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ラズロック・アルトホーンに面会してみたいとンフィーレア・バレアレは申し出た。
弟子であるエンリ・エモットは、役目の一つであるゴブリンの間引きに協力してくれたら構わないと告げる。エンリからしてみればンフィーレアに悪意があると思えないし、自分の作業が早まるなら今日中に案内できると思った程度の代価だ。
護衛チームである『漆黒の剣』としては、エンリが特に倒した個体の討伐部位を回収して居ないという事で、二つ返事で引き受けたという。
「てやー!」
『ぎゃっ!?』
巡回で見つけたゴブリンたちの最後の一体へエンリが迫る。
逃げ始めたゴブリンであるが、エンリはロクな鎧を付けていない上に足が速い。たちまち追いついて後ろから鉄拳を繰り出したのである。
エンリはそこで油断せず、パっと離れて一撃離脱。
粗末な短剣を落とし、足取り鈍く逃げようとしたところへ、音を置き去りにしたかのような強烈なパンチを打ちこみトドメを刺したのである。
「なんか速えーパンチだったけど、エンリちゃんの腕前ってどうよ?」
「とても丁寧に仕込まれているという気はするな。ただ、マジックキャスターの教え方というのには納得ができる。基本的な修業も想像できるが上手く考えていると……思う」
ゴブリンの間引きとは、巡回して出逢ったら倒しておく程度の戦いだ。
その短い戦闘の中で漆黒の剣のリーダーであるペテル・モークは、エンリの師がマジックキャスターであるという事に理解を示した。エンリは僅かな間に強くなったと聞くが、僅かな時間でしかないからこそ、エンリの戦いは素直過ぎて戦士らしくないのだ。女の子に関する軽口を叩いたルクルット・ボルブの言葉にペテルは思わず考え込んでしまった。
右から敵が来れば右手で防御し、左手で攻撃。
左側ならその逆で、足は止めることなく踊る様に攻撃する。その所作は見事だし、短い修業期間と言うならば驚嘆に値しよう。だが来ると判って居れば対処できる程度のもので、駆け引きの虚実どことか考え方の裏表も無い綺麗な戦い方だったのだ。脅威と思えた音を置き去りにするパンチですら、『ある技』を使えば何とでも出来るという自信があった。
「走り回り戦場をよく見ているから敵に囲まれない。まるで風に吹かれる草木の様な強さであるな」
「……きっと自分が活躍するためじゃなくて、みんなを守るためだと思いますよ。今日はみなさんがいますけど、多分いつもは狩人の人たちと来てるんでしょうし」
戦い方を観察するダイン・ウッドワンダー達にンフィーレアは補足した。
カルネ村の事だけでなくエンリの性格は良く知っている。いや、エンリの動きを誰よりも熱心に見つめたからかもしれない。『なるほど』という返事が重なるの聞いて、ンフィーレアは何処かホっとしたような気分になる。
漆黒の剣は年齢の割に優れた冒険者ではあるが、やはりエンリの表面的な事しか判らないのだろう。
「エモットさんは武技は使われないんですか?」
「武技……ですか?」
そんな中で戦士であるペテルは、エンリの反応で己の推測を確信した。
武術を教える者であれば武技を知らないという事はありえまい。おそらくはエンリの素質なりタレントが体術系で、その能力を知って余計な事をせずにグラップラーとして素直な育て方をしたのだと理解する。少なくともカルネ村で想定されているような、ゴブリンや獣相手ならばこれで十分なのだから。マジックキャスターだから武技の教え方を知らないのもあるのだろう。
鎧だって籠手に付いたナックルガードと、スリットの入った皮の巻きスカートのみ。
動き易さ重視で皮のスカートも流れ矢対策程度だろう。本格的な戦闘など行わせる気も無い、軽妙で日常生活を重視したデザインからも見て取れる。そんな流れを理解した上でとある理由もあって、ついペテルは口に出してしまったのだ。
「やって見せた方が早いでしょうね。ちょっとこの盾を殴ってみてくれます? そうですね。早さよりも重さ重視でお願いします」
「……? 判りました。思いっきり叩けば良いんですよね?」
特に教える義務などないのだが、ペテルは惜しいと思った。
ゴブリン程度に武技など必要ないが、オーガ以上を相手にするならば幾つか覚えていた方が良い。カルネ村を襲った悲劇を聞いてしまった事もあるし、今でも十分に強いのだ。武技を覚えたらもしかしたら英雄の高みに登れるかもしれない……などと思ってしまったのである。
「行きますよー? ちゃんと防御してくださいね? えーい!」
