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カルネ村やエンリの事に加え、簡単な自己紹介も全員分済ませた。
漆黒の剣たちのちょっとした質問や、エンリなりカルネ村に関する提案などもそこで行われる。雇い主であるンフィーレア・バレアレに文句はないどころか、一部は彼の為なのだから反対するはずもない。
そして話題は主に武技の話がピックアップされた。
「武技か。戦闘術に関して詳しくはないので知らないが、エンリの為になるならば私に異存があるはずもない」
「それだったら……」
エンリの師であるラズロック・アルトホーンは特に制限などしなかった。
転移者であるがゆえに己が何時居なくなってもおかしくないと考えているのもあるし、そもそもエンリの人生なのだから反対する程の事ではないというのもある。
だが、歓喜の笑顔を浮かべるンフィーレアを軽く制した。
「ただ、一つ条件がある」
「今までエンリが単独でオーガと戦う事を禁止していた」
「だがこれからの自分を見据えた方が良いだろう」
「自分が何を覚えることが可能で、何を必要としているのかを自覚せねばならないという事だ。今ならば彼らの協力も得られるのだろう? ならばオーガを交えた敵と戦い、自分を見つめ直してからにするべきだな」
そう言ってラズロックは金を取り出した。
カルネ村を襲った囮の襲撃者や陽光聖典から取り上げた資金である。おそらくはこれで漆黒の剣に臨時依頼をする為の金を払えと言うのだろう。討伐部位を渡すならば安く抑えられるはずだが、直接の指名には金が掛かるのも確かだ。適当に済ませるよりは、きちんと金を払った方が良いのは確かであろう。
それはそれとして、意味の分かる言葉と分からない言葉がある。
「自分を見つめる……ですか?」
「色々と覚えて行くにあたり、戦闘スタイルの最終形を自覚しているかどうかで成長に差が出るものだ。隠し技や余技も選択肢としては悪くはないがね、それは覚えてしまったら使い道を考えれば良いさ」
ラズロックは次に木の板を取り出した。
そして簡単に攻撃・防御・移動・補助手段・その他と記載し、その周囲に小さく線を幾つも描いて行った。ラズロックの世界では魔法以外にも体術や一般技能も含めて十と少しの傾向があり、その中でさらに分化していく。奥義と呼ばれる物の中には、高い能力を要求したり、他に条件が必要な物があったりする。
それら全てを覚えることは可能かもしれないが、人生を何度もやり直すような時間が必要だろう。そこまでした上で、その全ての術や技を同時に使える訳ではない。独自に使えるのはあくまで一つ、能力を向上させるような物を含めたとしても精々が二や三つであった。
「エンリにとって何が重要なのを考え、その為に何を覚えたいのかを決めておくんだ。そうすれば、きっと能力の方からエンリに使われるためにやって来るさ」
「はい! 頑張ります! ……じゃなくて、よく考えてみます!」
ラズロックの予言めいた言葉は、多くの弟子を育てて来た結果なのかもしれない。
若くしてそれほどのマジックキャスターを育てるなどありえないが、ニニャの師匠の所は学び舎とでも言うべき場所だった。もしかしたらそんな場所で教えていたのかもしれない。
そう周囲が思う中で、ラズロックは真逆の事を考えていたのだ。
彼の能力ならば魔法使いを目指す女性を急成長させるのは難しくない。彼の言葉は実体験から出たものだが、考えている事は違っていた。
(この世界にあるという武技)
(師が教えればその傾向に従う事が多いとはいえ……)
(ある程度の自由性を持ち、しかも突如として覚えるという)
(それも『クラス』という仕組みがあった上でだ。どちらか一方ならば納得は出来る……だがその両方と言うのは歪に過ぎるのではないか? どちらかが、あるいは両方が他所から持ち込まれたモノなのかもしれんな)
ラズロックの世界では十ちょっとの傾向から選択し覚えて行くものだ。
ランニングをすれば体術系のスキル、魔法の基礎講座ならば基礎能力のスキルで、火属性ならば基礎と火の属性に分化という風に経験に寄る。てっきりこの世界にある『クラス』も類似したもので、ラズロックの世界のように自由性がない代わりに、一分野だけを集中して覚えて行くものだと思ったのだ。何しろ鑑定魔法と催眠暗示などなくとも、クラスは成長していくのだから。
