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修行をこなしていく過程で、エンリ・エモットは実戦に出れるようになった。
とはいえゴブリンやら獣相手までで、それ以上の敵を見つけたら師匠である、ラズロック・アルトホーンへと報告しに戻れと言われている。ゴブリンまでなら問題なく勝てるが、上位種やオーガには敵わないと目されている為だ。
今後の課題は現在は止められている上位種やオーガに勝てるまで腕を上げる事だろうか?
「良いかなエンリ。魔法を使う者にとって重要なのは魔法そのものじゃない」
「魔法を含めた複数の手段がある中で、魔法を使う事で状況を変え得る事だ」
「手が届かない相手に攻撃が届く、雑魚ならば一撃で倒せ、強い奴も傷を負う」
「そうする事で勝てない敵に勝てるようになり、雑魚に早く勝てれば他の者が安全になる。戦闘以外でも傷を治療したり病を軽減し、あるいは足の早さで伝令をこなし、大きな物を抱えて作業が出来るという風にな。その上で、どれを使うか、すべて使うとしてもどの順番にするかで大きく意味が変わって来る。そして、戦闘であれば相手も居るという事を失念してはいけない」
この過程でラズロックは魔法に関する万能性を否定した。
魔法自体は複数ある手段の一つであり、戦うだけならば別に弓でも槍でも良いのだと言う。その上で魔法を使う事で状況を変える事、すなわち『まるで魔法のような出来事を自分で引き起こせる事』、それこそが魔法なのだと説明した。
勝てない敵に勝てるのは判り易い例だろう。
他にも他者の治療などもそうだ。魔法が無ければそんな事は出来ないし、出来たとしても布を包帯のように巻く程度だろう。今まで出来ないと思えたとが出来るようになる事、それが魔法なのだと告げた。そして全てを実行するのは不可能であるからこそ、優先順位をつけ、場合によっては捨拾選択が重要なのだと告げた。
「でも師匠。暫くしたらまた魔法を使えるようになりませんか?」
「それはエンリのクラス特性が魔力の回復を持っているからだな。他の人間はそうではないし、エンリでも魔力の回復中には他の事がやり難くなるだろう?」
エンリのクラスは緩やかに回復する。
流石に魔力を回復するスキルを使えば別だが、現状では休憩したり瞑想すれば自然回復より早まる程度だ。戦って居る最中に使った魔力が回復するのはずっと後の事だろう。では魔力回復するスキルを覚えれば大丈夫かと言えば、それは別の道を閉ざす可能性だってある。基礎能力全体を底上げするスキルを先に選べば、先ほど言った勝てない相手にも勝てるようになり易い上、日常生活にも影響するのだから。
もっとも、戦うだけならば別の選択肢もある。
新たに取得したキ・マスターで覚える呪文の中に、武器を闘気で覆って強化したり防御するらしき呪文もあったのだ。体力のみで触る必要があるとはいえ、回復魔法もあるので選択肢は多くなったと言える。今のところ取得して居ないので不明だが、併用できる物があったり、併用できないが性能の良い物もあるだろう。この辺りは冷静に選択した後で使いこなさねばなるまい。
(私の知っている能力や呪文はないが、概ね前提となる知識は間違っていない。このままの路線でエンリを独り立ちさせるとしよう。私が何時までこの世界に居るか判らんしな)
ラズロック無しで可能な事を出来るだけ覚えさせておく。
能力の基本形、発展形、戦闘と探索が入り混じる野外での注意事項。それだけ教えておけば一人で研鑽を積んで強く成れるし、その能力で日常生活も豊かになるだろう。そういった事を教え込むこみ一人立ち出来るようにしておくことこそが本来の師匠と言う物だろう。
ラズロックの能力が暴走しないためにセックスをする為の女性を見つけるだけならば、転移してからカルネ村での事件の様に焦る事はないのだから。
「とは言え日常生活でエンリが悩むことは少ない」
「この間の様に軍隊モドキが来るなど、普通に暮らして居ればまず起き得ない事だ」
「重要なのはゴブリンの集団が襲って来る時の備えだろうな。少数ならば問題ないが……」
「もしゴブリンの大集団がやってきたらどうだ? オーガ以上の強敵が率いる無数のゴブリンが居たとして、その強敵をエンリが倒すのか、雑魚を一体ずつ片付けて行くのかでまるで話が違って来る。一番の問題は殆どの村人は弱いという事だ」
ここでラズロックは状況を整理した。
