●
トブの森に出来たはげ山を越えて暫く、簡素な塔があった。
急増で立てたらしく、五階建てではあるが、表面はただの板葺きである。それでも五層といえば凄そうに聞こえるが、山……丘を利用して居る事から実質的には三層程度の高さだ。
そこに帝国が誇る逸脱者、フールーダ・パラダインが居た。
「この塔がゴーレムですと!? そのような事が!」
「原初のゴーレムには関節などないでしょう? 素材が強引に曲がって、勝手に修復される。『私』はゴーレムの肘の様な物です。通り書きで良ければこれに」
フールーダは魔術的会話をエンジョイしていた。
塔の責任者であるアンデッドと、実に有意義な論議の真っ最中だ。塔の中に居るアンデッドや蛇・蜂などの魔物を越え、奥の間に居る『彼』を容易く撃破したつもりであった。
しかし、『彼』は何でもない様に起き上がり、通行証であるメダルをくれたのである。
「ほう! 風が魔力を集めるのは『天』を表すと!」
「なるほど。その解釈によって、地を堅牢さとみなして構造を抑えたのですな」
「そして全体を統括するのは水。……陸地は海に浮かんでおると聞いた事がありますな」
「となると残りの火は一体……。ふむ! 魔力を活性化させ、炉心として使っておるのですか。これは素晴らしい。私にも一揃え用意してみたいものです。……なかなか容易くはいかぬようですが」
この手の魔術学は、実際の起動よりもイメージが優先である。
一つの現象に対し、矛盾がない様にせねばならない。それは個々の一つを示しているのではなく、『全体を一』として、付け加える物も、差し引きする物もバランスがとられてなければいけない。仮に地水火風の四大精霊に空を加えた五大精霊、あるいは木火土金水の五行に変える場合は、その全てに、現状と矛盾が成立してはならないのである。
そうする事で初めて、『こんな感じの呪文が成立する』と、自らに言い聞かせることが出来るのだ。設計者のラズロックはともかく、実行者の無限魔力や元デイバーノックの管理には重要であった。
「しかし、これですと貴方も身動き出来ぬのでは?」
「何の問題が? 私は此処に括られておりますが、まさしく不滅になりました。これから呪文の研究に永遠の時間を費やしますとも」
ゴーレムの一部と化しては、自由に出歩けない。
その問題を指摘したフールーダではあるが、デイバーノックは気にもしていない。彼はアンデッドであり精神構造が違う上、呪文に対して執着しているのだ。やってくる冒険者と戦いながら、余った時間を研究に費やすことが許されている。そしてアイデアソースは他ならぬ冒険者との戦いで得られるし、フールーダの様にな『卒業生』には通行証であるメダルを渡して、塔の外から飛んでくるように伝えている。
ちなみに営業時間は九時から五時。
魔物が活性化する夜間に攻めて来るような愚か者は相手にしなくて良いと言われていた。
「ふむ。興味深い生き方ですな。時に……御師様との連絡は?」
「あの方は我々とは次元がまさしく違っておられます。異なる世界への移動手段を探られておるのですよ。姉弟子であれば、そうですね……この塔の意義を果たすために協力していただけるのであれば連絡を取りましょう」
おそるおそるフールーダが尋ねるとあっさり答えが返って来た。
そこはマジックキャスター同士、興味がある事は共通して居るし、その果てが無い事も理解し易い。ラズロックが元の世界に帰りたいという願望を、むしろ異世界へ行って研究したいという風に、解釈を替えればむしろ判ってもらえるという不思議である。
そして、この塔の意義とは人材の教練に他ならない。
「塔の名前はスパルトイXと申します」
「この塔を制覇するマジックキャスターの一行はミスリル級に成れるでしょう」
「それを最小限で可能な事を目指し、最終的には単独で、片手間で行えるようにします」
「一階層はオークのアンデッド、締めにオーガ。二階層は蛇や蜂の魔物とスケルトンメイジ。三階層は一階層に障害物や、知能をアレンジしたものとトロル。第四階層は同様に二階層を更新。魔術の腕前も戦術も磨きます。この過程を師は、タワーディフェンスとおっしゃっておられましたな」
スパルトイとは闘士の事とも、強化アンデッドの事だとも。
それらを何度も繰り返して、最大で十周する間に自らを完全に磨き切る。そうすれば何処のダンジョンに潜ってもやっていける精鋭になるし、仲間達も鍛えられている筈だ。『X』とは十回であり、上位段階への到達を意味する言葉だとか。それで試練の塔としてのこの塔の過程を、挑戦者は満了するのだという。
