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疲れ果てて眠りこけた翌朝、遅めの食事を採ったンフィーレアは庭に出てみた。
庭と言ってもラズロックの屋敷は広く、弟子の訓練用とのことで相当に広かった。昨日の今日で出歩く気は無かったので、必然的に屋敷の傍だけになる。
そして繰り返されるパンパン、あるいはバシンバシンと言う音に釣られて行ってみると……。
「えい、やっ!」
そこではエンリが離れた的を殴りつけていた。
空中で拳を振うと、少し離れた位置にある的が揺らぐ。軽妙なジャブでパンパン、強烈なストレートでバシン!
更に離れて位置調整、ジャブでは届かないが、ストレートでは届くようだ。
「威力の保持重視で射程の短い遠距離攻撃みたいですね。短いのに遠距離と言うのも変ですが」
「そうなんですか? 僕からみると十分な気もしますけど」
専門家である戦士色のペテルから見ると少し微妙らしい。
なんでも槍よりも多少長い程度なので、それなら走りながら突撃するのと変わらないそうだ。しかし、ンフィーレアが見ればまるで違う。
何しろエンリが危険を冒さずに攻撃できるのだ。
これならオーガを一人で倒すことも出来るだろう。その意味では万々歳ではないだろうか?
「確かにこの辺りの魔物相手ならば十分ですね。格上相手にはこれで攻撃して、ゴブリンには普通に殴れば良いと思いますよ」
「なら解決ですね。森の賢王や亜人種の上位種などは……お師匠さんがいるでしょうし」
話しながら一抹の寂しさを覚えた。
ペテルは未来の英雄を見れなかったことに、ンフィーレアはエ・ランテルへ行く必要がなくなりそうだったことに。そして昨日の戦いでは、役に立たなかったことを共に恥じていた。
ペテルは足止めしただけ、ンフィーレアは雑魚を倒しただけでしかないと、二人は己を過小評価していたのである。
「あら、おはようンフィー」
「おはようエンリ。鍛錬にしては短いね。もっと前からやってたの?」
「ううん。覚えたばかりの武技だから、休み休み使いなさいって」
「そっか……」
ンフィーレアは少し誤解した。忠告したのはペテルだ。
しかし彼の劣等感が……男としての自信が、何かにつけて言葉を少なくさせていた。ただでさえ彼は口数が多い方ではない。
このままでは何か誤解をさせてしまいそうだと……。
「昨日はありがとねンフィー。貴方が居なければ大変だったわ」
「え? 僕、何かしたっけ?」
「煙よ。私は思いもしなかった。ンフィーは凄いね……」
「たまたま……だよ」
今度はこの二人が誤解した。
エンリは彼が控えめな自重したのだと思ったし、ンフィーレアは優しい彼女が慰めてくれたのだと思った。お互いに好意的な誤解をして……。
それを見ていたペテルは仲間元へ。にやにや笑いを浮かべるルクルットと男の子らしい談義をする事になったのだ。アオハルっていいねってさ。
「しっかし、あの二人どうなんのかね?」
「なるようになるさ。年齢というものもあるしな。トブの森のマジックキャスターと、そこへ通う腕利き薬師。丁度良い間柄じゃないか?」
ルクルットとペテルは、とある前提を元に将来を語った。
行儀見習いだと師弟関係というものは、年齢と共に解消されるものである。今はともかく十年後を考えればあの二人はお似合いではないかと思うのである。
そして二人から見れば、自分達よりもよほど未来のある若者たちであった。才能もそうだし、下地となる背景もある。そんな二人と知り合えたことを、この時のルクルット達は幸運だと考えていたのであった。
「精が出るのであるな」
「ダインさんは森へ?」
「うむ。これがドルイドの仕事であるし、護衛も兼ねて少し歩いてみたのである」
やがて暇を持て余したというか、面倒見の良いダインが戻って来た。
彼は森に詳しいが、治癒魔法を使えることもあり狩人や薬師たちに付いてトブの森を回ったのだろう。もちろんレンジャーであるルクルットが帯同して居ない事からも、安全地帯と判っている場所だけであるのだが。
そして漆黒の剣のメンバー三人目と出逢った事で、四人目の存在が気になった。
「そういえばニニャさんは?」
「私は見てないわよ」
「うむ。部屋に籠って日記を相手に何やら考え事をしていたようであるな。ゆえにそっとしておいた」