本来はここまで関わる必要はないし、他人事なのだから余計な首を突っ込まない方が良い事だってあるだろう。しかし既に一度は関わった身だ、ちょっとした提案くらいはしておくべきだろうと思ったのだ。
実際の話、トブの森には結構な魔物が居た。
むろんラズロックならば簡単に倒せる敵ばかりである。しかし彼が居なくなるのであれば少しばかり心配だ。エンリがどこまで成長できるか分からないし、もっと成長できるとしても、たった一人では大した事は出来ないのである。
「……確かに難しいですね。誰も死なないとかは難しいと思います」
「そうだ。自分一人で勝てないならば仲間と共に戦う。それでも必ず勝てるとは限らないからな」
弓を中心に槍で戦えばゴブリンくらいなら互角に戦えるかもしれない。
だが、それでは雑兵数体までが限界であり、その程度ならばエンリ一人で何とでもなる。それ以上の敵が出た時、どうするのかと考えておくことは重要であろう。まずエンリが雑魚を瞬く間に蹴散らせたとして、その間に強敵を防いでもらう? そんな事は無理だし、ではエンリが強敵と戦う間に多数の雑魚を村人が倒せるかと言えば少し難しい。少なくとも数名の犠牲を覚悟しておかねばならないだろう。
では、どうするのか? エンリが勝てるならば守りに徹してもらい、それでも駄目なら逃げてもらうとして……。
「村の周りに何か仕掛けたらどうでしょうか? お屋敷の結界みたいなのは無理でしょうけど、柵や壁があれば暫くは保つんじゃないかと」
「それも一つの方法だな。ゴブリンだけなら問題もないから、後は強敵の処理になる」
簡単な方法として壁で村をグルっと囲む事だ。
中から弓で射撃しつつ、その間にエンリが外で雑魚を片付けて行く。もし弓が効くような相手であれば、弓を撃ち込んでもらってからエンリが倒すというのも良いだろう。相手が強すぎるとか壁を壊しかねない場合は、強敵を引き付けて少しずつ村から引き離す手もある。
そんな方法を並べて見せて、無理をしなくても良いならば何とでもなるのだと、様々な手段を用意する事の大切さを説いた。そしてそれらを組み合わせて対処しておくべきだと思考を誘導したのだ。最後まで関わる気がないからこその、現時点で可能な防衛策の提案である。
「……そうですね。今度皆で話し合ってみます」
「そうするといい。エンリも強くなっているが、一人で可能な事には限界がある。色んなことを想定して、対処手段を用意することは魔法使いとして基本だからな」
こうしてカルネ村ではエンリや村長たちを中心に守りを固めることになった。
もちろんナザリックが協力した本来の歴史とは比べ物にならないが、弓や槍の教練に協力したこともあり、多少の相手ならば対処できる防御手段を用意することになったのである。
そしてある程度の日月が経過した時、歴史は同じ環境ゆえに同じ流れを示すものと、違う環境ゆえに違う流れを示すモノに別れた。ンフィーレア・バレアレの一行が、ナザリックの時の流れよりも遅いものの、エンリを心配する形で同じようにやって来たのである。
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あれからエンリは村の人々と相談して柵や壁を築いていった。
外周に簡単な柵を作り、少し高い柵を内側に用意。その間を畑にした上で、村を守る壁を出来るだけ高く立てて行ったのだ。三重の防壁というよりは、単純に村人の力だけではあまり大きな壁は作れなかったからである。
そして二枚の柵と簡易的な畑を用意したのは穴埋めだ。
村人では大した壁が作れないからこそ、ゴブリンたちが即座に攻めてこれない程度の柵を用意したのだ。壁の内から矢を放てば、柵と柵の間に居る敵は避けることも出来ずに命中してしまうだろうという算段も一応は存在した。
「エンリ!」
「ンフィーレア!」
その日、エンリは大きな木を運んでいた。
レベルが上がって能力が大幅に増えた事や、基礎能力強化系の『練功行』も取得したことで、常人なら二人で運ぶしかない大木も一人で運ぶことができる。そこには重量もであるが、バランス取りも重要であるため、良い鍛錬になると頑張って運んでいたのである。
「村が大変な目にあったって聞いていてもたっても居られなくなって! 無事だったんだね!」
「無事……かしら? でも師匠が色々と助けてくださったの」
やって来たのは旧知であるンフィーレア・バレアレ。