ここで磨いた属性であったり、補助呪文や攻撃呪文とのバランス。それらはかけがえのない経験となるだろう。そして卒業生たちは、ミスリル級冒険者に匹敵する腕前として世界に駆けていくのだ。
「本当に不可能なのですか? そして……ラズロック様と言う方ならば可能であると!」
「単純な解呪は失敗しているのでしょう? ならばそのままでは不可能と言う事。それは、貴方を構成する要素の中に『呪いが不可欠』と成っているからよ。ならば一度死んで条件を達成するか、それとも別のナニカで補うほかは無いわ」
その頃、レイナースは法国のエージェントと会話していた。
占星千里と名乗るその女は、逃げだしたラズロックを追わせるためにレイナースとフールーダをコントロールしようとしたのだ。この二人の性格と目的は判り易く、しかも世に知られている。予知のタレントと予見の呪文を操る占星千里ならずとも、どう接するかは考えるまでも無かった。
もちろん、そのことを占星千里はこれぽっちも悪いとは考えても居ない。
彼女はこの世界の為にラズロックが必要であると信じていたし、自分達だけでは追えないと死って、帝国の手を借りようとしていたのだ。なお、そんな彼女だからこそ、残り二人のダウナー組と違って、一切接触を絶たれてしまったのであるが。
「方法の一つが死……と言う事は、生命力が下がる……私の構成要素と呪いが失われる? では、代わりとは一体……」
「ふうん。頭は悪くないのね。『何でもする』と言ったけど、変わっていない?」
「ええ! この顔を、呪いを何とか出来るならば何でもいたしますわ!」
「して欲しい事は無いわ。悪いけれど、良くも悪くも、タレントの発動条件が特殊なの」
占星千里はレイナースの前でコインを並べた。
ラズロックがやっていた手法だが、レベルを表すのに判り易いからだ。この世界にレベルという概念は失われているが、ラズロックが別の形で持ち込んだと言える。彼の場合はスキルポイントであるが、あまり変わるまい。
そしてレイナースを示すコインとして銅貨を判り易く並べた。
二十枚ほどのコインの中に、明らかに汚れ掠れた古い銅貨がある。古銭的価値のない、完全な悪銭である。それが呪いの要素、カースドナイトの部分であると判り易く説明したのであった。
「あの方のタレントだけど、愛を与えた『女』に魔力と生命力を与えるのよ。条件の詳細に関して、パラダインには黙っておきなさい」
「か、体を売れと……。いえ、何でもするとは言いましたが……その……でも……」
「安心しなさい。男としては魅力的だから。それに困っている女ならば、むしろ気にしないわ」
「そ、それは……どうも……」
占星千里のあけすけな言葉にレイナースは戸惑った。
貞操と引き替えと言うのは貴族の女性……それも婚約者に逃げられた女としては厳しい物がある。いまさら乙女がどうのこうのという気はないが、気後れしてしまうのだ。だが、良い事もある。顔が呪いで見難くなっていても、気にしないどころか、むしろ条件を緩和してくれるかもしれないとのことである。
●
同じトブの森でも、かなり離れた場所で音がしていた。
デドドドド、ドン、ドン、ドン。と打楽器が軽やかな音を規則正しく立てている。暫くしてズシーン、ズシーン鈍く重い足音が聞こえて来た。アゼルシア山脈に住むというフロストジャイアントであろうか?
いいや、ちがう。木々を組み合わせただけの粗末なゴーレムが歩いていたのだ。
「御主人様! まさか木材をそのままゴーレムに使うだなんて! しかも、これを使って塔の建設まで……ふひひひ。なんて素晴らしい……」
「そうでもないさ。『我々』以外には出来ないだけで、考えることは出来た筈だ」
メイド服に着替えた無限魔力がラズロックの傍に侍っている。
それもスカートの丈が長いビクトリア朝風のメイド姿で、『お前、あの痴女っぽい服はどうした?』と言われたら、ラズロックの好みでは無いからと返したであろう。実際、クレマンティーヌから押し付けられたエドストレームは見向きもされてない。人間性癖と言う物はあるものだし、女に困っていない男へ露出は余計である。
ちなみにいつもの恰好は魔法の効率を高める裸人活殺系の衣装で、こちらは魔力の回復を促す落ち着いてシックな傾向になっていた。どうやらホワイトブリムさん以外にも、メイドスキーは居た様だ。
「それなんですけど、御主人様はともかく、私は全部は無理ですよ? 御留守の場合はいかがいたしましょう」
「その時は逆だよ。一階層ごと一部位ごとに安定して建設すれば良い」
ゴーレム魔法が失われたのは、単純にMPと効率問題である。