だが、ここに来て武技という謎の存在が出て来た。
例えば『要塞』であれば、防御を『習って』居たり、防御が『必要だと強く思え』ば習得できることがあるという。もちろん攻撃系ならば攻撃に準拠して閃く可能性があるというのだが……ラズロックは鑑定魔法でエンリにその片鱗を見たことがないからこそ、そんな物があるとは知らなかったのだ。まるで何処かの誰か……たとえば転移してきた自分のような存在であり、ギュンギュスカー商会に所属する悪魔のような存在を考慮したのである。
「みなさん。お聞きになったと思いますが、お願いできますか?」
「エンリちゃんの頼みとあれば仕方ねえよなあ。報酬までもらって申し訳ねえくらいだ」
「依頼主であるンフィーレアさんが問題無ければ構いませんよ。ねえンフィーレアさん?」
「え? あ、うん。問題ないし、僕も手伝うよ!」
漆黒の剣のメンバーが頷く中、不思議な事にンフィーレアは浮かない顔だった。
もちろん武技の話だとか、エンリにどんな能力が似合うかとか、武芸師範に誰が良いかとかを考えていたわけではない。それよりもっと基本的な事だ。
そしてンフィーレアにとってもっとも大切な事だった。
「どうしたのンフィ?」
「エンリの事をちゃんと考えてくれるなんて、とってもいい先生だね……」
「うん! 自慢の師匠よ!」
僕の方がもっと判ってあげられるのに……。
そう喉から言葉がついて出そうになって、思わず自己嫌悪する。それだけではなく、『素敵なひとよ』『すてきな……』と幻聴を聞いたような気がして、慌てて被りを振るンフィーレアであった。
もしかしたらエンリを心配するあまり、昨夜は眠れず疲れていたのかもしれない。
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エンリを中心として一同は森へオーガ退治に出た。
とはいえ都合の良い相手が一発で見つかるはずもない。狩人や薬師に聞けば情報は入るが、殆どがゴブリンや獣のみだ。居たとしても大きな集落で複数のオーガと無数のゴブリンが居たりする。
何が言いたいかと言うと、当然のように苦労するという話だ。
「オーガ二体にゴブ沢山! ゴブの上位種が居るかは分からねえ!」
「これは少し厳し……」
「逃げましょう! 私の特訓なんてまた今度で構いません!」
ルクルットの報告にペテルが反応するよりも先にエンリが提案した。
そもそも戦いが好きと言う訳でもないし、武技を覚えたらよいよと言う提案に対し、ではオーガと戦って何かを経験として得ることを条件に提示されただけだ。無理に此処で戦う必要ないというのは確かだろう。
これに対して異を唱えたのはンフィーレアである。
「ダメだよエンリ。ただ逃げるだけじゃダメだ」
「どうしてンフィー? みんなが傷つくことなんてないわ」
「そうじゃないよ。だって此処は森の賢王の領域に近いんだ。少なくとも逃げる方向に注意して誘導する必要がある。カルネ村の方へ絶対に近づけちゃ駄目だ!」
もちろんンフィーレアとしてはエンリが勝って街に来てもらいたい。
だが色ボケしたわけはないし、ラズロックに対抗心を抱いたわけでもない。ポーションを作る錬金術師として、トブの森でしてはならないことを良く知っていたからだ。森の賢王は強力なモンスターであり、同時にその縄張りでカルネ村を間接的に守っているとも言える。ここで迂闊に動くわけにはいかなかった。
その事さえなければ、エンリが傷つく事を恐れたに違いない。
街へ呼んだり勇気を見せたりすることよりも、エンリの無事の方を大切にするからだ。そして何より、エンリの故郷であるカルネ村を守りたいというのもあった。
「……そっか。そうよね。でもどうしたら良いのかしら」
「僕も戦うから数を減らしながら誘導しよう。もちろん倒す事より無事な方優先で」
「だったらエモットさんは勝つ必要はないので、前の戦いの要領で一体を引っ張って行ってください。私とダインでどうにかオーガ一体とその周辺を抑えます。ルクルットが回りこもうとした相手を攻撃し、ニニャとンフィーレアさんが魔法でトドメを刺し数を減らす方向で行きましょう」
ここでペテルは冷静に出来ることを考えた。
