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皇宮襲撃事件は紆余曲折の果てに収束した。
最も得をしたのはドラウディロン
代わりに法国は険悪化していたエルフ王国との戦いに、陽光聖典や引退した漆黒聖典を多数派遣して、戦線を推し進める事になった。
「ふうむ。ドラゴンに見覚えはありませぬが……コレを刻んだのは確かにワシですな」
「高度な認識攪乱であったようだね。まさか記憶消去もしていたとは」
狐につままれたような顔のフールーダにラズロックは説明する。
あの戦いの後で記憶が徐々に消えていき、気が付けばツアーとの戦いがゴッソリ抜け落ちていた。だが、切り札となったツアーの『真名』を刻んだ禁術の術具を見て納得する他はなかった。それに、マジックキャスターとしても帝国の最高顧問としても、利益を保証してくれるモノなので、疑っていたとしても、信じる他はあるまい。
コレはツアーの正体を特定したことで、ドラウディロン女王を始めとして、龍語を解せる者に依頼して用意したモノである。
「ソレを証拠として法国に引き渡せば、利益の一部を分配してくれるらしい。と言っても、技術や呪文の類らしいけれどね」
「いいえ、我が神よ。それで十分なのです」
ツアーは世界盟約に関する違反を行ったが、証拠は存在しなかった。
それは記憶に残らないように予め始原の魔法を使っていた為であり、そうでもなければドラゴンの巨体が発見されないという事はあり得まい。高度な認識攪乱は『不自然ではない』と思わせる事を目的としており、これに『記憶に残らない処置』を行う事で、証拠を消してしまったのだ。だが、不自然なモノとして真名を刻んだ術具が残っており、ソレが機能している事が、逆説的に証拠足り得た。
法国上層部はソレを交渉で手に入れ、ツアーを動かすことにしたようだ。その事で僅かなりとも利益の分配対象に成ったという訳ではあるが……。
「まあ、亜人と戦わせる為でしょうが、利があるだけマシでしょう。それに『竜王国へ派兵しろ』という要請も、実情を知れば理解できますしのう」
「なるほど。国家レベルの判断というやつだね」
そもそも帝国は世界盟約そのものを知らなかったのだ。
ならば利益があるだけマシであり、様々な呪文であったり生産に関する技術を供与してもらえるならば良い事ではないか。どのみち竜王国は完勝して併呑する予定であったし……クアゴアがドワーフ王国を滅ぼした件に反省して、情報を収集したことも大きかった。まさか竜王国が瓦解寸前であるなどとは知りもしなかったのである。
もし、そのまま放置すれば竜王国は崩壊。人々は安全圏を求めて、帝国か法国へ雪崩を打って逃亡したであろう。それを事前に察知し、介入できたのだ、最悪は免れたと言っても良いだろう。それに、同じことを漆黒聖典を引き連れて命令されるよりも、帝国が自分で決断する方が心象的に互いの為でもあろう。
「さて、師よ。今後はどうなりましょうや?」
「法国から得られる技術で武装の上限を上げるとして、メインタワーの改修という所じゃないかな? もっとも私は政治を好んでいないので、その辺りは好きにすると良い。私としては当初の目的以外には不要だよ」
フールーダーと違ってラズロックは政治を好んでいない。
宮廷魔導士として行動すると、どうしても『女を抱いて後進を育てる』という行為が義務として頭にチラつくのだ。恋愛対象であったり、保護欲の対象ならば問題ない。だが、どうして義務感で女を抱く行為が面白く感じられるだろうか? だからこそ、ラズロックは直弟子以外はあまり抱く気にはなれないし、自分からねだって来る者には普段行わないような趣向を要求するのである。
そして、ラズロックの望みとは元の世界に戻ることに他ならないのだ。
「その……やはり師の世界へお連れくださりませんか?」
「今回の件でますます難しくなったと思うがね。ツアーの奴はおそらく、私に限定する事を要求するだろうよ。どうにも『盟約』というのは、弱者保護の名目で人間を縛っているとしか思えないからね。それに、無理やりついて来た場合、君は戻れずに『残りの余生』をそこで暮らすことになるだろう」