風変わりな紹介だが、日記という言葉でエンリ達は遠慮した。
何かしらの過去があるのだろうと、村で大変な目にあったエンリは己と重ねる。そして道中で僅かに聞いた程度だが、ニニャが稀に吐く毒をンフィーアは思い出していたのだ。
何か事情がある人を迂闊に突かない。
それは辺境で暮らす者たちにとって常識的な事だ。そして冒険者もまた脛に傷を持つ者が多いのだから。
この時のンフィーレアは、そんな長閑な事を考えていたのである。
まさかニニャによって、地獄に叩き落とされるなどと、この時のンフィーレアは全く思っても居なかったのである。
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朝が遅かったこともあり、ンフィーレアは寝付けないでいた。
昨晩は夜中に起きて、戦いでも思い出したのか夢見が悪かったような気がする。だからそのまま寝付いてしまったのだ。何も聞かない方が良いと思い込んで。
だが、結論から見れば起きて確かめた方が良かっただろう。
もしそうしていれば、一生残る心の傷を負わないで済んだし、聞きたくないことを他人経由で聞かなくても済んだのだ。もしこれがノベルゲームであれば、昨晩は起きて今夜は眠っておくというのがグッドエンディングの条件だろう。
「……なんだろう?」
「誰かが言い合いをしてる? 授業じゃなくて?」
「片方はラズロックさんだと思うけど……」
「もう一人はエンリじゃないよね? やっぱり授業じゃないのか」
昨日僅かに思った推論ゆえに、そのまま口に出してしまった。
あの時は戦闘で緊張していたから眠ることで誤魔化せたが、今夜はそうもいかない。そして間の悪いことに……彼は個室を与えられていたのだ。
もし漆黒の剣のメンバーのように、相部屋であったらもう少し話が違っていただろう。その時は『彼女』の事情だと何もしなかった可能性がある。
「ええと……あんまり聞くのは失礼だと思うんだけど、ちょっと気になるな。口論なら留めないと……」
ンフィーレアは自分に対して言い訳をしながら部屋を出た。
漆黒の剣は少し離れた位置に部屋があるし、『仲間』に遠慮しているので出てこようとしない。だから迂闊にもンフィーレアは盗み聞きに成功してしまったのである。
もし、エンリとの情事であれば、彼の脳内は焼かれたかもしれない。だが、その場合は別の思考に切り替えられたはずだ。素直に失恋し、あるいは彼女をそんな風に扱うラズロックに失望できたのだから。
「確かに私には特殊な体質がある。ちょうど君が語ってくれたタレントだったかな? その真逆の力だ」
「だったら何故! その力を活かさないのですか!」
(……ラズロックさんとニニャ……さん?)
そこに居たのは漆黒の剣のマジックキャスター、ニニャだった。
忠誠的な顔立ちで声も高いが、どうしてラズロックの口論を女性の声だと勘違いしてしまったのだろうか? その事に思い至る前に、不思議と聞き耳をしてしまう。
もしここでプライバシーに思い至り、迂闊に首を突っ込むべきではないと思い出せていれば……ンフィーレアの未来は、色々と違っていたのかもしれない。エンリとの関係と言う意味でも、エ・ランテルでの脱出劇に関してもだ。
「それだけの力があるならば世の為に使うべきです」
「……いえ、それは卑怯な言い方でしたね」
「私は私の目的の為に力が欲しい! その為になら何だって……」
「それとも女妾同然の弟子にしか使いたくないというんですか!?」
普段の理知的さをかなぐり捨て、この時のニニャは毒を撒いていた。
言葉という意味ではない、口をつぐむべきところで口を閉ざさず、そして相手に配慮するのではなく感情のままに毒のある言葉を吐く。和やかな冒険の旅で埋もれそうだった『自分の目的』を思い出し、同時にそのための手段を知ってしまったからである。
ニニャのタレントは、魔法の習熟期間を半分にするものだ。
そして話を聞く限り、ラズロックはその逆。他人に魔力を与えるだけではなく、マジックキャスターとしての才能を刺激する能力を持っているように思われたのだ。否、そうであると本人も認めたではないか! もしその力が自分に使われたらと思えば、我慢できるはずもない。
(女妾って、ひどい……エンリはそんなんじゃ……)
「……ふう。私と彼女がそのような関係であることは否定すまい」
(っ!? そんな!!)
