Wizard's Climber【完】   作:ノイラーテム

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旅路の途中

 旅するラズロックの元に思念が届いた。

王国に留まっているニニャからの物で、『預かっている物を拡げて欲しい』という伝言だ。他愛ない話ではあるが、メッセージは信用ならないという文化が根強く、こうした暗号めいたやり取りが続いている。そしていつも使って居る時間に合わせ、宿でスクロールを拡げた。

 

すると空間が歪んで、アスポートの呪文が発動する。

転移魔法の下位にあたる現象アスポート。これは物を送ることに特化した専用魔法で、一定距離を転移呪文よりも簡単に送ることが出来る。スクロールはそれを強化するための『目印』だ。儀式魔法を専門とするアデプト・オブ・リチュアルから移動魔法の専門家であるトランスポーターにはなっていたが、クラスを得た意味が出た(成果の一つ)と言えるだろう。

 

「おや。紋様付きの絨毯? これも拡げろと言う事かな」

 たいていは何かを送って終了だったが、この日は違っていた。

手紙も添えて送ることでメッセ―ジの欠点を補えるようになっていたのだが、絨毯自体に紋様が刻まれている。そしてコレを拡げろということは、もっと大きなモノを転送するということだろうか?

 

そう判断して絨毯を拡げると、空間が歪んで大きなモノ……人間が現れたのだ。

 

「……久しぶりだねニニャ。そして、成功おめでとう。君の望みもようやく叶う」

「ありがとうございます。これで姉さんの為に、神殿の人が協力してくれることになりました」

 その成果が何なのかを見て、ラズロックは成功よりも意味こそを喜んだ。

転移魔法を強化する絨毯の完成は、これまでよりも長距離の移動を楽にしてくれる。それはマジックキャスターとしての成果だけではないのだ。薬漬けになった姉の面倒を見るために王国に留まり続けた、ニニャやダインの拘束が解かれるという事だ。この成果を法国とも共有するならば、神殿を解して術者を傍に置いてくれるという約束をしていたのである。

 

ラズロックは笑みを浮かべて、ひとまず飲み易い果実水を出してニニャをねぎらう事にした。

 

「後はそうだな。君の能力も次の段階に進むかな? いよいよ英雄の領域と言う訳だ」

「自分ではそんな感じがしませんけどね。私にとって英雄は憧れる物でしたから」

 今まで作れなかったモノが出来たという事は、成長の証しでもある。

だが、それは戦いから遠のいていたニニャのレベルUPを意味はしなかった。むしろ、その成長を阻害していた、レベルキャップの拘束が解かれたという事である。逆説的ではあるが、英雄に相応しい研究を乗り越えたことで、停滞していたレベルが再び上がるようになったのである。これはこの世界の恩恵であると同時に、停滞を促す大いなる欠点でもあった。

 

何しろ成長の為の条件と、己の格を上げるための条件が違うのだ。

常に大物の敵と出逢って居れば別だが、そんな事はまずない。亜人や一般的な魔物と戦っても、能力の上限までで止まるだろう。そしてより強い魔物を求めて、その過程で死んでしまうのである。先に何かの成果を挙げて格を上げても、その段階で強くはなっていないので、次の段階で止まるということもしばしばあった。

 

「この辺りの話もまとめて法国や組合に渡してやると良い」

「そうですね。上手くやれば、銀級を越える者も多くなるかもしれません。私としては神官が増える方がありがたいので、どうしてもクレマンティーヌさんへ先に話をしてしまいますけど」

 この世界の住人は、11レベルの壁を持っている。

どんなに鍛えても冒険者であるなら銀級で止まってしまうのだ。最初から戦士職に就ける幸運な者や、優良な装備を整えられる者を除いて、大抵は銀級が最後。引退時に金級に格上げしてもらうのが精々だからこそ、若くして銀級になった漆黒の剣はホープ扱いであったとも言える。

 