基本段階で製造できるゴーレムは弱い。素材を良くすれば強くなるのだが、それでも限界がある。何度も繰り返してレベルを上げたり、戦闘に赴いてレベルを上げて上の段階になれば少しは変わる。しかし、それでも何割か程度、二人力が三人力……上位の者が良い素材で五人力として作ろうとするだろうか? これはユグドラシルというゲームではないのだ。この過程を繰り返しても、アダマンタイトを越える素材が無いのであれば、たかが知れてしまうのである。
それで戦い使う意味がないと判断されたら後は埋没するだけ。
無限魔力は常人の三倍から五倍、ラズロックは単純にその二倍として、この二人であれば作業用にも用いれるだろう。だが常人には無理なので、廃れていったという次第である。
「何も最大ばかりが効率じゃないさ」
「塔の形をしたゴーレムを作るならば、どうせ動かないのだから一階層ずつで良い」
「移動する時もそうだね。木材を束ねずとも、別に切り出した木一本でも良いんだ」
「これは教えてもらった事なんだが……なんだったかな。そうそう、道を均して街道を作るのに、太い木材を転がしていけば、簡単に平らな道が出来ると教えてもらったんだ。丸太一本だけのゴーレムだけれど、使い方次第で役に立つだろう?」
ラズロックには虚栄心が無いので、教えてもらった事はそのまま伝える。
悪魔が経営しているギュンギュスカー商会は幾つもの世界に移動して居るので、様々な知見を手に入れているそうだ。コンクリートの円柱を転がしている世界を見て、それを転用しようとゴーレムでやったらしい。その様子を見た時に、ラズロックは面白かったので覚えていたエピソードとのことである。
ともあれ、一般人が製造できる小さなゴーレムでも使い方次第と言う事だ。
それこそ人足の代わりにするとか、あるいは亜人と戦う時に盾を持たせて並べておくことだって出来るだろう。丸太であろうと、坂の上から転がせば一小隊を簡単に壊滅させることも出来るのだから、考え方次第であると言えた。
「なるほど……この塔は随分と大きいですけれど、何をされるのでしょうか?」
「モンスターの学習センターさ。よく出逢う種類のモンスターを個別の部屋に入れておけば、それなりに参考に成る。戦い方を学習して置けば、驚くことも無いだろう? 規模自体は監視用ゴーレムを作っても良いし、定期的に冒険者を呼んでも良いね」
アイデアは平等であり、小さい物にも大きい物にも違った価値がある。
その事を聞いた無限魔力は、感心しつつもそれならば何故今回の建物は大きいのか気に成った。元デイバーノックに与えた塔以上の大きさなのだ。それを尋ねたら、帰ってきた答えは思いもよらぬ話であった。これまで法国は、可能であれば見つけた亜人を全て殲滅して来たからだ。
それがまさか、閉じ込めて研鑽の為に利用するなど思いもよらなかったのである。
「冒険者を呼んで管理するという事は全体をゴーレム化しない……」
「抵抗されるからですか? 確かに複数の亜人を閉じ込めて固定は難しいかと」
「でも殺し合うのではないでしょうか? あるいは手を組んで砦化にしてしまったり」
「そのために冒険者を呼ぶとしても本末転倒かと思います。いつか大事なる前に始末しようと、上層部は判断すると思いますよ?」
作成したもの以外……というよりも生物はまとめてゴーレム化し難い。
死にかけた人間を本人の希望でフレッシュゴーレムにするならともかく、捕まえて来てそのまま固定化するのはまず無理だ。無限魔力はラズロックの事を『神!』と猛進して居るので一応確認したが、普通の術者ではまず不可能だろう。それはそれとして、大きな建物にモンスターを捕まえて放り込むというアイデアに、法国上層部が納得せず、勝手に始末してしまう未来が予知できない彼女にも予想できたのである。
ただ、魔物の一部を保存して置いて、戦うための訓練に充てること自体は有益だと思ったので、念のために確認したのであった。
「北にリザードマンたちが居たんだけどね。彼らは複数の部族に分かれ暮らしていた」
「面白い事に種族の危機でも彼らは協調せずに、食っていける場所を争っていたんだ」
「まあ人間でも国や組織が違えば似たようなものだが、力が正義という亜人ゆえかな?」
「つまり、なんらかの分断を行って『別の存在』だと思えば彼らは協調しないんだ。建物の区画以外に、分断する存在をこちらで用意してやれば良い。巨大なゴーレムを作成しても精霊を呼び出しても良いね。三つから四つのグループを作為的に構成させ、話し合いで解決したり、腕試しで統合しようと言う『勇者』さえ除いてしまえば後は何とでもなるだろう」
ザイトルクワエの分体はトブの森の北側にも居た。