この辺りでもっとも大きな街であるエ・ランテルに住む薬師であり、ポーションを作る錬金術師として第二位階魔法までを使いこなすマジックキャスターでもある。
彼はどうやら街まで伝わった『開拓村襲撃事件』を聞きつけてはるばる此処までやって来たらしい。無事かと聞かれてエンリは一瞬首を傾げたが、今は問題ないので気にするのを止めた。
「師匠? エンリって、何かの先生に魔法を習ったの?」
「そうよ。ンフィが使う魔法とは違って、体を使う事を前提にした魔法だから、この通りすごく助かってるの。師匠は……」
マジックキャスターの覚える魔法系統は多岐に渡る。
それゆえにンフィーレアは違和感を覚えなかった。もし肉体強化の魔法を専門に覚える者であれば、その能力の幅に驚きを覚えたであろう。だがンフィーレアの専門は錬金術であり、戦闘にはあまり向かない魔法を使っていると聞いて、なるほどと頷く程度であった。
「師匠というのはラズロック・アルトホーンと言う名前のとても立派な方よ。村を助けてくれただけでなく、私たちに色々な事を教えてくださったの。そちらの方たちは?」
「アルトホーン? ……え? ああ、ごめん。僕が雇った護衛の冒険者だよ」
エンリは話している途中で師匠の紹介がまだであることに気が付いた。
大恩ある人物であるし、尊敬できる面も多い人柄だ。話の筋で適当に流してはおれなかったのだろう。その上でその場にいた四人について尋ねることにした。こちらの人物について語ったのに、友人の連れている人たちについて尋ねないのも不自然だろう。
そして何より、友人と一緒に来てくれた人々であるならば、歓待せねばならないと教育されているのもあった。
「銀級冒険者の『漆黒の剣』といって、みんな若いのに優秀な人たちだよ」
「それを言われると恥ずかしいですね。ンフィーレアさんの方が有名かと」
「有名と言うならニニャだって負けてないよな」
「ちょっとやめてくださいよ。恥ずかしいじゃないですか……」
冒険者には等級制度があり、銀級は中の上と言った所だ。
しかし年齢層から言えばその到達速度は速く、四人の内の一人は歳もいっているがドルイドとして薬草学も納めているというので中々のものと言っても良いだろう。簡単な自己紹介が始まり、ニニャの二つ名である『スペルキャスター』を皮切りに四人の話を掻い摘んで聞いたのである。
そして自己紹介が深く成れば、当然気になる事が双方に出て来るのも当然だ。
「えっと、そのアルトホーンさんってどんな方なの?」
「ンフィなら知っていると思ったくらいだし、私も詳しくは知らないわよ? 恩人というだけでもすごいけど……そうね色々と教えてくれるのが上手な方よ? だから、何かわけがあってトブの森に隠棲されたのだと思うわ」
エンリはかなり端折ってラズロックを説明した。
許可も無いのに人の特殊能力を説明するのがマズイという倫理観もあるが、流石にセックスしたら魔法の才能が伸びるとは口にするのも恥ずかしいというのもある。
もし口にしていたらンフィーレアの脳が破壊されたかもしれないが……少なくとも、その未来はここでは開示されなかった。ラズロックもエンリを拘束しようとは思っても居ないので、NTRでありNTL……いやここは素直にBSSというべきであろうか?
「教えるのが上手い……ですか。私の師を思い出しますね」
「ニニャはタレントもあるだろ? ま、教えるのが上手いってのは本当だな。見張り台に居る連中、結構やるぜ。見てる所に抜け目がねぇし、柵の間に居る相手なら当てる自信もありそうだ。ありゃ、かなり特訓を積んでるな」
中世的な要望の魔術師の言葉にレンジャーがそう答えた。
この辺りはラズロックの屋敷に招かれ、施設にある道具や教本を貸してもらったのが影響を受けているのだろう。ナザリックが転移して来た時と比べて、ゴーレムなどはないが、鍛えられ方が上なのかもしれない。
こうして世界は少しずつ、異なる方向に流れ始めたのである。
この辺りから徐々に歴史が変わっていきます。
モモンガさんがエ・ランテルに行かなかったのでンフィはその段階で動かず。
後に噂が広がってから、迷った後でカルネ村に移動することになります。
漆黒の剣を雇ったのは、単純に予算の都合ですね(銀級なら強さのわりにお手頃なので)
村の警備に関しては、防壁とゴブリンたちの分だけ純マイナス。
鍛え方に関しては少し上だけど、精々がレベル+1くらいになります。
『エンリ・エモット』
グラップラー 1 → 2
タオシー 2→3(スキル+1)
キ・マスター 取得