この時、ンフィーレアは自分が絶対に聞きたくない言葉を聞かされた。
正確には、聞かされたような気になっていたのだ。だが、悲しいかな、絶望と言うのは二番底である。何しろ、ここまでならば良くあることだからだ。若い師匠の元に女の弟子が居れば、必然的にそうなるし、だからこそ目を掛けて一番弟子が他に居たとしても別格の扱いをしてもらえるのだ。
そんな世間の常識をンフィーレアは嫌と言う程知って居たし、彼自身が若い職人だ。素材を産するカルネ村のエンリを、そんな風に引き取る妄想をしなかったと言えば嘘になるだろう。もちろんその時は弟子ではなく妻に迎えるという更なる妄想が付いてくるのだが。
「だがね。私が否定するのはそれだからではない」
「発動条件がそうだからというのもある。そして尊厳もある」
「元は『魔法使いの花嫁』と言い、女から男にのみ発動する」
「私の場合は世界で唯一の男性保持者でね。強力な代わりに命に係わるんだ。効かないと判って居るのに男に行為を求められたくもないし、国家に知られて強制されたくはない。死にたくもないが、鎖につながれて女を延々と抱き続けるのも御免こうむりたいな」
心底嫌そうにラズロックは首を振った。
国に命令されて戦争の道具になったこともあるし、それをさせない為に骨を折ってくれたギルドには義理がある。その為に何人もの女魔法使いを並べられて、義務感だけで抱き続けるのは心が折れそうになったものだ。
最終的に女性に対するサディズムを心の中から探し出し、その気持ちが高まった時にのみ義務を受け入れる連絡をする様にしている。まったく馬鹿馬鹿しい限りだが、ラズロックはそういった連鎖を断ち切れなかったのだ。
「尊厳……」
(命……そんな条件をエンリの為に……)
この時、二人は全く別々の事にショックを受けていた。
ンフィーレアはラズロックが命を懸けて、エンリに力を与えたのだと思っていた(意味は逆だが間違いではない)。対照的にニニャは自分が己の目的を果たすために、他人の尊厳を踏みにじっていた事を思い知らされたのだ。
最初に女を抱けばそれで力を与えると聞いた時は冗談とも、あるいは気軽で吐き気がすると思っていたが……聞いている内に納得が出来てしまった。確かに王家なり上級貴族がこの事を知ったら、ラズロックは一生奴隷同然だろう。まるで最愛の姉を連れ去ったあのゲスな貴族と同様のゲスになり下がっていたとは思いたくもなかったのである。
「それに……君は攫われたお姉さんの為にと言ったね?」
「そして姿を偽っているようだが、君は女性だろう?」
「私の居た国は魔法使いが多くてね。君のように姿を変える者も居た」
「私の力の発動条件は聞いての通りだ。お姉さんを救う力を得るために、私に抱かれるのか? それでは救いがないとは思わないかね。単純に力が必要ならば、力を貸せる範囲で貸そう。だから今は思い留まりなさい」
ここで二人の心は完全にへし折られていた。
年齢と壮絶な経験をしたことを考えれば仕方がないのだろうが、他人を思いやることに関して、遥かに自分たちの上を行っているからだ。
エンリとそういう関係だが仄めかしても居ない。
ニニャを言いくるめて愛人にしても良いはずだがそれをしない。
それどころか良く考えろと嗜め、ただ力が欲しいならばそんな事をしなくても協力するとまで言ってくれているのだ。そしてそこに嘘を感じない。だからこそ、人として、男として上だと思ってしまったのである。
「……考えてみます。それと姉さんの消息を……」
「そうすると良い。『君たち』には何時でも結界を空けておこう」
呆然とするニニャを尻目にラズロックは立ち上がった。
そして扉の方へゆっくりと歩いてくる。こう言っては何だが様々な経験がラズロックにはあるのだ。立ち聞きの一つくらいはあるだろう。
まあ、大抵は情事を聞きつけて腰を抜かした未熟な女魔法使いを見つけて、3pに突入したりするのだが。
「ンフィーレア君と言ったね?」
「君はエンリに対する全ての情報を知らない」
「ゆえに予言しよう。全てを知った時に君はもう一度私の前に立つと」
「だが、それが出来るようになるまで。君にエンリを渡すことはない。今は君も出直すと良い」
ゆっくりと語るラズロックの言葉。
ンフィーレアはその内容の殆どを覚えてはいられなかった。彼がその言葉を思い出すのはカルネ村の村長に、襲撃事件で何が起きたかを聞いてからの事。そしてそれは、死者の都と化したエ・ランテルから彼が脱出してからの事になる。
と言う訳でBSSでNTRでNTLな部分の終了です。
いっそ見せつけられたら村社会で徒弟制度のあるファンタジーなのでまだマシだったはず。
しかし全部他人に聞かされて、己の上位互換であることを認識した感じになり申す。
なお、もし18禁ノベルゲーでンフィーが女の子だったら……。
メカクレのソバカス付き女の子になって、男装のニニャと一緒に三人で頑張ってたんでしょうかね。
ちなみに、ラズロックは限界を超えると魔力を抱えて死ぬのであって
女を抱いても死にません。ただし、監禁されたら間違いなく能力検証の途中で死ぬでしょう。
「女を抱け!」という命令の他に、「男にも効くのか?」「精を溜め続けさせたら」その他もろもろ全部試すでしょうから。
・武技
『衝撃波』
威力重視で射程が短いタイプです。
射程重視で威力の減衰する技もある模様。
・『君たち』には
ニニャとンフィーはまた戻って来るでしょう。(クレマンティーヌ脱走してないので)
なおアイテムの力に頼ってる巫女姫は覗けず、タレントだからこそ強化できる占星千里は結界を突破できるはず。
つまり占星千里はデバガメしてるセーラー服美少女戦士!?まあヒロインは二名までなので出てきませんけどね。