そしてこれらの知識は、賢者や職人的な秘密により知られて居ない。

訓練漬けと優良な装備で銀級を越えられるのは、王国の戦士団や精鋭部隊で証明されている。魔法の装備ならば金級に至れると帝国の近衛兵団がいずれ証明するだろう。今までは気が付く者が無かったり、知っていても秘密にしてしまうからこそ……人々の強さは停滞していたと言える。いや、強さばかりではあるまい。学者や技術者も格を上げる為の研究と、成長の為の戦いが違うのだから技術すら停滞するだろう。

 

「しかし、不思議なものだ。この話が判明したのも、ニニャが留まったからだ」

「もし他のメンバー共に戦い続けて居たら、おそらくは気が付かなかった」

「強い奴と戦う、数少ない敵と戦う。それだけが強くなる条件だと信じていた」

「まあ、こういうのはアレだな。情けは人の為ならず。巡り巡って自分の為と言うやつか。人の縁とはまさしく不思議なものだ」

 それまでのニニャは戦いと共にあったがゆえに気が付かなかった。

だが、王国に留まる事で実戦経験から遠いていたのだ。ラズロックが旅に出たことで、彼とのセックスで魔法経験を得る事が無くなったのも大きい。何かのタイミングで彼が戻って話を聞いた時などにソレを行ったとしても、成長する為の実体験がなかったのだ。それがアスポートやアポートの実用に成功した時に成長し、その後にまた成長が止まるなどが起きたことで、これらの事態が判明したと言える。

 

「ともあれ、おめでとう。今度ナニカ贈り物でも探しておこう」

「いえ、構いません。師匠にはお世話になってばかりで……。本当は我儘を言った私の方がナニカをしなければならないのですが……」

 ラズロックは魔力が高まり過ぎている時を除いてセックスを強要しない。

望めば幾らでも手に入るタレントの持ち主だが、それだけにガッついたりしないのだ。それでいて女の扱いを心得ているので、プレゼントで何か探しておこうとか、今も飲み物は爽やかな果実水を用意するなど色々と心配りが効いている。むしろ申し訳なさが先に立つはずのニニャの方が、自分にないのかな……と丸みを帯びて来た体や、伸びて来た髪を弄りながら考えてしまう程であった。

 

もちろんそれは転移魔法を自在に使える無限魔力がラズロックを追いかけまわしたり、占星千里が隙あらば手を付けさせようと色々な女を送り込んで来るので辟易していることも原因していたのだが。

 

「さて、次は王国について聞かせてくれるかな? 滅んではいないようだが」

「はい。帝国の侵攻直前に内紛を起こし、一時は滅亡間近と言われましたけど、意外と無事です。王都を破壊するのを避けたというか、消耗を嫌った……のかな? 一度下がって降伏を前提にした停戦交渉をしています。帝国でも何かあったのかもですね」

 話は変わって王国に侵攻して来た帝国の話に移る。

ラズロックが出国した時はクーデーター騒ぎを聞きつけて、電撃的な進軍に切り替えた所であった。そこから王国滅亡まで追い込むのかと思ったら、あえて下がるというのは解せない。それは政治事情に疎いニニャや、絶対に宮廷魔導師になりたくないラズロックから見ても良く分らない流れであった。

 

相手が悲惨な環境であろうと、むしろ『水に落ちた犬は叩け』とばかりに襲い掛かるのが国家と言うものなのに。いったい、何があったのであろうか?

 

●ジルクニフの大返し

 後年、統一帝歴元年と称されることになる。

この年は様々な事が一時に、各国に対して起きていた。いち早く対処したバハルス帝国が、後塵を記したリ・エスティーゼ王国を打倒し、吸収するのは当然であったと帝国の歴史家たちは評した。

その中でもジルクニフ皇帝の評価を挙げるのがこの『電撃戦』と『大返し』である。

 

 

 前年、アンデッドの災禍につけ込むことを良しとせぬと称し、ジルクニフはまず国内を固めた。

 

通年行事として行っていた侵攻作戦は、元より戦いよりも王国経済の圧迫に目的があった。

 

ゆえに侵攻作戦を行わずとも問題ないと判断し、いち早く国内を固め、使用予定であった兵糧と予算を翌年に集中させたのである。この時に生じた余裕が、翌年の侵攻作戦に大きな影響を与えたのは言うまでもない。

 

 