老人の上目遣いは苦笑いで返して置く。
それはそれとして『世界盟約』というものを法国とツアーが結んでいるらしいが……そもそも、竜王であるツアーが人間を保護する必要などあるだろうか? すくなくとも法国の側がツアーに何か援助を与えることはまずあるまい。また、彼の片腕が支配するという東方国家は遥か向こうで、国家交流などにもまるで意味はないのだ。
ソレを考えれば、弱者保護に名前を借りた制約でしかあるまい。
世界を汚すような行為を行わない代わりに、ツアーたち竜王は人間を滅ぼしもしないし、手下の国家を使って干渉しないと言う程度の盟約であろう。追い詰められた人間が妙な事をしたり、『ぷれいやー』の残り香りであるNPCや新たな来訪者が無茶をしない程度の括りであると思われたのだ。
「絶対強者による押し付けですか。気分は良くありませぬが、相手が相手ですからなあ」
「そう言う事だね。今回の件も他の竜王の手前、ツアーの名前を揺るがす程度だろう。それを回避する程度の交渉で、考える最大の利益を得る為ならば……法国はツアーの思惑に乗るんじゃないかな」
こういっては何だが、法国にも目的があるわけだ。
幾つかの利益を得て人類が強く成れることを……少なくとも亜人に滅ぼされない状態まで持って行きたいはずだ。むしろラズロックにはこの世界に留まって欲しいし、ツアーから見ればラズロックが出て行ったまま二度と戻って来ない方が嬉しい。その辺りの駆け引きがどのあたりになるかは別として、弱い立場である法国の方が妥協する可能性は高いのではないだろうか? ラズロックは法国の管理下に居ないし、神人を量産する程に女を抱いてはくれないのだから。
こうして皇宮事件は帝国の手を離れ、ラズロックからも与り知らぬところで決着がついたと思われる。当事者に介入能力もその意思もない以上は、関わる資格はない。
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数年後、統一帝歴五年、エ・ランテルで新しいアダマンタイト級冒険者が誕生した。
漆黒の剣と呼ばれるミスリル級のチームがようやく昇格したのだ。チームを支えていたニニャ・ザ・スペルキャスターがそのまま参加して居れば、もっと早かったであろうと噂されている。
代わりに参加したマジック・キャスターの名前はセリーシア・ベイロン。
何のことはない、ニニャが対外的には本名を戻しただけの事なのだが、薬漬けになった姉を世話するためにブランクが生じていただけである。
「しっかし、オレまでこんなに魔法の武具をもらちゃって良いのかねえ」
「竜王国では必須だったじゃないか。気にしなくて良いんじゃないか?」
「そうですね。データを採る為だといってましたし、意図的にアダマンタイト級を目指す実験でもしていたのかと。そのための報酬と割り切っておきましょう」
漆黒の剣はここまでに装備を一新していた。
特に魔法の武具を段階的に増やしており、装備を持ち帰るルクルットに至っては、使いこなしているわけでも無いのに三つ以上の魔法武器を依頼に合わせて持ち替えている。それらは全て帝国上層部から支給された物であり、竜王国で調査活動を行うという危険任務での必須装備だったのだ。その困難さは最も謙虚であったペテルに開き直らせるほどであり、貴族の嫌いなニニャ……セリーシアにとっては当然だとすらいう程である。
さて、この場に居ないダインはどうしているかと言うと……。
「ニニャ。お姉さんはどうしてるんだい?」
「すっかり元通りですよ。ダインが帰って来たので、新婚生活の続きをしている筈です」
「あんな美人な嫁さん、羨ましいねぇ」
ずっと付き添っていたこともあり、ダインとツアレは結婚していた。