最終的に二つのリザードマンの群れが共同で倒したのだが、それ以上は協力関係を結ばなかったらしい。むしろ仲良くなった二つの群れを脅威とみなし、戦争が始まってしまったようだ。いや、もしかしたら全ての群れが共同する未来もあり得ただろう。だが、ザイトルクワエに寄り森の一部が食われ、また部族の戦士たちが減ってしまった事で、生存競争に陥ったのであろう。少ない食料で生き残るには、他の部族を蹴散らさねばならないのだ。
最終的に単独のままの二つの部族と、攻め滅ぼされて仕方なく一つに成ってしまった共同した部族と言う三すくみで落ち着いた物だと思われる。もちろん他の脅威が襲って来たり、部族の怨みで戦い続けなければ……の話であった。
「一階層が大きな塔を作り、二階層がある程度にしておくと仮定しよう。代わりに区画自体はかなり大きくして、街道に当たる部分へこちらが戦力を往復させるようにするんだ。もちろん、食料となる植物やら何やらは調整してね」
「なるほど。そこまでするなら上も認めるかもしれません」
ラズロックも無限魔力も他人ごとなのでそれ以上の話を留めた。
あくまでテストケースであるし、冒険者やら部隊参加者を鍛えるための施設に過ぎない。それこそ帝国の反応次第では、『砦に丁度良い!』と全てのモンスターを倒して占拠する可能性だってあるのだ。無限魔力はゴーレムを使った築城術だけでも十分な成果に成ると思ったし、ラズロックに至っては『関わったモノたちに未来を用意してから立去る』以上のおせっかいではなかったのだから。
そう、今回のあれこれはラズロックにとって旅立ちの準備に過ぎない。
(ひとまずコレで先は見えたな。あのゴーレムの言う事は信用できんが……)
(諸国を回って『プレイヤー』とやらの足跡を辿るのも悪くはない)
(元の世界に移動する手段があるかもしれんし、ギュンギュスカーの連中が商品として探しているかもしれんしな)
ラズロックは元の世界に戻る手段を探すため、その方法を探すつもりであった。
ツアーは自分の名前を名乗らなかったし、利用する気満々だったので信じてはしない。だが『君はぷれいやーなのかい?』と尋ねて来て『異なる世界から来た闖入者のこと』とは教えてくれたのだ。ただ、姿を表さずに都合が良い事を言って来る奴なんか信用する気にはなれなかった。遺跡からいろいろ発掘した後に『お前は用済みだ』と後ろから現れかねなかったのだから。
それでも遺跡を回って『ぷれいやー』の痕跡を探そうとしたのは、彼らが異世界に飽きたのであれば、移動手段であったり、逆に元の世界に移動しようとする試みがあると判断したからである。
(エンリは独り立ちしたし、ニニャはお姉さん次第だ)
(法国の連中は冒険者たちのついでに協力するくらいでいいだろう)
(あの連中には国元の連中と同じ匂いがしたからな。国家直属の組織と言うのはそいういうものかもしれんが……難儀な事だ)
ラズロックは釣った魚には餌を与えるタイプだし、女を必要としている。
だから協力できる範囲で困っている娘には何でもしてやりたいと思うが、囲って組織やら国を強大化させようとする連中には嫌気がさしていた。だから悩みを抱えつつも行動していたクレマンティーヌがそれなり、神だと思って勝手に崇めている無限魔力がまあまあ、占星千里ほか法国のメンバーは一応くらいと段階を付けて対応していたのである。
そしてゴーレム魔法の技術と、塔を建設してマジックキャスターたちを鍛える方法を伝えたラズロックは、王国から姿を消すことになる。
と言う訳で、元に世界に戻る前にやっておく感じになります。
こっちの世界はともかく、元の世界には悪魔の紹介とかありますね。
まあ可能性はゼロではない程度に。いい加減、話が長くなってきたのもあります。
というか時数的には、五万字キャンペーンから増加して斬られた、原作者様の十万字キャンペーンにも行けちゃう?
●用意した塔
『スパルトイ・X(テン)』
闘士・骨の戦士・過密な訓練を刺す言葉らしい。
五階層になっており、大型の亜人(の死体)・妖術師1・大型の亜人2・妖術師2・ミスターXと戦う。
この過程でミスリル級冒険者を目指し、そこから更に腕を磨くという。
なお、十回以上繰り返すと迷惑なので、真・ミスターXとしてエンリが対戦相手に成る。
勝ったら姉妹弟子・兄弟弟子たちに連絡が取ってもらえるそうな。
ちなみに営業時間は9-5時。夜に魔物に挑んではならないのである。
『モンスター学習センター』
大きな一階・それなりの二階。隠し要素として地下・池などがある。
そこに配置されたモンスターと戦い、訓練というよりは知見を得る場所である。
なお、後年になって池が追加され、白いリザードマンの集落が管理者となったが、彼女は姉妹弟子ではない。
ここの卒業生は青いリボンを目印としてもらえるそうな。