逸脱者と違い、高い位階に到達するのは理想であっても本質ではない。ゆえにこのタイミングで無ければ、色々とやり様があったのも確かである。実際に、八本指とはそういった交渉をしてきたのだから。

 

だが、これでは台無しだ。周囲の雑魚共が消えうせたら次がデイバーノックの番であろう。

 

「この垂涎の機会を失い、ただ無碍に朽ち行くしかないとは!!」

「魔導の奥深さを知り、それを研究して活かすアイデアも幾らでも湧いてくる」

「なんということだ! 神は居ないのか! アンデッドの神とは言わん、知識の神よ! 我にせめて、この知見を活かす機会を与え給え!」

 デイバーノックは絶望のあまり、アンデッドの精神抑制を振り切った。

何度も興奮しながら、信じても居ない神にすら縋ろうとしている。もしかしたらその神はエルダーリッチに似て居たり、100レベルくらいあるバケモノかもしれないが……少なくともこの世界には居ない。いや、かつて法国に居たが、八欲王に殺されて既にいないというべきか。

 

いずれにせよ、最後の時は訪れる。何しろラズロック・アルトホーンがその辺りのアンデッドに負ける筈はないからだ。

 

「おのれ! どうせ死ぬならば最後の最後まで魔導の神髄を見極めてくれるぞ!」

「っ……ああ。あれほどの死の騎士がああもアッサリと……」

「まだだ。まだ死ぬな! どうせ死ぬならば奴にもっと凄い呪文を使わせろ!」

「そうだ! 行け! 行け! 行け! 魔導の秘儀を! その奥技を齎して死んで行け!」

 ようやく精神抑制が効いて来たデイバーノックは考え方を変えた。

もはや滅びるのみ。だが、その直前まで知識を蓄える事にしたのだ。そしてデスナイトが無残に体を切り刻まれながらも、勇猛果敢に突進していく姿に更なる興奮を覚える。デスナイトを応援してはいるが、カケラも勝てるとは思っても居ない。信じているのだ、ラズロックが圧倒的な力で勝利を収める事。願っているのは、もっと凄い能力を見たいという欲望であった。

 

もしその姿を人間が観察したら狂っているとしか思えまい。

死の間際まで逃げるなり、立ち向かって戦う事をせず、アンデッドの特性を活かして目を開けたまま観察している。そこには知識を蓄え、呪文を考察する以外の気持ちは欠片もなかったのである。

 

「待てよ。呪文の詠唱速度が速過ぎる」

「判断に関しては構うまい、精神を操る呪文で条件付けすれば良い」

「だが……あの速度はなんだ? 明らかに呪文の起動速度を越えているぞ……」

「そうか! 奴は呪文をたた撃っているのではない! 一つの呪文に、他の呪文と絡み合う連携性があるのだ! 次の呪文を待機させ、あるいは先行して詠唱の一部に置き換えているのか?! どうしたらそんな事が……いや、これをどう取り入れるべきなのだ!?」

 ここでデイバーノックは恐るべき事実に気が付いた。

ラズロックの使う呪文はこの世界の物ではないが、ランク的な物はだいたい通じる。その上で三種類の呪文はどれも低位の呪文を拡大呪文で強化しているのだろうと思ったのだが……それにしたって詠唱が速過ぎるのだ。他の大規模呪文を呪文を単発で撃つ時は対して変わりがないのだが、この三つの呪文を撃つ時に限り、明らかに20%以上の短縮をしていた。

 

そしてこの事を知ったディーバノックが考えたのは、無理に新しい呪文を増やすのではなく、今の呪文を一新して練度を増したモノに替える事であった。

 

「だが、あの速度は流石に無理だ。ならば威力の底上げが妥当か?」

「数発の呪文……ファイアーボールを放ち、威力を何割か底上げする」

「おお。それならばなんとか出来そうだ。腕利きは二発を同時に放てるというし……」

「む! 流石に接近出来なんだか。せめて物凄い呪文を使わせれば良い物を……何?! 明らかに朽ちた筈。だが……生き返っただと!? そうか! 死に際して、一度は必ず生き残る能力か!」

 デイバーノックは出来ないことを出来ないで済ませず、現実を見た。

全ての呪文を改良することなど不可能だ。というか、この世界には呪文同士の相性で、詠唱速度を短縮する能力なんかない。そもそも、そんな速度で詠唱しなくたって強力なのだから。それこそ、延々とダンジョンを潜り続けるような連中でもなければ、そんな速度は不要なのである。

 

そして彼が拡大呪文として、ツインマジックやマキシマイズマジックに思いを馳せた頃……とうとうデスナイトが破壊された。だが、それだけではない!