知識も豊富で高レベルのドルイドでもあり、優しいダインの事を嫌うのは難しいとも言えた。金持ち出身のイケメン神官なども居た筈だが……彼女の経歴的に、ハイ・ソサイエティな連中が合わないのもあるだろう。ダインも過去の事を含めて受け入れており、二人は幸せそうな所を茶化すことはあっても、マイナス面に踏み込むことはない。
そしてこの事は、一同の度がまた暫く休息期間に入る事を示していた。
「なら邪魔しちゃ悪いな。俺たちは近場の依頼でも探すか?」
「アダマンタイト級の冒険者に相応しい仕事が近場にあるかよ。臨時講師くらいだろ」
「なら私はレポートを仕上げましょうかね。師匠が残した資料に、私なりの工夫を付け加えたいんです。いつか戻って来た時に、何も進歩して居ないのでは顔が合わせられませんからね」
この数年の間にラズロックはゲートの魔法で元の世界へ帰還した。
ツアーからの条件として『再度の転移は本体である黒龍を除く、憑依先のマジックキャスターのみに限り、期間は三代の子孫が生きている時のみ』という、ドラゴン目線での制限となった。そのまま規制しても強行されたら阻止するのは難しいため、こんな感じの条件になったらしい。異世界の竜王が転移せず、マジックキャスターが子孫に逢うくらいならば許可するという理由で、妥協点を探りつつ異世界の介入を避ける心算であったようだ。
とはいえ、この条件ならば再びやって来る可能性もあった。
『弟子のニニャ』としては再び出逢う時に備えてやって置きたい事もあるのも確かだ。その時に備えて、人類が存続しておくための研究を推し進めることを目標として定めている。
「何の研究か聞いても?」
「おっ。気になる気になる。どんなの?」
「ほら、前に話した『人類が計画的に強くなる方法』があるじゃないですか? あれを元に『亜人が何故強くなるのか?』という理論を考えてみようと思うんです。相手の強さを制限できるかはともかくとして、その上を目指すことはできますからね」
つきつめると『11レベルの壁の越え方』の亜種というべきか。
人類はその壁を越えるために苦労しており、戦士職なら戦士職に絞って訓練漬けするか、優秀なタレントであったり、優良な装備でようやく超える事が出来る。コレを亜人は生体武器を始めとした、亜人特有の能力を磨くことで最初の壁が越え易いのではないかとニニャは予想していたのだ。そして同レベルの能力を持った身内で争う事で、『次の壁』を越えやすいのではないかと簡単にまとめるつもりでいた。
そうすることで、人類が越えていくべき壁を想像できる。
前線に出てくる亜人の戦士階級は十万そこらが精々だが、それら全てが冒険者で言えば銀級以上である。それは先ほど述べた通り、11レベルの壁を種族特徴で越え易いということにつきる。そして金級が多いのも当然だし、人類の精鋭部隊や恵まれた近衛部隊が銀級・金級である以上は、苦戦するのが当然なのだと結論できると言えた。
そして師匠が教えてくれ、この世界に広めてくれた『試練の塔』という概念を更新することで、再び会えるような人類社会を存続できる。そんな未来を作り上げれば、まさに『魔法の様な手腕』であろう。優秀なタレントを持つマジックキャスターだからではなく、その視野を身に着ける事で胸を張ってラズロックと再会できるのではないかと思うのだった。
かくして、塔を登るマジックキャスターたちの物語がこの世界に刻まれたのである。
と言う訳で完結です。
これ以上は蛇足感があるのと、ミスリル級以上の冒険者量産で人類は安心できる?
という理論が成り立ちそうで、その為のタワーを昇る人々……と言う流れで終わる感じですね。
なお、ミスリル級量産で最後の人類が何とかなるという理論ですが……。
アダマンタイト級冒険者であるクリスタルティアの頑張りで竜王国は保ってる(裏では漆黒聖典の引退者)と言う話があるので、その辺の亜人ならばアダマンタイト級なら複数でも余裕。ミスリル級なら押し返せるのではないかと思いました。
(英雄級以上の部族長、ミスリル級の大きな村の長、プラチナ級の村長、金級以上の戦士長、銀級以上の戦士階級というイメージ)
何はともあれ、これまでお付き合い、ありがとうございました。