 明けて翌年、王国を中心に犯罪組織『八本指』の捕り物が大々的に行われる。

 

ジルクニフはそこで見つかった証拠を元に、王国の非を鳴らして侵攻作戦に大義名分を加えた。

 

加えて前年の段階で、トブの森周辺で群発したモンスターの事件により、被害と引き替えに通行路を確認していたことも大きい。

 

当初、ジルクニフは常識的な対応でこれに当る。トブの森より二個軍団を打通させ、四個軍団でエ・ランテルを攻囲する戦略であった。前年のアンデッドによる被害と何もしなかった王国上層部に対する、王国貴族の不信感。それだけでも大いに有利であると判断しての作戦である。トブの森を抜けての第二路もあれば、王国へ大きな一撃が見舞えると判断したのであろう。

 

 

 だが、ここで大きな誤算が生じる。

 

なんと王国ではボウロロープ侯によるクーデーターが生じていたのだ。

 

そうなっているとも知らないジルクニフは、合戦場の指定こそいないものの、日時やルートを指定して侵攻作戦を王国へと告げていた。本来であれば王国上層部を驚かせ、貴族たちを揺らがせるための通告である。もしこのクーデーターを事前に知っていれば、トブの森側へ主力を置き、また海路を通って北からも攻めていただろうと言われている。

 

 

 ここでジルクニフは大きな決断をして、一気に侵攻することを決断したという。

 

王国側の罠であるという声もあったが、さすがに国が揺らいでいる今の状況ではありえない。勇気をもって進軍せよと告げ、ある程度の兵をエ・ランテルへの抑えと残して放埓な進軍を始めたのである。

 

 

 エ・レエブルとエ・ペスペルへの電撃的な進軍。

 

これにより、当主が王都で政変に備えているレエブン侯とペスペア侯に大きな打撃を与えた。特に清廉さで知られるペスペア侯にとっては、八本指がらみの汚名と、本領を攻囲された事は実質的な権力闘争の脱落に当たる。それでも何かの手が打てたのかもしれないが、レエブン侯が賢明な判断をしたのと対照的に何もできず、後年の侯爵家廃滅につながったとされる。

 

 ここで恐るべき対応に出たのは、レエブン候である。

 

彼は八本指とクーデーターの問題もあり、国内が揺れて一枚岩に成れないと即座に判断。そこで抱え込んでいた高名な冒険者の手引きで王都を脱出。もう一人の貴族を誘って帝国へと寝返りを打診したのであった。

 

レエブン侯が『恐るべき』と称される理由は、選んだ協調相手がブルムラシュー侯だという事である。

 

ブルムラシュー侯は金で靡き何でもやると言われており、帝国へも繋がっていたとされる。あえて彼を選ぶことで、二侯爵が帝国へと協力し、『この二人ならあり得る』『二人の協力が重要』とジルクニフに発言力を認めさせたのである。

 

そしてレエブン侯爵が真に恐るべきとされるのは、『王国側に留まったまま』降伏へ向けて王国内の意見を誘導したことであった。レエブン侯は『元王国閥』を作り上げる下地を作り出し、一息に王国を呑み込めない、それでいて王国が確実に吸収できるような段取りを組んだのであった。

 

 

 このままズルズルと戦い続け、両国を疲弊させたまま手に入れるのか?

 

それとも一気に併呑し、ゆっくりと敵対者を咀嚼するかジルクニフは悩んでいたはずだった。

 

この状況でどちらも採れるが、理由を付けて粛清するという道をジルクニフは選んだと思われる。

 

だが、ここで大きく情勢が変化している事にジルクニフは気が付いたのだ。彼が師として仰ぐ『逸脱者』パラダインが突如としてトブの森側の戦線を抜けた。そこで何かが起きていると判断し、レエブン侯の案を表面上は受け入れ、王国への交渉を行いつつ一定距離を撤退。王国が気が付かぬうちに、主力軍団をトブの森……正確には、アゼルシア山脈へと向けたのである。

 

 

 トブの森で何が起きているのか不明であり、広域に情報を収集する必要が帝国には出来た。

 