エンリは師匠に言われた訓練を思い出し、威力重視で殴ってみた。
速さはないが直撃すればオーガと戦えると言われた威力の攻撃で、少しだけ心配しつつも言われた通りに殴りつけてみたのである。半歩で1mを走り抜ける高速の体術は人間の形をした矢の様で、その拳は鉄槌にも似ていたのだが……。
「……要塞!」
「え? 今、コンって? えええ!?」
ペテルがタイミングを合わせて盾を動かすと、あっさりと方向を逸らされた。
いつもならばズンと強烈な音を立て、魔法で補強された的がしなるほどなのだが……。恐ろしい程軽い手ごたえであり、威力が殆ど伝わってないと攻撃した側ですら近い出来る程だったのである。
なお『要塞』は初歩的な防御技で、タイミングを合わせなければ使えないし、威力を殺すだけで衝撃までは殺せない。大抵が崩れてしまうのだが、エンリの馬鹿正直な拳ゆえにペテルは受け流して見せた。もしこれが熟練のグラップラーであれば、『不落要塞』と呼ばれる上位の技を使わねばならなかっただろう。
「今のって……」
「これが武技と呼ばれる技です。幾つもある技の一つではありますが、何かを覚えておくと便利ですよ。大きな町に行けば金次第で教えてくれる人が居たり、戦いの中で閃く者も居るそうです」
余計な事をあえて口にしたペテルには二つの目的があった。
一つは武技を覚えれば、オーガと単独で戦う事を禁止されていると聞くエンリも、それを解禁されるであろうという事。そしてもう一つは大きな街であるエ・ランテルに意識を誘導するためである。
そう、ペテルたちはンフィーレアの恋心に気が付いており、何かと気に掛けていたのである。
「どうだいエンリちゃん? もしエ・ランテルに行くことがあったら習ってみたらさ」
「アルトホーンさんの許可は必要だと思いますが、幅が広がると思いますよ」
(素人同然だったのにもう戦えるなんて……そう思ってたけど。凄腕マジックキャスターの『直弟子』になって、身内同然に熱心に育てられたらそりゃそうだよね。僕だってお祖母ちゃんに散々叱られながら覚えたもん)
ルクルットだけでなくマジックキャスターのニニャまで口添えをしてくれる。
そんな風に気遣ってくれる理由も思い当たる。カルネ村まで来るまでの間、好きな子が居て困っているかもしれないからという話は何度もしたのだ。そこで察するなと言う方が無理がある。
そして、ここで大きく口出したのには理由があるだろう。
その理由に思い立った事で、ンフィーレアの胃がズンと重くなり、胸が締め付けられるように成った気がする。そして頭の何処かで、その結論から遠ざかろうと考えている自分が居た。直弟子とか内弟子と言う言葉は『身内』を示す言葉なのだ。
「この辺りで一番近い町はエ・ランテルですし、薬草を納入するついでにバレアレ家の伝手をお借りしてはどうでしょう?」
「ンフィーの家に?」
「そうだよ。エンリが強くなるために……ううん。もう誰も困らなくなるために協力させてよ!」
不思議と協力的なニニャの目線を受けてンフィーレアも流石に決心を固めた。
戦士系のペテルや、恋愛関係に興味のあるルクルットは別にして、どうしてここまでニニャが協力してくれるのかは分からない。だが、みんなが協力してくれるならば、男としてここで立ち上がらねばならぬと決心したのである。
ただ、ンフィーレアとしても言われるままではない。
エンリの気持ちを考えて、彼女の興味は純粋に強くなることではなく、もう二度とカルネ村で同じような悲劇を行さないことだろうと推測したのである。この言葉が女心にどれほど影響を与えたかは……今は語る時ではない。
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そして森の一角を巡回し、ヌシが居ないのだという場所を通って屋敷に出た。
トブの森のカルネ村側は『森の賢王』という魔獣の縄張りなのだが、ラズロックの屋敷があるのはそこから少し離れた場所にある。おそらくは賢王の居場所を避けて屋敷を立てたのだろう。
だが、トブの森は幾つもの魔物が居る地域でもある。
そんな場所に屋敷を立て、平然と暮らしているというだけで、ラズロックというマジックキャスターがどれほどの使い手かが察せられた。
「これは……鳥が入ろうとしない?」
「何かの結界が張ってますね。ゴブリン如きでは気が付きもしないでしょう」
「そうなのよ。狩人や薬師の人たちは、師匠の御屋敷を使えるから助かるって言ってたわ。多分だけど、ンフィーが欲しがりそうな薬草も結構増えたと思うわ」
彼の屋敷を使わせてもらう事で、人々がどれほど助かっているだろうか?