勝つことを放棄して良いならば、エンリの足ならばオーガ一体と数体のゴブリンを引っ張って誘導できるだろう。この辺りの地形に最も詳しいのは彼女だし、残る一体をペテル自身が抑えれば危機的状況は抑えられる。ゴブリンと戦える実力を持ちつつ、魔法で回復できるダインが居れば時間稼ぎは十分だろう。その間に残り三人が集中攻撃で邪魔な連中を倒して行くという算段だった。
そうと決まれば迷うよりも行動するべきだ。
それこそジリジリと全員で下がり、誘導しても良いくらいである。ここで踏み留まり、あるいは狂乱して散る事の方が愚策と言える。
「判りました! やってみます!」
「……はああ! 練功行! オーラパワー!」
「一体の前に、まずはっ!」
「ていやー!」
エンリは息を整えると、基礎能力を底上げするスキルを使った。
そして武器に闘気をまとわせる呪文を使い、オーガの近くにいるゴブリンを殴り倒したのである。この呪文の良い所は基礎能力を上昇させるスキルと併用できることだ。スキルや呪文の中には併用不可能な物があり、同時に使うと効果が大きい方が上書きしてしまう事があるのだが……。
なんと威力を上乗せした拳は、頭を殴った事もありなんとかゴブリンを一撃で倒した。
前の戦いでは少なくとも二発、タフな個体なら三発は必要だったはずだ。だが遠慮なしに二つの付与呪文を同時に使った事で、ゴブリン程度ならば簡単に倒せる力を得たと言える。とはいえそれも急所を狙っての事で、火力不足はこれからの課題だろう。
「どうしたの? 来ないならもっと倒しちゃうわよ!」
「ぐお? ごああ? あああ!!」
エンリは少し下がって別のゴブリンに向かった。
二体目のゴブリンを殴ったが流石に一撃では倒せなかったので、また少し下がって様子を見る。全体を見渡して囲まれないように、もし必要ならばペテル達の元へ行こうかと思ったのだが、問題なくオーガは彼女を目指した。捕まえて食おうと手を伸ばし、届かないと判るや棍棒を振り回していく。
その後もエンリはピョンピョンと跳ねるように走り続けた。
倒すためと言うよりは、ゴブリンやオーガの気を引く為である。斜めに走って別のゴブリンを殴ろうとしたり、オーガの少し前を通って挑発していく。
「よし、順調だな。このままゴブリンを削って行ってくれ」
「あいよ! なんとか矢だけでおさまってくれれば良いんだけどなあ」
「それは望み薄なのである。何とかまとめて縛ってみるのであるが、ゴブリンは数こそが武器であるがゆえ……トワイン・プラント!」
ペテルはオーガの動きを見据えながらゴブリンを切り捨てた。
その間にルクルットは矢を放ち、ダインは植物を延ばして敵集団を拘束する。だがゴブリンというものはその繁殖性こそがウリであり、森の陰から次々と現れたのである。
いや、それどころの話では無かった。
なんというか、一同の想定が甘かったのだ。森の奥からやって来たのは、三体目のオーガである。
「しまった! バランスが崩れる……」
戦力調整で何とかなるような都合よい相手がいるわけではない。
こうして一同の計画はもろくも瓦解。三体目のオーガが率いる集団によって窮地を迎えるのであった。
と言う訳で武技の前にエンリの特訓編です。
モモンさんならオーガを一撃で真っ二つなのですが、流石に女の子のパンチじゃね。
これらの過程でエンリも自分に必要な武技が何かを自覚するようになるでしょう。
なのでここで武技習得のアンケートを取ってみます。
いずれどれも覚えそうな気もしますが、最初に何を覚えるかも楽しい選択ですしね。
エンリが最初に覚える武技は何がお勧め?
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ここはシンプルに威力UPで
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見た後だし要塞とか防御で
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覚えているスキルの延長で能力向上系
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師匠の魔法に惹かれて遠距離攻撃
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一般生活も考慮し移動からの突撃で