ここでジルクニフが知ったのは、実に驚愕の事実。ドワーフの王国滅亡である。

 

そしてフロストドラゴンを崇める奉仕種族(ウルース)の『クアゴア』が、それを為したという情報が得られた。ジルクニフは即座にこれに当ると同時に、対処が終了するまで王国には情報封鎖を行うと決めたのである。

 

ジルクニフは焦ることなくクアゴア退治の旅を発し、師パラダインの提言もあって『クアゴアの性質』を調べることを優先させた。後にパラダインの養子となったアルシェ・イーブ・リイル・フルトがドワーフ王国の残党と接触することで、通常武器が効かず電撃に弱いという性質を得る。パラダインはこの功績でトブの森周辺を領地として与えられ、養子となったアルシェは貴族地位を剥奪された実家の代わりに、リリッツ・フルト家を起こすことが許されたという。

 

 

 かくして『ジルクニフの大返し』により、アゼルシア山脈の平穏は保たれた。

 

それだけではなく、帝国に迎え入れられ再興を目指すドワーフの案内で、アゼルシア山脈越えのルートが切り拓かれる。

 

この事により統一帝歴の最後に、リ・ウルヴァールやリ・ブルムラシュールへ直接進軍が可能になったことで、実質的に王国が事態を打開する方法は消滅したと言えるだろう。特に当主が囚われ監禁されていたウロヴァーナ辺境伯にとっては致命的であった為、この段階で王国六大貴族の派閥は完全に潰えたと言っても良いだろう。

 

 

 そして統一帝歴二年とされる年。

 

リ・エスティーゼ王国は帝国の自治州として分割されることになる。

 

即位し王となったバルブロ王は処断、ザナック王弟が大公として立つことになった。ラナー王女は実質的な人質として帝室へ嫁ぐことになったが……ボウロロープ侯が王城を握っていた際に凌辱の限りを受けたこともあり(一説によると、侯爵の息子が王家の血を得て後に簒奪するためであったとされる)、側室として離宮に囲われその子供に帝国の王位継承権は無い物とされた。

 

リ・エスティーゼ王国は王都から西のみを領土とした大公領として縮小。隣国であるアークランド評議国や、ローブル聖王国への盾として存続を許されたと言える。ザナック大公は苦労しつつも後継者と娘を残すことに成功し、娘を再び帝室へ嫁がせることを条件に、ヴァイセルフ一族の地位を保つことに成功した。




 というわけで、今回は整理回です。
いよいろニニャが英雄の領域に踏み込み、第五位階に到達しました。
儀式魔導士から移送魔法の専門家になった事で、色々なフラグが立ちます。

●目印のスクロールと絨毯
本来よりも低位で転移魔法を覚え、あるいは距離を延ばすための目印です。
第四位階の後半で物だけ送るアスポート、取り寄せるアポートの呪文を完成。
そして第五位階で覚えるテレポートの距離を延ばすためのアイテムですね。

ニニャはこれと新しいクラスであるトランスポーターを得たことで転移が楽になっています。
といっても、主に街に居ながらあちこちで冒険するためですけどね。

●レベルキャップと、成長の為の経験値は別説
 前々から書いてはいましたが、この話では別物とします。
レベルキャップだけならば、研究でも可能。でも成長は戦闘でしか大きく手に入らないので、研究だけしていてもレベルを上げる手助けには成らない。

と言う感じですね。なんというか研究に成功したら成長できるならば……。
ルーン工匠のサラブレッドではるゴンドは、もっと成長できる筈だ……という説を補った形になります。
(レベル10でキャップがあり、11でルーン工匠1を得て終わったという可能性もありますが)

●年表式
 今回は何時もより早めに思いついた反面、残りが思いつかなかったので年表式で足してみました。
ラズロックさんもニニャも致命的に政治が出来ないのも影響して居ます。

本来ならば延々と王国を殴り続け、滅びるまで戦争やってたでしょう。
しかし、残念なことにドワーフ王国が壊滅してしまいます。しかもフールーダさんが勝手に飛び出たことで、『何かある!?』とジルが判断して王国の運命は変わりました。代わりに六大貴族はレエブン侯以外は壊滅するのですが。

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