村人たちを助ける義理はないはずだが、ラズロックという男は平然とそうしている。いや、マジックキャスターにとって薬師は商売敵でもあるのだ。色々と探りを入れられるような危険性すら無視して、招き入れているのだと思われた。
そして屋敷に合図を送り、招き入れられることでその気持ちは強くなる。
庭には過剰な装飾など何処にもなく、何本かの的があちこちに置いてあり、中で村人たちが熱心に訓練しているのが見える。
「……あの子たちの熱心なこと。絶対に仕留めてやるって目をしてるぜ」
「それもですが……あの的と弓、まったくすり減ってませんね。おそらく魔化したのでしょうが、此処は練習場として特化した場所なのでしょう」
年若い子から歳の行ったおばさんまでルクルットはあの子と評した。
開拓村が襲われたという事を考えれば、あれほど熱心に訓練するのも判る。小さな子たちは親や兄を無くし、母親たちは子供を無くして、二度とその様な未来はさせぬぞと燃えているのだろう。そして彼たちを中心に、まだ怪我の癒えていない男たちなどに、この訓練場を提供しているのだと思われた。
そしてこんな場所があるという事は、体系だった訓練も可能なのだろう。
カルネ村で見た自警団たちが、素人にしては鍛えられていた理由も良く判る。きっとここで熱心に訓練を行い、傷が癒えた者や腕前が認められた者から村へ帰還しているのだと思われた。
「これは……まさか私財を処分してまで?」
「んー。最初から無かったし違うんじゃないかしら? 私の部屋もあるけどベッドくらいしかなかったわよ。こんな場所だもん、持って来るのが面倒だったんだと思うわ」
ンフィーレアは再び胃が痛くなるのを感じたが、エンリの言葉で息を吐いた。
流石に私財を処分して人々の為に費やすような人物ではないらしい。おそらくだが、弟子たちが独り立ちして場所が空いているから、気まぐれでエンリ達を招待したのではないかと思ったのだ。
貴重な文献などを弟子たちに渡し、場合によってはラズロックという男のさらに師匠から独立したばかりではないか? ふとンフィーレアはそんな想像をしていた。それは推論と言うよりは、こうあって欲しいという願望であったのだが……やはり若い男なのだろうか?
「師匠! ただいま帰りました。お客様です」
「おかえりエンリ。無事に戻ったようだね。その人たちを紹介してもらえるかな? それが終わったらネムと一緒にゆっくり食事を用意してくると良い」
そう言ってラズロックは居室から会議室のような場所に皆を通した。
そこは広めの部屋に大きなテーブルと、複数の椅子を用意した場所である。テーブルも椅子も真新しい物で、やはりこの屋敷には調度品はなかったのだろう。怪我人を収容して弓などの訓練を始めたことで、急遽備え付けたものだと思われる。
その際にンフィーレアは魔法使いの居室を覗くのは失礼だと思ったのか、あえて目を反らしたように見えた。
「こちらはンフィーレア・バレアレ、大きな街であるエ・ランテルでも有名な薬屋さんなんですよ。よくうちの村まで希少な薬草を仕入れに寄ってました。後ろの方たちは護衛に雇われた冒険者で『漆黒の剣』というチームなんだそうです。それでは」
「ようこそおいでくださいました。エンリの師であるラズロック・アルトホーンです」
エンリの紹介にラズロックはちいさく微笑んだ。
師匠と言う程に歳を取っておらず、もし苦労性だとしたら見た目ほど年齢がいっていない可能性もある。もちろんその逆で年齢にわりに若々しい者も居るのだが……とンフィーレアは何故そんな事を自分が気にしているのか不思議に思った。
師弟関係に年齢はあまり関係ないのではないか。
マジックキャスターにとって重要なのは強力な魔法を使えるかどうかで、師弟関係としては、どれほど弟子を導けるかでしかないのに。
「ンフィーレア・バレアレと申します。今回の要件なのですが……」
「その前に。作り置きで悪いが冷えた茶はいかがかな? 大麦を炒った物で慣れないかもしれないけれどね」
ラズロックはンフィーレアの挨拶を受けた後、続く話を一度遮った。
そして一同を席へと促すと、自らはこのような場所から大ぶりのピッチャーを持って来る。どうやら数少ない調度品は魔化されたものらしく、ひんやりと水出しされた茶が入れられていた。
その時に何気なく手を見たのだが、爪を良く手入れしている。
雑多な事を後回しにしがちなマジックキャスターとしては身だしなみに気を使っていると言えるであろう。薬剤で汚れた爪と言う意味では同じだが、伸ばしたままの自分のと比較してショックを受けつつ、それ以上に弟子をコキ使わずに自ら茶を入れる事にも驚かされた。弟子と言う物は師の細々とした雑事を行うものだからだ。
「えっと、話なんですけどまずはエンリを助けてくださってありがとうございました。それと、聞いての通り僕は未熟ですが、ポーションを作る錬金術師でして……」
ンフィーレアは大麦の茶を飲み干すと次から次へと話し始めた。
自分でも驚くくらいに言葉が点いて出る。最も大切な本音を最初に口にした後は、興味本位というか、錬金術師として気になる事を切り出したのだ。
そして興味があるのは漆黒の剣のメンバーも同じことだ。
彼らも交えて話す為に、その日は泊まっていくことになった。
と言う訳でラズロックの屋敷です。
周回型のエロゲーなので特に家具はないです。
麦茶を飲んでるシーンから冷蔵庫とコンロ風のマジックアイテムくらいはあるのでしょうけど。
・ハムスケ
ナザリックと同じような位置なので、あえて踏み込まないと出会いません。
・戦士の心得と武技
当たり前ですがラズロックは魔法使いな上、他所の世界の人間なので知らないです。
・ラズロックってどのくらい強いの?
ゲームの主人公が途中から世界で数匹しか居ない竜を余裕で倒せるので、魔力が溢れて死にそうなくらいで、同じくらいとしておきます。
もちろん塔型ダンジョン内の話なので、空から飛んで攻撃しない、ワイルドマジックで不思議な事をしないという手加減状態前提で竜王たちとも戦えるけど、本気を出したら勝てないくらいになります。