 

「おお! しかもあの騎士の後ろに別のアンデッドが!」

「これは上手い。奴が騎士を破壊しても、後の奴は一撃では倒せまい」

「しかも後ろに潜ませたという事は、奴の思考制御に気が付いたはず。と言う事は……」

「っ!!! おお! 素晴らしい! あれはまるで嵐! しかもあの詠唱速度! すばらしすぎるうううううううう!」

 一連の疾風も、流石に一撃では倒せない。だから後ろにあえて潜ませた。

そしてタフなデスナイトを壁であり、囮として使い尽くす素晴らしい戦術。デイバーノックがそこに術者の影を感じた時、今までになかったバリエーションを見せつけられた。それは狂乱の台風が、僅か一か所で巻き起こる不思議である。しかも先ほどの呪文連打の延長で、僅かなりとも速度を速めて呪文を放ったのである。

 

後ろに潜んでいた個体は、疾風ならば生き延びただろう。だが、嵐の前にはどうしようもない。無残に切り裂かれて塵に帰ったのであった。

 

「これは即ち、全て計算の事か!」

「どのような相手でも初歩の呪文で十分になるよう、拡大呪文を」

「その上で相手が取って来るどんな無茶も計算し、それを上回る奥の手を」

「いや。あれだけ狭い範囲に固定したのは効率が悪いからだろう。つまり、もっと素晴らしい呪文があるという事。呪文の質が違う! その発展性が違う! 運用がまるで違う! まさに端倪すべからざる魔導の極致よ!」

 アンデッドの精神に興奮の坩堝も、肉体には絶頂も無い。

だが、デイバーノックはこの上なく満足していた。願わくばもっと素晴らしい知見を、未来を伺わせるような素晴らしい魔導戦を見たかった。しかし、最大の罠がアッサリ終わった以上はここまでだろう。それが残念でならない。仮に『術者』が居たとして、最強の下僕がああも倒されたのでは今ごろ、雲を霞と逃げ去っているだろう。

 

つまり、デイバーノックが代わりに最後の時がやって来たという事だ。

 

 結論から言うと、この状況はズーラーノーンによる擬態であった。

アンデッドの災禍を全て八本指に押し付け、王国だけではなく他の組織からの追及を逃れるためだ。その警戒対象には法国やら評議国があり、クレマンティーヌからの情報で十二高弟の一人が潜り込み、少しずつ増やしていたのである。

 

彼らは八本指に悪行を押し付けて、生贄を浚うなどやりたい放題をしていた。だが、その報いを受ける時がやって来たという訳だ。

 

「馬鹿な。デスナイトの不死性には気が付かなった筈だ」

「隠蔽と奇襲は完全に決まって居た……それがどうして」

「くそっ、こうなっては仕方がない! 撤収するぞ!」

 そいつはナイトリッチと呼ばれるアンデッドであった。

カジットが転じ、デイバーノックの小隊であるエルダーリッチよりも格上のアンデッドである。盟主以外、唯一そこに至った(と彼は信じている)上位の存在なのに、それがどうしてここまで追い込まれているのか判らなかった。だが、ここが引き際であろうとは理解していたのである。これ以上戦い続けては、彼をして滅びる運命にあるだろう。

 

ゆえに彼は隠していたスケリトルドラゴンを起こした。

最後まで埋めておいた個体であり、そいつに乗って逃走しようとする。

 

「フハハハ! あれほど呪文を連発しては空までは追ってこれまい。このデイバーノック様を侮ったことを後悔するのだな」

 その高弟は空に逃れたことで余裕を取り戻していた。

呪文には射程と言うものがあるし、スケリトルドラゴンは呪文を無効化すると信じていたからだ。そして何より、ラズロックがアンデッドたちを破却するのに風の呪文を連発している事に気が付いていた。常人であればとっくに魔力が底を尽いている筈なのだ。

 

ここから飛行して、更にスケリトルドラゴンの体を無視して彼を攻撃することなど出来まい……そう思っていたのである。だからこそ、デイバーノックの演技をするということを思い出すことが出来た居たのである。

 

「幾つか間違いがあるし、飛行を禁止しても良いんだが……あえてこう言うとしようか。上に移動してくれて、ありがとう……と」

「……なに?」

 ラズロックが使う風の呪文は、レベルが上がるほどに魔力消費が少なくなる。

彼が駆け出しのころから愛用して居る呪文で、加速呪文や飛行呪文などもあるので、火力こそ低いがバランスが良く便利な系統にあった。これに対し、後に他者の数倍では効かない魔力を有する……どころか余り過ぎると危険なほどにため込んでしまう体質に気が付いてからは、真逆の方向の魔法傾向を覚えていたのである。

 

それは消費魔力が馬鹿みたいに多く、そして範囲が広いどころか視界全てを覆う程に広いという特性があったのだ。この世界では味方を巻き込むので、街中では使えなかった呪文でもある。

 

「切り札でも持っていたのか? 馬鹿め、スケリトルドラゴンに呪文など……」

「来い……暗黒の竜よ」

 一瞬、屋敷が夜の闇よりも、なお濃い黒に染まった。

それはただの勘違いだ。真なる絶望はこれからなのだ、影を媒介に恐るべきモノが目覚める。光の剣に封印されし、暗黒竜の一族が一柱。ヤツメウナギのように無数の目を持つ暗黒竜が目を覚ましたのである。

 

そいつはトグロを撒くように下から上へ登って行った。

その過程を阻むものなど何も無く、巻き込まれた木々やスケリトルドラゴンが塵へと帰っていく。そして……。

 

「こ、この私があああああ!?」

「助かったよ。こちらに来て仕様が変わった様でね。危うく街を巻き込むところだった。だが……今の反応は……」

 ナイトリッチであった高弟は滅びる筈であった。

だが一瞬、周囲をエネルギーが覆ったかと思うと嘘の様に掻き消える。大部分は破壊したはずだが、あの様子では時間を掛ければ再構築も可能かもしれない。

 

その様子にラズロックは何が起きたかは分からずとも、似たような現象を思い出していた。

 

(感覚的には『塔に固定』されてるモンスターや、『来てもらってる』竜王たちに近い反応だったな。条件付けでもされていたのか)

 ラズロックは自分の世界にあった塔を思い出した。

塔といっても何かを図る為の建築物ではなく、どちらかといえばダンジョンに近い。一定の広さに無数のモンスターを配備し、そいつらを現象として固定。あるいは試練を与える役として来訪者設定をしている竜王(中には悪さをして閉じこめられてる奴も居るが)に似た反応を見出したのだ。

 

ラズロックの預かり知らぬ事ではあるが、ズーラーノーンの十二高弟に仕掛けられた呪文の一つである。

 

(まあ、それは良い。どうせ出会う事も無いだろう。だが、『塔』を用意すること自体は悪くないな。ニニャたちの助けにもなるだろう)

 ラズロックの世界には『クライマー』という言葉がある。

魔法使いの中で、試練を課す各種の塔に登って自分を磨く者たちの事だ。彼自身が浸かっている戦闘プログラムの様に、自分の動きをオート化して高度な戦術を組み上げたり、それを見抜かれたら変更する経験を詰む場所でもある。

 

そして幸か不幸か、ラズロックは似たような事を出来るし、魔力は腐るほどあるのでちょっとした塔なら準備できるという自負はあった。

 

「ところで……君はさっきから何をしたいのかね?」

 ラズロックはさっきから戦いに参加しないアンデッドに声を掛けた。

エルダーリッチなのだが、ラズロックが無数のアンデッドと戦っている間、ずっと静観していたのである。そして『デイバーノックを名乗るアンデッド』を倒したというのに、戦おうともしない。ちょっと不思議に思うのも当然であろう。

 

そして彼が声を掛けた時、アンデッドは土下座して答える。

 

「呪文が……たくさんの呪文が知りたいです。先生……」

「アンデッドは滅ぼす者だが……。無抵抗の相手をどうにかするのもなんだな。では、君。せっかくだ、『塔』の管理者になってみないかね? そこから出ない限り君は不死身だ。そして、やって来るのは魔法使いばかりに成る予定だよ」

 こうしてかつてデイバーノックと名乗ったアンデッドは役目を与えられた。

後に作られる『塔』と呼ばれるダンジョンで、管理人として戦い続ける役目である。それはラズロックの弟子や愛人たちの紹介で、自分を磨こうとするマジックキャスターが訪れることになるという。




 というわけでディーバノックを名乗るアンデッドは破壊されました。
そして名も無きエルダーリッチが、ダンジョンマスターに就職します。
塔から出ない限り、倒されても倒されても何度でも復活する……真の不死王に成る予定です。
冒険者とか法国のエージェントに何度も殺されることに成りますが、きっと彼は満足するでしょう。

●ラズロックの世界の魔法
初歩呪文は、一部の類似スキルとシナジーがあり、10~30%高速で放てます。
また、属性によってレベルが上がった時の強化項目が違います。
それらのメリットがある代わりに、呪文ごとにレベルを上げ、一定段階から上位呪文が増えていきます。

●ズーラーノーン
クレマンティーヌの手引きで、法国の情報も貰ってマッチポンプ。
全部は八本指が悪かったんだよ! と好き放題してました。
なにしろ人間にはリッチの区別なんかつかないからね。仕方ないね。
なお、回収された呪文ですが、中途半端なのは原作で死亡後に回収されて居るからです。
回収用の呪文はあるんだろうなーと思ったのでああなりました。

●塔
 ウイザーズクライマーとタイトルそのまま使ってるので
塔はいつか立てないとな~と思ってたのでディーバノックさんが住民になりました。
そのうちモンスターゲットだぜ! みたいな感じで住人が増えるでしょう。
なお、ラズロックが作成呪文を知っているかは不明ですが、魔力が余ってる人なので覚えさせられたら便利であること、そして弟子が何度も死に掛けても回収されてるので、似たような事は出来るんじゃないかと思いました。
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